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ディートハルトの追憶(5)

今回はディートハルト十一歳の過去回想です。


 それはディートハルトが第二騎士団に入団して一年が経過した頃のこと。

 相変わらず敵国との小競り合いは続いていたが、大規模戦はここ半年ほど鳴りを潜めていた。

 まるで嵐の前の静けさのようでもあったが、騎士の末席にいるディートハルトに大局を見極める術はない。

 むしろディートハルト個人の観点からすれば半年以上も訓練に集中できる環境にあったのは僥倖だったと言える。


 ディートハルト・アメルハウザー、十一歳。

 所属する第五騎兵隊においては最年少でありながら、その才能は順調に開花しつつあった。

 基礎体力こそ成人の騎士たちには劣るものの、剣術や馬術といった技量面における進化は目覚ましく。特に小柄な体躯を活かしたレスティア仕込みの剣筋は、中堅騎士を相手取っても互角の勝負に持ち込めるほどの腕前になっていた。


 この日行われた一対一の模擬試合も、七名と試合を終えたところで全勝。

 たったの一年、しかもまだ本格的な成長期を前にした少年の所業とは思えない驚異の戦績であるが、当の本人はまったくもって納得がいくものではなかった。上には上がいる。それをディートハルトは正しく理解していた。

 そしてその上――つまり超えるべき壁が、訓練場の中央に立ってディートハルトにふわりと微笑む。


「――じゃあ、始めようか」

「はい、よろしくお願いします。レスティア様」


 この一年でディートハルトは強くなった。

 その証拠に、初めて手合わせをした時のような無様を晒すことはもうない。今もレスティアの鋭い剣撃を躱し、カウンターを狙って横薙ぎの一閃を放つ。

 だが当然のようにレスティアはそれを避け、半歩だけ後退して身体を捻ると、木剣を右手から左手に持ち換える(スイッチ)。その流れるような動作と、両刀使いという器用さがレスティアの最大の武器だ。


 ディートハルトもそれは分かっているので、視野を広く保ちながら受けの姿勢を取る。

 左、右、左、斜め下からの切り上げ、そしてまた左――女性らしい柔軟さを持つ長い腕から繰り出される高速の剣閃に五感全てを使って対応し、なんとか捌き続ける。

 一瞬でも気を抜けばそこで終わり。凄まじい集中力を発揮しながら、ディートハルトは反撃の機会を辛抱強く窺っていた。


 その時、レスティアの目線だけがふいに右下――つまりディートハルトの左足へと走った。考えるよりも先に大きく右へと回避行動を取る。予想通り一秒前に自分の左足があった場所をレスティアの剣がやや大振りに通り過ぎた。


 その隙を見逃さず、今度はディートハルトが仕掛ける。レスティアの剣先にわざと自分の剣をぶつけて大きく弾き飛ばすと、ディートハルトは思い切ってレスティアの懐に飛び込んだ。

 当然、レスティアは大きく後退して距離を取り体勢を整えようとするが、そうはさせまいと一気に畳みかける。


「ッ……!! ぅ……くっ……!」


 ディートハルトの猛攻を剣で受け止めながら、レスティアが苦し気な息を漏らす。かつてないほどに彼女を追い詰めているという手応え。それはディートハルトを高揚させる材料としては最高のものだった。


 しかし、その昂りが結果としては命取り。

 人は勝利を予感した瞬間に一番隙を生じさせる。

 十一歳のディートハルトには、まだそれを完璧にコントロールする精神力は残念ながら備わっていなかった。


「――ハッッ!!!」


 鋭く息を吐き、ディートハルトが膂力を乗せた留めの一撃を放とうと剣を下から上へ大きく振り抜こうとした――刹那。

 レスティアが右に身体を半回転させながら自分の剣の腹でディートハルトの一撃を逸らす。しまった、と思った時には既に手遅れだった。がら空きになったディートハルトの胴体に回転の遠心力を利用したレスティアの剣が吸い込まれる。

 打撃による脇腹への痛みを感じた時には、ディートハルトは地面に手と膝をついていた。次いで、少し遠くから審判役の「そこまで!」という声が耳に届く。


「ッ……!」


 思わず殴打の痛みと負けた悔しさに顔を顰めていると、


「ディートハルト!! ごめん!!! 大丈夫!?」


 手にしていた木剣を放り投げたレスティアが慌てて駆け寄ってくる。本音を言えばそれなりに痛みは残っているが、心配させたくない一心でディートハルトは立ち上がると、脇腹を軽く押さえながら口もとに笑みを浮かべた。


「っ……気にしないでください。僕が受けきれなかったせいですし……それに、ちょっと嬉しくもありますし」

「嬉しいって……どうして?」

「レスティア様が手加減出来なくなるくらいに僕も成長してるんだって、実感するので」


 一年前は剣すら構えて貰えなかったことを考えれば、本気を出さねば勝てないと思われる方が素直に嬉しい。そう説明すれば、レスティアは少し困ったような顔で笑った。


「確かにもうディートハルトに手加減なんか出来ないよ。本当に……強くなったね」


 言って、レスティアがディートハルトの頭を優しく撫でる。純粋に褒めたいという気持ちからくる行動だと分かっているので、羞恥心をねじ伏せて彼女にされるがままになるのも、この一年ですっかり定着した。


 ディートハルトは、改めてレスティアを上目遣いに見る。

 ここに来てから数センチ伸びた自分の身長に対し、彼女に外見的な変化はほとんど見られない。

 成長期さえ来れば、きっと早々に身長は追い抜けることだろう。


 そうすれば、少しは自分を男として認識してもらえるだろうか――


 今はまだ、レスティアに自分の恋愛感情を知らせるつもりはない。言っても彼女を徒に困らせるだけだと理解しているから。

 可愛い弟のような後輩という立ち位置。現状はそれでいい。

 どちらにせよ彼女から特別扱いされていることには変わりない。


 そもそもディートハルトは勝ち目のない戦はしない主義だ。

 しかし同時に、いつか勝つための下準備を怠らないタイプでもあった。


 自分と同じく、レスティアに懸想する者は騎士団内にも多い。

 よって現状のディートハルトが出来ることは、ひたすらに己を磨くことと、彼女を狙う恋敵を牽制すること。この二つである。


 今も遠くからこちらに対して羨ましそうな視線を向けてくる男たちを冷たく睨み返すと、ディートハルトはやんわりとレスティアの手に空いている方の自分の手を重ねた。


「レスティア様、そろそろ移動しましょうか。今日の訓練はこれで終わりですし」

「そうだね……あ、この後ちゃんと医務室行ってね! 打ち身に効く薬とか塗っておいた方が良いから」

「分かりました。じゃあ、僕は着替える前に医務室に寄るので先に失礼しますね」


 言って、ディートハルトが医務室の方へと踵を返そうとした時。


「……ちょっと待って! あのね、今日の夜、ちょっと時間貰える?」


 レスティアからの思わぬ誘いに、ディートハルトは目を丸くした。


もう一話ほど過去回想にお付き合いください。

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