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アルマ、認識を改めさせられる


 ディートハルトとの別離の可能性を示唆された刹那。

 無意識のうちに胸元をぎゅっと右手で押さえ込んだアルマに対し、エリーチカは盛大に眉間に皺を寄せながら鼻を鳴らした。先ほどまで覗かせていた友好的な態度はすっかり引っ込めてしまっている。


「まったく……あの女狐だけじゃなく、やっぱりお前もワタクシの敵のようね……」

「え……あの……敵、とは?」


 なぜまた急に敵視され出したのか分からず、アルマは気持ちを切り替える意味も込めてエリーチカに尋ねる。すると彼女はコツコツとテーブルを美しい指先で叩きながら、皮肉気に口角を上げた。


「あら、この期に及んで白を切るつもり? もちろん、恋敵という意味よ」


 エリーチカのその発言の意味を理解するのに、数秒の時を要した。

 ぱちぱちと瞬きをした後、言葉の意味を呑み込んだアルマは思わず素っ頓狂な声で叫ぶ。


「――――はあぁ!?!? なんでそうなるんですか!?」

「なんでも何も、さっきのお前の顔を見れば一発で分かるわよ。なに? もしかして自覚してなかったの?」


 呆れたような、どこか小馬鹿にしたようなエリーチカの物言いに、アルマはますます混乱を深めた。

 もしや揶揄われているのかと疑ってみれば、当のエリーチカにそんな気配はない。

 ならば誤解を解くべきだとアルマは必死に言い訳をかき集め始めた。


「だ、だってわたしとディー……ト、ハルトさまは、十歳以上年が離れていますし!」

「……それがなによ? 人を好きになるのに年齢なんて関係ないでしょ?」

「そ、それはそうかもしれませんが! わ、わたしは平民の孤児なんですよ!?」

「知ってるわよ調べたもの」

「でしたらわたしが恋敵なんて発想にはならないのでは……!?」

「は? ディートハルト様に惚れてる女なんて全部ワタクシの敵に決まってるでしょ馬鹿ね。……ていうか、なんでそんなに否定するのよ。別に普通のことじゃない。むしろディートハルト様のお傍に居て彼に惚れない女なんていないでしょう?」


 凄まじい暴論をまるで自然の摂理かのごとく断言するエリーチカに、アルマは目を見開いて絶句した。

 何か反論しようとしても、肝心の言葉が音になる前に喉の奥へと消えていく。

 それはつまり、アルマ自身も心のどこかでエリーチカの発言を否定しきれない証左でもあった。


 とにかく落ち着こう。アルマはそう自分自身に言い聞かせるように深呼吸をして、目を瞑る。

 一旦、整理してみればいい。そうすれば自ずと答えが導き出せるはずだ。


 アルマにとってのディートハルトは、前世でも今世でも一番大切な人であることは間違いない。

 だが、それと恋愛感情は別物だとアルマは認識していた。

 何故ならレスティアにとって幼いディートハルトは、完全に恋愛対象外の存在だったから。


 ――でも、今は? アルマにとって、ディートハルトは本当に恋愛対象外なのか?


 そこまで考えた瞬間、アルマの脳裏でとある一幕が勝手に再生され始めた。

 あの運命的とさえ呼べる再会の日の、ディートハルトとのやりとりが。


『……ディーは、わたしのこと、好きなの?』

『はい、愛してます』


 ぶわっと。全身が燃えるように熱を持つ。

 思わず顔を俯けて膝の上で両手をぎゅっと握りしめた。


 あの日あの場では、ただただ過去のものとして受け入れられた言葉。

 ディートハルトの初恋が自分(レスティア)だったという事実。

 しかしそれが今の自分(アルマ)にも適用されるのだとしたら――……


 あまりの居たたまれなさと恥ずかしさに今すぐ自室に引きこもって叫び出したい衝動に駆られる。

 そんな風にアルマが真っ赤になって内心いっぱいいっぱいになっていると、


「ねぇ、これってワタクシ、もしかして墓穴を掘ったのかしら……?」


 少しだけ後悔の念を表情に滲ませたエリーチカが自分の背後に控えるミーシャへと問いかける。

 それにミーシャはこくりとひとつ頷き返しながら、


「間違いなく、そのようですね」


 己の主人に対して率直な感想を述べた。

 ちょうどその時、応接間のドアがノックされる。

 ハッと我に返ったアルマが慌てて顔を上げ「どうぞ」と応答すると、


「…………これはいったい、どういう状況だ?」


 扉を潜って姿を見せたのは、この屋敷の主であるディートハルトその人だった。未だに外套も着たままで現れたことから、おそらく帰宅直後に一直線にこの応接間までやって来たのだろう。

 あまりのタイミングの悪さにアルマは束の間、思考停止に陥った。

 一方、待ち人の登場に満面の笑みを浮かべるのは勿論エリーチカである。


「お帰りなさいませ、ディートハルト様! お待ちしておりましたわ!」

「……グランツ辺境伯令嬢、貴殿を我が屋敷に招待した覚えは一切ないが?」

「あら? ワタクシ、きちんと招待されましてよ? そこにいる貴方様の従僕にね」


 ディートハルトの硬質な声にも怯むどころか可憐な笑みを崩すことなく、エリーチカは目線だけでアルマを指し示す。

 それを受けてディートハルトは、彼にしてはやや粗雑に外套を脱ぎ近くに居た使用人に押し付けると、眩い金の髪を無造作にかき上げながら室内中央へと向かってくる。

 そんな一挙手一投足がすべて絵になる美青年は、先ほどまで会話をしていたエリーチカを完全に無視する形で、


「――アルマ」


 未だにソファーから動けずにいるアルマのすぐ傍まで来ると、何の躊躇もなく膝を折って目線を合わせてきた。覗き込んでくるタンザナイトの瞳は、事態の説明をアルマの口から求めている。

 きちんと説明しなければいけない。それが分かっているのに、ぐちゃぐちゃになった感情と思考が正常な判断を低下させる。そんな中でアルマがなんとか絞り出した第一声は、


「……お帰りなさい」


 という非常に陳腐な言葉だった。

 だが、ディートハルトはそれだけで嬉しそうに目を細めて優しく微笑んでくる。まるで特別な言葉を受け取ったみたいに。


「はい、ただいま戻りました。遅くなってしまってすみません」


 言って、彼はアルマが座るソファーのすぐ横に自らも腰を落ち着けた。

 そして長い足を優雅に組むと、正面で呆気にとられた表情をしているエリーチカを冷たく一瞥する。


「……彼女を招いたというのは本当ですか?」

「っ……ワタクシが嘘を吐いていると仰るの!?」

「私は貴殿には答えを求めていない。話の邪魔だから黙っていてくれないか」


 愕然とするエリーチカを放置し、ディートハルトは再び目線をアルマへと落とす。

 その眼差しの色の変化があまりにも顕著で。特別扱いという言葉の意味を、痛いほどに理解する。

 アルマは内心でエリーチカに罪悪感を覚えながらも、事ここに至る経緯を簡単に説明した。

 途中でエリーチカが何か口を挟んでくるかと思ったが、彼女は親指の爪をカリカリと噛むだけ。明らかに我慢している様子だったので、アルマも触らずに放置することを選択した。


「……ということで、緊急避難と言いますか、ネッケ侯爵令息様から匿う形でお招きした次第です」

「なるほど、ネッケ侯爵令息ですか。ファーストネームはお分かりになりますか?」

「確か……ヨルダン様、だったかと」


 アルマの言葉に耳を傾けながら、ディートハルトが口もとに右手を添えて何かを思考する。

 するとそこでようやく、エリーチカが長い沈黙を破って口を開いた。


「……ディートハルト様、ワタクシからご提案がありますわ」


 彼女にしては高圧的ではなく、感情を押し殺すような平坦な声だった。

 ディートハルトも目線を上げてエリーチカを見据え、言葉にはせずに目だけで続きを促す。


「ワタクシを貴方様の婚約者にしてくださいませ」

「断る」


 一刀両断。だが、想定の範囲内だったのだろう。

 エリーチカは特に気にした風もなく次の提案をする。


「では、そこの子供……アルマを、ワタクシに譲ってくださらない?」


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― 新着の感想 ―
[良い点] ディ―の溺愛っぷりが素晴らしいです。 更新を楽しみにしている小説です。 [気になる点] この作品だけではないのですが、わがままお嬢様はなぜ好きな人の前でそれほど醜悪な行動をとれるのか謎です…
[良い点] わあ、エリーチカさん…えー、ご愁傷様です<(_ _)> 生きて帰ることができたらいいねえ(*_*;
[一言] エリーチカはこの図々しい態度が腹立つのでやはり早々に退場していただきたい いずれ王女も邪魔してくるのかと思うと、ディーとアルマにしか興味がない自分にとっては憂鬱だ ただただ溺愛し・される二人…
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