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* 38話 * 宿願 *




「カヴンさん! そいつは俺がやる! あんたはライズを――」



 俺の叫びを完全に無視して、冬の湖のように静まりきった表情で、ただ目の前の標的に魔法をぶつけることしか頭にないという集中力を見せつけながら――カヴンは宣唱した。



「キャスト――花界『咲志咲極(ユリリカル)』」


 これまで見たことないほどに強く練り込まれた魔力が爆ぜ、紫色に輝く球体となってカヴンの手から放たれた。


 ルリジサが躱す間もなく、球体が命中する。



「術者の感情が種となり、花を咲かせる術――あたしの宿願の深さを、その体で感じろ!」



 球体が命中すると同時に、ルリジサの身体に異変が起きた。


 体中のあちこちから生え始める茎・葉・そして花――黒百合(クロユリ)

 ルリジサの魔力を糧としながら、その幽体を食い尽くすように、生長していく。


 ルリジサはぽかんとしか顔で、自分の体からみるみる生え育っていく花を見つめていた。



 対象の魔力を食って育つ花――おそらく、花界の中でも相当に高度な呪文。

 魔力を食われながら生長する花など、呪文を受けた側はたまったものではない。



――けど、ダメだ。あんたじゃ、敵わない。



 喉元まで出かかったその言葉を、かろうじて飲み込む。

 そんな制止は逆効果でしかない。


 それでも――この魔族は、このレベルの術では倒せない。



「ああ、この魔力――()()()()()


 ルリジサが余裕の表情で、その馬鹿でかい口をゆがめた。



「蠱惑の子でしょ? あのとき、4人食べたの覚えてる。()()()()()()()()だったよ」


 あからさまな長髪の姿勢――分かっていても、流石にやり過ごせるはずがなく、カヴンの全身は震えていた。



「全員を生殺しにして、1人ずつ順番に食ったね。父親の次は母親、長男、長女……最後に残しといた、1番食い甲斐がありそうな次女だけが食えなかった。懐かしいなぁ」


 家族皆殺し――オクターヴ帝国の近隣領では稀に起きる悲劇。



「あの()()()()に邪魔されなければ、あなたのことも食べてたのにね。こうして数年ぶりに会えるのって、運命感じちゃう」



 氷の女王――おそらくは、オニキスのこと。

 カヴンの過去について詳しく聞いたことはないが、おそらくそこで”誘い屋”にスカウトされたのだろう。


 オニキスはいつも、人生の中で最も厳しい苦境に立たされたときに現れる。

 


「……まさか、あたしを覚えてるとは思わなかった」


 絞り出すようにカヴンが言った。

 完全に相手のペースに呑まれている。



「食い逃した人間族のことは、食い直すまで忘れられないんだ。ふふ。あ、あと、こんなの――効かないから」

 

 次の瞬間、ルリジサの纏っていた衣服が弾け飛んだかと思うと、その裸体を露わにした。



「な……」


 唖然となる。その行動にではなく――その異形に。

 裸体のいたるところに、牙がびっしりと生え並んだ口が開いていた。


 喰魔――その悪食の本領を見せつけるかのように、全身の口が百合の花/茎/葉/根を豪快に貪り始めたのだ。


 吸われた魔力ごとその口で捕食し、完全回復――呆気にとられるカヴン。

 ずっと準備してきた、最悪の敵へと用意してきた策の、最初の一矢――それが、呆気なく砕け散ったのだ。



「ライズに止められてるから、また君のことは食えないけど――そっちの2人を食うとこ、見ててね」


 戦意を露わにし、俺とバンビへと口を向ける。

 俺は思わずライズの方を見た。

 

 廊下上の孤島に取り残されたライズ――魔法で銀の足場を作りながら、俺らとは逆の方向へと移動している。



「カヴンさん! 頼むから今は――」


 どうにかしてカヴンをライズ側に戻そうと叫んだ、その時。

 脳内でシーカーからの伝話(ベースバンド)が鳴った。



『俺たちが食い止める! さっさと済ませてこっちに来てくれ!』



 ふと奥を見ると、ライズの退路に屹然と、シーカーとサレガが立ちはだかっていた。

 別侵入経路から合流予定だった2人――早々に到着。



『俺はあんたに復讐を果たしてもらった。だが、ここは俺で食い止められる。あんたは自分の手で復讐を果たせ、カヴン』



 グリゴレ戦での記憶が蘇る――復讐心にかられて暴走したシーカーを、カヴンがなだめていた。

 今はその構図が逆転している。



 カヴンの目の焦点が引き絞られ、冷静さを取り戻したのが分かった。


『ありがとう、シーカー、サレガ。すぐ行くから――そいつを狩り場に誘導しといて』



『こっちの大食いもやべえが、ライズ自体も相当な使い手に違いない。無理はするなよ、シーカー、サレガ』


 願っても無い支援に感謝を込めて忠告しつつ、改めて俺は異形の魔族へと向き直った。



 元々、今回は魔腕を使うつもりはなかった。

 魔眼の持ち主が領内にいる以上、不用意に魔腕を発動させれば、敵に奪われる可能性が高まる。


 純粋な俺の剣と魔法だけで打ち倒すつもりだった。



 だがこの状況では、そうも言ってられない。

 速攻でルリジサを仕留める。



「契りしは腕、魔の覇の欠片。遊星の加護、連銀河の盟約。離散封印から幾星霜、人と魔の境を超え蘇り宿れ――」


 詠唱とともに、存在しない右腕が、形を帯び始める。



破片(フラグメント)――《魔腕》再誕」



 魔力が腕というよりは炎のような不定型さを帯びて、俺の右肩に集う。

 壁が鳴動し、空気が凍りついたかのように張り詰める。


 並の魔族ならそれだけで卒倒しそうな圧を放つ魔腕の影響下でも、ルリジサの態度は変わらなかった。

 位階11の貫禄。



「わぁ、破片持ちなんだぁ」


 無邪気に言ってのけるその口調から、破片を目にするのが初めてではないことを悟った。

 上方を得るため、相手の言葉を待つ。



「じゃあ、あなたも食えないね。()()()()()()()()()()



 突然出てきたその名――第3王子・シズル=ボックスの名に、俺とバンビは息を呑んだ。



「シズル王子とは知り合いか?」


「そりゃ、よくライズ領に来るしね。王家とはだいたい友達だよ。たまに食う用の人間も持ってきてくれるし」


 王都が震撼しかねない爆弾発言をさらりと口にされ、思わず耳を疑いそうになる。


 嘘を言っているような感じはない。

 機密という概念など持ち合わせていないような態度。



「シズルがここに来て、お前たち魔族と仲良くお喋りするわけか。今もこの領地に来てるのか?」


 来ていることを半ば確信しつつ、問い質す。



「いるよ。()()()()()()()()()()



 そう言って、ルリジサの全身の口がにやりと口角をあげた。


 それとほぼ同時に、遠くから微かに響くシーカーの叫び声。



「おい、サレガ! どうした――」



 直後、対岸にいたはずのサレガが、尋常じゃない速度で滑空しながら俺へと飛びかかってきていた。




「キャスト――雷片『銀光拷刀(シルバーロバ―)』」



 土界の使い手であるサレガのものとは思えない呪文――禍々しい魔力を放つ電光の刃が、俺の右腕を狙って振り下ろされた。




お読みいただきありがとうございます!

次回は12/24(火)更新予定です◎

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