* 33話 * 復讐界隈 *
「この小山の頂上に、グリゴレがいるらしいです」
長風呂から出てきて開口一番、バンビは俺にそう告げた。
まだ髪も乾ききっていないのを見るに、相当慌てているようだった。
「……順序立てて説明してくれ」
俺がそう返すと、バンビのあとから出てきたカヴンが補足してくれる。
「お風呂で出会った女の人が、この山でグリゴレに会ったんだって」
「信頼に足る情報なのか? そもそも、グリゴレに会ってどうやって生還したんだ。そんなに強者な感じの女だったか?」
「……強者かどうかは置いといて、大変美人な方でした」
「いや、顔はどうでもいいよ……まあ、頂上ったってそんな大した高度でもないし、行ってみてもいいけどなぁ」
こんな温泉街で人の出入りも多い山のてっぺんに、魔族が住み着くのだろうか。
疑問ではあるが、今は確度の低い情報でも、当たってみることが必要だ。
「よし、行きましょう。善は急げです」
自分の掴んできた情報が生きて欲しい、という思いがバンビの声音から透けて見えた。
別にそんなに熱を入れなくても、お前がいてくれて十分助かってるんだよ――という言葉をかけたくなるが、むずがゆいので棄却する。
「行こう。いちおう、当たりだったときのことを考えておいた方がいいな。俺は戦術を考えるから、カヴンさんはシーカーに連絡して、近くにいる連中を数人招集してくれ」
「わたしは?」
「髪を乾かせ」
***
「まさか本当に当たりとはねぇ」
カヴンの呟き。
シーカーほか数名の仲間達と九合目で合流し、少しずつ頂上へと距離を詰めていく仮定で、俺の右腕がぴりぴりと疼いた。
山頂から少しだけ下ったところにある、岩陰。
荒々しい岩肌が牙のように突き出し、獣の口のような洞穴を形成している。
明らかに自然に形成されたものとは思えない。
そこからびんびんと張り詰めている、魔族の気配。
それも、数体ではない。大量の魔族がそこにいるのがわかる。
ここまであからさまであれば、俺でなくても分かるだろう。
現に、到着した仲間達はみな顔が若干青ざめている。
「いるのがグリゴレだった場合、俺の見立て通りなら、グリゴレは手下の低位魔族たちを強化して襲わせてくるだろう。低位魔族相手に小競りあっても意味がない。本体を叩く必要がある」
「だからこそ、陽動と本命狙いに分ける、だろう? 賛成だよ、アスト」
シーカーが得物の旋棍を手元で軽く回しながら、そう言った。
「ああ。カヴンとシーカーを中心に、ほぼ全員が陽動に回ってもらう。カヴンの蠱惑魔でほとんどの雑魚は足止めできると思うけど、強化がかかっている以上軽視はできない。がっつり足止めしてくれれば、俺とバンビで本体を叩く」
「オッケーだよ、アスト君。いつでもいける」
集まったメンバーは俺とバンビとカヴン以外に、シーカーを含めて4人。
全員が頷き、臨戦態勢にあることを示してくれた。
「よし。じゃあ、行こうか――キャスト! 星界『流星軍』」
俺の宣唱とともに、星の雨が岩場へと横殴りに降り注いだ。
それを合図に、4人が突入する。
「何だ何だ何だ何だ――」「人間族だ!」「人間族がやってきた!!」「食える?」「食える!」
低位魔族特有の、知能が低そうな口調と声色にうんざりしつつも、俺は続けざまに宣唱した。
「キャスト――光界『灯光旗』」
光の球体が放たれ、洞穴を照らし出した。
その奥にいる、異様な魔力を放つ魔族と、その周囲にいる無数の小悪魔。
強化を受けている証の、翠色の輝き。
迫力のあるおぞましさがあった。
「おやぁ、注文した覚えのない食事ですねぇ」
洞穴の奥に鎮座する魔族が言った。
青緑の薄衣をまとった、髪の長い女の姿。
体表の一部は鱗に覆われ、背には羽のような器官が備わっている。
おそらくは、こいつが――
「グリゴレ・9・セレナーデ。種族は魔族、位階は9、属するは歌魔、水界の一族。全ての命に感謝を込めて――いただきましょう」
名乗りと共に、グリゴレはその口を大きく開け、旋律というよりは耳鳴りに近いような歌声を迸らせた。
「la――uuuuuuuu――」
洞穴の内部で反響し、湿った歌声が幾重にも折り重なる。
次の瞬間、壁にびっしりと生えた苔のように密集していた小悪魔が雪崩の様に俺たちに向けて飛びかかってきた。
小悪魔とは思えないほどの魔力が漲っているのが、傍目にも分かる。
翠色の輝きが、その鮮やかさを増す。
歌唱による操作と強化。
おそらく距離が近い分、あの泣魔たちや他のライズ領の魔族たちににかけたものよりも、強力な強化だ。
俺は低位魔族を無視してグリゴレへ接近しようとしたが、さすがに数が多すぎて捌ききれない。
「カヴンさん、シーカー、陽動頼んだ――」
だが、そこで俺は予定外の動きを目の当たりにした。
シーカーがグリゴレに向けて、脇目も振らずに特攻していたのだ。
「ちょ、シーカー! そんなに前に出ないで!」
シーカーはカヴンの制止など聞こえていないかのように、猛然と駆けていった。
「お前、お前が、リンデを――」
シーカーが叫びながら、小悪魔の壁をくぐり抜け、グリゴレへと肉薄していく。
旋棍を振りかざし、グリゴレへと飛びかかるように襲撃をかけていた。
「リンデを食った報いを、俺が――」
リンデ――おそらく、魔族に食われた、シーカーの肉親か、あるいは恋人の名。
”そのためにライズ領に来た”という発言。
復讐すべき相手との突然の遭遇――冷静になれと言う方が無理、か。
シーカーが強烈な一撃をグリゴレに食らわせようとし――その身体が、横から放たれた小悪魔の呪文によって吹き飛ばされ、岩の上を転がった。
グリゴレしか眼中にない――だが、そんな狭まった視野で、攻撃を当てられるはずがない。
「食事は記憶に残さない派なんですよねぇ。食事って、その場で消えてしまう儚さが醍醐味だから」
意地の悪さをそのまま音にしたような声で、グリゴレの側の小悪魔が言った。
グリゴレは歌唱中。
おそらく操作によって、小悪魔を自分の意志を語らせるスピーカーにしている。
「覚えてはいないのですが――あなたの縁者をわたしが食べたってことですかねぇ? なら、あなたのことも食べてあげますよ」
「俺は……食われない。お前を殺す」
シーカーが鋭い眼光でグリゴレを睨み、再び飛びかかる。
「カヴン、シーカーを止めてくれ!」
俺がグリゴレを倒す上で、シーカーに露払いをしてもらうのは必須だった。
一撃でグリゴレを貫くには、周囲の下位魔族による肉の壁が邪魔になる。
俺の叫びに、カヴンが呼応した。
「キャスト――花界『蠱惑』」
カヴンの放った微かな芳香が、シーカーへと届く。
完全に支配下におくのではなく、狭窄した視野を戻すためのショック療法。
シーカーの殺意が少しずつ薄れていくのを見計らったように、グリゴレの歌に負けない声量で、カヴンが叫んだ。
「あたしも同じ――あたしも復讐者だからこそ言う! あなたの復讐は、このチームで果たさせて!」
普段のような軽薄さのない、切なる叫び。
「……」
虚ろな顔で、シーカーはカヴンの方を見た。
「あたしの殺意も、あなたに託す。だから、あなたの殺意も、あたしたちのものにして」
シーカーが少しずつ、カヴンの言葉を自分の脳へと落とし込んでいく。
「アストくんが、ぜったい果たしてくれるから」
そこで、蠱惑が切れたように、シーカーの意識が覚醒し、眼が鋭い眼光を取り戻した。
「すまない、暴走した。ちゃんと自分の仕事を果たす」
殺意ではなく使命感をと冷静さを身体に満たしたような、精悍な顔つき。
「バンビ、シーカーをサポートしろ! 魔力を練る時間を作ってやってくれ!」
俺は自分自身の魔力を練りながら、バンビに指示を飛ばした。
魔腕なしで位階9を倒すには、それなりの魔力量が必要になってくる。
バンビにも働いてもらわなくてはならない。
「わ、わかりました! キャスト――木界『木々海々』」
宣唱とともに、濃密な樹海が小悪魔達を押しのけながらシーカーを守るように囲んだ。
その木々の城壁の内側から、魔力を精密に練り込んでいる気配がする。
「行ける! 頼む、シーカー!」
俺が合図を出すと、バンビが木々の囲いを解除し、代わりにその木々をグリゴレの周囲の小悪魔たちへ伸ばした。
同時に、その木々を伝うようにして、シーカーの呪文が放たれた。
「キャスト――雷界『雷砲射』」
連鎖する雷撃が、グリゴレ周囲の小悪魔達を麻痺させて止めた。
雷撃を減衰させずに放つ高等技術。
まわりの小悪魔がガードに入ってこなければ、貫ける。
「キャスト――星界『星砲慧』」
宣唱と共に、がっつり魔力を込めた星の弾丸がグリゴレへと放たれる。
歌っている間は回避行動が遅れる。
躱せるはずもない。
星の弾丸はグリゴレの胴体を綺麗に貫いた。
歌が止まり、
「aaa――――!!」
歌声のような断末魔を反響させながら、グリゴレの幽体が霧散して消えた。
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次回は12/15(日)更新予定です◎




