* 7話 * ”運び屋” サナウェイ=ポップコーン *
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「4332、標的はインク領貴族の一人娘、ロキ=パドブレ。恋敵なので暗殺したい」
「却下。恋敵を殺さずに自分を磨け」
「4333、標的はスタンス領の商人、デリ=スネーク。商売の邪魔なので暗殺したい」
「却下。商売敵を殺さずに自分を磨け」
「4333、標的は東方の騎士、ニコ=ロール。圧政をしいてくるので暗殺して欲しい」
「却下。自分の領地は自分で何とかしろ」
「……アストさんの条件と合致する依頼って、なかなかないんですね」
ため息とともにバンビはそうこぼした。
裏王都のアジト、夏場でも何故か涼しいオニキスの部屋。
俺とバンビは寄せられた依頼の山を精査する作業をしているところだった。
「アストはプロだからね。仕事の選り好みが出来る立場にあるんだ」
にっこりと口元だけで微笑みながら、オニキスがそう言った。
冷え切った口調のせいで皮肉にも聞こえる。
俺は少し苛立ちつつ、
「言っとくけど、俺が目的とする殺しは魔王だから。あと魔王と通じてる人間族の奴ら。それ以外の殺しは全部、手段でしかないわけ。手段部分を選り好みして何が悪いんだよ」
「誰も悪いとは言ってないさ。ただ、それはそれとしてある程度依頼を受けてもらわないと、商売として成り立たないからね」
俺が棘のある言い方をしても、オニキスは何食わぬ顔だ。
「今月は”殺し”以外の案件も、稼働はあるけど入金は来月以降、みたいなのが多くてね」
「それが何だよ」
「手早くお金になる”殺し”か”奪い”か”壊し”あたりの仕事が遂行できると、とてもありがたいな、と思っているだけだよ」
オニキスは7つの裏稼業を運営している。
オニキスの元には日々大量の”裏”の仕事が舞い込み、それらは案件の種別に応じてオニキスの配下の裏稼業人へと割り振られる。
”壊し屋” ガラナ=ボム
"奪い屋" リース=クラウンポップ
”誘い屋” カヴン=デフラワー
”流し屋” リッチヒッチ=タートル
"祭り屋" ピース=マックス
"運び屋" サナウェイ=ポップコーン
そして、”殺し屋”――アスト=ウィンドミル。
これが、オニキスの配下の8人である。
「それなら奪い屋と壊し屋に言ってくれ。俺は王宮に繋がる案件じゃねーと動きたくないわ。今は特に、な」
脳裏に、王宮に侵入した日の記憶が蘇ってくる。
雷の呪文を撃ってきた男――第三王子、シズル=ボックス。
始めて目の当たりにした、親魔派の姿。
今すぐにでもあいつと再会したいという気持ちだった。
「とはいえ、そろそろバンビを実戦デビューさせたいところじゃないかい?」
「わ、わたしですか?」
それまで蚊帳の外だと思っていたのか、急に水を向けられたバンビは分かりやすく慌てていた。
「わたしはまだ、現場に行けるようなレベルに達してないと思うので……実力的にも、メンタル的にも」
「現場に出たことないのに、現場に行けるようなレベルが分かるはずないでしょう。君はもう十分、使える人材になってるよ」
そのオニキスの言葉には、俺も頷いた。
王宮からバンビを連れ帰ってから、俺は約束通りバンビに魔法を教えていた。
属性早見から魔法の考え方、呪文の種類、そして実際に呪文を使った戦闘まで。
バンビは恐ろしいほど飲み込みが早かった。
もともと、魔法に関する知識は俺より豊富だったくらいだ。
魔法は魔術師だけのものではない、誰にでも使えるもの。
呪いを解き、それを理解した今では、中級程度の呪文なら難なく使用できるようになっていた。
「確かに、バンビを助手デビューさせるべきだとは俺も思ってるよ。だからって、低レベルな依頼を受ける気にはならないね」
「わ、わたしもちゃんと、お仕事したいとは思っているんです。ただ、やっぱりその、人を殺すということを生業にするにはまだ、決心が……」
バンビは王宮脱出からずっと、このアジトの一室を与えられている。
それだけではない、衣食住の全てをオニキスによって提供されていた。
それを申し訳なく思う気持ちは、如実にその態度に表れていた。
「別に、バンビのおかげで得られた王族の新情報もたくさんあるから、部屋や食事や衣服はその対価だと思ってもらって良いよ。引け目を感じる必要は全くない。大いに飲み、食い、着て、寝て欲しい」
「い、今はそうだとしても、この先ずっとオニキスさんとアストさんに頼りっぱなしだと駄目だと思うんです。だから、きちんと役に立ちたくて……」
あまりにも真っ直ぐな言葉だった。
その言葉に何の裏も含みも打算もないのは、この数週間の付き合いで分かっていた。
この仕事をやっていて、ここまで真っ直ぐな人間と接するのは初めてだった。
新鮮で、だからこそその考えが変に裏の世界に染まってしまわないようにしたいと、切に思う。
「殺しって仕事に関与することに対して躊躇いがあるのは当然だと思う。だからこそ、最初の仕事は殺すに値する理由を持つ標的が望ましい。だろ?」
俺は嘘偽りなく、本心でそう言った。
「そうでなくても、恋敵とか商売敵とかそんなしょうもない理由で殺しなんてやりたくねーし」
俺の正論に、オニキスは鷹揚に肩をすくめた。
最初から、無理に低質な依頼を受けさせる気はないのだろう。
「とはいえ、動かないと何も始まらないからな。表面上は王宮に関係なくとも、糸をたぐるとその先に魔族が関係してた、みたいなパターンもあるかもしれんし……どれか1つ受けて――」
そこで、唐突に窓が開き、部屋に風が舞い込んできた。
「ハロー、ボス。仕事ちょーだい!」
窓から、箒に乗った1人の少女が突入してきた。
モカブラウンのショートボブ、たれつきの飛行帽、明朗な笑顔、あどけなさの見える口元。
その幼い顔立ちと不釣り合いな、ごっついダッフルバッグを箒の先端から提げている。
15歳くらいに見える幼さだが、一応俺と同い年の19歳だ。
「サナウェイお前なぁ、いい加減扉から入る癖をつけろよ」
俺がクレームをつけると、サナウェイは相変わらず快活な笑顔で俺の方へと顔を向けた。
「お、アストもいるじゃん。どーせ仕事は来てるけど理由つけてサボって――」
そこで言葉が途切れた。
サナウェイの目線の先には、ぽかんとしているバンビの姿。
「え、誰? 依頼人? 小綺麗にしてるけど、王都の金持ちとかかな?」
「馬鹿、本当に依頼人だったらその言葉遣いアウトだろ。……俺の弟子だよ」
そこで、サナウェイの顔が硬直した。
「初めまして、バンビランド=ウィッチウェイです。アストさんとは――」
「え、何? 弟子? 聞いてないんですけど?」
バンビの自己紹介を思いっきりスルーして、サナウェイが甲高い声で俺に問い詰めてくる。
「いや何でお前に言わなきゃいけないんだよ。俺の弟子だぞ。お前には関係ない」
「その子がガチムチのおっさんとか、普通の青年とかならまあいいけどさ。その子はちょっと、何というか、側に置くにはその、可愛すぎるでしょ」
「そ、そんな、可愛いだなんて――」
バンビが顔を赤らめるのを横目に、俺は素直に意見を述べた。
「可愛くて何が悪いんだよ」
サナウェイの目が吊り上がるのと、バンビが椅子から転げるのと、オニキスがふふっと笑みをこぼすのが、ほぼ同時だった。
オニキスの笑みに1番驚いた。
「殺し屋の弟子が務まるようには見えないってことよ! 殺し屋どころか、裏稼業そのものに向いてないし! それこそ運び屋だって無理よ」
「運び屋……」
ぼぅっとした表情のバンビが、聞こえてきた単語を反射で反芻したように呟いた。
「そう、こいつ――サナウェイは俺と同じ、オニキス傘下の”運び屋”だ。きゃんきゃんうるさいところはあるし、若干アホなところもあるけど、基本信用していい人間だよ」
「ちょっと、聞き捨てならない単語があったんですけど?」
サナウェイの抗議はスルーして、俺はバンビに声をかけた。
「てかバンビいつまで転がったままなんだよ。起きろ」
バンビはさっきからずっと椅子ごと転がったまま固まっていた。
「いえそのあの、アストさんに容姿を褒められたのがちょっと心にぐっさり刺さって動揺してます」
「いや普通に包み隠さず言うんかい。そこははにかんで本心を隠しなさいよ」
サナウェイのつっこみを無視して、俺はサナウェイに質問した。
「バンビはまだデビュー前なんだ。お前さ、何かいい案件持ってないか? ほどよく意義深くて、ほどよく裏稼業の雰囲気を体感できて、ほどよく危険でほどよく安全な仕事」
「そんな四重にほどよい案件があると思ってるの? 危険で安全って、5文字で矛盾してるじゃないの」
「やっぱ無理かぁ」
「――って言いたいところなんだけど。あるのよねぇ、これが」
サナウェイがため息交じりに、ソファに腰かけながらそう言った。
こいつはいっつも、文句を言いながら何だかんだで良い返事をくれる奴だった。
昔から、変わらない。
「いいね。持つべきものは、タイミングのいい幼なじみだ」
サナウェイはにやりと笑って、
「王都で出回ってるヤバいブツの話、聞いてない?」
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