* 29話 * 目撃者 *
本日は2話更新です◎
酒場に戻り、泣魔を倒したと報告をすると、常連たちは安堵の表情を浮かべた。
敵はとれたのだ、という思いと、決して敵わない相手ではなかったのだ、という思い。
俺は状況を共有すべく、全員に向けて泣魔との戦闘を説明した。
「位階の低い魔族でも、強化を受けてかなり厄介になっているっぽい。俺の呪文なら、位階5くらいまでなら守護魔法ごとぶち抜けるが――泣魔には通じなかった」
「ライズの言ってた、グリゴレって奴が、その強化をしてるって可能性が高いね」
カヴンが俺の説明を引き継ぐように言った。
「その通り。だからこそ、最優先はグリゴレって奴を探し出して叩くことだ。強化された低位魔族と戦ってたら、時間も戦力も無駄になる」
俺は酒場の連中を見回しながら、
「で、本題だが――グリゴレの居場所に心当たりがある奴はいないか? このタイミングでやってきた魔族が、住み着きやすそうな場所」
返答はなし。
そりゃそうか、そんなところあったらとっくに叩いてるわな――と納得しかけたとき。
サレガが手を挙げ、
「場所は分からないけど――私、おとといくらいに怪しい2人組の入領者、見たよ。明らかにお忍びで来てる、って感じの」
そう言ってスケッチブックに描いた絵を見せてきた。
描かれているのは、男女の旅行者。
「男はきれいなブロンドだった。たぶん、しっかり高級なトリートメントとか使ってる感じ。女は美人で、肌がびっくりするくらい白かった」
「そいつらの何が怪しかった? 具体的に教えてくれ」
「私、旅人証明を入領審査官に預けてたから、わざわざ国境まで取りに行ったんだけど――そこで、明らかに他の入領者とは違う感じの扱いだったんだよね。VIP待遇っていうか。審査官が深々頭下げて見送ったりとか」
「なるほどな」
俺らが入領したときは、カヴンの魅了を発動していたが、見送りまではされなかった。
ただの好意の表れはない行動。
「私、色んな国で貴族とかの偉い人たちとも関わってきたから分かるんだけど――あれは明らかに、私とは住む世界が違う、受けてきた教育が違う、って感じだった。一瞬、目も合ったんだけど――なんか、深い湖みたいな、この辺じゃみかけない瞳だったし」
「……確認だが、それは西の審査所か?」
「ううん、東の方のだよ」
――なるほど、な。
東の審査所――王都に隣接している国境部分。
おそらくサレガが見たのは、王宮の人間だろう。
この魔族がゆるく入ってこれる地を使って、魔族との会談をしに来た可能性が高い。
そもそも、最初からそのための土地として、このライズ領を運用している可能性すらある。
王家が魔族と繋がっているといっても、魔族がおおっぴらに王宮に出入り出来るわけではないだろう。
手軽に集える会合場所として、王都とオクターヴ帝国の中間地点であるこの地を使っていると考えると、色々納得がいく。
俺は廻る思考を一旦ストップし、サレガににっこりと微笑んだ。
「かなり気になる話だ。グリゴレとの関連がある可能性はそこまで高くなさそうだが……その辺、俺らで少し探ってみる。ありがとな」
サレガは照れくさそうに、
「ちょろちょろ歩き回るのが私の癖だから。また何か見聞きしたら教えるよ」
俺は頷き、酒場の連中に向けて言った。
「皆も、情報を集めてくれ。しばらく魔族狩りは中止。グリゴレを探すことを優先してくれ。そして何より、必ず3人以上で行動するのを徹底するように。これ以上、魔族に食われる人間は見たくない」
***
「やっぱりさっきのサレガさんの話……王宮の人間が来ていたってことなんでしょうか」
ガラクラ酒場からホテルへと戻る道中、バンビが沈んだ顔でそう呟いた。
元第八王子としての複雑な心境、ってやつか。
「まあ、王宮とは限らないが――俺はかなり可能性が高いと思ってる。魔族と会談を行うための場所としてこの地を使ってるんだろう」
バンビはやはり王家と魔族が繋がっているという事実が受け入れられないようで、表情に陰りがみえた。
それを察したかのように、カヴンが話題を変える。
「ボスの狙いもそこにあるんでしょうね。敵の連携を妨害するために、ハイン卿を領主にしたいってことでしょう。実はハイン卿以外からも何件かライズ暗殺の依頼は来てたのよ」
「あれ、そうだったんですね」
「そう。けどボスは他の依頼全てを断って、ハイン卿だけを依頼人として招いた。他の依頼も受けた上で殺せば、その分依頼料が入っただろうに」
「金にうるさいあの女が、他の依頼を蹴ってまで、ハイン卿に領地を奪わせることを優先した――そう考えると、やっぱりこの領地が地政的にも重要だってことなんだろうさ――」
そこで、俺は背後から忍び寄る気配を感じて振り返った。
遅れてカヴンが、更に遅れてバンビも振り返る。
「アストさん、忘れ物ですよ」
そこにいたのは、サレガだった。
手に麻の袋を持ち、小走りでこちらに駆け寄ってくる。
「忘れ物? 誰か他の奴のじゃないか」
自分の荷物は全て持ってきている。
特に忘れ物はない。
サレガは俺たちの側までたどり着くと、わざとらしくぜえぜえと肩で息をしながら、俺に麻の袋を渡そうと手を伸ばした。
「いや、たぶんアストさんのものだと思います。ほら、これってアストさんが持ってた――」
その続きを言い終える前に、サレガはその麻の袋の中に隠すように持っていた刃を、俺の首へと猛然と振りかぶってきた。
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