アルマ、相談する
「――ってことがあったんだけど」
エリーチカたちが立ち去ってから数刻の後。
執務室へと戻ってきたディートハルトとダグラスにお茶を出しつつ事のあらましを説明したアルマは、意見を仰ぐように二人の表情を交互に見た。
するとアルマの向かい側のソファーに座っていたダグラスが軽く眉をひそめながら口を開く。
「アルマお前どうしてこうも次から次へと高位貴族ばっかり釣りあげて来るんだよ……」
「いやそんなこと言われても……わたしだって好きでやってるわけじゃないし」
「しかもよりによってヨルダン・ネッケとか……団長は気づいてたんですか?」
ダグラスが水を向けると、アルマの隣に座るディートハルトは短い嘆息と共に首肯した。
「数日前から既に把握済みだ。当然対策もしているが、不快なことには変わりない。私としては直接侯爵家に圧力でも掛けてヨルダンを潰しても良いと思っているが――」
「いやそこまでしなくても大丈夫だから! 実害があったわけじゃないし!」
「――そう言うだろうと思っていたので、現状は泳がせている」
涼しい表情のままディートハルトが紅茶のカップを口もとに運ぶ。それに対してダグラスが「相変わらず抜かりねぇなぁ」とぼやいた。そんな二人へアルマが新たな質問を投げかける。
「結局、ヨルダン・ネッケ侯爵令息ってどんな人なの? 第一騎士団所属って聞いたけど」
「ん? ああ、高位貴族としては珍しく第一騎士団でも十指に入るくらいの実力者だな。俺も手合わせしたことが何度かあるが、勝率は五分ってところだ」
「ダグラス相手に互角ってこと!? それはかなり強いね……!」
アルマが感心したように相槌を打つと、ディートハルトの蟀谷がぴくりと反応した。
「そうですか? ヨルダンなど僕の敵ではありませんが」
「そりゃ団長と比べたら大抵のヤツは大したことないでしょ……ていうか張り合わないでくださいよガキじゃあるまいし」
「……コソコソ嗅ぎ回らずに直接来るようなら、完膚なきまでに返り討ちに出来て楽なんだが」
呆れた様子を見せるダグラスを無視し、ディートハルトが不穏なことを口走る。
それに乾いた笑いを漏らしながら、アルマはディートハルトに話しかけた。
「ねぇディー、現状わたしがすべきことってある?」
「僕の傍に居てください」
「そっ……その言い回しはどうかと思うんだけど……!?」
「事実ですから。どんな事態が起ころうとも、僕の傍に居てくれさえすればどうとでもします」
それは自信というよりも事実を述べているのに近い響きだった。実際、権力も武力も持ち合わせているディートハルトなので、大言壮語ということはないだろう。ヨルダンの狙いが分からない以上、子供のアルマが迂闊に動けば事態の悪化を招く可能性もあるので、ディートハルトの判断は正しい。
その事実に何とも言えない歯がゆさを感じていると、何かを思案していたダグラスがおもむろに口を挟んできた。
「……もしかして団長、来週の夜会にもアルマを連れていく気ですか?」
「ああ、そのつもりだが」
「――ん? 夜会!?」
突然の聞き捨てならない単語にアルマが反応すれば、ディートハルトが淡々と説明を始める。
「来週、王家主催の夜会が行われます。その警備には第二騎士団からも人員を割く予定です」
「つっても、団長は警備じゃなく客として出席するんだけどな。だから第二騎士団の警備責任者は俺だ」
「王家主催だけあって大規模な夜会で、参加人数も少なく見積もっても数百人規模です。めぼしい高位貴族はほぼ参加します」
「なるほど……で、それでなんでわたしも連れていくって話に? 屋敷で留守番じゃないの?」
アルマの当然の疑問に、ディートハルトはどこか楽しそうにタンザナイトの瞳を細めた。
その優美な表情は老若男女問わず虜にするほど蠱惑的で、直視したアルマも思わず見惚れてしまいそうになる。
「どうせいつかは必要になることですので、貴女のお披露目も早い方が良いかなと。ネッケに対する牽制や場合によっては餌にもなりますし」
「お披露目って……まさか!」
「ええ、アルマが僕の身内であると国内の貴族に知らしめるいい機会ですので」
すごい勢いで外堀が埋められていっている……! いくら鈍いアルマでもそれは流石に分かった。
色々と突っ込みたいところはあるが、とりあえずアルマは最重要懸念を告げる。
「わたし、社交のマナーもわからないしダンスも出来ないよ? ディーに恥をかかせるかもしれないのに、それでも連れてくの?」
「顔見せが目的ですので、僕の隣に居てくれればそれ以上は求めません。ダンスについても踊りたければお教えしますし、当日は僕がリードするので心配ありませんよ」
「いや踊らなくていいなら踊らないけどね!? ……そもそも、デビュタント前の年齢の子供がそんな夜会に出席すること自体おかしくない? 大丈夫?」
「別に禁止されているわけではありませんし、僕のパートナーとして連れて行くんですから誰にも文句は言わせませんよ」
「……アルマ、諦めろ。どうせ何言ったところで連れてかれるって」
ダグラスからのありがたいお言葉を聞きながら、アルマは大きくため息をつく。
それは諦めでもあり、同時に許容でもあった。結局、ディートハルトがアルマに甘いのと同様に、アルマもディートハルトに甘いのだ。
「はぁ……分かった、ディーの言うとおりにする。確かにネッケ侯爵令息の件はわたしも早く片付けたいし、直接会えば何か状況も変わるかもしれないしね」
「ありがとうございます。……では、さっそく行きましょうか」
そう言ってディートハルトは立ち上がると、横で座ったままのアルマに対してエスコートを意味する右手を差し伸べてくる。向かいのダグラスは突然の事態に目を丸くしていた。
ちなみに驚いたのはアルマも同じだったが、
「行くって、どこへ?」
無下に扱うことも出来ないので、流れのままに彼の手を取る。
するとアルマの指先を軽く包み込むように握ったディートハルトは、優雅に微笑みながらこう口にした。
「――もちろん、デートに」




