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 カフェに着いた。

 通りの喧騒とは違い、カフェの中はとても落ち着いていた。

 店主のこだわりが強そうな内装だった。アンティーク品とか好きそう。明かりはやや暗めに設定されている。


 席に案内されると、ネルは慣れた調子でコーヒーを二つ注文した。

 コーヒーがメインとはいえ、他の飲み物もいくつかあるのだが、選ばせてはくれなかった。奢ってもらう身なのだから、文句は言えないのだけれど、俺はコーヒーがあまり好きではない。といっても、コーヒーが飲めないわけではないし、すごく嫌いなわけでもないので、ありがたく飲ませてもらうことにする。


「お洒落だと思いませんか?」


 このカフェのことを言っているのだろう。


「お洒落だと思う」


 他のカフェがどんな感じなのか知らないので、比べることはできないが。


「そして、そんなカフェに足しげく通っている私もお洒落だと思いませんか?」


 お洒落ではないと思う。

 だがしかし、本音は言わずに曖昧に笑ってごまかすことにした。


「さあ、どうだろう?」

「そこはお世辞を言うところです」


 ネルはがっかりしたような口調で言った。どうやら、俺の回答がお気に召さなかったようだ。


 承認欲求が強いのかもしれない。承認欲求を持つのは悪いことじゃない。俺だって多少はある。だが、それが強く膨らみすぎるのは、よろしくないのかも。


「いや、だってさ」


 と、俺は反論を試みる。


「さっき『お世辞も過ぎれば皮肉になるということを、よーぉく覚えておいてくださいね』って言われたからさ」

「今はお世辞を言っても、まったく問題ない場面ですよ」

「でもさ、お世辞だってわかってるのにお世辞を言われても、まったく嬉しくないだろ?」

「そんなことはありません」


 ネルはぶんぶんと首を振って否定した。


「褒められるのは、それがたとえお世辞だろうと嬉しいものなんです」

「そうかぁ?」

「そうですよ」

「ふうん?」


 そんな話をしていると、コーヒーが二つ運ばれてきた。小さく上品なカップに注がれたコーヒーは、とてもおいしそうに見えた。


「飲みましょう」


 頷くと、俺はコーヒーを一口飲んだ。

 ブラックのコーヒーは苦いので、得意ではない。そもそもコーヒー自体、それほど好きではない。だがしかし、このコーヒーは結構おいしく感じられた。苦味と酸味と旨味が、絶妙に調和されている。


「いかがですか?」

「うん、おいしい」


 一言、そう答えた。


「それはよかった」


 そう言って、コーヒーを飲むネルだったのだが……。


「ん?」


 俺は気づいてしまった。

 ネルの口がプルプルと震えていることに。


 それはコーヒーがあまりにもおいしくて、武者震いのように思わず震えてしまった――のではなく、苦くて吐きそうになっているのを必死に堪えているといった顔だった。


「もしかして、やせ我慢してるのか?」


 俺が尋ねると、ネルは目を見開いてぶんぶんと首を振った。それから、口の中のコーヒーをごくんと嚥下して言った。


「は? はぁ? あ、あなたは一体、な、何を言っているんですか?」


 見事なまでに動揺している。動揺が、ここまで表情や言動に現れる人間は珍しい。


「見栄を張るのはよくないと思う」

「見栄なんて張ってませんっ!」

「そういうことにしておこう」


 俺は優しく言った。人に優しく、自分に優しく。


「このコーヒー、おいしいな」

「そうです。おいしいです」


 ネルは激しく同意してくれた。


「コーヒー通でお洒落な私も、このカフェのコーヒーには思わずうなってしまいます」

「すごいすごい。コーヒー通なネルって超すごいな」


 見え透いたお世辞を言ってみる。

 すると――。


「えへへへへ……」


 ネルは照れたように髪を触った。ちょろいな。


「やはり、あなたは見所がある人物のようですね」


 俺に見所なんてあるのだろうか? お世辞返しってやつなのだろうか? ……まあ、いいや。そんなことより――。


「話してくれないか? ネルがパーティーから追い出されたいきさつを」

「ああ、そうでしたね」


 ネルは真剣な、引き締まった表情をした。


「お話ししましょう。どうして、このとてつもなくすごーい私がパーティーから追い出される羽目になったのかを――」


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