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* 28話 * パブとバフ *




「最終的に到達すべき相手を知れたのは、明らかにプラスだね」



 領主ライズ=マーシャルが去り、割れた酒瓶と荒れた店内、呆然と立ち尽くす常連達に向けて、きっぱりと言った。



「流石に一筋縄じゃいかなさそうな男だったけど、それを知れたのはアドバンテージだし、あいつの言葉で新たな敵への警戒もできる」



 少しずつ、ライズに圧倒されていた常連たちの意識が現実へと引き戻されていく。

 やはりこの辺の人心掌握は流石の腕前。



「ジナスはあたしが治癒するからこっちへ。他の人は片付け手伝って」



 そうして、てきぱきとスキンヘッドの男へ治癒の呪文をかけながら、カヴンが俺に目を向けた。



「少し作戦を考える必要がありそうね」



「だな」



 酒場が片付き、落ち着いたところで、俺たち3人はホテルへと戻った。



   ***


 ホテルの部屋、テーブルに軽食を並べ、つまみながらの作戦会議。



「ライズが来たとき、すぐにオニキスに伝話(ベースバンド)を入れたんだが、返答はまだ殺すな、の一点張り。仕方ないから帰したけど、オニキスの奴は何を狙ってやがるんだ?」



 俺のぼやきに、バンビもうーんと唸りながら、



「依頼主のハイン卿にしっかり領地を引き渡すための準備がまだ足りてないってことですかね?」



「あの場面だったら俺かカヴンの手柄ってことに出来た。それも伝えたんだが、オニキスはその辺そんなに関心なさそうだったんだよな」



「ボスはいっつも肝心なところを隠す癖があるからねぇ……ま、意図を汲むのは無理でしょ。とりあえず、魔族側をがんがん攻めて、さっさと殺害許可が出るのを待とう」



 カヴンはそう結論づけると、別の話題を切り出した。



「にしても、あのライズとその後ろにいたルリジサって魔族、ただ者じゃなさそう。殺害許可が出てからも、ひと山ありそうね」



「ああ。俺の魔腕でも、気配を察するのが遅れた。完璧な気配絶ちだった。おそらく、位階10か11のどっちかだろう」



「……それって、その……相当強いってことですよね」



「位階13は魔王ネスのみ。位階12は魔族の中のごく少数、ほんの一握りだけ。この辺でばったり会うような魔族の中じゃ、一番強いだろうさ」



「あたしの蠱惑魔(アゲハ)が効くかも怪しいところね。いざとなったらアストくんに任せちゃう」



「ああ、それでいいよ。もともと今回のライズ殺しは、最終的にカヴンさんにやってもらうよう指示が来てるし」




 そこで、カヴンが急にびくりとなって顔をしかめた。


「サレガから伝話(ベースバンド)。共有するね――」



 カヴンが共有の呪文を唱えると、脳内でサレガの憔悴しきった声が響いた。




『魔族を倒しに行ってた連中が、食われた! 敵は位階5の泣魔(バンシー)で、苦戦するような相手じゃなかったはずなのに……! 今、酒場で暴れてる』




  ***



 酒場へ急行すると、サレガの岳球平砂(サンドランド)によって縛られた老紳士と女剣士が路上で寝っ転っていた。

 その周囲を囲むように、サレガとシーカーをはじめとした酒場の常連たちが青ざめた顔で立ち尽くしている。


 寝っ転がった2人の顔から生気は抜け、虚ろな目を宙へと向けていた。



「シーカーと私でどうにか無力化したけど――呼びかけても、治癒の呪文をかけても反応しないんだ」


 サレガの縋るような声に、カヴンが苦い顔で答えた。



「介錯はあたしがやるわ。もし他に請け負いたい人がいるなら、任せるけど」



「そんな――」



 サレガや常連たちがカヴンへ抗議の声を上げようとするのを、シーカーが制した。



「おれがやる。あんたらにそこまで重荷を背負わす気はない」


 

 慣れている、という様子が言外に滲む。

 何度も、魔族に食われた人間の末路を導いた者の口調。



「それなら、お任せするわ」



 カヴンがシーカーへ、敬意を込めたような声音で言った。



「本当に? 絶対に戻らないの? 例えば、食われた魔族を殺したりとか――」



「無理だ。魔族に食われた時点で実質的な死を迎えたと同義だ」



 シーカーの有無を言わせぬ断言に、サレガがしゅんとなってうつむいた。



「あなたも?」



 カヴンの短い問いに、シーカーは聞き返しも頷きもせず、答えた。



「ああ。もともと、ライズ領に来たのはそのためだ。あんたもそうか?」



「ここに来たのは仕事のためだけど、思いは一緒ね。……あたしの大切な人も、食われたわ」



「そうか。どおりで、魔族の殺し方を心得てるわけだ」



 そのやりとりを聞いていたサレガが、小さな声で言った。


「色んな国で、色んな別れを見てきたけど――こんな哀しい死に方は、初めてだよ」



 生気というものが抜け落ちたような顔をしながらも、浅い呼吸が続いているのが分かる、老紳士と女剣士の姿に、場の空気が哀しみ、あるいは諦念へと傾くのが分かった。




(かたき)はとる」



 俺は短く、しかしきっぱりと言った。

 そこで、常連達の感情が哀しみから怒りへとシフトし始めるのを待つ。


 魔族に食われた末路を目の当たりにして、全体の士気が萎えるのは最悪の流れだった。


 避けるためには、死にエネルギーを食われてはならない。

 死をエネルギーに変えられるようにならなければならない。



「この2人が狩りに行っていた泣魔(バンシー)の居場所を教えてくれ。俺が行く」


 にわかに、感情の行き先が見つかったかのように、場の空気が魔族への憎悪へと収束し始めるのが分かった。


 カヴンに視線を送ると、ゆっくり頷き、手を挙げた。



「弔いはあたしとシーカーがやる。弔い合戦は――アストくん、バンビちゃん、お願い」




   ***



 泣魔のいる町外れの廃墟へと向かう途中、俺は異変に気づいた。


 止んでいたはずの”音楽”が、また鳴り出している。

 街に鳴り響く歪な旋律が、魔族側の勢力回復を示しているようで不快だった。


 これまで流れていたのとは違う、スローテンポで重たい楽曲。



 音楽が頭上から降り注ぐアーチを抜けしばらく進むと、周囲には草原だけが広がる寂れた丘に行き着く。

 その丘の上に立てられた屋敷の前へと、俺とバンビ、そしてサレガが到着した。


 到着と同時に、存在しない右腕が、鈍く疼いた。

 魔族がいることをゆるやかに知らせてくれる。



「念のため確認しておく。ニールとミリアは、ちゃんと2人で狩りに行ったんだよな?」



 老紳士と女剣士の名前を口にすると、感傷が沸きそうになってしまう。

 名前と顔が一致する程度の親交の深さはある相手――その弔い合戦。



「そうだよ。そして、2人の実力なら間違いなく、位階5の魔族には負けない。何か罠を仕掛けられたか何かだと思う」



「そうだな、その可能性もある。だが、それよりも可能性が高いのは――」



 そう言おうとしたところで、屋敷の中から耳をつんざくような金切り声が響いた。



()()()()()()()――――」


 たまらず耳を塞ぐ。


 もともと魔力で耳を覆ってはいたが、それを貫通して響くほどの声量。

 いきなり泣き出した意図は不明だが――やはり、普通の泣魔ではない。



「突入するぞ――キャスト、火界『即強炎撃(フラッシュモブ)』」



 俺の宣唱とともに、強烈な炎が扉を焼き破った。

 3人で3方向に視線を送りながら突入する。



「バンビ! 手筈通りに!」



 俺がそう叫ぶと、バンビは素早く宣唱した。

 俺もあとに続いて再び宣唱。



「キャスト! 木界『木々海々(フリーキーツリーシー)』」


「キャスト! 火界『即強炎撃(フラッシュモブ)』」


 

 木々が荒廃した屋敷の中を蹂躙するように生い茂り、樹海を形成。

 その木々を導線として俺の放った炎が屋敷中に広がり、一気に火の海へと変えた。


 泣き声という、姿を隠しながらでも可能な攻撃をちまちま食らわないための戦術――隠れる場所もなくなるほどに焼き尽くして叩き出す。



()()()()()()――」


 

 火の海から、薄衣をまとった白髪の女が飛び出してきた。

 位階上位の魔族の嗜みとされている名乗りもなく、ただ攻撃してくるだけ。


 やはり、ただの低位魔族にしか見えない。



 飛び出してきた泣魔の啼泣が俺らへと向けられるより先に、サレガが呪文を放つ。



「キャスト! 石界『刃甲投石(ダイアリシスロー)』」


 石の刃の雨が、猛然と泣魔へ襲いかかる。

 刃は命中したものの、泣魔は平然とした様子で泣き続けている。

 守護の魔法を纏っている証左。



「キャスト! 星界『星砲慧(スクエアグラム)』」


 サレガの攻撃が通じないと見て、俺はきっちり魔力を練り込み宣唱した。

 星の弾丸が泣魔に命中し、守護の魔法などぶち破ってその身体を貫く――はずだった。



 だが、泣魔はよろめきはしたものの、ダメージはさほど受けていない様子で再び力を込めた啼泣を俺らへ浴びせてきた。



()()()()()()――」



 金切り声が鼓膜をぶち破る勢いで響き、くらくらする。

 呪文に魔力を割いたせいで、耳のガードが薄くなってしまっていた。

 


「俺の呪文で貫けない位階5の魔族――明らかに普通じゃない!」


 そこで、俺は泣魔が翠色の輝きを纏っているのに気づいた。

 炎の輝きと揺らめきのせいで見落としていたが、明らかに強化(バフ)を受けていることを示す輝き。



――”バランス調整として、グリゴレって奴を連れてきた。面白いスキルを持ってる奴だ、まあ遊んでやってくれや”



 ライズの発言が、ふいに脳裏に蘇る。


――グリゴレという魔族が、おそらく低位強化(バフ)のスキルを持っている。



「サレガ、射て! ビビる必要はない、ただの強化された低位魔族だ! 基本戦術(ベーシック)で問題ない!」


 

 魔族と戦う際の基本戦術――物理で殴って守護の魔法を破り、呪文でとどめをさす。



 サレガが馬鹿でかいリュックの脇から弓を取り出し、流れるようなスムーズさで矢を放った。


 炎のせいで不安定になっている空気をものともせず、見事に泣魔に命中する。


 すかさず宣唱。



「キャスト! 星界『星砲慧(スクエアグラム)』」



 星の弾丸が鋭く放たれ、今度は泣魔を貫いた。

 泣き声が止み、火が屋敷を侵食していく音だけが響く。


 だが、俺の右腕がまだ疼いている。

 そもそも、食われたのはニールとミリア――2人。



「もう1体、上にいます! キャスト――木界『木撃射(ウッドネス)』」



 屋根の裏、声が屋敷のどこにでも届きそうな位置に、もう1体の泣魔が張り付くようにしてこちらを見ていた。



 バンビの宣唱により、木が勢いよく生え、強力な打擲によって屋根を打ち砕いて泣魔の足場を奪った。



()()()()()()()――」



 2体目の泣魔が落下しながら、泣き声を屋敷中に反響させた。

 きらきらと翠色の輝き――こいつも同じく、強化を受けている。



「任せて!」


 瓦礫の隙間を縫って、サレガの放った矢が泣魔に命中した。

 すかさず、本日3度目となる呪文を宣唱する。



「キャスト! 星界『星砲慧(スクエアグラム)』」



 泣魔が落下し終える前に、その胴体に大穴が穿たれ、霧散した。



 右腕の疼きが溶けるように消えていき、魔族が消えたことを実感した。




「ナイススナイプだ、サレガ。バンビも、よく気づいてくれた」



 俺は狙撃手と助手のファインプレーに感謝を述べつつ、次にとるべき行動を述べた。




「グリゴレとかいう魔族を探すぞ。このままじゃ、魔族に一方的に殴られ続けることになる」





最後までお読みいただきありがとうございます!

最新話のあとがきより下の部分から「評価」ができるので、

よければぜひ!

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