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レスティア・マクミランの最期

※短編『前世で面倒を見ていた可愛い年下騎士公爵は、生まれ変わった私を何が何でも捕獲したいようです。』(n4597hk)の連載版となります。

1話~3話は短編版の本文内容と同じですので、短編版を読まれた方は4話からお読みいただけますと幸いです。よろしくお願いいたします。

 レスティア・マクミランとしての最期の記憶は、やたら鮮明だった。


 少数精鋭で組織された騎馬隊による夜襲。

 悪天候をも味方につけ見事、敵将の背後を取ることに成功した隊長レスティアと旗下三十余名の騎士たちは、ここを自らの死に場所と定めた。

 無論、敵将の首を手土産にすることを至上命題として。


 ――没落貴族の出身で、女性。


 そんな、おおよそ誉れ高きリーンヘイム王国の第二騎士団所属に似つかわしくないレスティア・マクミランだったが、剣才に恵まれ、鍛練を惜しまず、齢二十四にしてこの奇襲作戦の隊長にまで登り詰めた。実力主義を掲げる王国だからこその人事。レスティアは王国の寛容さに深く感謝を捧げた。

 当然ながら騎士として散ることに悔いなどない。

 国境付近であった故郷は敵国によって既に焼かれた。帰りを待つ者もいない。


「レスティア様、道は我らがッ!!」

「任せた!」


 部下にも恵まれた――ああ、なんといい人生だったことか。


「クルーシアの英雄、バロール中将とお見受けする! 我が名はリーンヘイムの騎士レスティア! その首、貰い受ける!」

「ッ女ごときが舐めた口を! 貴様にくれてやる首など――あると思うてか!!」


 怒りの中に微かな焦りを滲ませた敵将の剣筋を、レスティアは冷静に愛刀で受け止める。

 と同時に、意識を研ぎ澄ませて周囲を警戒する。


 ――手出ししてくる様子は皆無。そのことに内心で安堵する。


 将同士、一対一の構図となってからの横槍はご法度。

 そんな騎士の矜持を敵国も有していたのは幸いだった。

 所詮は奇襲、人数差は覆せない。圧殺されたらそれで終わりだ。


 そもそも馬上の鍔迫り合いで相手に分があることは体格差からも明らかだった。

 先ほどから雨とも汗とも判別不能の雫で視界がぼやけるが、繰り出される剣の膂力を受け流すのに必死で額を拭う暇もない。

 長期戦ではこちらの首が飛ぶ――ならば、


「ッハァ!!!」


 一気呵成とばかりに、レスティアは巧みに手綱を操ると敵将の右側を抜けた。

 敵将は右を選択したこちらの手に一瞬、わずかだが気のゆるみを見せる。

 しかしそれこそが狙い。右利きであるレスティアがわざわざ右を選択した時点で、こうなることを敵将は予測すべきだった。


 レスティアは、一分の迷いもなく、自馬を捨てた。


「な、……あ?」


 手に持った愛刀を放り、長年連れ添った愛馬の腹を蹴り、敵将へと組みついたときには勝負が着いていた。

 腰から速やかに抜いた短剣で相手の喉を引き裂く。

 首を落とすまではいかないが、即死の手触りはあった。


 その時、敵将の絶命を嘆くかのように、足下の馬が大きく前足を上げて(いなな)く。

 実際は敵兵による流れ矢を脚に受けての行動だったが、それを知覚したときには既に手遅れだった。

 ぐらりと後ろに傾く身体。立て直そうにも、敵将の死体が邪魔で回避行動がとれない。


「グッ……ハ……ッ!!!」


 背中から地面に身体が落ちる。咄嗟に身体を捻ることで敵将の下敷きになることを避け、細い身体が地面を舐めた。

 しかし痛みを感じる間もなく、己に降り注ぐ無数の弓矢をレスティアは確かに見た。

 反射的に急所を守るが、肩、腕、太腿、脹脛と弓矢は鎧の隙間を縫って確実にこちらの生命を削っていく。


 そして止めとばかりに、レスティアの脇腹へめり込んだ矢は、そのまま内臓にまで到達した。


 レスティアの口から夥しい量の血が零れる。急激に冷えていく身体の感覚に、致命傷だと悟る。

 近づきつつある終わりの足音に、レスティアはある種の満足感を覚えた。


 敵将――それも英雄と名高きバロール中将の死が知れ渡れば、ただでさえ疲弊している敵国の士気が大いに下がることは自明の理。

 八年以上も続くこの戦いも、戦線が維持できなければやがて終焉を迎えるだろう。


 (そうなれば、あの子(・・・)の未来も安泰――その礎となれるのならば本望だ……)


 死にゆくレスティアの脳裏に浮かぶのは、まだ年若い少年の姿だった。

 女性の自分に対して偏見なく実力を評価し、隠すことなく憧れの眼差しを向けてくる、優しくて愛おしい存在。

 彼が成長する姿を見れないことは残念だけれど、きっと立派になるだろう。


 レスティアは目を閉じる。もはや指先を動かす力はなかった。

 しかしレスティアの死を阻止せんと、


「……ッ…………レスティア様ッ!!!!」


 遠くから、悲痛な声がレスティアの耳朶を打った。

 それが愛しい者の声だと気づいたのは、レスティア自身の願望に他ならない。


 ――もし、分不相応にも己の最期の瞬間に誰か立ち会ってくれるのならば、その相手はあの子がいい。


 レスティアがそんな感情を持ったばかりに、神は彼を戦場へと駆り立てたのではないか。

 であれば、レスティアは神を呪うしかない。

 こんな、人の命が蝋燭の(ともしび)がごとき苛烈な戦場に、まだ年若いあの子の姿があっていいはずがない。


「っぁ……! ……かっ……ひゅー……っ……」


 レスティアは来るなと叫ぼうとしたが、漏れるのは醜い呼吸音だけだった。

 あまりの悔しさに、死を覚悟したときですら出てこなかった涙が滲む。


 やがて、レスティアの周囲の空気が変わった。

 まるでそこだけが戦場とは不釣り合いな、雨の音だけが、やさしく降り注ぐ。


「レスティア様! 目を開けてください! レスティア様!!!」


 誰かが――いや、あの子が。自分の手を握ったことだけが、確かに伝わった。

 レスティアにそれを握り返す力は残されていない。落ちた瞼をあげることすら難しい。

 頬に感じる雨粒に交じる温かな雫はきっと、あの子の涙なのだろう。


(ごめんね……ごめん、ディー……なかないで……)


 それが、レスティアの最期の記憶。

 この日はのちに【グラーツ渓谷の夜】と名付けられ、八年半にも及んだリーンヘイム王国とクルーシア王国間の泥沼とも呼べる戦争に終止符を打つ歴史的転換点として、語り継がれることとなった。


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