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* 21話 * 魔族に食われる *





「魔族を招き入れてる、って……そんなこと可能なんですか? オクターヴ帝国との国境を魔族が越えられるとは……」



 ハインの独白に対する、バンビが素朴な質問。

 ハインが答えるより先に、オニキスが口を開く。



「表向きには、魔族は王国内に入れないよう結界が張られていることになっているが、抜け道はいくらでもある。西方の自治領となればなおさら。隣からこっそり魔族を領内にいれることくらい、簡単だろうね」



「だけど、ふつうに考えると、メリットがないですよね。ただでさえ魔族の帝国に隣接してるせいで地価も安いのに、魔族がうろついてるなんて評判になったらいよいよ領民が逃げ出すっしょ」



 俺の所感に、ハインは首を振った。



「あいつは本当に、頭のネジが外れた男でね。そういう混沌を眺めて悦に入るんです。腕自慢のごろつきが魔族に殺されたり、魔族を殺すために人間族で徒党を組んで知恵を絞ったり、かと思えば人間族内でも派閥が出来て裏切りあったり……そういうのが、好きなんです」



 ライズに対する嫌悪感が言葉の端々に垣間見える。

 ただの隣領の迷惑領主、というだけではない、憎悪にも近い感情がこもっていた。



「支配欲とか征服欲の塊ってわけだ」



「ええ。そのせいで隣のうちの領地まで治安が悪化し始めてます。ライズ領から逃げてきた人間族に、魔族の疑いをかけたり」



「心中お察しいたします」


 いつもの微笑みで、オニキスが相槌をうつ。



「じゃあ、ライズを殺して、更にライズ領に平穏をもたらし、ハイン卿の領地にしてしまう、ってのがゴールってことですね」



 俺がそう総括すると、ハインは浅くうなずいた。



「仰るとおり。僕の手によりライズが墜ち、僕の手により平和が訪れたということをアピールして、領民たちからの承認を得る――そういうシナリオを、望んでいます」



「なかなか、一筋縄ではいかなさそうですね」


 オニキスがやんわりと感想を述べた。

 依頼料をつり上げるための布石にも思える。



「そういう暗躍系は得意だよん」


 しとやかに話を聞いていたカヴンが、さらりと言った。

 確かに、この女はそういう社交系も含めた策略には長けている。



「OK。概要は分かりました。ただし、受けるかどうかはまだ決められない」


 俺の宣告に、ハインはやや動揺したようで、


「何故でしょう。お金はもちろん出します。それだけの依頼だと理解していますので、金額交渉などはするつもりありません」



「俺は別に金はどうでもいいんですよ。うちのボスがどうかは知りませんが」



「お金は大事ですね。現場の意向ももちろん大事ですが」


 オニキスが当たり障りのないコメントを挟む。




「確認しておきたい。ハイン卿、あなた――()()()()()()()()()()()?」



 俺の質問に、ハインはきょとんとした顔で首をかしげた。

 何かを隠すようなとぼけではなく、本当に知らないという様子。



「すみません、魔族に近い領地にいる人間族は、全員疑うようにしてるんで」



「親魔派……ああ、魔族に肩入れしてる人間族がいるって噂ですね」



「噂じゃない。魔族の尻を舐めて密を吸うタイプの人間族は、実際に存在する。あんたがそれでないって保証が欲しいですね」



 踏み込んだ俺の発言を、オニキスが目で制してくる。


 だが、ここは確認しておきたいところだった。

 


「帝国側の辺境を治める領主なんて、普通に考えたらまともな神経じゃ務まらない。何かしら魔族と通じている可能性もゼロじゃない。ライズ領を併合して、そのまま魔族とのパイプも奪う――万一そんな魂胆だとしたら、俺はこの依頼を受けられない」



「ちょっと、アストくん」

「アストさん、いきなり言い過ぎですよ!」


 カヴンとバンビ、両方から咎めるような声がかかる。



 俺は首を振り、「すみません」と短く言って頭を下げた。

 自分が悪いときは素直に謝る主義。


 だが、謝ったのは、2人から非難されたせいではない。


 ハインの顔に、それまでの温和な表情とかけ離れた、深い無表情が浮かんでいたからだ。



 人は、怒りが振り切れると無表情になる。



「そんな人間族がいるのなら――この手でその首を絞めて殺してみせます」


 ハインが重々しく口を開いた。



「もちろん、必要な手続きとして疑われるのは良いですが、たとえ仮定でも、僕が親魔派だなんて考えて欲しくはないです」


 ひと呼吸おいて、続ける。



「僕の両親は、僕が10歳のときに魔族に()()()ました」



 バンビとカヴンが息を呑んだ。

 俺とオニキスも、顔には出さないものの、その発言の意味をしっかりと噛みしめていた。



「そんな人間は西側にはいくらでもいますよ。戦時中も、休戦中も、魔族が現れて人間を食うなんて、よくあること」



「……」



「魔族に食われた人間の末路、見たことありますか?」



「……ええ、あります」


 魔族は肉体を持たない。

 魔力で構成された幽体である。


 だからこそ、魔族は人間族の肉体を使って遊ぶことを好む。

 肉体を乗っ取り、好き放題操るのだ。



 それを、()()()()()()()、と俗に言う。



 奪った肉体を使って好きに暴れ、用済みになった肉体は捨てて自分は幽体に戻る。

 残された肉体は死んでいるとも生きているともつかない、抜け殻のような状態で置き去りにされる。



「たとえ何かしらの利益を提供されるとしても、仮に政治的に有利なんだとしても、親魔派なんて、まともな神経してる人間が属する派閥じゃない」



 ハインの魔族への憎悪は本物だった。


 そして、ライズに対する態度の理由も理解できた。

 魔族を半端な道楽気分で領内に連れてくるその行為が、許せないのだ。

 そのせいで自分の領地が被害を受けているなら、なおさら。



 俺は再び、謝意を述べた。


「本当にごめんなさい。俺も、まったく同じ考えです。念のために、探りを入れさせてもらいました。非礼をお許しください。魔族が跋扈する領地が、王国内に存在していいわけがない。この依頼、必ず完遂します」



「……ありがとうございます。非礼だなんて、とんでもない。あらゆる可能性を考慮されていることが分かって、むしろ安心しました。こちらも、お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ないです」



 そうして、ハインとの会談は終わった。

 ハインは1泊するとのことで、裏王都内で唯一強盗の心配なく眠れる、オニキスの息がかかった宿へと案内した。




 ハインを送って事務所に戻ると、バンビが開口一番、俺につっかかってきた。


「アストさん。なんであんなひどい訊き方したんですか? ハイン卿の顔、見ていられなかったです」



「悪かったとは思ってるよ。けど、必要な質問だったのは間違いない」



 俺の答えに被せるように、カヴンが甘い声で、



「警戒してたんだよね。分かるよ。どうしたって、神経張っちゃうよね」


 こいつの苦手なところ――心を読むのが異様に上手い。

 他人の中にあるもやもやした感情を、外から規定していくレベルで的確に言い当てる。


 こいつの”分かるよ”は、本当に心の内を見透かされてる気分になる。



 その”理解者”っぷりが不満だったのか、バンビは不満そうに「そうかもですけど……」と漏らす。



「カヴンの言うとおりかもな。このタイミングで来る王都外出張を伴う依頼は、全部がっつりマークすべきだ。ただ、あそこまで強い訊き方をしたのは、俺がの気持ちがはやってるからかもしれない。冷静になるよ」



 面倒だったので、俺がまとめて落ち着けようとしたが、



「彼は大事なパトロンになりうる。あまり心証を損ねないでほしかったな。彼は信用できるし、信頼できる領主だよ」


 オニキスのチクリと刺さる一言。顔は微笑だが声色は凍り付くように冷たい。



「……だから悪かったって。キッチリ仕事を果たして報いるから大丈夫だ」



 オニキスの冷たい笑顔は動かない。

 俺は話題を変えることにした。



「それより――ライズ領に魔族がフリーパス状態ってことは……王宮とライズに、関係値があると思っていいんだよな?」



 俺の問いに、オニキスは頷いた。



「十中八九、ライズ領は王宮とオクターヴ帝国をつなぐ中継地点だ。確実に押さえたい」



 王宮と魔族との中継地点。

 そのワードだけで、心臓の鼓動が早まるのが分かる。


 その中継地点を反魔派のハインの支配下におければ、こちらとしてもアドバンテージになり得る。



「楽しみになってきたわ、ライズ領」



「私としても、そろそろ動き出したいからね。この仕事は本当に大事なんだ。きちんと指示に従ってね、アスト」


 有無を言わさぬ口調。

 俺は肩をすくめて応じた。

 


「OK、ボス。それじゃ早速、明日からライズ領入りだな」




お読みいただきありがとうございます!

次回は11/10(日)更新予定です◎ よろしく!

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