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* 3話 * 殺しの標的かく語りき *

3話目です

毎日更新していきます!




「それでは、私を殺してください、殺し屋さん」


 目の前の、自分より少し年下――おそらくは16歳くらいの年齢の少女を見つめながら、俺はオニキスのこの案件に関する説明を思い出していた。



 **


「この案件には面白いところがあってね――依頼者が、()()()()()()()()だってことなんだ」


「? どういうことだよ」


「バンビランド自身から依頼を受けたんだ。わたしを殺して下さい、ってね。王宮への侵入方法も、少々迂遠な気もするがしっかりと立案されている。」



 自分で自分の殺害を依頼するなんて奴は流石に初めてだ。


 オニキスが俺に話を振ってくるということは、すでに前金を支払っているということで、遊びや冷やかしではない。


「興味が出てこないかな? 自分の殺害を依頼する、深窓の王女様。本人に話を聞けば、殺すに値する理由も見つかるかもしれないし、あるいは殺す以外の道も開けるかもしれない」



 **


「俺もそれなりに裏稼業の経験積んできたけど、依頼者と標的が同一人物ってのは初のケースなんだ。詳しく話を聞かせてくれ」

 

 俺は素直にそう打ち明けた。

 こいつが殺すに値する悪党なのか、そもそも悪党なのか変な奴なのか、確かめなくてはならない。


「殺し屋さん、何か、疲れてます?」


 バンビランドは素朴な顔でそう訊いてきた。俺はげっそりした口調を隠さず、


「あんたの用意してくれた侵入手順のおかげで、過去最高に元気だよ」



 ここ、王女の寝室にたどり着くまでに俺は4回の衣装チェンジ経ており、侵入開始からすでに6時間近く経過していた。


 郵便屋、下っ端の警備魔術師、使用人、掃除夫の順に変装リレーをやりきり、暗記してきた合言葉を9つ使い分ける。


 最後に給仕係の恰好で銀の盆に乗せられた夕食をこぼさないように持ちながら、王宮の中でも最も南の端っこにある尖塔のてっぺんまで足で登る。



 何より閉口したのが、この行程全てを魔法ナシで完遂しなければならなかったことだ。

 

 王宮内では結界(セキュリティ)の関係で、登録された魔力以外が使えない。

 無理矢理使おうと思えば使う手段はあるが、その瞬間に警笛が王宮中に鳴り響いてすぐにお縄につくことになるだろう。


 そのレベルの結界を張れる魔術師を王宮はしっかり雇っている。


 普段の仕事ではなかなか経験することのないタイプの苦労を味わい、流石の俺もいささか困憊していた。



「招待されたのかって思うくらいの快適な侵入だったぜ」


「わあ、嬉しいです。オニキスさんと文通しながら、一生懸命考えたんですよ」


 皮肉が通じない。こりゃ箱入り娘の典型、天然かもしれない。



「しかしまあ、あからさまに辺鄙な場所に置かれてる上に、殺風景な部屋だな。ほんとにあんた、王女なのか?」


 裏王都のアジト内にある俺の部屋と大して変わらない広さの中に、ベッドと机と椅子、衣装棚、物語本が所狭しと並べられた本棚があるだけのシンプルな部屋。


 ベッドには天蓋がないどころか、スペース削減のため机の上に取り付けられている。



「この王宮の中では、一番出入りしづらくて、狭い部屋だと思います。他の王子たちと違って、王宮の外に出て学校や公園に行くことも許されていません」


 自嘲気味にそう言うバンビランドの姿を見て、俺はなんとなく事情を察した。



「死にたい理由がそこにあるってわけか? 王の娘として生まれながら、こんな隅っこの尖塔の狭い部屋に押し込められてる、その背景は何だ?」



 初対面だが、いちいち遠慮していたのでは話が進まない。


 そもそも相手は死の覚悟をもって依頼をかけてきた相手だ。

 ずけずけと問いただしていく。



 踏み込んだ質問に、バンビランドは動揺することなく、むしろその問いを想定していたようにはっきりと答えた。


「父――国王ガーダセイルは、わたしを大切に育ててくれていました。こんな隅っこの塔に追いやりつつも、王家全員が出席するパーティーなんかには参加させてくれましたし」


「完全に存在を隠されてたとかってわけじゃないんだな」


「わたしが読みたいと言った物語も、わざわざ吟遊詩人をこの塔まで派遣してくれました。勉強だって家庭教師をつけてもらったし、ご飯だって毎日あったかくて美味しいものが運ばれてくる」


「聞こえは良いが、()()()()()()()()って感じでもあるな」

 俺は適当に口を挟みつつ、バンビランドの話に耳を傾けた。



「”淑女たれ。私の娘として、王国の娘として胸を張れるように”。そう言って教えを施してくれたことも、何度もありました」


「王家の教育ってわけね。ちゃんと目をかけられてたってことじゃん」



「ええ。末子、それも婚外の王女に対する扱いとしては、別に悪くないと思います。まったく不満はありません……ありませんでした」


 バンビランドはすらすらと言葉を紡いだ。まるで誰かに説き聞かせることを想定して何度も練習していたかのような、流暢な語り口だった。


「ただ、自分が売られる、となったら、話は別です」


「売られる」

 俺が反芻するようにバンビランドの言葉を繰り返す。

 不穏な響きだ。


「わたしは来月、異国の貴族の元に嫁に出されます。これまで側にいてくれた使用人や侍女たちも、父や母や鏡台たちとももう会えなくなります」


 なるほど。話が見えてきた。


「父が言っていた”淑女たれ”という言葉も、全部裏返って聞こえるようになりました。どんな状況でも、他者に迷惑をかけず、問題を起こすことなく、大人しくしていろ、というメッセージにしか思えなくなりました」


 流暢さに少しずつ翳りがみえ始めた。声が震えている。


「まあ、同情はするけど、よくある政略結婚だろ。特に王位継承権のない王女を嫁に出すなんて、格下の国を懐柔する手としちゃベタベタだし。まあ、家族たちとは伝話(ベースバンド)の呪文で話せば良い」


 俺は遠慮なく所感を述べた。


「流石に他国の貴族っつっても、何か無礼なことされたら王が黙ってないだろうし。最初は知らない人ばっかで息苦しいかもしれないけど、命を投げ出す理由にはならないだろ」



 確かに異国に1人で送り込まれるのはキツいだろうが、取りあえず行って、相手なり国なりが気にくわなければ適当に理由を作って帰してもらえばいい。


 どこに嫁がせる気かは知らないが、現在、人間族の国でこのボックス王国より格が上の国は存在しない。


 どこに送り込まれるにしても格下国だ。本気を出せば我が儘も通せるだろう。



「ちなみに、嫁ぎ先はどこの国なんだ?」


 そう訊ねたのは、軽い気持ちだった。自然な流れでもあると思った。

 しかし、バンビランドの返答は耳を疑うものだった。



「オクターヴ帝国です」



 バンビランドの口調がおどけているような、冗談をかますようなものだったら、俺もすかさず「そんなわけあるか」とでもつっこみを入れていたところだ。


 だが、今にも泣き出しそうなその表情から、冗談の気配などひとかけらも感じられなかった。



 オクターヴ帝国――魔王たるネス・13・オクターヴの統治する地。


 緩衝地帯の山々を挟んで王都と隣接しており、数百年にわたって人間族と紛争を繰り返し続けている、魔族の国である。





「オクターヴ帝国の貴族の元へ嫁に行くよう通達されたのは、1ヶ月前です。何の詳細の説明もなく、ただ『どんな環境になろうと、淑女でいなさい』とだけ」


 バンビランドは溜まっていた澱を吐き出すかのように続けた。


「目の前が真っ暗になりました。ずっと隔離されて、末子としての待遇に一度も不平を漏らさずに生きてきたつもりでしたけど……まさか、魔族の嫁だなんて」



 周りに知り合いがいないどころか、人間族すらいない国に行かされる。

 察するに余りある絶望だ。



「どうして、仮にも王族の女であるわたしが、魔族の国に嫁がされるのか。これは何かの罰なのかなって考えたりもしたけど、本当に意味が分からなくて……」



 そこで俺は違和感を覚えた。

 魔族の国に嫁ぐ理由なんて、1つしかない。



「数日は混乱していましたが、決めたんです。魔族の嫁になって、魔族の国で残りの人生を過ごすくらいなら死を選ぼう、と」



 この王女――もしや、親魔派の存在を知らないのか。



「お前が魔族の元に行かされる理由なら、想像できるぜ」


「ど、どんな理由ですか。教えてください。」



「お前は、おそらく()()だ。あるいは、()()()()()()()()()()()()()という証明」



 俺は端的に、推論を口にした。ほぼほぼ外れてはいないであろう推論だ。




「王家が、魔族と友好関係……?」


 バンビがオウム返しに言った。

 反芻することで、信じられないという気持ちを表明しているかのようだった。



「そんな、おかしいですよ。魔族は人間族とずっと戦争してきました。人間族の筆頭国の王であるお父様が、魔族と友好だなんて」


 自分に言い聞かせるように、バンビは続けた。


「そう、そうですよ。お父様――国王の主導で、魔王討伐軍を編成したり、魔王討伐のための『勇者』を募集したりしてるわけですよね? 矛盾してますよ」



 疑問符のオンパレード。

 俺は少しだけ迷った後、ストレートに疑問を返すことにした。



「冒険者ギルドから実際に勇者が誕生したか? 魔王討伐軍は編成以来、何回出動した?」


 バンビランドは、答えを持ち合わせていないことを示すように口をつぐんだ。


「冒険者ギルドは竜族(ドラゴン)幽霊族(ゴースト)巨人族(ギガント)あたりの強力なモンスターに対して報酬と勲功を高く設定して、それらの種族を何度も討伐しないと報酬もランクも上がらない仕組みになってる」

 


 全て、かつて俺が"勇者"を目指し、熱を上げて狩っていた種族の名だった。

 少しだけ記憶が疼いた。

 だが、無視して続ける。



「その制度のせいで、強い種族相手に戦いを挑む過程で多くの冒険者が命を落とし、勇者候補と呼ばれるレベルになるまでに成り上がるのは数年に1人程度の割合だ」



 話しながら、熱が入ってしまっているのが自分でも分かる。



「だが、そもそも竜族やら幽霊属やら巨人族やらは、人間族と生活圏が被っていない、大して被害も起きていない」


 空や廃墟や山岳を住処としているのだ。

 年間での被害件数は、冒険者を除けば一桁台で推移している。



「そんなモンスターの巣にわざわざ冒険者を送り込んで危険な目に遭わせるくせに、実際に生活圏が隣接していて被害も多発している魔族を討伐しても報酬は低く、勲功も与えられないような評価体系になってる。おかしいだろ?」



 俺は徐々に自分がヒートアップしていくのを自覚しつつ、続けた。



「魔王討伐軍だって、”勇者”が生まれてこないことを理由にして、大した稼働もせずに偵察と訓練ばかり。魔王を本気で倒しに行くような計画が立てられてるとは思えない」


 ほとんど全て、オニキスからの受け売りだ。それでも、何度も何度も反芻した話だったから、自分の言葉のように話せた。



「国王――お前の父親は、国民達には魔族を倒そうと手を尽くしているように見せつつ、巧妙に矛先を逸らして魔族へ危害が加えられないようにしている。どういう経緯かは知らないが、国王は魔族と深いつながりを持ってるんだよ」



 バンビランドは情報量の多さに溺れるみたいに口をぱくぱくさせながら聞いている。



「まあ、シンプルに言うと――腐ってんだ、この王宮は」



 だからこそ、俺はここ(王宮)を攻略する必要がある。

 魔族に刃を届かすには、まず人間族から、始めなければいけないのだ。




最後までお読みいただきありがとうございます。

明日も20時ごろ更新予定です!

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