* 39話 * ライズ領主館攻防戦 *
「キャスト――雷片『銀光拷刀』」
サレガの宣唱にyろい、禍々しい魔力を放つ電光の刃が、俺の右腕――魔腕を狙って振り下ろされる。
雷片――破片から魔力供給を受けて発動する呪文の枕詞。
明らかに、魔眼の使い手によって操作されている。
「来たぞ、バンビ!」
俺はルリジサへと伸ばした魔腕を止めず、バンビに向けて叫んだ。
バンビが震えながらも引き締まった顔で、宣唱した。
「キャスト――人界『交換敢行』」
次の瞬間、俺とルリジサの位置が入れ替わった。
バンビが異常なまでに得意とする呪文。
魔法が一般人にも使えるという事実を知らなかったバンビに、俺が初めて教えた呪文。
サレガの振り下ろした刃は、俺の魔腕ではなくルリジサの胴を切り裂いた。
上半身と下半身が分かたれる。
魔族の身体をも引き裂く刃――もし俺が食らっていれば、魔腕を斬り落とされて奪われていたかもしれない。
「バンビ、ナイスだぜ」
サレガが1度操作された以上、また敵の支配下に置かれるのは想像に難くない。
だからこそ、敵が次にサレガというカードを切ってくるとしたら、俺の魔腕を奪える絶好の機会、ここぞというタイミングだろうとも思っていた。
――だからこそ、あえてそのタイミングを待っていた。
そのここぞというタイミングで敵がやって来たときの防護策として、バンビにずっと警戒させるようにしておいたのだ。
俺は魔腕を解除した。
途端に張り詰めていた空気が弛緩し、俺の右腕は元通り消える。
――もう、ルリジサは自力で倒せるだろう。
「おい、サレガを操ってる奴。聞こえてるか? もう魔腕は出さねぇぞ」
そう言うと、俺は操られているサレガに向けて宣唱した。
「キャスト――雷界『電伝抗遮』」
俺の宣唱とともに、黒い電撃がサレガに放たれた。
他者からの呪文を全てシャットアウトする高等呪文。
電撃とともにサレガの顔から俺への戦意が消え去り、気を失ってその場にくずおれた。
操作が解けたのだ。
「カヴンさん、やれ!」
そう言って俺は床に這いつくばったルリジサの姿と、過呼吸気味に肩を上下させるカヴンを見やった。
本体ではなく操作した人間を介した攻撃だが――それでも、破片の攻撃を食らって致命傷にならないはずがない。
その好機を生かせないほど、カヴンの準備は甘くない。
「キャスト、花界――」
俺は警戒を解かず、いつでも呪文を放てる体勢をとりつつ――カヴンの宣唱を見守った。
だが、その宣唱より早く、もぞもぞとうねるように、しかし素早く、ルリジサが動いた。
「……お腹ぁ、すいてきたぁ」
「――!」
目をみはった。
なんと、切り裂かれた自分の下半身を食い始めたのだ。
上半身に存在する大量の口が、下半身に存在する大量の口とキスように絡んだかと思うと、一気に牙を剥いて貪り、あっという間に上半身が下半身を食い尽くした。
「……マジかよ」
その行為もさることながら、ルリジサの魔力が明らかに回復していることに、思わず1歩後ずさりそうになる。
「もっと、食べたいねぇ」
その口が、気を失っているサレガへと向けられた。
次の瞬間にはもう、サレガがその上半身だけの体を飛ばして、サレガへと食いかかっていった。
大口を開けた上半身が、猛然とサレガに迫る。
「キャスト――花界『種吐杭促』」
その動きを予期していたかのように、サレガの前にカヴンが身体をねじ込んでいた。
その大口の中へ、カヴンの放った光が吸い込まれていく。
「あの時も、最初に皆を守って魔法を食らって気絶した父さんから狙ってきた」
ルリジサが勢いよくカヴンに激突し、その牙が腕や肩口に突き刺さったり擦ったりしながら血を垂らした。
カヴンがその勢いで吹き飛ばされそうになるのを、バンビが木々を操作してガードする。
「内側から食われろ」
次の瞬間、ルリジサの身体が爆発した――かと錯覚する。
実際はルリジサの身体を食い破るようにして、色とりどりの花々がその花弁を広げ、巨大な花束の様相を呈していた。
「アスト。とどめ、さして」
特大ブーケと化したルリジサに背を向け、カヴンがぽつりと言った。
「あたし、先にシーカーの方に行っとくから。よろしく」
その言葉とともに、飛行呪文を唱えてカヴンは飛び去った。
「ちょっと、カヴンさん――」
追いかけようとするバンビを、俺は目で制しながら、宣唱した。
「キャスト――星界『星砲慧』」
特大ブーケにぶち込まれた星の弾丸は、悪食の限りを尽くした魔族の胸を見事に突き破った。
ルリジサの身体が霧散していく。
「少しの間だけだが――1人で余韻を噛みしめる時間をやるべきだ」
バンビが無言で頷いた。
俺は頷き帰し、カヴンの後を追うように、重力操作の呪文を唱えた。
「行くぞ、狩り場に」
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