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* 22話 * 開幕襲撃 *




 王都西区の中でも、西の端に続く街道。


 ライズ領へと向かう道中、バンビがオニキスについての疑問を投げてきた。



「オニキスさん、相当この仕事に力入れてるみたいでしたけど……そもそも、どうしてご自分でやらないんですかね? オニキスさん、めちゃくちゃ強いんですよね?」


 

 カヴンが驚いたように、


「あれ、バンビちゃん、そもそも”魔女”ってどういう人を指すのか、知ってる?」



「え? 読んで字のごとく、魔法が上手い女性のことじゃ?」



 カヴンがあちゃー、と額に手を当てた。

 こいつの動作はいつもわざとらしいくらいオーバーだ。



「ま、無理もないわな。普通の書物には載ってないし」



「なーにが”無理もないな”、だっつの。そういうのはちゃんと君が教えてあげないとダメっしょ、アストくん」


 カヴンから非難の目を向けられ、俺は苦笑いしながら解説にまわった。



「結論からいうと、オニキスは裏王都の領地外に出られない。そういう()()だからなだからこそ俺やカヴンやサナウェイを雇って、仕事を振ってくるわけだ」



「契約、ですか。いったい誰と?」



「魔女ってのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()のことをいうんだ。領地から一生外に出ないのと引き換えに、領地を完全支配できるし、色んな恩恵も受けられる。オニキスは”裏王都”の地縛精霊と契約してる」



「地縛精霊……土地に宿る、守り神みたいなものですよね?」



「そうだ。精霊に縛られる代わりに、精霊の加護を受ける。そういう契約だ」


 オニキスの身体には、地縛精霊と契約している証である刻印がある。

 かつて1度だけ、見たことがある。



「そーゆうこと。だからこそボスは自分の領地に入れる種族を制限することもできるし、領地に対する支配力はその辺の領主とは比較にならないレベルなの。裏王都で起きてる出来事で、ボスが捕捉できないものはないんじゃないかなって感じ」


 カヴンの捕捉。


 そう、かつて俺が腕を失って、故郷の裏王都に戻ってきたときも、オニキスはすぐに声をかけてきた。

 


「ついでに言うと、裏王都という土地が持っている魔力を自由に使うこともできる。土地の魔力は人間が保有できる量なんて豆粒に思えるくらい膨大だからな。それだけでもオニキスは相当強い魔法使いだ」



「なるほど――初めて会ったときから、ただならぬ気配は感じてましたが……やっぱりそんな凄いお方だったんですね」



「そ。凄いお方。気をつけてね、怒らせたら確実にトラウマになるよん。ま、過去にボスを怒らせたのはアストくんと”祭り屋”のピースくんくらいだけど」


 さりげない暴露。

 あまり思い出したくない記憶を躊躇なくぶっこんで来る。

 もちろんわざとだろうが。



 俺は話を逸らすように、


「あいつは()()()()()()()んだよ。昔からずーっと、1つの憎しみを薄く燃やし続けてる。だから、ちょっとやそっとのことで今更怒ったり悲しんだりしない。ずーっとあの微笑みが続いてる」



 そう。

 あいつは出会ったときから、いやそれよりずっと前から、怒っている。

 魔族と、魔族に通じる親魔派の連中を。




「……そんなオニキスさんを、どうやって怒らせたんですか、アストさん」



「……着いたぞ」



「ちょっと、教えてくださいよ」



「通行証用意しとけよ」



「何で無視するんですか、アストさん!」



 俺は無言で、城門へと歩み寄っていった。



  ***



 ハインからもらっておいた通行証を見せると、入領審査はあっさりとパスした。

 入領目的は一応、観光にしてある。



「どう、最近は観光客とか多い?」


 カヴンが首をかしげながら話しかけると、審査官の男は笑いながら首を振った。



「ここに観光で来る人なんて年に数人、ってところですよ。温泉くらいしか行くとこないですからね。来る人は基本、移住目的の変わり者か荒くれ者だけです」



 喋らなくていいことまで饒舌に話してくれる。

 カヴンに心を開いている証左。



「移住する人たちって、実際のことどういう理由なの? 正直、治安がいいとは言えない場所でしょ?」



「冒険者ギルドで一定以上の階級だったり、何かしらの武勲を持ってる強者には入領支援金が出されてるんです。領主が、ちょっとその……変わってる方で」



 領主に対する誹謗のニュアンスを含んだ発言。

 たった今出会ったばかりの俺たちに対してここまでぶっちゃけてくれるのは、ひとえにカヴンの手腕によるもの。



「入領支援金……きっと、それなりの額なんでしょ? 余所者のためにじゃぶじゃぶお金使われちゃったら、たまったもんじゃないっしょ」



「……正直、ほんとにきついんですよ。今月からまた給料が1割カットされて、そのくせ税金はよくわからない名目で増やされて。そろそろ逃げ出す準備始めないとな、って」



「大変ねぇ。元気出して、頑張って」



 カヴンが笑って立ち去ろうとすると、



「王都側――東側は比較的安全ですが、西側にいくほど危険度が増します。あなたたちが腕利きでも、勝てない連中がいます。気をつけてください」


 魔族が存在することの示唆。

 やはり審査官などの役人は、魔族の存在を認知しているということだ。



「それと、もし護衛や用心棒が必要だと感じたら、ガラクラの酒場に行ってください。荒っぽいですが、この領内では比較的信頼できる仕事人たちが寄り合う場所です」


 審査官の丁寧な配慮。


 カヴンはにっこりと微笑み、「サンキュ」とだけ言って手を振った。



 審査所を抜けると、街灯も何もない、殺風景な道が広がっていた。

 すっかり日が沈んでしまい、月明かりだけが行き先を照らしてくれる。



「すごい色々と教えてくれましたね。すごいです、カヴンさん」



「ざっとこんな感じね。街についたら色んな人に声かけて、情報集めてみるわ。ま、あんまり乱発はしたくないんだけど」



 カヴン固有の常道型の魔法――蠱惑(チャーム)

 カヴンの魔力にあてられた者は、警戒心を解き、次第にカヴンの虜になる。

 相手が対抗策をとってこなければ、完全な支配下におけることもある。



「やっぱりリスクがあるんですか……?」



「別に魔力を消費するくらいで、大した反動はないんだけど。人の心を思い通りに解放させていくのに慣れちゃうと、それが当たり前だって意識になっちゃうから。それは寂しいでしょ? 本当は魔法じゃなくて、自分の魅力で落とすのが恋だから」



 カヴンなりの自制心。

 それは結構なことだが、俺は念のため、カヴンと会うときは自分も薄く魔力を纏い、カヴンの魔力の影響を防ぐようにしていた。



 裏の世界で生きる上では、必要な自衛手段だった。

 ポエミーな発言も、ただのブラフである可能性がなくはない。


 基本的には信頼している相手だが、あくまで同僚。

 いつ裏切られてもいい体制をとるべきだというのが俺の考えだ。



「すごい……魔法に溺れないその姿勢、かっこいいです」



 バンビにもそのへんの自衛の考え方を身につけて欲しいところだったが、完全にカヴンにほだされている。

 


「あくまで魔法は使うもの。魔法に使われてるようじゃ、二流以下だからね――ん?」


 そこで、カヴンが訝しげな顔をした。

 同時に俺も、さりげなく周囲を見渡す。



「――敵意、感じるね。前方っぽいけど」



 カヴンの発言に、俺は小さく頷いた。

 人から好意的な眼差しを受ける機会が多いせいで、逆に敵意に対して敏感になのだ。



「え、敵意って……わたしたちまだ入ったばっかりですよ? 審査官の方も、西側は治安いいって言ってたし」


 バンビが青ざめた顔でそう言うが、俺は首を振った。



「男1人に女2人って組み合わせがたぶん珍しいんだろ。入領したばかりなら移動で疲れてると考えられるし、ぶっちゃけ俺らは強盗なり誘拐なりのターゲットにしやすい」




「長引くと面倒だね。刺激してみようか。明かりとかつけたら、向こうから来るんじゃない?」



「分かった。バンビ、自然に会話あわせろ。いくぞ」



 俺が合図をすると、カヴンがそれまでの小声をやめて通常音量で話し始めた。


「てか、ちょっと暗くない? 街までずっとこの感じなのかな」



「そ、そうなんじゃないですか? まだ街明かりもみえてこないですし」



 やや震えながら、バンビがそう返す。



「暗いと気が滅入るし、明かりつけてよ」



「あんまり魔力無駄遣いしたくないんだけどなー」


 我ながら白々しいなと思いつつも、適当に演技する。

 実際は明かりの魔法くらいなら大した魔力消費もないのだが。



「キャスト――光界『灯光旗(ライトオン)』」


 俺の掌に橙色の光を放つ球体が現れ、次の瞬間には旗へとその形を変えた。

 すこし不安定な形状にして、弱者を偽装する。


 明かりが生まれたことで、周囲の様子がより鮮明になった。

 木々に囲まれ、いくらでも隠れられる場所。


 その中で不自然な影が、2つ。



「上だ、カヴン!」


 上方に2つの人影。

 木々に登って待ち伏せていたのか。



「任せて! キャスト――花界『蠱惑(チャーム)』」



 カヴンが宣唱するのと、木の上から人影が降ってくるのが同時だった。

 襲撃者は、2人の男だった。

 顔には汚らしい無精髭、手には三日月刀、目線はカヴンへ。


 だが、心配は不要。

 カヴンの身体から芳香が放たれ、人影がもろに包まれる。

 これで刀を振るう手は止まる――はずだった。



「ひゃはははははははははは――」


 鬱陶しい高笑いと共に、2人の男は刀をカヴンへと振り下ろした。

 カヴンがかろうじて回避するが、2撃目がすぐに来る。


 呪文は間に合わない。

 俺はすぐさまカヴンの前に身体をねじこみ、剣を抜いて2人の斬撃を受け止めた。


 2人分の膂力を左手1本分で受け止めるのはそれなりに骨が折れた。

 なんとか受け流し、距離を取る。

 


「カヴン、蠱惑が効かないなら、呪文で支援しろ!」



 俺が声を張り上げて指示を飛ばすが、カヴンは首を振り、



「いや、待って。キャスト――花界『蠱惑魔(アゲハ)』」



 男達が再び大振りで刀を振り回してくる中で、カヴンが冷静に宣唱した。

 再び、芳香が撒かれる。



 次の瞬間、男達の手が不自然に止まった。

 そのまま刀を遠くへ投げ捨てると、地面に尻をつき、動かなくなる。


 完全な機能停止――カヴンの呪文により、魅了されてしまったのだ。


 ここまでクリティカルに行動を止めるのは初めて見た。


「……今度はめちゃくちゃ効いてるな。腕、上げた? ま、とりあえず、こいつらは縛っておこうか」


 俺が束縛の呪文を唱えようとするが、



「待って。その必要はないよ、アストくん」



 カヴンの制止。

 三角座りをしている男達を見ながら、言った。



「こいつら――()()()()()()()()






最後までお読みいただきありがとうございます!

感想、ブクマお待ちしとります◎


すみません、仕事がエグくなってしまったので、

次回は11/17(日)更新予定です!



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