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アルマ、孤児院へ行く


 ディートハルトと再会した次の日の午後。

 前日夜から今日の午前中にかけて公爵家の侍女さんたちの手により身綺麗にされたアルマは、ディートハルトと共にクレア孤児院へとやってきていた。

 もちろん、院長先生に事情を説明し、ディートハルトの屋敷で働くことを承諾してもらうためである。

 近くまでは公爵家の乗り心地の良い馬車で、貧民街に入ってからは徒歩でやって来た二人を、院長である妙齢の女性クレアが玄関先で出迎えた。


「アルマ! 良かったわ無事で……!」

「わっ……!? っと、院長先生ごめんなさい。心配をかけて」


 質の良いワンピースに皺が出来るのもお構いなしに、ぎゅうぎゅうと抱き込まれる。

 心配性でお人好しのこの院長がアルマは好きだ。

 少しふくよかな背中を撫でながら謝れば、彼女は我に返ったように顔を上げ、急いで身だしなみを整えた。そして視線をアルマの隣、比較的ラフな装いながらも気品が隠し切れない美青年へと向ける。


「取り乱してしまい申し訳ございません。アメルハウザー公爵家の方とお伺いしておりますが……」

「ご挨拶が遅れてしまい、こちらこそ失礼いたしました。私はアメルハウザー公爵、ディートハルトと申します。本日は彼女の件でご相談に上がりました」

「公爵様自ら、足をお運びに……!?」


 クレア院長の驚きは当然のものだった。クレア孤児院は吹けば飛ぶような規模の小さな孤児院である。

 後ろ盾として少々金銭に余裕がある男爵家がついてはいるものの、わざわざ公爵家の――しかも現当主が足を運ぶようなところではない。おそらくクレア院長も、公爵家の代理人が来るものと思っていたのだろう。

 狼狽するクレア院長の姿に、庭で遊んでいた孤児院の子供たちも何やら不穏な空気を感じたようで、遠巻きに様子を窺っている。

 アルマは急いでクレア院長の手を握ると、やや強引に室内へと引っ張ることにした。



「――ということで、これからアメルハウザー公爵様のお屋敷で働かせて貰えることになったの。今日はその許可を貰いに来たんだけど――」


 孤児院内にある接客室で。

 アルマはクレア院長に簡単な昨日の経緯説明と、ディートハルトの屋敷で住み込みで働くことへの許可を求めた。クレアは最初こそディートハルトの存在に委縮していたようだが、話を聞くうちに落ち着きを取り戻したのか、アルマとディートハルトを交互に見ながら、静かに耳を傾ける。

 そして、アルマの説明を一通り受け取った彼女は、


「……アメルハウザー公爵様、無礼を承知で申し上げますが、アルマはまだ九歳です。それを突然、住み込みで働かせるとは、いったいどのような了見でいらっしゃるの?」


 アルマにではなく、ディートハルトに対して鋭い視線を向けた。

 対するディートハルトは穏やかな笑みを浮かべ、クレア院長に応える。


「貴女もご存じのことと思いますが、彼女は非常に向上心の強い方であり、また自立心旺盛な方でもあります。そして大変に聡明だ。そんな彼女が孤児院のために働きたいと申し出ているのですから、その意思を尊重したいと私は考えている次第です」

「それにしたってまだ早すぎますわ。子供の勇み足を諫めるのは、我々大人の役目ではなくて?」


 確かにアルマは客観的にみて幼い。しかし中身は成人女性のそれである。

 だがそんな事実は知る由もないクレア院長がアルマを心配するのは自然なことだった。

 さてどう説得したものかとアルマが言葉を探していると、先にディートハルトが口を開いた。


「生憎と私は彼女を子供だとは思っておりません。一個人として尊重し、敬意を払うに値する人です」

「そうお考えなのは何故なのでしょうか? 公爵様はアルマとは昨日、初めてお会いしたのではないのですか?」

「いいえ、実はこれまでにも私と彼女は親交があったのです。職務上、お話することは叶いませんが」


 さらっと嘘を吐くディートハルト。否、見方を変えれば確かにレスティア時代に親交があったわけだから、完全に嘘というわけではないかもしれないが。


「ですから、彼女のひととなりは誰よりも理解しているつもりです。その上で、私は彼女を我が屋敷に招きたいと考えています。私にとって、彼女ほど信頼できる人物はいませんから」


 臆面もなく断言するディートハルトに、聞いているアルマの方がこそばゆくなってくる。

 少し火照ったような気がする顔を掌でそっと押さえていると、いつの間にかディートハルトの視線が自分の方へと向いているのに気づき、余計に恥ずかしくなった。

 とそこへ、クレア院長がアルマに声を掛ける。


「……アルマ、公爵様のお話は本当なの?」

「えっ!? あ、はい! 本当です……!」

「まさか、貴女が危ないことをしたんじゃないでしょうね……?」

「そっ……んなことは、してないです。ちょっと街で買い食いとかした仲っていうか……」


 説明に困って咄嗟にレスティア時代のもっとも穏当そうなエピソードを引っ張り出したアルマだが、誰がどう見ても挙動不審だった。

 声は上ずり目も泳ぎっぱなしのアルマに、クレア院長は呆れ交じりのため息をつく。


「公爵様……やはりこの子には荷が重いとは思いませんか……?」


 クレア院長の再三にわたる疑義にも、ディートハルトは悠然と首を横に振った。


「いいえ、まったく。それに……失礼ですが、貴女も彼女のことを、ただの子供と思っているわけではないでしょう?」

「……どうして、そうお思いに?」

「本当に彼女を判断の覚束ない子供だと思っているのであれば、貴女は有無を言わさずに今回の話を拒否されたでしょう。たとえ相手が高位貴族であっても、貴女はそれが出来る方だと私は判断しました」

「それは……買い被りというものですわ」

「ご謙遜を。ともかく、貴女は彼女をきちんと判断能力のある一個人として扱っていると、私の目には映りました。違いますか?」


 ディートハルトの言葉に、クレア院長は何とも言えない困ったような曖昧な笑みを浮かべた。当たらずとも遠からず、といったところなのだろう。

 そんなクレア院長に対して、今度はアルマが真剣な面持ちで声を上げた。


「院長先生……わたしは、確かにまだ子供だけど、自分に出来ることと出来ないことは弁えているつもりです。だから、見守ってくれませんか……?」


 クレア院長は驚いたように口もとに手を寄せながら、アルマの顔をじっと見つめていた。

 アルマも自分の意思を通すべく目を逸らさず、返答を待つ。

 薄っすらと緊張感が漂う中、その静寂を破ったのは――クレア院長でも、ましてやアルマでもディートハルトでもなかった。


「そんなもん認められるわけねーだろ!!」


 来客室の扉を蹴破るように入ってきたのは、赤茶色の髪の小柄な少年だった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 連載ありがとうございます! [一言] ディーの囲い込みがスゴイ…!でも、私もアルマちゃんには騎士になって欲しいなぁ。せっかくの才能もったいないし、ディーの守られるままにはなって欲しくないで…
[一言] うん、来ると思ったよ。アルマはもてもてだね。
[一言] この先どうなるか分からんけど今生でも騎士目指して欲しいなー 自分の意思で今回も剣をとった訳だし 公爵的には危ない仕事には就かせなくないかもしれんけど
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