* 37話 * 1on1 *
ライズの姿をみとめるなり、カヴンはすぐさま呪文を唱えようと構えた。
ライズに魅了をかけられればそれだけで殺害成功にぐっと近づける。
「キャスト、花界――」
だが、怒りに満ちた表情のライズはすばやく動いた。
滑るような素早い動作でカヴンに近寄り、なんとその口を手で塞いだ。
物理的な宣唱阻害――原始的すぎて面食らう。
カヴンも呆気にとられ、なされるがままに頬をぷにぷに触られている。
顔に浮かぶあからさまな嫌悪感。
「いいハリしてるじゃねぇか。つーかやっぱ美人だね、お前。俺のとこ来ないか?」
口説き始めるライズ――更に面食らうが、努めて無視。
俺は冷静に、剣を抜いてライズの腕へと薙いだ。
それなりに俊敏な斬撃だったと思うが、ライズはあっけなくカヴンを手放し、躱した。
「邪魔だぜ、隻腕の男。人んちの屋根壊してくれたんだ、美人の顔くらい揉ませろや」
「ライズ=マーシャル――お前を殺しにきた」
何か言おうと思ったが特に言いたいこともなく、淡々とそう告げた。
「お前ら、暗殺ならもっとひっそり来るだろ、普通。朝っぱらからこんな派手にかち込まれるのは面倒くせーから止めて欲しいところだぜ」
「暗殺じゃない。白昼堂々と、俺らは俺らのボスの名のもとに、お前を殺す」
「あん? ボスってのは――」
そこで、カヴンの準備が整ったのを気配で察し、もう会話を続ける必要がなくなったことを悟った。
「キャスト! 花界『魅了』」
カヴンの宣唱とともに、芳香が満ち始める。
先ほどは阻害されたが、今度はがっつりと発動した。
これで、ライズの行動を支配できれば――
「キャスト、風術『鏡気嵐武』」
突然、ライズの背後から強烈な突風が巻き起こり、ライズを守る盾となった。
魅了の芳香は届かずに、風に散らされる。
防御呪文――かなり難度の高いもの。
「魅了なんて使わなくとも、俺はお前に十分惚れ込んでるぜ、カヴン」
ライズがそう言いながらにやりと笑う。
その後ろから、長い銀髪で顔を隠した女が――女の姿をした魔族が、いきなり姿を見せた。
同時に、俺の右腕が震えだした。
完璧な隠遁――相当な実力をもった魔族であることの証左。
秘書、ルリジサのお出まし。
「ライズ=マーシャルには手を出させません」
抑揚の一切ない、すべての音節を均等な音量で、ルリジサがそう言った。
廊下に直線的に並び、ライズを守るように立ちはだかられる陣形。
どうにかカヴンをルリジサの向こうへ行かせて、ライズvsカヴン、ルリジサvs俺という構図を作りたいが、この並びでは難しい。
俺はバンビに目で合図をしつつ床に手をつき、宣唱した。
「キャスト――星界『爆地断鎖』」
大地に干渉して地面を爆発的に揺さぶる、星界の呪文。
ここは大地ではなく床なので威力は落ちるが、足場を崩すには十分。
「キャスト、風界『鏡気嵐武』」
ルリジサが先ほどと同じ呪文を唱えた。
風の防護壁が形成され、ルリジサとライズのいた部分だけが守られる。
俺ら側と、ライズの背後の床が破壊されて抜け落ち、骨組みだけを残して空洞と化した。
ルリジサとライズのいる場所だけが、島のように残っている。
「……屋根だけじゃなくて床もか。流石に笑えねぇな。殺されるのがどっちか教えてやれ、ルリジサ」
ライズが額に青筋を立てながら、憤懣の籠もった低い声で言った。
俺は無視してバンビに叫ぶ。
「バンビ、やれ!」
「キャスト――木界『木々海々』」
俺の指示とともに、隠れるように縮こまっていたバンビが鋭く宣唱した。
途端に木々が生長し、空洞と化した廊下に樹海を作り、足場となった。
廊下とは違う――バンビによって操作できる足場。
その枝の先端――カヴンがひっそりと掴まっている。
木々の影に隠れながら、生え伸びる枝が床の下から回り込むように
「キャスト、星界『星砲慧』」
ルリジサを俺に引きつけるため、攻撃を入れる。
だが、風の防壁によって威力が減衰し、ルリジサの身体を覆う常時発動の守護魔法により完全に防ぎきられる。
まずは物理で殴ってあの守護を解かないと――と、俺が思案していたその時。
「クソ、もっと実力に任せて大味に来るかと思ったが、案外小癪な喧嘩の仕方するんだな――おい、ルリジサ」
「そいつら、カヴン以外は食って良いぞ」
その瞬間、俺の魔腕が痺れるように疼いた。
さっきまでとは違う種類の、痛みすら伴うほどの反応。
俺は顔を上げて前を見ると、ルリジサがその長い前髪を書き上げて、顔を晒していた。
後ろでバンビが息を飲むのが分かる。
青白く、滑らかな肌に、大きな目、くりんと上を向いた睫、二重まぶた――美貌の条件をかなえるパーツ。
それらを全て台無しにするような、目の横まで口角が到達するほどの巨大な口。
大口を開け、びっしりと並んだ牙を剥き出しにして、ルリジサが絶叫した。
「やっっっっっっっっっっっっった――!」
豹変。
先刻までの朴訥とした雰囲気が嘘だったかのような大声と大口に、思わず気圧される。
「ルリジサ・11・アリア、種族は魔族、位階は11、属するは喰魔、風界の一族! あなたの脳を、いただきます!」
顔の半分以上を占めていそうな巨大な口が、大きく開かれたかと思うと、大砲のような勢いで俺たちへと飛びかかってきた。
すぐさま応戦のため呪文を唱えようとしたところで、予想外の方向から攻撃が飛んできた。
「キャスト――花界『鞭叫花』」
荊の鞭がルリジサの身体を激しく打ちつけた。軌道が変わり、壁に激突してめり込む。
ダメージはないようで、平然とこちらへ顔を向け直してくる。
「何でこっちに――」
俺は呪文を唱えた、ライズ担当のはずのカヴンへと問い質そうとして――止めた。
その表情を見て、問うまでもなく理解できたからだ。
「……あたしの家族を食った罪、ここで償え」
カヴンがそう言い放ち、次なる呪文を宣唱した。
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