八券士
久しぶりの投稿です。読んでいただければ幸いです。
「プシュー」
電車のドアが閉まり、ガタンと動き出す。大学生の安八遼は座席から窓のほうを見やり、左から右へと移動する車窓を見ていた。
今日は数量限定フィギュアの発売日。そのフィギュアは予約でも購入できるものだが、遼は実際に手に取って購入したかった。遼の住んでいる町から少し離れた○○市にあるアニメグッズ屋で発売されるということで、彼は午前中の上り電車に乗り、そのお店がある最寄りの駅に向かっていた。
ところが、その途中の駅に停車後、電車は発車しなかった。しばらくしてから車掌のアナウンスが流れる。
「ただいま、変電所のトラブルで送電が停止しております。そのため、☆☆線は△△と□□の間で不通となっております。運転再開の見込みは立っておりません。お客様には大変ご迷惑をおかけしております」
△△は遼が乗った駅、□□はアニメグッズ屋の最寄り駅で遼の降りる駅である。
遼は気が気でなかった。というのも、遼が購入しようとしていたフィギュアは人気メーカーのもの。売り切れ必至の商品だ。お店に着くのが遅くなれば売り切れてしまうかもしれない。そう遼は思った。
車掌の指示で全ての乗客は電車が停車した駅で下車した。彼は途中下車した駅からバスを乗り継いでなんとかアニメグッズ屋に向かった。
昼を大きく過ぎ、日が少し傾いてきた頃に到着。遼は店内に入った。
とその時、売り場にそのフィギュアがたった1つだけあった。遼ははやる気持ちを抑えつつ、商品に手を伸ばそうとした。だが、先客が満足げな表情でその商品を持っていき購入してしまった。
遼は愕然とした。電車が不通になってもバスを乗り継いでやって来たのに、あと一歩で商品に手が届きそうだったのに。どうして、どうして。
ふうと息をついたその時、遼は自分の口から何かが出ていくような感覚を覚えた。目を見張ると何と白い玉のようなものが浮かび上がり、それが正八角形状に分かれ、それから八方にシューンと飛び去ったのだ。
あまりにも謎の現象により、遼は訳が分からずじまい。とにかく、遼はフィギュアを買うことはできず、がっくりしたまま帰りの電車に乗り、帰宅するのだった。
その数日後のこと。特留一郎は大学から帰宅した時、自宅の庭が光っているのに気づく。庭の光っているあたりの土をかき分けると、硬券切符を見つける。一郎は切符の土を払い、それを自宅に持ち帰った。
一郎は幼い頃から遊園地の入場券などを集めるのが好きで、彼の趣味である。
一郎はその切符を他の券も収められているスクラップブックに閉じた。切符は大きさ縦1cm、横3cmくらいで色は白色で、何も書かれていなかった。
しかしその後数日して、切符にはQRコードのような印字が出てきた。一郎は驚いたが、どこかわくわくするような気持ちもあり、彼は自分のスマホでそのQRコードのような印字を読み取った。
そうすると、「数量限定フィギュアが買えなくてとても残念」と表示された。
一郎は一瞬首を傾げたが、すぐに納得した。これはもしかすると遼のことを言っているのではないかと。
というのも一郎は遼の友人であり、遼がフィギュアに造形が深いことは知っていた。一郎は遼がフィギュアを買うことができなかったことをかわいそうに思った。一郎は何かできないものかと考え、遼に連絡した。そうすると、一郎の他にも遼に連絡した人が7人いた。7人も一郎や遼の大学の同級生で友人。全員、一郎と同じく光った場所から切符を手にしていたのだ。
7人の名前は指宿望美、馬場義人、車信子、緑川道彦、数多雪乃、行方弘明、定沼桐である。望美達も遼に同情し、力添えしたいと申し出た。古典が好きな望美は『南総里見八犬伝』の「八犬士」にちなみ、一郎達切符を入手した8人を「八券士」と称することを提案。全員が同意し、一郎達は「八券士」となった。
遼は一郎達「八券士」に自分はフィギュアが買えなかったことを話した。
全員が同意し、「八券士」は遼が買えなかったフィギュアの手掛かりを探すことになったのである。
数量限定とはいえ、何か再販などの情報があるかもしれない、と遼は思い、一郎達に情報収集などを依頼。
こうして、「八券士」は遼が買えなかったフィギュアに関する情報を集めることになったのである。
数量限定フィギュアに関する情報を探す一郎達。インターネットで調べてみるとフィギュアの再販情報はどうやらなさそうであるということが分かった。念のため、フィギュアを扱った雑誌も確認してみたが、インターネットで得た情報と同じだった。遼は薄々フィギュアは買えないのだろうと半ば諦め、アニメグッズ屋で買えなかったときの落胆よりは小さいもののがっかりした。
まあまあ気を落とさないでと一郎達は遼をなだめ、その後、何気ない談話を楽しみながら皆で歩き、それぞれ家路へと向かった。
その数日後のこと。望美は読書中に机の上に置いていた例の切符が光っているのに気づく。手に取ってみると、「数量限定フィギュアが買えなくてとても残念」という最初のメッセージの下に再びQRコードのような印字が出てきた。望美はそれを自分のスマホで読み取った。そうすると、以下のようなメッセージが出てきた。
「丈夫な台座を用意すべし」
何のことだろうか、と望美は首を傾げた。その後一郎に新たに現れた切符のQRコードを読み取ることでで新規のメッセージが表示されたと連絡した。一郎によると自分の持っている切符に新たにQRコードが表示され、それをQRコードをスマホで読み取ると新たなメッセージが表示され、
「堅い右腕を用意すべし」と書かれてあったという。
その後、望美は丈夫な台座になるものを探したが、丈夫な台座は見つからず、仕方なく、家の中にあった木製のコースターを台座にしようと考えた。
このコースターは望美の家にたくさんあり、余っていたものである。
一郎も堅い右腕を探していたが望美と同じように堅い右腕は見つからず、ラップの芯と使い古したテニスボールで代用する他はなかった。
他の八券士も同様に「堅い右腕を用意すべし」とか「頑丈な腰の部分となる物を用意すべし」とか、何らかのまるで何らかの部位を示すようなメッセージをそれぞれ受け取った。
彼らも自分が受け取ったメッセージに書かれた物を探したが、「堅い」「頑丈な」ものは見つからず、やはりそれぞれ代わりとなるものとして紙製や木製、プラスチック製の物を用意した。
八券士がメッセージにあった物を用意すると、再び切符にQRコードのようなものが現れ、それぞれ八券士がそれをスマホで読み取ると「○月○日に集めた物を△△に持ってくること。なお、集めた者と依頼者は必ず立ち合うこと」と表示された。
一郎は遼に連絡し、日にちの近い○月○日に一郎達が時間を要せず集合できる△△に集合することになった。
そして、その○月○日当日。△△に一郎達八券士と遼が集合した。一郎達はそれぞれ受け取ったメッセージにある物を用意した。八券士が受け取ったメッセージには「台座、右腕、左腕、右足、左足、頭部、胸部、腰部」とあり、一郎達全員がそれを共有。何か人型の物の材料なのではないかと一郎は思い、そのことを遼や望美達に尋ねると彼らもそうだと答えた。
そうすると突然全員のスマホが鳴り響く。画面を見ると、八券士のスマホに「台座を敷き、用意した物を人型に組み立てよ」と表示されていた。今まではQRコードのようなものを読み取ることで表示されていたものが、今回はそのようなことをすることなく表示されたのだ。
その中で遼は初めてメッセージを受け取り、「組み立てた物を見届けよ」とあった。
その後、人型になるように八券士それぞれが材料を配置していく。台座の上に右足、左足、腰部、胸部、右腕、左腕、そして頭部と一つずつ置いていく。すべての材料は色も素材もそれぞれバラバラではあるが、一郎達の前には人型になったものが立っている。
とその時、まばゆい光が辺りに広がる。10秒過ぎたあたりで光は消え、人型のものはまるで遼が探し求めていたようなフィギュアに変化した。フィギュアは人間の姿をしており、厳しさとも優しさともとれる表情をした和装の人物だった。
その後自然と拍手が鳴り響き、フィギュアは拍手に包まれた。
遼は思わず涙を流した。また、一郎達八券士の涙腺も赤らんでいた。皆、肩を抱き合い、それぞれの頑張りをたたえた。
結局のところ、光り輝いた切符、QRコードのような印字、スマホで読み取ることで現れたメッセージ、八券士が材料を集めることで完成したフィギュアなどは謎のままだった。そして、その切符はいつの間にか消滅したのである。しかし、フィギュアは消滅することはなかった。
それから数ヵ月が経った。遼はアニメグッズ屋で多くのフィギュアに目を輝やかせていた。和装フィギュアは、他のフィギュアと共に定期的に手入れを行い、遼は充実した日々を過ごしていた。そして、一郎達との交流は続いた。
後日談になるが、和装フィギュアの一件で、望美が「八券士」の名称を気に入り、その後も自分達を「八券士」と称したそうである。「八券士」の隊長は望美により一郎に任されたが、彼は少し恥ずかしかった。
「八券士」の活動について最も乗り気だったのはやはり望美であり、実は彼女が影の隊長ではないかと学内では噂になっていたようだった。
いかがだったでしょうか。『南総里見八犬伝』の「八犬士」から着想を得て、今回「八券士」の話を書きました。
読んでいただき誠にありがとうございました。