アルマ、パレードで年下騎士公爵と再会を果たす
翌日、快晴の空の下。
アルマはゼムとガルムと共にパレードのルートである大通りへとやってきていた。周囲は人でごった返しており、まさに芋洗い状態だが、アルマはまったく苦ではなかった。
子供の体格を利用して人波を縫い、最前列へと躍り出る。そして騎士団がやってくるのを今か今かと待っていた。
逆にガルムは既に辟易しているようで、早々に人が少ない方へと流れて行ってしまう。ゼムはアルマの行動を止めることが出来ず、少し後方からアルマを見守っていた。
そして、大通りに騎士の一団が姿を現した。
悠々と闊歩する白馬を先頭に、見目麗しい騎士が数十名、一糸乱れぬ隊列を組み、方々からの歓声に応えて手を振ったり笑顔を向けたりしている。
まさに壮観と呼ぶに相応しい光景だが、それよりもアルマは先頭の白馬の騎士から目が離せなかった。
アルマがポツリと零す。
「…………ディー……」
第二騎士団の色である濃紺を基調とした軍礼装に身を包む美貌の青年。
それは間違いなく、レスティアと二年を共に過ごした少年ディートハルトその人だった。
彼は涼やかな表情で真っ直ぐに前だけを見つめている。あの頃のような愛らしさどころか愛想笑いの欠片すらないが、周囲からはその浮世離れした美しさに溜息を漏らす者が男女問わず後を絶たなかった。
アルマは混乱したが、それでも次第に嬉しさが込み上げてきた。
まさかこんな風に会えるだなんて思ってもみなかったのだ。感極まって思わず涙ぐんでしまう。
あの頃の面影はほぼなくなってしまうくらい、眼前のディートハルトは成長していた。
恵まれた長身に、服の上からでも鍛え抜かれていることが分かる体躯。
顔も少年特有の柔らかさは既に失われ、代わりにしっかりとした大人の目鼻立ちになっている。
あの頃と変わらないのは眩い金の髪と、タンザナイトの瞳くらいだろうか。
アルマはただひたすら、ディートハルトだけを見つめていた。
こんな機会、早々巡ってくるはずもない。ならば出来る限り焼き付けておこうと必死だった。
すると、その熱視線に気が付いたのか、今まで頑なに前だけを見ていたディートハルトが、アルマの方へと視線を動かした――瞬間、爆発するようにアルマの周囲から「きゃあああ!!!」と歓声が上がる。
と、同時にアルマは小柄なのが災いして不意に強く突き飛ばされ、本来入ることを禁じられたパレードの内側まで侵入してしまう。
しかも丁度その進路上にはディートハルトが操る白馬が迫っており、突然の事態にアルマは回避行動も取れず固まってしまった。頭が真っ白になる。
――ぶつかるッ!!! 誰もがそう思った瞬間。
白馬が前足を大きく上げて嘶き、急停止した。
アルマとの距離はまさに目と鼻の先だったが、奇跡的に衝突は回避され、双方事なきを得る。
未だに立ち竦むアルマに、颯爽と白馬から降りたディートハルトが近づいてきた。
「君、怪我はなかったか? どこか痛めたのならばすぐに手当てを――」
「……あ、ああ……だいじょうぶ。心配しないで、ディー」
まだ混乱していたアルマは、無意識のうちに前世のディートハルトにするような口調で返事をしていた。
途端に、ディートハルトの顔色が変わる。
彼はアルマを凝視しながら、恐る恐るといった様子で再び声を掛けた。
「…………レスティア、様……?」
「へ? あ、うん。本当に大丈夫だよディー、怪我はなかった……か、ら……」
そこでようやく、アルマが正気に戻った。そして自分が口走っていた言葉を思い出し、顔を真っ青にする。突然、謎の幼女が親し気に話しかけてくるなど、不審以外の何物でもない。
しかも今はパレードの真っ最中だ。
式典を邪魔した罪に問われたら……と、アルマが肝を冷やしていた時、
「……――レスティア様ッッ!!!」
「ふひゃあ!?!?!」
こともあろうに第二騎士団を統括する美貌の公爵は、幼女をぎゅうぎゅうと抱きしめていた。
あまりの事態に周囲が騒然とする中、アルマは慌ててディートハルトの背中を小さな手で叩く。
「ちょ、やめ! やめて! 痛い痛い!! あと恥ずかしいってばディー!!」
「ああ、本当にレスティア様だ……っ! どうしてこんなところに? いやそんなことどうだっていいや。レスティア様、レスティア様、レスティア様……ッ!!!」
「ひぇええええ!!! ディ、ディーが壊れたああああ!!!!!???!?」
先ほどまでの美しくも冷淡な印象の青年は一転、幼女に縋りついて離さない不審者へと成り下がった。
周囲が一層どよめき、華やかなパレードは完全に機能を停止する。
アルマはアルマでなんとかディートハルトの腕から抜け出そうと試みるも、万力のように締め上げられているため、どうすることも出来なかった。
とそこへ、困惑する騎士団内から一人の男がすっ飛んでくる。
「だ、団長!? 何やってるんですか!!!」
「あ!! ダグラス!!!」
「え!? なんで俺の名前を……!?」
アルマは駆け寄ってきた男がかつての同期だった騎士ダグラスだと分かり、思わず名前を叫んでしまう。当然、見知らぬ幼女に呼び捨てにされたダグラスはアルマを警戒するが、それよりも先にディートハルトが動いた。
彼は唐突に立ち上がると、ひょいとアルマを片腕で抱えるように持ち、ひらりと白馬に跨った。
あまりにも淀みない洗練された動きに、アルマは目を白黒させる。
気づいたときには再び腹部を片手でホールドされていたアルマは、上体を大きく反らして背後のディートハルトに抗議の声を上げた。
「ディー! なんでわたしまで乗せてるの!? おかしいよ!?」
「いえ、全然おかしくありません。それよりレスティア様、聞きたいことは山のようにあります。こんなことしてる場合じゃありません。とりあえず僕の家に行きましょう。ええ、今すぐに!!」
「おいコラ待て騎士団長!!! アンタいきなり幼女連れ去ろうとしてんじゃねぇ!!!」
「……ならばダグラス、この場の指揮権は今よりお前に一任する。僕は帰るから後は任せた」
ダグラスのもっともな物言いに対して、ディートハルトは淡々ととんでもないことを宣った。
パレードの先頭、民衆が最も注目する騎士団長が途中退場など許されるはずがない。
それはディートハルトも重々承知しているはずなのに、彼はノータイムでアルマの捕獲と尋問を優先すべく行動を移そうとしている。
普段の冷静沈着で非の打ちどころのない彼を知る人物ほど、その奇行に対する衝撃は計り知れなかった。
例に漏れず絶句するダグラスがあまりにも不憫だと感じたアルマは、小さな両手を思いっきり上へと伸ばし、ディートハルトの頬を両側から強めに包む。
「ディー、今は任務の最中でしょう? 無責任なことをしてはダメ」
「ッ……レスティア、様……」
主人に叱られた子犬のように、ディートハルトのタンザナイトの瞳が不安げに揺れる。
既に彼の中でアルマ=レスティアという図式が成り立っている以上、アルマも開き直って前世と同じように接することにした。その方が話が早いと思ったからだ。
いくら髪の色や目の色といった外見的特徴が同じとはいえ、ほんの少しのやり取りだけで、ディートハルトはアルマの正体を見抜いた。
それ自体は嬉しいことだが、だからといって他人に迷惑を掛けていい理由にはならない。
「わたしは逃げないから、大丈夫。立派に成長したところ、見せて欲しいな」
「…………分かり、ました」
ディートハルトは苦渋の決断を迫られたような顔をしつつも、アルマの要求を呑んだ。
やはり外見が幼女だとしても、仲が良かった先輩の言葉には反応してしまうものなのかもしれない。
しかし膝から降ろされる気配は一切なく、彼はダグラスに「パレードを再開する。お前も隊列に戻れ」と指示を出すと、そのまま白馬の手綱を引いて前進を始めた。
当然焦ったのはアルマである。
「ディー、再開はいいけど、その前にわたしのことは降ろして欲しいんだけど……」
「絶対に嫌です。終わったらそのまま僕の家に連れて行きますから」
「ええ~……?」
アルマは妙なことになったものだと溜息をつきながら、周囲に視線を走らせる。
どうやら民衆は接触事故が回避され、騎士団長に助けられた幼女がそのまま馬に乗せられたことを一種の罪滅ぼしとでも思っているようだ。
時折女性からの「羨ましい」の声が聞こえてきて、なんともむず痒い気分になる。
その時、アルマはこちらを睨みつけてくる視線に気づいた。誰あろうガルムである。
隣のゼムは状況がイマイチ掴めていない様子で不安そうな表情をしていたので、アルマは心配ないということを知らせるために二人に向かってぎこちない笑みを向けた。ついでに手も振っておく。
そんなアルマの態度にガルムが何やら怒って叫んでいたが、群衆の歓声に紛れて聞き取ることは出来なかった。
アルマはなんとかガルムの声を拾おうと、身体を少し傾けようとする。
が、それはあっけなく阻止された。
「レスティア様、こっち見てください」
何故か拗ねたような声が頭上から降ってきた。
自然と首を後ろへ反らせば、酷く悲しそうな顔をしたディートハルトと目が合う。
「僕の成長が見たいんでしょう? なら、僕から目をそらさないでください」
アルマは「ディーってこんなに子供っぽかったっけな……?」と思いつつも、まぁ衝撃の再会で情緒が不安定なのかもしれないと適当に納得して、こくりと頷いて了承の意を返した。
途端にディートハルトの表情はパッと明るくなり、手綱を持っていない方の手は大事そうにアルマの腰をさらに自分の方へと引き寄せる。
そんな風に抱きしめなくても落ちないのに、と思いつつ、アルマはされるがままになっていた。
「レスティア様、苦しくないですか?」
「ん? いや、別に大丈夫だけど……それより本当にパレードが終わったらわたしを連れてく気?」
「当然です。というか、今日から一緒に暮らすので、これからはずっと一緒ですよ」
「…………はぁ??????」
アルマが素っ頓狂な声を上げる一方で、白馬の王子様もかくやな騎士は、大変上機嫌だった。
――この日のパレードは、ある意味で伝説となった。
たとえ王族相手にも愛想笑い一つ浮かべない美貌の騎士公ディートハルト。
彼はその日のパレードで、誰もが魅了されるほどに輝かしい笑みを無差別に振りまき続けた。
そんな彼の表情を引き出したのは、貧民街で暮らす平凡な孤児の幼女であり。
のちに彼女は【騎士公の最愛】として国では知らぬ者がいないほどの有名人になるのだが、当の本人はその事実をもちろん、まだ知らない。
次話からが短編版の続きとなります。