* 30話 * 思わぬ襲撃 *
「キャスト――星界『星雲招』」
さすがに不自然さを感じて警戒はしていたので、即座に防御呪文を宣唱した。
しかし、いきなり斬りつけてくるのはさすがに予想外だった。
振るった刃ごと、サレガの身体を重力の盾で押し退ける。
「サレガさん、何を――1?」
バンビが驚嘆の声を上げた。
無理もない。さっきまで酒場で会話していた相手なのだ。
「魔族に食われた……?」
カヴンが自信なさげに呟きながら、呪文を宣唱した。
「キャスト――花界『蠱惑魔』」
魔力を強く練り込んだ、鮮烈な芳香があたりに満ちる。
魔族を魅了し、支配下におくカヴンの呪文。
しかし、サレガは平然とした様子で、手にした刃を振りかぶり俺へと放った。
重力の盾に阻まれるが、その殺意は十分に感じられる。
「蠱惑魔が効かない――」
カヴンのその呟きは、サレガが魔族に食われて肉体を乗っ取られているのではなく、自分の意志で俺を襲ってきていることを意味していた。
「えっと……俺、何かした?」
俺がストレートに問いかけると、サレガは笑いながら、短く答えた。
「ううん、何も。ただ私がこうしたいからだよ――キャスト、土界『土歌石力』」
会話の流れの中であまりに自然に宣唱されたことで、反応が一瞬遅れた。
サレガの放った土界の呪文により、俺の足元の地面が、歌うような地響きを鳴らしながら爆発した。
自分を中心に半球を描くような形で展開していた重力の盾の死角――下方向からの爆撃を見事に食らい、俺は地面へと吹き飛ばされた。
鈍い痛みが体中に走り、反射的に身体が硬直する。
――ヤバい、久々にこんなモロで呪文食らった。
空中に投げ出されて完全に無防備を晒す俺へ、サレガが追撃の呪文を用意しているのが視界の端に見えた。
「キャスト、土界――」
「キャスト! 木界『木撃射』」
だが、サレガの追撃より先に、バンビが動いた。
宣唱とともに、バンビの手元から勢いよく木が生え育ってサレガを打擲し、そのまま縛り上げるように絡みついた。
「アストくん!」
落下地点へと先回りし、カヴンが俺を身体で受け止めてくれる。
どうにか地面への直撃は避けられた。
「だ、大丈夫ですかアストさん!」
半泣きの顔で、必死に木を操作してサレガを押さえつけつつ、それでも俺の状態が気になって仕方ないという思いのこもった震える声。
「大丈夫、致命的なダメージはない」
強がりではなく本当に、咄嗟に重力の盾を操作して威力を半減することができたおかげで、ダメージは抑えられた。
とはいえ、相手に1本取られたことには変わらない。
「――完全に虚をつかれた。まさか呪文を使ってくるとは思わなかった」
魔族に食われて操られている状態では、魔法は使えない。
やはり、サレガは魔族に食われているわけではないのだ。
だが、俺は今のサレガの状態が正常だとは思えなかった。
自分の意志ではなく、誰かに操られているような――
そこで、俺は自分の右腕――存在しない右腕が小さく震えていることに気づいた。
魔族に対する疼きとは、反応の種類が違う。
共鳴しているのだ。
同じ、破片に。
「なるほど、ね。確かに、目が合ったって言ってたな」
俺は修飾句を唱えたのち、木によって抑えられているサレガへと宣唱した。
「キャスト――雷界『電伝抗遮』」
サレガの身体に、黒い電撃が放たれた。
他社からの呪文を全てシャットアウトする高等呪文。
次の瞬間、サレガの顔から俺に対する殺気が消え去り、かと思うと気を失ってがくりと脱力した。
「えっと、どうゆうことなんでしょうか……?」
バンビが何も分からない、という内心を存分に吐露するような表情と声音でそう言った。
「破片だ。おそらくは――魔眼」
俺は携帯している治癒用の呪文石を融解させながら、言った。
「オニキスに聞いたことがある。破片の1つに、他者を操作して、さらにそいつに魔法まで使わせられる能力を持ってるのがあるって。間違いなく、それだ」
破片――俺の魔腕と同じく、先代魔王の体の一部。
現魔王に対して唯一、有効な武器。
だからこそ、人間族側は魔族への対抗手段として探し求め、魔族側は人間族の手に渡らないように探し求めている。
その破片の1つ――魔眼を持った者が、このライズ領に来ている。
俺を――俺の魔腕を、狙いに来ている。
「裏王都――オニキスの庇護下の外に俺が出たからって、喜び勇んで襲ってきやがったんだ。面白え、受けて立つぜ、魔眼野郎」
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次回は12/10(火)更新予定です◎




