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 俺は――結局、セドリックの靴をなめることができなかった。


 こんな俺でも、ほんの少しの――些細なプライドがあったのだ。プライドなんて捨てろ、と何度も自分に言い聞かせたが、駄目だった。

 生活の安寧よりも、プライドを重視してしまった。


「ははっ! はははははっ!」


 靴を前にして、拳を硬くきつく握りしめ、歯を食いしばって震えている俺を見て、セドリックは愉快そうに哄笑した。


「そっかそっかそっかー。うん、お前にもプライドってやつがあるんだな。さすがに俺の靴をなめることはできないか」


 うんうんと頷くと、セドリックは俺の肩を思い切り蹴りつけた。


「がっ……」


 ごろごろと地面を転がって、俺は壁に強かに頭を打ち付けた。


「うっ、ぐぁ……」


 俺があまりの痛さに呻いていると、セドリックは自らの靴を愛おしそうに撫でながら、


「残念ではあるが、まあ、靴をなめられるのは困るな。お前の汚い唾液で、俺のこの一〇〇万クロウの靴がべとべとになっちまうのは困る。汚れた靴がもっともっと汚れてしまうな」


 そして、脚を組み替えた。


「もし仮に、お前が俺の靴をなめていたとしても、お前が追放される――クビになるという事実は、現実は変わらない。なぜなら、このパーティーの支配者は俺であり、俺の言うことは絶対だからだ。ここでは俺がルールだ。わかったか?」

「……わかった」


 不承不承俺が頷くと、セドリックは満足そうな顔をしてパチン、と指を鳴らした。


 すると、二階からパーティーメンバーであるアデルとシェリーが降りてきた。二人とも肌を大きく露出させた扇情的な恰好をしている。


 セドリックほどではないが、二人ともかなりの強者だ。二人はもともと強かったが、このパーティーに加入してセドリックによる指導を受けると、すぐに二段階くらい強くなった。悔しいが、セドリックの指導力は確かなのだろう。

 アデルもシェリーも、セドリックの愛人だ。


 セドリックは、性格は悪いが顔はいい。かなりの優男だ。その甘いルックスと、圧倒的な実力から、めちゃくちゃ女性にモテる。

 彼は特定の恋人は作らずに、あちこちで好き放題遊んでいる。人妻を無理矢理奪い取って遊びつくした後あっさり捨てる、なんてこともしょっちゅうだ。そして、その尻拭いを俺がしていた――いや、させられたと表現するほうが正しいか。


 セドリックは立ち上がると、黒いつやつやとした、革張りの大きなソファーの真ん中にどっしりと腰かけた。


 アデルとシェリーがすぐに、セドリックの両隣に密着するように腰かけた。そして、甘えるようにしなだれかかった。


 セドリックはにやにやと下卑た笑みを浮かべると、二人の肩に手を回した。そして、二人の胸を荒く揉みしだいた。


「おい、レン!」

「……なんだよ?」

「わかるだろ? 俺は今からアデルとシェリーと楽しく遊ぶわけだ」


 にやついた顔でセドリックは言った。

 そして――。


「だから――さっさと出ていけっ!」


 舌打ちをしそうになるのを何とか抑え、俺はよろよろと立ち上がった。

 パーティーハウスの玄関へと歩き出すと、ドアがひとりでに開いた。アデルかシェリーの魔法だろう。


 俺が外に出ようとした、そのとき――。


「〈空気風砲:エアー・キャノン〉!」


 シェリーが立ち去ろうとする俺に、魔法を放った。

 魔法陣から生み出された空気砲が、振り返った俺にぶち当たった。


「ぐあっ!」


 宙を舞い吹っ飛ぶ俺を見て、シェリーはくすくすと笑いながら、


「じゃあねー、役立たずのレンくーん!」


 アデルは微笑み手を振りながら、


「次のパーティーでも雑用係頑張ってください」


 そして、セドリックは――。


「次の雑用係はどんな子にしようかねえ」


 三人の馬鹿にしたような醜い笑い声が、背後から聞こえる。


 くそっ! どうして、俺がこんなひどい仕打ちを受けなければならないんだ? 俺を解雇するのに暴力行為なんて必要なかっただろ。言葉だけで十分だったはずだ。

 ああ……。あいつらはただ、俺を虚仮にして愉悦に浸りたいだけなんだ。それ以上でも、それ以下でもない。


「――っ!」


 宙を舞いながら、俺は遠ざかり小さくなっていく三人を睨みつけた。


 ぎいいいっ、とドアがひとりでに閉まった。



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