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アルマ、説得する


「そんなもん認められるわけねーだろ!!」

「ガルム!?」


 怒りの感情を表情にありありと浮かべた少年の登場に、アルマは目を丸くして素っ頓狂な声を上げた。

 そう、接客室へと乱入してきたのは誰あろう孤児院の年長組にして剣術訓練仲間のガルムである。

 アルマの一つ年上であるこの少年は、普段はあまり声を荒げることはない。

 だが今のガルムは明らかにいきり立っており、それがアルマを動揺させる大きな要因になっていた。


「まぁガルム! お客様の前ですよ! 勝手に入ってきてはいけません!」


 慌てて立ち上がり、ガルムの方へと駆け寄るクレア院長もまた、アルマと似たり寄ったりの顔をしている。それほど、ガルムがこのような暴挙に出ることは珍しかった。

 一方、院長に肩を掴まれ物理的に制止させられながらも、ガルムの攻勢は止まらない。


「院長先生! アルマは騙されてんだよ! どこの世界に孤児のガキを好待遇で引き取る貴族がいるんだ! 絶対に裏があるに決まってる!!」

「ばっ……!? 馬鹿ガルム!! 言っていいことと悪いことがあるでしょ!?」

「うるせぇ馬鹿アルマ! お前こそ顔が良くて金持ちの貴族なんかにコロッと騙されてんじゃねぇ!」


 捲し立てるように叫ぶガルム。その口から飛び出してくる内容にアルマは冷や汗が吹き出してくるのを感じた。いくら子供とはいえ、公爵相手にこれは不敬どころの騒ぎではない。

 相手がディートハルトなので無体なことはされないだろうが、場合によっては無礼打ちされかねない暴挙だ。しかもそれが元を正せば自分を心配しての言動であることが理解できる分、アルマとしても複雑な心境にならざるを得ない。

 と、そんなやりとりを静観していた男がここで初めて口を開いた。


「……心外だな。私がいつ、彼女を騙したって?」


 まだ二十一歳という年齢でありながらも、泰然自若を体現するディートハルトの物言い。

 それが余計に癇に障ったのか、


「あぁ!? お前以外に誰がいるんだよこの幼女趣味(ロリコン)公爵!」


 ガルムは痛烈な一撃を放つ。

 途端、ディートハルトの蟀谷(こめかみ)がヒクリと動いた。それに気づいたアルマは咄嗟にディートハルトへと抱きつき、服の裾を強く引っ張る。


「ディ、ディー! お、落ち着いて相手は子供だから……っ!」

「おいアルマ! なんでそいつの肩持つんだよ!」


 すると今度はガルムの機嫌がさらに急降下する。ちなみに彼を押さえるクレア院長の顔は白を通り越して真っ青だった。流石にアルマも黙ってはいられず、ディートハルトに抱きついたまま顔だけガルムに向けて怒声を返す。


「だってどう考えてもガルムが悪いでしょこれは!! ディー……トハルトさまは、確かにちょっと強引なところあるけど、全部わたしも納得済みでのことなの! 無理強いされてるわけじゃないから!」

「強引なところはあるんじゃねーか!」

「そ、それはそうなんだけど! ディー、トハルトさまは、その、なんというか……特別だから!」

「はぁ!? 特別ってなんだよ!? だいたいお前いい加減そいつに抱きつくのやめろよ!」


 部屋の外まで聞こえてしまいそうなほどの声量で交わされる、子供同士の低次元な罵り合い。

 ちなみにディートハルトは抱きついてきたアルマの腰にちゃっかり手を回し、途中からどこかこの争いを楽しんでいるような節さえあった。

 結局、この戦いに終止符をもたらしたのは、地を這うように極限まで低められた妙齢の女性の声だった。


「アルマ、ガルム――いい加減にしなさい」


 誰に対しても公平で優しく、滅多に怒りを表に出さないクレア院長の本気の叱責に。

 アルマとガルムは二人同時にピタリと動きを止めた。


「ご、ごめんなさい……」「……ごめん、院長」


 そして二人同時に謝罪の言葉を口にする。

 するとクレア院長は立ち上がり、ガルムの頭を強制的に下げさせながら自らもディートハルトに対して深く頭を垂れた。


「公爵様も、大変失礼いたしました。本来であれば許されることではありませんが、どうかご寛大な処置を……」

「いえ。気にしていませんし咎めるつもりもありません。ご安心ください」


 その言葉にホッと息をついたクレア院長は、バツの悪そうな顔で俯くガルムの肩を優しく撫でながら、視線はアルマの方へ寄越した。


「……アルマ、もう一度聞くわ。貴女は、公爵様のお屋敷でどうしても働きたいの? ガルムがここまで反対しても?」


 ディートハルトから離れたアルマは、クレア院長の問いに迷いなく頷いて見せる。


「――うん。わたしは、公爵さまの……ディートハルトさまの、役に立ちたい」

「そう……分かったわ。公爵様、アルマの事、どうぞよろしくお願いいたします」


 そう言って、またもやクレア院長は頭を下げる。

 当然、反駁したのはガルムだった。


「!? 院長先生、なんで!!」

「ガルム、これはアルマと公爵様がお決めになったこと。貴方に口を挟む権利はないのよ」

「っ……俺は、アルマの家族だ! 家族のことに口出すのはおかしなことじゃない!」

「ええ、そうね。でも、そういうならば家長である私が、アルマの判断を支持したのよ」


 クレア院長が意見を変える気はないと理解したのだろう。ガルムが泣きそうな顔で唇を噛みしめる。

 その顔が、かつての――十歳の頃のディートハルトと重なって。

 アルマは思わずガルムに声を掛けた。


「……ガルム、ちゃんと定期的に顔出しにくるから、認めてくれない?」

「っ……ゼム師匠との剣術の訓練はどうすんだよ」

「ゼム先生には今みたいに師事することは出来なくなると思うけど、剣術はもちろん続けるよ。わたし、騎士になることをやめたわけじゃないし」

「……そう、なのか?」


 ガルムが意外そうな顔をしたのに、むしろアルマの方が意外な気持ちになる。


「当たり前だよ。わたし、十二歳になったら騎士団の入団試験受けるし」

「…………そいつの屋敷で、暮らすのにか?」

「うん? それとこれとは話が別じゃない? 別にずっと屋敷にしかいないわけじゃないし」


 ケロリとそう口にすれば、ガルムは何故かディートハルトを一瞥する。

 ディートハルトは無表情のまま、ガルムの視線をただただ受け止めた。

 どこか男二人だけが分かり合う空気を感じてアルマが首を傾げていると、ガルムが心底嫌そうな顔をしながら絞り出すように言った。


「…………なんか問題があったら、すぐに帰ってくるって約束しろ」

「っ! うん、分かった。帰って来た時には手合わせしようね!」


 言外にガルムからの了承を得たことを察して、堪らず安堵の笑みを浮かべるアルマ。

 するとガルムが険しい顔のままこちらへと近づいてくる。何かと思えば、彼は椅子に座ったままのディートハルトの横に立った。そして、アルマの耳には届かないほどの小さな声で、低く唸る。


「……いつか絶対連れ戻すからな」

「――なるほど、確かにこれは番犬だな」


 同じように小声で返されたディートハルトの言葉を拾ったのは、やはりガルムだけだった。



 こうして闖入者はあったものの、無事に許可を得ることに成功したアルマは。

 帰りの馬車の中で飽きもせず自分を見つめてくるディートハルトにこう尋ねた。


「……ところでディー、ひとつ気になってることがあるんだけど」

「なんですか?」

「もしかして、私の名前、アルマって呼びにくい?」


 実は昨日から少し気になっていたことだった。

 再会直後はレスティア様、その後は何度かアルマ様と呼ばれることもあったが、呼び捨てにされる場面にはほとんど出くわしていない。

 ディートハルトの中ではまだ自分はやはりレスティアであって、だからアルマと呼びづらいのかなと自分なりに推測したことを補足で話せば、彼にしては珍しく決まりの悪そうな表情を見せた。


「……そういうわけではありません。どちらかと言えば貴女を呼び捨てにすること自体に抵抗があるだけです」

「あー……なるほど? でも、わたしもこれからディーのことはディートハルトさまとか、公爵さまって呼ぶだろうし、ディーも慣れてくれないとわたしが困るかも」


 平民と大貴族である自分達には明確な線引きが必要である。

 そう主張するアルマに、


「それなんですが……二人きりの時には、変わらずディーと呼んでくださいませんか?」


 ディートハルトはどこか懇願めいた眼差しを向けた。


「確かに対外的には必要なことだと理解しています。ですが、プライベートは別です。僕は……貴女だけには、変わらずにディーと呼んで欲しい」


 その切実な響きを、無下にすることが誰に出来るだろうか。

 アルマは柔らかく微笑んで、首肯した。


「……いいよ。そうしよう。その代わり、ちゃんとディーはわたしのことアルマって呼んでね」

「――はい、アルマ」


 艶めく声を、見る者を虜にする蕩けるような笑みを、真正面から浴びせられて。

 直視に限界を感じたアルマは目線をわざとらしく窓の外へと向けながら、自分の心臓の煩い音を聞いていた。


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