* 23話 * ガラクラ・ターヴェン *
「こいつら――魔族に食われてる」
地べたに座り込んだまま動かない、2人の男を見ながら、カヴンがそう断定する。
「ま、魔族に食われたって……何でそんなこと分かるんですか」
バンビが声を震わせながら言う。
カヴンは男達を指で軽くつつきながら、
「あたしの蠱惑魔は魔族専用の呪文。その蠱惑魔が効いて、なのにこいつらの気配自体が人間族だったから……魔族に身体を乗っ取られた人間族、ってことになる」
カヴンがこの案件に任命された理由――それが、この蠱惑の呪文だ。
人間族のみならず、魔族に対しても有効な、魅了の能力。
魔族には通常の魔法が効きにくい。
魔族に有効打を持っているのは、半端ないアドバンテージだ。
そしてその呪文は、人間族を食って身体を乗っ取った魔族に対しても有効。
「人間を食った魔族は、その肉体を好きに操れる。食われた時点で、その肉体の所有者は当人ではなく魔族になる。人間族用の呪文が効かず、魔族用の呪文が効く」
カヴンの講釈に、バンビはごくりと唾を飲んだ。
「わざわざ待ち伏せしてたくせに、遠距離から呪文で攻撃してこず、物理的に攻撃してきたのも納得ね。人間族を操ってる間、魔族は魔法を使えないから」
カヴンの出した結論に、バンビは深くため息をこぼした。
「わたしたち、入領したとたん魔族に襲われた、ってことになるわけですね……はぁ、東側は治安が良いって言われてたのに……最初からこれですか」
「ああ、正直そこは気になる。オクターヴ帝国に隣接してる西側ならともかく、東側まで魔族がうろついてるってのは不可解だな」
俺の所感に、カヴンが頷いた。
「領主が魔族を受け入れてるつったって、魔族が多すぎると普通に人間族が全滅しちゃうわけだし、限度があると思ってたけど――思ったより闇が深いのかもしれないね」
「……ちなみに、この人たちを操っていた魔族は、どこに?」
バンビが恐る恐る質問してくる。
身体を解放した魔族が、幽体の状態で襲ってくるのを危惧しているのだろう。
「食った人間を解放すると、その魔族は幽体に戻って、人間を食った地点に帰る。ま、心配するな、俺の魔腕も反応してない。近くに魔族はいないよ」
「こいつらの見た目的にも、髭も剃らず洗濯もしてない感じだし、長期間操ってたっぽいからね。けっこう遠くに帰ったんじゃない?」
「……ちょっと安心しました。では、この方々はどうします?」
バンビのその質問によって、少しの間静寂が降りた。
「この人たちはもう、助からないよ。行こう」
カヴンが短くそう言って、歩き始めた。
「え、でも呼吸はしてるみたいですし――」
「魔族に食われた人間は、精神を失う。心臓が動いてるだけの、ただの死体だ」
カヴンは説明する気がなさそうなので、そう口を挟んだ。
そのまま俺はカヴンの後を追い、歩き始める。
「寝覚めは悪いけど、助ける方法はない。時間がもったいないし、放置安定だよ」
「ちょ、ちょっと待ってください。何か、方法はないんですか? 治癒の呪文とか護符で――」
「そういうの、全部もう試したから」
バンビの訴えを刺すように、カヴンが言った。
無論、目の前で地べたに座り込んでいる2人の男たちのことではない。
俺も知らない、もっと過去の話。
バンビも理解したようだった。
「……ごめんなさい、浅い考えでした」
「ううん、全然悪くない。ごめんね、ちょっと情緒不安定で」
カヴンが振り向いて、笑いながらそういった。
「お前のそういう真っ直ぐな考え方は、見てて安心する。ただ、切り捨てるべきものを見極める目は養え。時間は有限で、天井は驚くほど低い」
俺は素直な気持ちでそう声をかけた。
バンビは曖昧に頷き、立ち上がって歩き出した。
***
立派なアーチに”リッシュ街4番地”と書かれた入口。
古びてはいるものの、その迫力はなかなか見応えのある建造物だった。
街に入るなり、カヴンが顔をしかめた。
「これ――”音楽”ってやつじゃない?」
街へとたどり着いた瞬間に俺たちの耳に飛び込んできたのは、どこからともなく響き渡る、歪な旋律だった。
魔族の好む、音の配列。
不快だが、印象的で耳に残り続け、なかなか消え去ってくれない。
何より、俺の存在しない右腕が、その律動に会わせて脈打つ。
魔族の気配に反応しているのだ。
「だな。あからさまに、自分たちの存在をアピールしてる。これは相当、魔族が幅をきかせてるな。夜中とはいえ、人の気配も全然ない」
色とりどりの石づくりの建物が建ち並び、美しい街並みを構成しているが、領民の姿は見当たらない。
ゴーストタウンかと言いたくなるような寂れっぷりだった。
「とりあえず、宿を目指そう。で、時間があれば、審査官の言ってた酒場に行く」
「ラナ通りで一番大きい建物」というざっくりした説明をもとに、ハインが押さえてくれた宿へ向かう。
はたして、すぐに宿は見つかった。
周囲の建物から明らかに突出した高さ。おそらく7階か8階建てだろう。
「い、いらっしゃいませ」
受付の男は怯えたような目つきで俺たちを迎えた。
やりとりは全てカヴンに任せて、受付を済ませる。
「ガラクラの酒場って、どこにあるのかしら」
カヴンの質問に、男は終始おどおどしながら、
「ラ、ラナ通りをずっと北に行くと、ガラクラ酒場と表示された、お、大きな赤い看板が見えます。そんなに遠くないです」
「ありがと。さっきからすごいびくびくしてるけど、どうしたの。怯えてるの?」
「お、お客様が来るのは、とても久しぶりだったので……」
「こんなにおっきい宿なのに? それで経営は成り立ってるの?」
「それはもう、き、厳しいですよ。む、昔は温泉目当てで観光客も多かったんですが、最近は壊滅状態です。魔族が出るところに、観光に来る人なんていませんから」
「そっか。大変だね。魔族がいなくなってくれればいいのにね。追い出したりしないの? それか、領主に直訴したりとか」
カヴンが軽くそう言うと、受付の男は怯え具合を3段階ほど上昇させて、震えながら首を振った。
「むむ、無理ですよ。魔族を倒そうとして返り討ちに遭った人の数は、この部屋の室数の倍以上です。魔族に食われた人の姿は、もう見たくないんです。領主も……僕みたいな弱者のいうことは耳に入らないでしょうね。強い人と強い魔族にしか興味が無い人だから」
言葉の端々に、魔族に対する怯えが見え隠れしている。
「僕は弱いので……それこそガラクラ酒場にたむろしてるような、魔法の上手い人たちならまだ可能性はあるかもしれないですけど。彼らは仲が悪いので」
「……ありがと。大変だろうけど、頑張れ。現状を変えるには、自分から動かないとね」
俺たちは部屋に荷物を置き、防犯用の呪文処理を施すと、ガラクラ酒場へと向かった。
「帝国の植民地か、って思っちゃうくらい、ゴリゴリに魔族がのさばってる感じね」
道中、カヴンがそう呟いた。
「けど、ハイン卿の話だと、人間族も手練ればっかりを呼んでるっぽいし、一方的に魔族に支配されてるのも変な話ですよね」
バンビの指摘に、俺は小さく頷いた。
「そこが今回のポイントだな。ま、ハイン卿の話を聞いてる感じだと、おそらく魔族側はそれなりに統制がとれてて、人間族側はまったく団結してないんだろう」
「ハイン卿、そんなこと言ってましたっけ?」
「こんな街に流れてくるような人間は、強いだけじゃない、ひねくれ者ばっかに決まってる。強くてひねくれた奴ってのは、えてして一匹狼になりやすい」
「アスト君も強くてひねくれてると思うけど?」
カヴンがからかうようにそう言ってくるのを無視して、俺は改めて今回のミッションを繰り返した。
「ライズを殺す前に、俺たちはその人間族の連中を団結させる必要がある。団結させ、魔族側にとっての脅威になるレベルにまで人間族側の力を蓄え、最終的にライズを殺し、その功績をすべてハイン卿のものとする」
それが今回の依頼のややこしく、一筋縄ではいかない点だった。
殺す前に、民衆蜂起の真似事みたいなことをしなければならない。
もっとも、そのリーダー役を俺がやる必要はない。
そのために、この女を連れてきたのだ。
「誘い屋の力、見せてもらうよ、カヴンさん」
「とくとご覧あれ。別にハニトラだけが”誘い”の仕事じゃないからね」
カヴンは楽しそうに笑い、酒場の扉に手をかけた。
「リーダー、キャプテン、ボス、チーフ、御頭、一国一城の主……そういうの、憧れてたから。ノリノリで行かせてもらうわ」
***
ばたん! とあからさまにやかましい音を立てて、カヴンは酒場へと入っていった。
俺とバンビも後に続く。
「この街の強者はここに集まるって聞いたけど、合ってるかしら?」
酒場の中は思ったより広かった。
6人掛けの丸テーブルが7つ並ぶ広間に、奥にはバーカウンターがあり、その更に奥には個室もあるっぽい。
客は10人いかないくらい。
派手な入場のおかげで、全員がこちらを凝視している。
「旅の者か、姉ちゃん? あんまりお行儀がよくねぇみたいだが、どこの出だ?」
手前のテーブルで飲んでいた、スキンヘッドの男が声をかけてくる。
隆々とした筋肉に、自信の漲る表情。
「カヴン=デフラワー、裏王都から。後ろの2人も同じく裏王都から。アストくんとバンビちゃん」
そこで、酒場の中がどっと沸いた。
もちろん、悪い意味で。
「あー、悪いな、姉ちゃん。きたねぇけど、ここは一応飲食店だ。ドブの街からの菌は、もちこまないで欲しいんだが」
スキンヘッドの軽口に、再び酒場が沸く。
バンビが俺の裾をぎゅっと掴んでくる。
俺はその手に優しく触れた。
「心配するな。すぐ終わる――そして、始まる」
カヴンは笑みを崩さず、スキンヘッドの元へと歩み寄る。
その歩調すら艶めかしく思えてくるような、スローな歩み。
「魔族の尻に敷かれてる街の場末の酒場で、そんな舐めた口きかれるのはちょっと予想外。逆にアガるわ」
ばりばり予想してただろうに、と口に出しかけたが留める。
とりあえずここは見守っておけば良い。
「立ちな」
カヴンはスキンヘッドの顎へと手を伸ばし、中指で顎を撫で上げるようにして、すっと立たせた。
そのまま流れるように足を払い、男の巨躯をあっさりとひっくり返す。
あっさりと男が1回転し、テーブルの上の麦酒をぶちまけて頭から被った。
男は何が起きたのか分からないような顔で、呆然と転がっている。
「オニキス=ハローバックが配下、”誘い屋”のカヴン。強い奴だけ、かかってきなよ」
カヴンの宣言とともに、酒場に騒擾が巻き起こった。
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次回は11/19(火)更新予定です
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