持ち物検査(桃花)
『明日は持ち物検査の日』
学校の廊下に張り出された掲示板に一枚のプリントが貼られている
「そうか、明日は持ち物検査か」
私は隣にいる彩音と一緒に掲示板を眺めていた。
「こんなの抜き打ちじゃないと効果ないと思うけどな」
「それはそうかも」
彩音も同じ意見のようだ。
そりゃそうだ、この検査の日だけきちんとしてれば問題はないのだから。
意味がないと思う。
「そういえば、午後から家庭科室でホットケーキを作れるみたいだよ」
「そうなの?」
彩音に詳しく聞いたところ、放課後に家庭科室でホットケーキ作りを体験できるらしい。
「私、明日は家の都合で学校に来れないから桃花ちゃんとできたらって思ってたんだけど」
「なら私も行くよ。材料費とかはいらないんだよね?」
「うん、手ぶらでいいみたい」
こうして私の放課後に楽しみができた。
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ホットケーキ作り
「手元に材料はありますか?」
家庭科の先生が材料の確認をして、お手本を見せる。
フライパンを上手に使って、ホットケーキを空中に放って裏返す。
ポフッという音を立てて着地したそれは非常に綺麗な出来だった。
「それでは、皆さんで作ってみましょう」
先生の合図とともに私たちも作り始める。
ボウルに材料を入れ、かき混ぜ、生地を作る。
ここまでは簡単にできた。
しかし、問題は焼き方だ。
私はフライパンを強火にしたまま焼いたので生地が張り付いてしまった。
フライパンを先生みたいに振るが張り付いたままだ。
「えい!」
それでも力を入れて振るとホットケーキは天井付近まで頭上高く、舞い上がった。
そこへガラガラと家庭科室の扉が開く。
「すいません。調理中に失礼します」
カメラを持った教頭先生が入ってきた。
どうやら学級新聞で使う写真を撮りに来たのだろう
その矢先、教頭先生の目の前に私のホットケーキが落ちる。
ドスッという音を立てて着地したそれは非常に無残な姿だった。
家庭科室では笑いが起こったが、教頭先生は笑えない。
教頭先生は眉を寄せ、しかめっ面になる。
明らかに不愉快な顔をしている。
・・・ ああ、私のホットケーキが… ・・・
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「ええ、アクシデントもありましたがこれでホットケーキ作りは終わります」
結局、私のホットケーキは失敗したので、彩音のホットケーキを分けてもらった。
「ま、失敗することもあるよ桃花ちゃん」
「ほんとだね。あと一歩、教頭先生が踏み込んでくれたら面白くなったんだけど」
「いや、お笑いの方じゃなくて……気にしてないならいいけど」
それからしばらくして食器を片付けたりする時間になった。
「あれ、先生。そのホットケーキミックスの粉…」
テキパキと片付けをしている先生に私は声をかけた。
「あ、これ。余っちゃったみたいね、よかったら家で作ってみる?」
「もらっていいんですか?」
「余分にあるもの」
先生はそういうと未開封の粉を私たちにくれた。
家には牛乳もあるし時間のあるときに作ってみよう。
こうして私の楽しい1日が終わった。
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『さて、持ち物検査を始める。』
日付は変わって翌日の朝。
掲示板に告知されたようにホームルームの時間に担任の先生から持ち物検査を受ける私たち。
教室にはみんな着席してランドセルが机の上においてある。
まさか、この検査で引っかかる人はいないよね。
『と、言いたいところだが。持ち物検査の前にUSBメモリを持っているやつ、正直に手を上げろー』
担任の先生の野太い、やる気のない声が教室に響く。
この先生、何の冗談を言うのだろう。
そんな、ハイテクなものを持つ子供がいるわけないじゃないか!
「4、5、6。 6人だな速やかに提出するように」
・・・・い、居たんだ。
「最近、校内でUSBで手紙のやり取りのようなことをしていると職員会議で話があったところだ」
『ちくしょー、誰だ裏切り者は』
『USBなら小さいからバレないって思ってたのに』
数々の恨みのこもった鳴き声。
「なお、この後に及んで隠し持ってるやつは返還されない覚悟でいるように、ズボンのポケットとランドセルの中、細かいものが入るところまで先生は確認するからな」
『くそ』
『それはないだろ』
「2人増えたな、他はいないな」
まさか、そんなことをする生徒がいたとは。
取り上げられた人たちは呆然と椅子に座っている。
その絵面は白と黒のカラーリングが似合いそうな絶望の形相。
「スリルを求めてやっているのかはわからんが、ここは学校だ麻薬の密売のようなこそこそした行いは健全な精神の成長という観点からよくないことだ」
先生の、長い長いお説教が始まった。
私はトイレに行きたくなったので先生に許可をもらってお手洗いに急行。
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「いや、すっきりした。さて教室に戻ろう」
私がトイレから戻り
教室の入り口を横にスライドさせるとみんなが私を避けるように目をそらした。
というか、私が怖がられてる?
私を避けるように椅子を後ろに引いたり、何か物珍しいものを見るかのような視線。
一体、何があったのだろう。
私の机の上にはランドセルの中からだした学習道具。昨日、家に置き忘れたホットケーキミックスの粉。
どこからか、ひそひそ声が聞こえる。
『まじかよ、あいつ麻薬の密売じゃん』
『この時代から人生棒に振るって、強いな』
『え、やだー。このクラスから犯罪者?』
『今、先生が警察に電話しに行ったからむやみに騒ぐな』
「彩音。なんかみんな、この粉を誤解してるんだけど・・・」
透明の袋に包まれた白い粉は存在だけで影響力があるようだ。
私は彩音に弁明を頼もうとするが。そういえば彩音、今日は休むって言ってたっけ・・・
これは、まずい弁明しなければ。
というか学校に大麻を持ち込む小学生という非現実性を疑ってはくれないの?
「え、ちょっと待って。みんなこれは違うんだ!」
私はホットケーキミックスを持ち上げる。
『うわ、こっちくんな』
『きゃああああああああ』
悲鳴が木霊した。
・・・ え、嘘? 嘘だよね ・・・