表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/41

* 23話 * ガラクラ・ターヴェン *




「こいつら――魔族に食われてる」


 

 地べたに座り込んだまま動かない、2人の男を見ながら、カヴンがそう断定する。



「ま、魔族に食われたって……何でそんなこと分かるんですか」


 バンビが声を震わせながら言う。



 カヴンは男達を指で軽くつつきながら、



「あたしの蠱惑魔(アゲハ)()()()()の呪文。その蠱惑魔が効いて、なのにこいつらの気配自体が人間族だったから……魔族に身体を乗っ取られた人間族、ってことになる」



 カヴンがこの案件に任命(アサイン)された理由――それが、この蠱惑の呪文だ。

 人間族のみならず、魔族に対しても有効な、魅了の能力。


 魔族には通常の魔法が効きにくい。

 魔族に有効打を持っているのは、半端ないアドバンテージだ。



 そしてその呪文は、人間族を食って身体を乗っ取った魔族に対しても有効。



「人間を食った魔族は、その肉体を好きに操れる。食われた時点で、その肉体の所有者は当人ではなく魔族になる。人間族用の呪文が効かず、魔族用の呪文が効く」


 カヴンの講釈に、バンビはごくりと唾を飲んだ。



「わざわざ待ち伏せしてたくせに、遠距離から呪文で攻撃してこず、物理的に攻撃してきたのも納得ね。人間族を操ってる間、魔族は魔法を使えないから」



 カヴンの出した結論に、バンビは深くため息をこぼした。


「わたしたち、入領したとたん魔族に襲われた、ってことになるわけですね……はぁ、東側は治安が良いって言われてたのに……最初からこれですか」



「ああ、正直そこは気になる。オクターヴ帝国に隣接してる西側ならともかく、東側まで魔族がうろついてるってのは不可解だな」


 俺の所感に、カヴンが頷いた。



「領主が魔族を受け入れてるつったって、魔族が多すぎると普通に人間族が全滅しちゃうわけだし、限度があると思ってたけど――思ったより闇が深いのかもしれないね」



「……ちなみに、この人たちを操っていた魔族は、どこに?」


 バンビが恐る恐る質問してくる。

 身体を解放した魔族が、幽体の状態で襲ってくるのを危惧しているのだろう。



「食った人間を解放すると、その魔族は幽体に戻って、人間を食った地点に帰る。ま、心配するな、俺の魔腕も反応してない。近くに魔族はいないよ」




「こいつらの見た目的にも、髭も剃らず洗濯もしてない感じだし、長期間操ってたっぽいからね。けっこう遠くに帰ったんじゃない?」



「……ちょっと安心しました。では、この方々はどうします?」



 バンビのその質問によって、少しの間静寂が降りた。



「この人たちはもう、助からないよ。行こう」



 カヴンが短くそう言って、歩き始めた。



「え、でも呼吸はしてるみたいですし――」



「魔族に食われた人間は、精神を失う。心臓が動いてるだけの、ただの死体だ」



 カヴンは説明する気がなさそうなので、そう口を挟んだ。

 そのまま俺はカヴンの後を追い、歩き始める。



「寝覚めは悪いけど、助ける方法はない。時間がもったいないし、放置安定だよ」



「ちょ、ちょっと待ってください。何か、方法はないんですか? 治癒の呪文とか護符で――」



「そういうの、全部もう試したから」



 バンビの訴えを刺すように、カヴンが言った。


 無論、目の前で地べたに座り込んでいる2人の男たちのことではない。

 俺も知らない、もっと過去の話。


 バンビも理解したようだった。



「……ごめんなさい、浅い考えでした」



「ううん、全然悪くない。ごめんね、ちょっと情緒不安定で」


 カヴンが振り向いて、笑いながらそういった。



「お前のそういう真っ直ぐな考え方は、見てて安心する。ただ、切り捨てるべきものを見極める目は養え。時間は有限で、天井は驚くほど低い」


 俺は素直な気持ちでそう声をかけた。

 バンビは曖昧に頷き、立ち上がって歩き出した。




  ***


 立派なアーチに”リッシュ街4番地”と書かれた入口。

 古びてはいるものの、その迫力はなかなか見応えのある建造物だった。



 街に入るなり、カヴンが顔をしかめた。



「これ――”音楽”ってやつじゃない?」


 街へとたどり着いた瞬間に俺たちの耳に飛び込んできたのは、どこからともなく響き渡る、歪な旋律だった。


 魔族の好む、音の配列。

 不快だが、印象的で耳に残り続け、なかなか消え去ってくれない。


 何より、俺の()()()()()()()が、その律動に会わせて脈打つ。

 魔族の気配に反応しているのだ。



「だな。あからさまに、自分たちの存在をアピールしてる。これは相当、魔族が幅をきかせてるな。夜中とはいえ、人の気配も全然ない」



 色とりどりの石づくりの建物が建ち並び、美しい街並みを構成しているが、領民の姿は見当たらない。

 ゴーストタウンかと言いたくなるような寂れっぷりだった。



「とりあえず、宿を目指そう。で、時間があれば、審査官の言ってた酒場に行く」



「ラナ通り(ストリート)で一番大きい建物」というざっくりした説明をもとに、ハインが押さえてくれた宿へ向かう。


 はたして、すぐに宿は見つかった。

 周囲の建物から明らかに突出した高さ。おそらく7階か8階建てだろう。



「い、いらっしゃいませ」



 受付の男は怯えたような目つきで俺たちを迎えた。

 

 やりとりは全てカヴンに任せて、受付を済ませる。



「ガラクラの酒場って、どこにあるのかしら」



 カヴンの質問に、男は終始おどおどしながら、



「ラ、ラナ通りをずっと北に行くと、ガラクラ酒場(ターヴェン)と表示された、お、大きな赤い看板が見えます。そんなに遠くないです」



「ありがと。さっきからすごいびくびくしてるけど、どうしたの。怯えてるの?」



「お、お客様が来るのは、とても久しぶりだったので……」



「こんなにおっきい宿なのに? それで経営は成り立ってるの?」



「それはもう、き、厳しいですよ。む、昔は温泉目当てで観光客も多かったんですが、最近は壊滅状態です。魔族が出るところに、観光に来る人なんていませんから」



「そっか。大変だね。魔族がいなくなってくれればいいのにね。追い出したりしないの? それか、領主に直訴したりとか」



 カヴンが軽くそう言うと、受付の男は怯え具合を3段階ほど上昇させて、震えながら首を振った。



「むむ、無理ですよ。魔族を倒そうとして返り討ちに遭った人の数は、この部屋の室数の倍以上です。魔族に食われた人の姿は、もう見たくないんです。領主も……僕みたいな弱者のいうことは耳に入らないでしょうね。強い人と強い魔族にしか興味が無い人だから」



 言葉の端々に、魔族に対する怯えが見え隠れしている。



「僕は弱いので……それこそガラクラ酒場(ターヴェン)にたむろしてるような、魔法の上手い人たちならまだ可能性はあるかもしれないですけど。彼らは仲が悪いので」



「……ありがと。大変だろうけど、頑張れ。現状を変えるには、自分から動かないとね」



 俺たちは部屋に荷物を置き、防犯用の呪文処理を施すと、ガラクラ酒場へと向かった。



「帝国の植民地か、って思っちゃうくらい、ゴリゴリに魔族がのさばってる感じね」



 道中、カヴンがそう呟いた。



「けど、ハイン卿の話だと、人間族も手練ればっかりを呼んでるっぽいし、一方的に魔族に支配されてるのも変な話ですよね」



 バンビの指摘に、俺は小さく頷いた。



「そこが今回のポイントだな。ま、ハイン卿の話を聞いてる感じだと、おそらく魔族側はそれなりに統制がとれてて、人間族側はまったく団結してないんだろう」



「ハイン卿、そんなこと言ってましたっけ?」



「こんな街に流れてくるような人間は、強いだけじゃない、ひねくれ者ばっかに決まってる。強くてひねくれた奴ってのは、えてして一匹狼になりやすい」



「アスト君も強くてひねくれてると思うけど?」



 カヴンがからかうようにそう言ってくるのを無視して、俺は改めて今回のミッションを繰り返した。



「ライズを殺す前に、俺たちはその人間族の連中を団結させる必要がある。団結させ、魔族側にとっての脅威になるレベルにまで人間族側の力を蓄え、最終的にライズを殺し、その功績をすべてハイン卿のものとする」



 それが今回の依頼のややこしく、一筋縄ではいかない点だった。

 殺す前に、民衆蜂起の真似事みたいなことをしなければならない。


 もっとも、そのリーダー役を俺がやる必要はない。

 そのために、この女を連れてきたのだ。



「誘い屋の力、見せてもらうよ、カヴンさん」



「とくとご覧あれ。別にハニトラだけが”誘い”の仕事じゃないからね」



 カヴンは楽しそうに笑い、酒場の扉に手をかけた。



「リーダー、キャプテン、ボス、チーフ、御頭、一国一城の主……そういうの、憧れてたから。ノリノリで行かせてもらうわ」



  ***



 ばたん! とあからさまにやかましい音を立てて、カヴンは酒場へと入っていった。

 俺とバンビも後に続く。



「この街の強者はここに集まるって聞いたけど、合ってるかしら?」



 酒場の中は思ったより広かった。

 6人掛けの丸テーブルが7つ並ぶ広間に、奥にはバーカウンターがあり、その更に奥には個室もあるっぽい。


 客は10人いかないくらい。

 派手な入場のおかげで、全員がこちらを凝視している。



「旅の者か、姉ちゃん? あんまりお行儀がよくねぇみたいだが、どこの出だ?」



 手前のテーブルで飲んでいた、スキンヘッドの男が声をかけてくる。

 隆々とした筋肉に、自信の漲る表情。



「カヴン=デフラワー、裏王都から。後ろの2人も同じく裏王都から。アストくんとバンビちゃん」



 そこで、酒場の中がどっと沸いた。

 もちろん、悪い意味で。



「あー、悪いな、姉ちゃん。きたねぇけど、ここは一応飲食店だ。ドブの街からの菌は、もちこまないで欲しいんだが」


 スキンヘッドの軽口に、再び酒場が沸く。



 バンビが俺の裾をぎゅっと掴んでくる。

 俺はその手に優しく触れた。


「心配するな。すぐ終わる――そして、始まる」



 カヴンは笑みを崩さず、スキンヘッドの元へと歩み寄る。

 その歩調すら艶めかしく思えてくるような、スローな歩み。




「魔族の尻に敷かれてる街の場末の酒場で、そんな舐めた口きかれるのはちょっと予想外。逆にアガるわ」


 ばりばり予想してただろうに、と口に出しかけたが留める。

 とりあえずここは見守っておけば良い。



「立ちな」



 カヴンはスキンヘッドの顎へと手を伸ばし、中指で顎を撫で上げるようにして、すっと立たせた。


 そのまま流れるように足を払い、男の巨躯をあっさりとひっくり返す。

 あっさりと男が1回転し、テーブルの上の麦酒をぶちまけて頭から被った。

 


 男は何が起きたのか分からないような顔で、呆然と転がっている。



「オニキス=ハローバックが配下、”誘い屋”のカヴン。強い奴だけ、かかってきなよ」



 カヴンの宣言とともに、酒場に騒擾が巻き起こった。




最後までお読みいただきありがとうございます!

次回は11/19(火)更新予定です

感想お待ちしとります◎

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ