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アルマ、デートをする(1)


 ディートハルトによるデート発言から一時間ほどの後。

 アルマは王都で最も人が賑わうとされる中央大通り(セントラルストリート)の入り口付近にいた。

 前を見れば抜けるような青空の下、貴族向けのブティックから小物、オシャレなカフェ、食料品、民芸品、果ては占いの館までもが道幅の広い通りの左右に看板を掲げながら競い合うように展開している。

 それら多種多様な店の何かしらを目的とし、大通りには老若男女問わず買い物客が絶えず行き交っていた。


 アルマがこの中央大通り(セントラルストリート)を最後に訪れたのは九年以上前(レスティアだった頃)のことなので、もはや知っている店よりも知らない店の方が多い。しかも当時は戦時下ということもあり、今ほどの活気は当然ながらなかった。

 だからこそ、この賑やかで平和な光景には少々感慨深いものがある。


 ……が、今のアルマは正直それを享受するような余裕はまったくなかった。


 先ほどから無遠慮に寄越される周囲の視線が痛い。特に女性からの刺すような視線が。

 その原因――すなわち自分の右横斜めをそろりと見上げる。当然ながらそこには薄く笑みを浮かべつつアルマの右手をしっかりと握って離さない美貌の青年ことディートハルトの姿があった。


 騎士団の制服から庁舎に置いてあった比較的シンプルな襟付きシャツとスラックスに着替えたというのに、むやみやたらと注目を浴びてしまうのだから、整いすぎる容姿というのも考えものだなとアルマは密かに嘆息する。

 ちなみにアルマは庁舎で普段着用しているカッチリとした詰襟の上着とタイトなズボン姿のままなのだが、それもまた「おかしな二人組」という印象を周囲に与えているような気がした。


「どうかしましたか?」


 こちらの視線に気づいたのか、彼はすぐさま気遣うように優しく目を細めてくる。

 その何気ないやりとりだけで女性たちの目がますます熱を持つのを肌で感じ、アルマは複雑な気分になりながらも口を開いた。


「いや、ディーって本当にどこに居ても目立つんだなって思って。若い女の人なんかほぼ全員こっちを凝視してくるから、逆に感心してたくらい」

「僕としては煩わしいだけですけど」

「……ほんとに? 全然嬉しくないの?」

「ええ。生憎と貴女以外の女性には興味も関心もないので」


 紛れもなく本心だと分かる声音だった。

 この話題はあまり掘り下げるべきではないと判断し、アルマは別の方向へと舵を切る。


「ところで、これからどこに行くの? デートって言うのは冗談……だよね?」

「もちろん本気ですが、その前にやるべきことを済ませてしまいましょうか。まずは服からですね。案内しますので、僕の手は絶対に離さないでください」


 と言われても既に指先からガッチリ掴まれていて、抜け出せる余地など微塵もないのだが?

 そんな風にツッコミたい気持ちを胸の奥に仕舞うと、アルマは素直にゆっくり歩きだしたディートハルトの後をついていく。自然と歩幅をアルマに合わせてくる辺り、エスコート慣れしている印象を受けた。同時に、ディートハルトは立派な大人になったのだなと強く実感する。

 それが嬉しいような、でもどこか寂しいような気がしてしまうのは、アルマにレスティアの記憶があるからだろうか――。


 しばらくすると、目的地と思しき貴族向けのブティックへと到着した。

 そこは周辺の店と比べても外観から既に違っており、ホワイトとペールブルーを基調とした高級感あふれる佇まいは、まさに貴族御用達といった雰囲気を醸し出している。

 アルマ一人だったら絶対に門前払いを食らいそうな場所だが、店の入り口付近に居た品の良い女性店員がディートハルトの姿を確認した瞬間、すぐさまこちらへと足早に近寄り、にこやかに声を掛けてきた。


「ようこそお越しくださいました。アメルハウザー閣下、お嬢様」


 そう言いながら彼女は淀みない動作でディートハルトとアルマを店内に招き入れてくれる。

 通された店内は見本ドレスの展示スペースやティーサロンスペースなどが空間をゆったり使いながらも機能的に備わっている。螺旋階段で繋がる二階はどうやら試着スペースのようだ。


「本日はお嬢様のオーダードレスの確認ということでよろしいでしょうか?」


 店員の発言にディートハルトは肯定の意味で軽く顎を引く。

 さらに彼は手の拘束を解くと、そのままアルマの背中に手を添えて店員の方へと軽く押し出した。思わず振り返ったアルマに、ディートハルトの穏やかな声が降ってくる。


「ということで既にドレスはこちらで手配済みですので、今から試着してきてください」

「なんとなく察したけど流石に展開が早くない!? え、ていうか本当にいつの間にオーダーしてたの……?」

「アルマが我が家に来てから三日目くらいには。サイズは屋敷で測りましたよね?」


 確かに屋敷に連れて来られた次の日には侍女さんたちに隅々まで測られた記憶がある。

 その日の夜には既製品のワンピースなどが複数揃えられていたので、そのための採寸だったと思っていたのだが、まさか自分の知らないところでオーダーされているとは考えてもみなかった。


「……ち、ちなみに一着だけだよね!? そうだよね!?」

「ご期待に沿えず申し訳ありませんが、夜会用のドレスが三着、外出用が五着、普段使い用が七着ありますね。ああ、もちろん今後はアルマの好みを聞いて作りますのでご安心ください」


 どこに安心できる要素があるというのか。

 主に金額面のことを考えて顔を青くしていると、さらに正面に立つ女性店員から追い打ちが掛かる。


「お嬢様、今回オーダーいただいたものはすべて当店が自信を持ってお届けする超一級品のものになります。試着時に少しでも違和感がありましたらお直しいたしますので、どうぞ遠慮なく仰ってくださいませ」

「ちょういっきゅうひん……」


 なお、アルマは現在九歳。身長も一年で数センチは確実に伸びるし、これから本格的な成長期を控えている。つまりオーダーで作ったドレスは一年か二年そこらで着られなくなるのだ。


「なんというもったいないことを……!!」


 ぶるぶる震えながら、アルマは店員に手を引かれて二階へと強制連行される。

 そこでさらに二人追加された店員計三名の手によって、あっという間に着付けが進められた。


 最初に身に纏ったのは、深みがありつつも柔らかな光沢をもつブルーの生地に、精緻な金と銀の刺繍が映える夜会用のドレス。

 雪の結晶をモチーフとした図柄は華やかだが、決して下品さはなく優美さを湛えている。

 なお、随所に縫い付けられている細かな宝石のようなものについてはアルマは深く考えるのを止めた。

 最後にドレスに合わせた靴へと履き替え、アルマは全身鏡の前に立った。


「まあまあ! 本当によくお似合いですわ!!」


 女性店員が満面の笑みで太鼓判を押してくれる。

 実際、アルマも鏡の中の自分にしばし見惚れてしまった。

 今世はもちろん、前世でもこのようなドレスを着た経験はもちろんない。特に着飾る趣味は持っていなかったが、こうして実際に着てみると自然と心が躍った。

 そんなアルマの様子に、女性店員がこっそりと教えてくれる。


「実は今回ご注文いただきましたドレスはすべて、アメルハウザー閣下が自ら選ばれたのですよ。デザインはもちろんのこと、生地や装飾の細部まで非常に熱心に。……閣下はよほどお嬢様を大切に想われているのですね」


 店員の言葉から連想されたディートハルトの幻影にアルマは思わず赤面する。

 火照った頬をなんとか冷まそうと軽く手を当てていると、店員はにこやかに「では、早速ご覧いただきましょう」と言ってディートハルトを呼びに向かった。

 ほどなく再び扉がノックされ、店員の誘導でディートハルトが姿を現す。

 アルマが緊張した面持ちで出迎えれば、こちらを視認した瞬間、ディートハルトがまるで眩しく尊いものでも見たかのように相好を崩した。


「――ああ、すごく可愛い」


 シンプルだからこそ、その言葉には破壊力があった。

 心の底から湧き上がってきた言葉をただ口にしたというディートハルトの態度に、アルマは全身が茹りそうなほど熱が上がる。なんとか小声で「あ、ありがとう……」と絞り出したものの、どうしても顔が俯きがちになってしまった。

 その間もディートハルトはアルマから一切視線を外すことなく、上から下まで余すことなく熱心に見つめ続け。最後に誰に言うでもなく、独り言のようにぼそりと呟いた。


「……しまったな。可愛すぎて誰にも見せたくなくなってきた」

「こっ……これ以上、恥ずかしいこと言わないでお願いだからぁ!」


 とうとう泣きを入れたアルマだったが、この後も試着の度にディートハルトや店員たちから褒めちぎられてしまい。

 日も暮れてから店を出る頃には、心身ともにクタクタになってしまったのだった。


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