* 24話 * ”誘い屋” カヴン=デフラワー *
「オニキス=ハローバックが配下、”誘い屋”のカヴン。強い奴だけ、かかってきなよ」
スキンヘッドの男を転倒させる(ついでに麦酒をぶちまける)という派手なアクションを見せたカヴンの姿は、酒場にいた連中を刺激するには十分だった。
酒場には、そもそも血の気の多そうな奴らしかいなかった。
乱闘になるのは自然とすらいえる。
俺は万一に備え、防御呪文を用意しておくが、それ以上は特に関与しない。
今回のテーマは、カヴンをヒーロー化することだ。
「喧嘩の叩き売りだな。もちろん買うぜ、お嬢ちゃん」
奥から山高帽とサングラスで決め込んだ老紳士が現れ、ぴたりとカヴンへ杖を向けた。
「ふはは、キャスト! 金界――」
意気揚々としたその宣唱が終える前に、カヴンの呪文が発動した。
「キャスト――花界『蠱惑』」
カヴンの宣唱とともに、心に染みるような芳香が辺りを包む。
俺は念のため魔力で全身を軽く覆い、余波を受けないようにしておく。
そんな防衛法など知らない老紳士は、一瞬でその身体を強張らせたかと思うと、急に張り詰めていた身体を脱力させた。
「キャスト――花界『鞭叫花』」
荊の鞭が発言したかと思うと、すかさず老紳士の延髄に一撃叩き込まれる。
加減してはいるのだろうが、老紳士は打擲の勢いのまま床にばたりと倒れ込んだ。
「あんまりイキるなよ、スラムの屑が!」
咆哮とともに、棍棒を手にした男がカヴンへ殴りかかってくる。
鞭の間合いの内側に入り、呪文が発動するより先に殴ってしまえということだろう。
だが、不用意に近づけば、そこには濃厚な芳香が待っている。
「おやすみ」
案の定、男の勢いはカヴンの4歩手前で一気に失せた。
男はとろりとした目つきになり、振りかぶった棍棒を握りきれずに手放してしまった。
すっぽ抜けた棍棒が別の客のもとへとすっ飛んでいく。
棍棒はテーブルの上のグラスや皿を派手に叩き割った。
こうなると、流れ弾を食らった客も黙ってはいられない。
「てめぇ、自分の得物くらいちゃんと握りやがれ!」
流れ弾を食らった客が、長髪の男へとつかみかかる。
そのまま酒場は乱戦へと突入していった。
カヴンだけではなく、酒場のあちこちで揉み合い、殴り合い、果ては魔法の撃ち合いが始まる。
「馬鹿野郎! お前ら、店の外でやれよ!」
そう嘆く店主も、どこかこの混沌を楽しんでいるかのような高揚感がにじんでいた。
「もうちょい骨のあるやつはいないのかしら!」
乱戦の中でも、カヴンは荊の鞭を振るいながら、近寄る男達をばったばったとなぎ倒していく。
そんなカヴンに向けて、一筋の刃が飛来した。
明らかに迷いなく、蠱惑の影響を受けていない、意志ある一閃。
「何しに来たのか知らないが、無駄な騒ぎはごめんだよ?」
髪が短く、一瞬判別できなかったが、その声は明らかに少女のものだった。
カヴンはすんでのところで刃を躱した。
「蠱惑の呪文、他の国でも見たことあるよ。女の私には効かないでしょ」
俺の胸元よりも低いであろう身長に、丸顔、首元までで切り揃えられた銀髪、馬鹿でかいリュックサック。
この荒れた酒場に似合わない、あどけない顔をした少女だった。
カヴンの蠱惑の弱点は、同性への効きが悪いことだ。
完全無効とまではいかないが、かなり濃厚にアプローチしないと術中に堕ちない。
だが、そんな相性の悪い相手に対しても、カヴンは全く臆さず、軽口で応戦する。
「こんな危ないとこで何してるの、おちびちゃん」
カヴンの長髪に、少女はよく通る声で言い返した。
「私、サレガ。たぶん、この界隈で一番強いの、私かシーカーのどっちかだと思うよ」
少女の大胆な一言。
しかし、乱戦でそれどころではないとはいえ、
「へぇ、おもしろいじゃん。かかってきなよ」
カヴンが手招きするように手を振ると、サレガなる少女は冷静な顔つきで、
「キャスト――土界『岳球平砂』」
サレガの宣唱とともに、凝縮された砂の球体が発現した。
触れた者を捕らえて離さない蟻地獄。
土界の中でもかなり高位な捕縛系の呪文だ。
この中で最強という言は、あながちただの法螺やハッタリではないのかもしれない。
「蠱惑だよりだから――普通に攻められるのなれてないんじゃないかな?」
サレガは微笑みながら、砂の球体を放とうと構え、放った。
「2つ間違えてるよ、おちびちゃん」
カヴンがにやりと笑った。
「1つ。この状況下なら、蠱惑は直接効かなくても関係ない」
「――!?」
サレガが放った砂の球体は、カヴンに命中するより先に、突然飛び出してきた他の客にぶつかった。
男が砂の檻にがんじがらめにされる。当然カヴンへは無影響。
さらに、サレガの元へと数人の男がしなだれかかるように体当たりしていく。
蠱惑により操られた男達である。
「ちょ、邪魔――」
サレガがあたふたしながら男達の身体を避けているところに、カヴンは追い打ちをかけるかのごとく、囁いた。
「2つ。普通に攻められたって、あたしは負けないよ。これでもオニキスの配下だからね」
カヴンの周囲から芳香がぴたりと消えた。
呆けた顔をしていた男達が、夢から醒めたかのように、真顔に戻る。
蠱惑の呪文を解いた代わりに、その分まで含めた魔力をがっつりと練り込んでいるのが分かった。
サレガが男達の妨害を避けてカヴンへと手を伸ばしたが、遅い。
カヴンが高らかに宣唱した。
「キャスト――花界『花想幻日』」
一瞬にして、酒場が花畑と化した。
橙色、緋色、黄色、紫――色とりどりの花が咲き乱れ、かぐわしい香りで満たされている。
客達のだれもが手を止め、穏やかな表情へと変わっていく。
美しい風景にあてられたように、戦意の火が立ち消えてゆく。
あまりに鮮やかな風景だったからだろう。
それが全て幻影であるということに気づく者はいなかった。
花想幻日――幻影により、敵の戦意を喪失させる呪文。
「……!?」
気づいたときには、酒場の客全員が、カヴンの荊の鞭によって縛り上げられていた。
幻影に気を取られている隙に、捕縛を済ませてしまったのだ。
「はい、というわけで、あたしが最強だということが証明されたわけですが」
カヴンは手近なテーブルの上に立ち、演説でもするかのような声音で全員に向けて話しかけた。
縛られた客達の間にどよめきが起きる。
無理もない。
いつ縛られたのかも分からないまま、気づけば空間は完全にカヴンの支配下に置かれてしまったのだ。
「つ、強え……」
客の1人が、そう漏らした。
カヴンはにっこり笑い、
「ちなみに、後ろのアストくんは、あたしより段違いに強いわよ」
酒場の客たちがごくりと息を飲むのが分かる。
勘弁してくれ、やりづらすぎる。
「あ、バンビちゃんは弱いわよん。優しくしてね」
「ちょっと! 弱いのは事実ですけど、バラさないでください!」
カヴンの軽口に、バンビが抗議の声を上げる。
「ま、それは置いといて――本題に入ろうかな。あたしが何しに来たか、ってことなんだけど。あたしは提案があって来たんだ」
カヴンはゆっくりと全員の顔を見回し、最後に小首をかしげてみせた。
「みんなで、この街から魔族を追い出さない?」
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次回は11/24(日)更新予定です◎




