* 1話 * ”殺し屋” アスト=ウィンドミル
「312件……これ、何の数字か分かるか?」
豪勢な装飾品が目につく、屋敷の廊下。
その奥の扉を守るように立ちはだかる護衛の男に向け、俺は問いかける。
「今月、うちのボス――オニキスに届いた、殺害依頼の件数だよ。ヤバいでしょこの数。1日に10件以上、”金を払ってでも誰かを殺したい”って依頼が発生してるわけ」
護衛の男は俺の話に耳を傾けつつも、決して臨戦態勢を崩さない。
その構えから、なかなか修羅場をくぐってそうな気配が感じられる。
普通に戦うのは面倒くさい。
何かしらの非暴力的な手段でさっさと通り抜けてしまいたいところだ。
「当然どんだけ大量に依頼が来ても、全部を受けるわけじゃない。人手も足りないし、そもそも月に2件か3件くらい依頼受けりゃ、メンバーの給料とボスの食費とショッピング代くらいは稼げるんだ。無理して大量の依頼を受ける必要はない」
俺はそのまま語りかけるように続けた。
「つまり、俺らには選り好みする権利がある。月300件の依頼の中から、最も自分好みの依頼を選ぶ権利を持ってるわけ」
男の顔色をうかがいつつ、
「ここで勘違いして欲しくないのは、俺が殺し大好きナチュラルボーンキラーってわけじゃないってこと。どうせ殺すなら、たとえ泣きながら土下座されて命乞いされたとしても、一瞬たりとも迷わず脳天ぶっ飛ばせるくらいの悪人がいい」
「先刻からぐだぐだと……何が言いたい」
護衛の男は苛立たしげにそう問いただしてきた。
「分かるでしょ? あんたらの仕えてる主人ググ=ワームは、月300件の殺害依頼の中から俺が選びに選び抜いた標的なんだ。300件の中で1番、殺して当然・殺されて当然・殺してもまったく良心が痛まないって思った野郎なわけ」
「だったら何だと言うのだ」
護衛は構えた剣の握りを緩めることなく、苛立たしげに言った。
「あんたを雇ってるググは悪徳商人も悪徳商人、えげつない人身売買でがっぽり稼いでる屑野郎だってこと。そんな男に仕えてるの、恥ずかしくない? 心、痛まない?」
「……」
「もうググの護衛なんてやめてさ、俺を奴の部屋まで通してくれよ。殺しは仕事だからきっちりやるんだけどさ、そこに至る過程での面倒事は避けたいタイプなんだ、俺」
俺の全力の説得に、男はあっさりとかぶりを振った。
「悪いが、お前を通すわけにはいかない。傭兵・メイレイン=フック、主の命には全霊をもって応えるのが信条ゆえ」
頑なに構えを解こうとしないメイレイン。
作戦その①・倫理観に訴える――失敗。
仕方がないので俺は次なる作戦へと切り替えることにした。
「話変わるけどさ、ミスター・メイレイン。実はこの案件、経費は200万までなら使って良いって依頼者にわれてんだけどさ。――200万まるまるやるから、寝返らない?」
メイレインが流石に目を丸くするのがわかる。
「断る。一度受けた仕事は最後まで遂げる。契約を結んだ以上、当然のことだ」
「悪人との約束なんて守る義理ねーよ。だって悪人だし」
「義理だけではない。そもそもググからはその倍近い報酬を支給されている」
さすがにずっこけた。作戦その②・買収する――失敗。
「何だよ、結局金かい。そりゃ無理だ。てか、あんためちゃくちゃ護衛料とってんね。事前調査で分かってたことだけど……やっぱめっちゃ腕利きなのね」
「それが分かっていながら乗り込んでくるのは興味深いな。裏王都の女王が抱える殺し屋の力、見せてみろ」
メイレインの声に殺気が籠もる。臨戦態勢。
「平和的にいきたかったんだけどなぁ」
俺はしぶしぶ左手で剣を抜き、構えた。
次の瞬間、メイレインの刃が眼前に迫っていた。
「いや速っ」
横薙ぎに繰り出された斬撃を屈んで躱す。
すかさずメイレインの蹴りが飛んでくる。
ばりばり接近戦タイプ。魔法は使わないスタイルなのだろうか。
それとも――
俺は左腕で蹴りをガードしつつ、距離を取りながら立ち上がって体勢を整えようとした。
しかし、距離を取った瞬間、メイレインがにやりと笑った。
「キャスト――金界『伸金拘束』」
メイレインの指先から放たれた金色の光が、鎖となってまっすぐ俺に飛来した。〈金〉属性の呪文。
回避のため後方へ跳躍しようとして、後方に鎮座する金属の彫像の存在に気がついた。
確か、この呪文は――金属の触媒があれば、そこを起点にして呪文を放てたはず。
「捕らえた!」
予想通り、メイレインの手元からだけでなく、彫像からも金の鎖が飛んできた。
至近距離で放たれた鎖を躱しきれず、金の鎖が俺の身体をがちがちに縛りつける。
あまりに強く縛られたせいでバランスを崩して倒れてしまう。
剣撃で襲いかかることで接近戦に意識を持っていきつつ、背後の彫像と挟撃できる呪文で捕らえる一連の流れ――どうやらメイレインの狙いにまんまとハマってしまったらしい。
こつこつと靴音を立てながら、メイレインが近寄ってくる。とどめを刺しに。
「あっけない幕切れだな、殺し屋。ググの財産を狙ってこの屋敷に無断で立ち入る賊は少なくないが……財を持ち帰った者は1人もいない。能書きを垂れても、結局私の護りを突破することはできないのだ……ん?」
メイレインが訝しげに俺の右半身を見つめた。
鎖の縛り方が、明らかにおかしい箇所。
メイレインはやがて、その身体を震わせ始めた。声が漏れ出る。
「……くく。くはは。ははははは――」
嗤っていた。
「殺し屋、貴様――右腕が無いな?」
俺は特に何もリアクションせずにそのまま佇んでいた。
俺の無言を肯定と捉えたのか、メイレインは高圧的な口調で、
「くく。魔力を隠しているのかと思っていたが……隻腕、それも後天性だろう? 義手魔具を買う金もないとは、流石に笑いをこらえきれん。身魔一意――身体の熟練度はそのまま魔法の熟練度になる。元来持っていた腕を失えば、身体の安定性は失われ、魔法など使えるはずが無い。よくもまあこの屋敷に侵入しようと思えたものだ。その無謀は驚嘆と賞賛に値する」
「急に饒舌になるの、目の当たりにするとなかなかキツいな……」
戦闘のこういう局面で隻腕を嗤われるのは日常茶飯事だったが、何回やられても慣れない。
「魔法も使えん雑魚にここまで時間を取ってしまったことは、私の恥だ。せめて1秒でも速やかに、その首を落としてググに報告させてもらう」
メイレインが俺の首を貫くべく、剣を構えた。
「平和主義者としてはあんまり気が乗らないけど……」
俺の独り言を無視して、メイレインが剣を振り下ろした。
「死ね」
俺は焦らずしっかりと魔力を練り、宣唱した。
「キャスト――星界『星雲召』」
宣唱と同時に、俺をがちがちに拘束していた金の鎖が弾け飛び、メイレインの振り下ろした剣は見えないクッションに阻まれたかのようにぴたりと止まった。
俺の〈星〉属性の呪文によって発生した、重力の盾の効果。
「馬鹿な! 魔法――しかも星属性だと?」
「別に、片腕がなくなっても魔法は使えるよ。片腕で腕立て伏せするのと一緒で、それなりに大変だし努力とコツが要るけど」
メイレインの動揺をよそに、俺は高らかに宣唱した。
「キャスト、星界『星砲慧』」
俺が左手で銃の形を作って宣唱するのと、メイレインが身体をくの字に折ってあっさりと後方に吹き飛ぶのはほぼ同時だった。
星砲慧――星の弾丸を放つ魔法。
この距離で避けられるような速度ではない。
メイレインは吹き飛ばされた勢いそのまま、廊下の突き当たりに構えられていた荘重な扉をぶち破って部屋の中へと転がっていった。
「作戦その③・ふつうにぶっ叩く――成功ってことで」
俺はすたすたと廊下を進んで部屋へと入った。
「おい、起きろメイレイン! 何のためにバカ高い依頼料を払って貴様を雇っていると思ってるんだ――な、何者だお前は!」
部屋の中は、絢爛豪華をそのまま実物にしてみました、って感じの成金仕様だった。きらきらと光る家財や調度、照明の数々。
その中心に、ググはいた。倒れたメイレインを小突く、肥え太った禿頭の男。
「殺し屋・アスト=ウィンドミルだ。ボス・オニキスの受けた依頼により、あんたを殺しに来た」
包み隠さず名乗ると、ググは怯えを隠さず、
「う、裏王都の女王が抱える殺し屋か。わ、悪いが、殺される気は無い」
「いや、こっちは殺す気で来てるんで」
そこでググは両手を上げた。
「な、ならばどうすればその”殺す気”を収められるのか、話をしないか。そうだ、ビジネスの話をしよう、アスト=ウィンドミル。何を差し出し、何を受け取ることで、互いに利を得られるのか。win=winの関係を生み出すのは、儂の得意分野だ」
命を獲りに来た殺し屋に対して滑らかに語りかけるその様に、思わず唸りそうになってしまう。
「依頼料は幾らだ? 倍は出そう。何なら本当の依頼料より少し高めに提示してもらっても構わん」
ググは前のめりにまくしたててきた。
そうしなければすぐにでも殺されるということを理解しているかのように。
「金で釣るってそれ、さっき俺がメイレインにやろうとしたことなんですけど……」
その浅ましさと厚かましさに嫌気が差す。
「まあ待て。金だけでじゃない。儂にしか与えられない価値を、君に提供しよう」
「価値?」
「替えの腕が、欲しくはないか?」
その提案に、俺は思わず無言になった。
「儂は王都の商流を掌握している。表も裏も、な。身体創成の呪文を使える大魔道士でも、王都一の腕をもった魔具職人でも、儂なら連れてこれる。その右腕の空白を、儂が埋めてやろう」
ググの表情からは自信がうかがえた。
人脈と物流を握っているという自信、自負が。
「儂は君に腕を提供する。約束しよう。代わりに、儂に手を出すな」
「……」
俺は警戒を解いた。抜いていた刀も、鞘に収めてしまう。
「分かった。俺も約束しよう。あんたに手は出さない。つーわけで、詳しい話、聞かせてもらおうかな」
「ああ、素晴らしい判断だ。ビジネスライクにいこう。かけたまえ」
そう言ってググは自分の側にあった椅子を指した。ググ自信もその向かいのソファへ腰かける。
「じゃ、失礼しますね――って、お?」
俺が椅子に腰かけた瞬間、椅子が紐状に変形して俺を縛り上げた。
罠仕込みの魔家具。
俺は再びがんじがらめになり、床に転がった。
「馬鹿が! 儂に刃を向けた者は1人残らず焼く。キャスト――火界『銃火執』」
ググの宣唱とともに、鮮やかな橙色が巻き起こった。俺に向けて放たれた、殺意の炎。熱気で空気を歪めながら、火炎が俺へと襲いかかってくる。
だが、そこで驚愕の声を上げたのは俺ではなく、ググの方だった。
「馬鹿な――」
俺を縛っていた罠椅子が弾け飛ぶ、さらに襲ってきた火炎も半球状にその侵略を止め、やがて霧散した。
火炎は俺のもとに届いていない。
「そんな、呪文を唱える暇などなかったはず……」
「星雲召は数少ない持続可能な防御呪文。この状況で、解くわけないっしょ」
いつでも重力の盾が発動出来るように、部屋に入ったときから星雲召の呪文を持続させていたのだ。
ググの顔は今度こそ青ざめていた。
汚らしい脂汗が床に落ちる。
「ま、まて。これは余興、そう、余興だ。儂は約束を守る。ちゃんとお前に腕を与える。これは本当だ、だから――」
「そうやって他人を騙して、肥え続けたんだろう? 知ってるぜ」
俺は溜まりに溜まったフラストレーションをそのまま言葉にした。
「従業員として雇った女の子達に適当な横領の冤罪を着せて、それをネタに強請って借金抱えさせて、最終的に他国に売り飛ばして」
喋りながら不快感がこみ上げてくる。
「挙げ句の果てに、残された家族に無断退職の賠償を請求して、一滴残らず全部しゃぶりつくす。その手口で得た金を元手に事業を拡大。お前だけが益を貪る」
非難の口調を感じ取ったのか、ググは首を高速で振りながら、なおも自分の正当性を主張し続けた。
「だ、騙される方の頭の足りなさを棚に上げて、儂だけに矛先を向けるのは感心せんな、殺し屋。法的に、儂はそうたいした罪は犯していない。従業員との契約書にだってきちんと条件は明記していた。騙される方だって悪いのだ」
「だからって騙した方が悪くないってことにはならねーよ」
俺はため息をつきながら、
「まあ別にどっちみち殺すけど。俺は法律でも裁判状でも何でもない、ただの殺し屋だからさ」
そう言って俺は魔力を練り始めた。精密に、かつ大量に。
「待て、殺し屋! 腕は本当に用意できる! だからお前も約束を守――」
「キャスト――星界『流星軍』」
次の瞬間、空気が、鳴った。
大気が揺れているのがわかるほどの圧力とともに、天井が光った。光は流星の弾丸となり、ググへと降り注ぐ。
「悪人との約束なんて、守る義理ねーよ。だって悪人だし」
流星が、ググの頭からつま先までを等しく圧し潰した。その熱によって、ググだったもの全てが蒸気へと変わり、霧散した。
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