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* 36話 * キャン待ち *






「……どういうことですか、ハイン卿」


 流石にそう返すほかなかった。

 キャンセルの詳細を聞かないことには、説得の余地があるのかすら分からない。



『これまでの君らの人件費や経費は全てオニキスを通じてお支払いするので心配しないでくれ』



「いや、金の処理はどうでもよくて――」



『君らがすぐに帰還できるように、直接伝話(ベースバンド)させてもらった。マナー違反にマナー違反を重ねてしまい申し訳ない。もうそこで危険を冒す必要はない』


 

 明らかに、依頼キャンセルが自分の意志ではないことを示すかのような棒読み口調。

 俺はずばり、問い質した。

 


「……圧力でもかかりましたか? 例えば、王家から、とか」



 俺の推量が当たっていることを示すのに十分なだけの沈黙の後、ハイン卿は短く『そんなわけないだろう』とだけ言って伝話を切った。



 俺は半ば確信に近い思いを抱きつつ、オニキスへと伝話をつなぐべぐ呪文を唱えた。



 カヴンは困惑しながらも、仲間達に向けてライズとの直接対決宣言を引っ込めるわけにはいかず、ノリだけで「そういうことだから! 今がチャンスなのは間違いない」と同じような言葉を繰り返している。



 その間に、オニキスと伝話がつながった。



『やあ、みんな。首尾は上々かな?』



「おい、ハイン卿からキャンセルの連絡が入ったぞ。明らかに普通じゃない感じだった。王家からの圧力か? だとしても――」



()()()()()()()



 オニキスの、滅多に聞くことのないタイプの声音――高揚感を募らせた、夢見る少女のような甘い声が、俺の脳を打った。



「予期してたのか? いろいろ訊きたいところだが――」



『指令だ、アスト、カヴン、バンビ』



 甘い声は一瞬にして鳴りを潜め、針金のような緊迫感をもたらす声色でオニキスが俺たちに告げた。



『ライズを殺してその座を奪え、カヴン。アストとバンビは全力でそのサポート。これまで築き上げた地元領民たちとの絆を使って協力し、全力でライズを討ち果たせ』




  **



「状況が動くのには慣れてるが――今回はさすがにいろいろと急すぎるな」



 ライズの住まう領主館を眼下に望みながら、俺は愚痴っぽくそうこぼした。


 ハイン卿のキャンセル、オニキスの指令をほぼ同時に受けた翌日の早朝――ようやく街が目覚め始める時間帯。


 今ならライズが間違いなく領主館にいるというタイミング。


 俺とバンビとカヴンは、領主館の上空でふわふわと浮かんでいた。

 俺の重力操作による浮遊。



「ま、何にせよ、そろそろ決着したかったところもあるし、さくっと決めちゃおう。今がチャンスってのは本当なんだし」



 カヴンが手首を伸ばしながら言った。

 わざわざストレッチなんてしてるところを見ると、多少は緊張しているらしい。


 俺のその思考が伝わったかのように、


「あたし、他の人と組むときって大抵サポートだからさ。あたしが本命を任されるの、超珍しいし。慣れないことする前ってやっぱちょっとそわそわしちゃうね」

 


 今回、ライズを殺す担当はカヴン――これは、オニキスから相当強調された。

 

 ライズの私兵は酒場の連中に任せ、最も手強いと思われるルリジサを俺が殺す。

 ライズまでの道をつくり、カヴンがライズを仕留める。


 侵入経路もシンプル。

 酒場の連中数十名は、表玄関から。派手に、騒がしく。

 俺たち3人はその隙をついて、空から。こっそりと。


 段取りとしてはシンプル。

 魔腕なしであのルリジサとやり合えるかは正直微妙なところだったが、逆にその役割は俺にしか果たせない。


 サポートとして、シーカーとサレガも俺たちに合流してくれることになっている。

 不意の伏兵登場などにも備えた遊撃要員。




「うう……わたしも緊張します」


 バンビが少し震える声で言った。 

 バンビはバンビで、役割がある。緊張するのも無理はない。


「ま、なんとでもなるだろ。そろそろ裏王都に帰りたくなってきたし、すぱっと決めて帰ろうぜ」



 そんな会話をしているうちに、哨戒役の仲間からの伝話(ベースバンド)



『ライズの魔力を感知しました。間違いなく、領主館内にいます。警備は門扉に2名、内部は不明。ライズの魔力は上方――おそらく3階または4階です』



「オーケー。ライズがいるなら問題ない。始めようか。俺の呪文が合図だ」



 俺はカヴンとバンビに目配せした後、宣唱した。



「行くぞ。キャスト! 星界『流星軍(メテオラミー)』」



 流星の雨が領主館へと勢いよく降り注いだ。

 貴人が住まう以上、当然張り巡らされている結界が軋み、次第に決壊していく。


 それなりに魔力を込めた。

 田舎の魔導師が張る結界くらいならふつうに破れる。



 その決壊と同時に、酒場の連中が流れ込むように正面の門扉から突入してくのが見える。

 2人の門番はその職責を果たせずに縛り上げられていた。



「よし、俺らも突入するぜ」



 俺はそう言うと、身にまとった重力を操作し、バンビ・カヴンとともに領主館に向けて急降下した。

 バンビの「ひゃぁぁぁぁ」という情けない声が鼓膜を揺らすが無視し、加速。


 流星が穿った穴を使って領主館へと突入した。

 さながら隕石の着弾。



 俺は標的の姿を求め、重力操作により土煙と埃と瓦礫を退けて視界を確保した。


 はたして――探すまでもなく、あからさまに怒気を孕んだ魔力が俺たちに向けられ、思わずそちらを振り向く。



「……人んちに遊びに行ったことねぇのか、お前ら。友達いなさそうだもんなぁ」



 怒りで震える声とともに、寝間着姿の領主――ライズ=マーシャルが仁王立ちしていた。



「マナーがなってねぇよ。言ったろ、用があるなら正々堂々訪ねて来いってよ」



お読みいただきありがとうございます!

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