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アルマ、目を付けられる


「……グランツ卿」

「おーおー、そんな嫌そうな顔するもんじゃねぇぞ? 若造なら年寄りは敬えってんだ」

「生憎と敬うべき相手は見極める性質(たち)ですので」


 そんなディートハルトの嫌味にも笑顔を崩さず室内へと入ってきたのは、ガッシリとした体格の男性だった。顔に深く刻まれた皺や白髪から察するに年齢は五十をとうに過ぎているだろうか。しかし老人と言うには妙に若々しく、溌溂とした雰囲気の持ち主だった。

 この人が先ほどのエリーチカ嬢の祖父であり、現グランツ辺境伯か――と、アルマがディートハルトの陰からこっそり観察していると、


「……で? そっちの嬢ちゃんが、うちの護衛に勝ったって子か? 庁舎内がさっきからその話題で持ちきりでよぉ、すげぇ噂になってるんだが――」


 ひょいと覗き込まれて、目が合う。

 その瞳には好奇心に満ちた子供のような輝きがある一方で、冷静に人を値踏みする強かさも感じられ、自然と背筋が伸びてしまう。

 そんなアルマの緊張が伝わったからか、グランツ卿はニッと白い歯を見せながら人好きのする笑みを浮かべた。


「おお、なかなかの別嬪さんじゃねぇか! ディートハルト、よくこんなの隠してたなぁ!」

「別に隠していたわけではありませんし、必要以上に近づくのは止めてください」

「んだよ、ケチ臭ぇな! いいだろう減るもんじゃねぇし」

「そういう問題ではありません。彼女は怪我人ですから、お引き取りを」


 アルマをガードするようにグランツ卿の視線を遮り、取り付く島も与えないディートハルト。

 しかしグランツ卿も押しの強さでは負けていなかった。

 彼はディートハルトの肩越しから遠慮なくアルマを見下ろし、


「お嬢ちゃん、名前は?」


 と、辺境伯とは思えないくらいフランクに尋ねてくる。

 顔だけこちらを向いたディートハルトが視線だけで「無視していい」と告げてくるが、そういうわけにもいかないので、アルマは最低限の身だしなみを整えると座ったままで折り目正しく頭を垂れた。


「お目に掛かれて光栄です、閣下。わたしはディートハルトさまの補佐官を務めております、アルマと申します。以後、お見知りおきを」

「……こりゃまた随分としっかりした嬢ちゃんだな……歳は?」

「九歳です」

「出身は?」

「わたしは孤児ですので、両親や出身地については存じておりません。先日までは王都のクレア孤児院でお世話になっておりました」

「剣は? どこで習った?」

「二年ほど前から、とある護衛職の方に定期的に師事をいただいておりました。あとは独学で少々……」


 アルマが素直に答えていくと、グランツ卿はなぜか難しい顔で黙り込む。

 何か失礼な発言でもしただろうかと内心焦りながら様子を窺っていると、


「……なぁ、ディートハルト」


 グランツ卿がディートハルトに水を向け、


「お断りします」


 中身を聞くまでもなく、ディートハルトが端的に返した。


「まだ何も言ってねぇだろうが……」

「流れから察することは容易ですので。たとえどんな条件を持ち出されても、私がアルマを手放すことはありません」

「……今なら、代わりにうちのエリーチカを嫁にやるぞ?」


 ニヤニヤしながら提案してくるグランツ卿に対し、ディートハルトが軽蔑と嫌悪の眼差しを容赦なく浴びせる。あまりにも無礼なその態度に、アルマの方がハラハラしてしまった。

 しかしグランツ卿は特に気分を害した風もなく、むしろ楽しそうにディートハルトの肩を叩きながら言葉を続ける。


「そうカリカリすんなよ、若人。俺だって本気で言ってるわけじゃねぇって分かってんだろ? 今日だって、お前に引導を渡してもらうために、わざわざ可愛い孫娘を連れてきたってぇのによぉ」


 その発言にアルマは驚いて目を見張る。

 てっきり、ディートハルトとの縁談のためにエリーチカをここへ連れてきたものとばかり思っていたが、真相はどうやら少し違ったらしい。


「自分が孫に嫌われたくないからと言って、こちらに責任を押し付けるのは止めていただきたい」

「そこは大目に見てくれよ。俺はエリーチカには優しいお祖父ちゃんで通してぇんだよ」


 口をへの字に曲げてそう主張するグランツ卿。その様子にディートハルトは呆れ交じりの吐息を漏らした。アルマも同じような気持ちになり、少々げんなりする。

 しかしそれと同時に心の片隅では、ディートハルトとエリーチカの縁談が成立しなかったことに対して、確かな安堵を覚えていた。別にエリーチカが悪い娘だとは思っていない。だが、ディートハルトと彼女が一緒にいるところを想像すると、素直に祝福できそうもないとも感じていた。


 これは――この気持ちは。いったいどこから来るのだろうか。

 アルマが人知れずひっそり思い悩んでいると、


「なぁ嬢ちゃん、今度うちの孫と見合いしてみねぇか? 年はお前さんより三つほど上だが、なかなかいい男に育ってるし将来有望だぞ?」


 グランツ卿が今度は標的をこちらに変えて手を打ってきた。

 まさかの展開にアルマが固まっていると、


「――グランツ卿」


 怒気を露わにしたディートハルトの低音が響く。先ほどのエリーチカ絡みの話題とは比べ物にならないほどに、冷たく尖ったその声からは、これ以上踏み込むことは許さないという明確な意思が剥き出しになっていた。

 これにはグランツ卿も思わずといった様子で瞠目する。

 だが、すぐさま表情を引き締め、やがてその口もとに不敵な笑みを宿した。


「……なるほど。こりゃあ本気で欲しくなってきちまうなぁ」


 グランツ卿の視線は真っ直ぐにアルマへと向けられている。

 その瞬間、アルマはここで初めてグランツ卿が本当の意味で自分を認識したのだと悟った。今まではおそらく、ちょっとした興味本位以外の何物でもなかった。しかしここにきて――おそらく、ディートハルトの入れ込みようを目の当たりにして、考えが変わったのだろう。


 それに気づいた結果、アルマは本能的にディートハルトの背中に隠れてしまった。普通に不敬だが、今は子供ということで見逃していただきたい。

 さらにアルマはグランツ卿の死角をつき、ディートハルトの上着の裾を僅かに引いた。

 このままここに居てはまた余計な話に発展しかねない。ここは退却が最善である。


「――手当も終わりましたので、我々はこれで」


 そんなアルマの意図を正しく汲みとったディートハルトは、すぐさま行動を開始する。

 彼はアルマを片腕で抱き上げ、もう片方の手でアルマのブーツを引っかけると、グランツ卿の反応を待つこともなく歩き出した。

 一方、唐突に会話を打ち切られた挙句に置き去りにされそうになったグランツ卿は、


「おい、アルマ! また今度ゆっくり話そうなぁ!」


 まったく反省の色や遠慮の色を見せずに、ディートハルトにではなくアルマに対して快活な声を上げる。

 願わくばそんな機会は訪れないで欲しいと思いつつも、騎士を目指す以上は避けて通れないことは確定的に明らか。

 本当に十二歳の子とお見合いさせられたらどうしよう……と半ば現実逃避をしながら、アルマは今日一番の深いため息をついた。


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― 新着の感想 ―
[一言] さっき映画の予告を見たせいで、グランツ卿が田中泯で再生されてうっかり惚れてしまいそう。。。
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