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* 17話 * 決戦 *







 魔族は、人間族を含む他の種族――竜族や岩石族や鬼族や小狼族などと決定的に違う生物である。


 他の生物はみな()()を持っている。

 持っている魔力の量が少ないため、魔法を使う際は天の遙か上に存在する”別世界”から力を借りる。



 だが、魔族は実体を持たない。

 魔力によって構成された幽体によりこの世に存在している。

 

 自身が魔力で出来ているので、魔力を別世界から借りる必要はない。

 だからこそ、人間族やその他の種族と比べ、魔族の使う魔法のレベルは段違いに高い。


 それこそが、人間族が魔族に数的有利を取りながらも、過去の戦争で幾度となく敗北している原因だった。




 禁呪を習得可能で、さらにそれを結晶化できる人間族は、数えるほどしかいない。

 だが、魔族となれば話は別。

 いくらでもいる。



  ***




「位階8の魔族がこんな王都の中心部にいるってのも、なかなか嘆かわしい話だな」


 魔族の位階はその実力に応じて13段階に分かれている。

 ちなみにこの世界に存在する魔族のうち、6割近くは位階0の雑魚。

 

 位階8は、相当強力な存在であるといえる。



 俺の挑発に、バックハックはしれっとした顔で肩をすくめた。


「オクターヴ帝国じゃ出世するにも頭打ちでね。ちょっくら人間族の国にお邪魔して、手柄を立ててライバルと差をつけたいってわけさ」


 バックハックのしわがれた声が、空間中に響く。



「その手柄に、禁呪の結晶がどう絡んでるのかを教えてもらいたいところだが」


「教える義理は特に無いねぇ」



「てめーが結晶の作り手だとして、そのバックには絶対に人間族がいる。誰だ?」


「さあねぇ」



……まあ、答えが得られると思っていたわけでもない。

 俺は右腕の疼きを抑えつつ、呟いた。



()()()()


 俺のその言葉を合図に、サナウェイとバンビが動いた。



「キャスト! 木界『木々海々(フリーキーツリーシー)』」


「キャスト! 風界『風院犀土(フーインサイド)』」



 2人の宣唱とともに、木々の網と風の結界がバックハックを縛った。

 確実に俺の攻撃を当てるための、打合せ通りの動き。



「キャスト――星界『星砲慧(スクエアグラム)』」


 十分に殺意を込めた星の弾丸が、バックハックへと叩き込まれる。

 並の防御呪文ならぶち破れるレベルの威力。


 しかし――



「キャスト、火術『炎城赤(ファイアウォール)』」


 バックハックは飄々とした様子で木の網と風の結界を無視して炎の壁を発現させ、俺の呪文を受け止めた。

 炎の壁を壊すことはできたが、バックハックにはノーダメージ。



「おぉう、コワイコワイ――”星”の使い手かぃ。戦るのは久方ぶりだ。滾るねぇ」


 目元まで裂けた口がゆらりと動く。それに呼応して、炎の吐息がこぼれ出る。

 不気味としか言いようのない風体だった。



「ちっ。あんま得意じゃねぇけど――キャスト! 水界『水葬顎(アクアブラスト)』」


 水界の呪文。

 水の牙を持った鮫の顎が生まれ、バックハックへと襲いかかる。



「効かないねぇ……火術『炎城赤(ファイアウォール)』」


 再び火の盾が現れ、水の牙が次々と突き刺さっていく。

 火の盾は壊せたが、威力が相殺されてバックハックまでは届かない。


 


「そんな、アストさんの呪文をあんなにあっさり……」


 バンビの嘆きに、サナウェイがバックハックから目を離さず、講釈する。


「しかも火魔が苦手なはずの水界の呪文ですら、ね。魔族に魔法を通すのがどれだけ難しいか、分かったでしょ」



 魔法というものは基本的に攻撃呪文より防御呪文の方が強い効力を持っている。

 ハイレベルな魔法戦になると、ほとんどの場合は互いの防御呪文が強く、攻撃が通らないことで膠着状態に陥ってしまう。


 魔族相手だと特に発生しやすい戦局。



「それだけじゃない」


 俺の攻撃は2回とも防御呪文を破壊したが、バックハック本体には到達していない。

 魔力を調整して、ギリギリ受けきれる硬度の壁を張られているとみて良いだろう。

 早い話、手を抜かれている。


――位階8は伊達じゃない。



「やっぱり魔族相手には、舐めてかかれねぇわ」


 3人がかりなら()()()で勝てないか……と考えていたが、甘かったようだ。



「まぁ、よくあるパターンだよねぇ。君も魔族と戦ったことがあるなら、よく見る光景だろう? 人間族との魔法戦はいつもこうだ。こちらの防御を全く突破できず、ワンサイドゲームになって終わり」


 バックハックはため息と共に火炎を吐いた。



「そんなのはつまらない……けど、君たちは魔族がいるって分かってここに来たわけだろう? 持ってるんだろう、奥の手ってやつを」


 バックハックは嫌な目つきで笑った。



「勇者の剣でも、大賢者の護符でもいい。本気出してかかって来いよ、若造」



「――なんでそんなに煽られてるのか知らんけど――ま、いいわ」


 最初の星砲慧は、こちらの呪文がどのくらい通じるかをはかるため。

 敵の防御が厚いなら、さっさと魔腕を使って片付けると決めていた。



 魔腕さえ発動してしまえば、魔族相手でも負けない。

 それは過去の実戦で照明してきている。



「――契りしは腕、魔の覇の欠片。遊星の加護、連銀河の盟約。離散封印から幾星霜、人と魔の境を超え蘇り宿れ」


 魔力が右腕に漲る。

 魔族の気配に当てられて疼いていた俺の右腕が、形を帯びる。




破片(フラグメント)。《魔腕》さいた――」



 

 俺の宣唱が終わるより、ほんの一瞬だけ早いタイミング。

 

 敵の増援は警戒していたつもりだった。

 想定外の方向からの攻撃にも対応できるよう警戒していた。


 それでも、気づくことができなかった。

 驚くべき奇襲の腕前。



 バンビとサナウェイの身体が、一瞬にして凍りづけにされていた。


 さらに、俺の右肩にも氷の破片が突き刺さっている。

 魔腕は顕現せず、俺の魔力は行き場を失って霧散した。



「動くな。構えるな。唱えるな。――破れば、2人の命は無いよ」


 優しい声で、そいつは言い放った。



 俺は正解のリアクションが分からず、苦笑するように言った。



()()()()()()()()()()()()()()()




  ***




「ぶっちゃけまあまあ疑ってたから、そこまで驚きはないんだけどさ」



 本当だった。

 予想していないわけではなかったのだ。


 王都の商人。

 サナウェイとのコネクションで”裏”の情報も吸い上げられる。

 

 今回の案件にばっちりだ。


 ニコ=ロールとも接点がある。結晶を売れる。

 ニコ=ロールが自ら死を選んだのは、あの場にいたユージンから何かしらのサインを受け取ったからではないか。


 話がつながる。


 何より、ヘルツを訪れるという話をした翌日にヘルツが殺されているという事実が、ユージンの関与を疑うのに十分すぎる説得力を持っていた。




「――けど、希望的観測ってやつに縋っちまった。お前が売り手だとして、そこに噛む理由も分からない。だから考えないようにしてた。その結果がこれかよ」



「人は信じたいものを信じる。希望的観測は常に悪手だよ、アスト」


 ユージンは感情のこもっていない声でそう言った。

 その抑揚のなさが、もう”昔の仲間”とかそういう甘っちょろい関係性など全く感じていないことを示していた。



「ああ、こんな失態は久々だぜ」



 俺はユージンと魔族の両方を警戒しつつ、ユージンへと問い質した。



「何が目的だ? 魔族と手を組んで、あんなイカレた結晶を王都にばらまいて、街の治安をボロボロにして、死人も出して。金儲けか? 違うだろ、ユージン」



「もちろん、金はステップにすぎない。金を集めるためにこんなことしないよ」


 あの優しい好青年といった面持ちはもうそこにはない。

 冷たく、ただ事務的に目の前の仕事をこなすかのような顔つき。



「じゃあ、あれか。()()()()()ため、ってやつか。やっぱりこの背後には、王宮が――」


「お喋りはいいよ、アスト。僕から君への要求は1つ。()()()()()()()()()()()()()



 ユージンの言葉に、思わず目を見開いた。



「……誰から破片のことを聞いた? 誰から破片の回収を命じられた? 王宮か? それとも魔族側のお偉いさん直々に、か?」


 ユージンは答えず、浅く笑った。



「余計な勘ぐりは要らないよ。腕さえ置いていけば、昔のよしみだ、殺しはしない。君もサナウェイも、その助手の子も」



「アホ抜かせ。お前からしたら俺らを生かして返すメリットが無いだろ。リスクしかねぇ。俺に腕を差し出させる交渉なら、そもそも成立してねぇぞ。腕渡して殺されるくらいなら、腕持ったまま戦うわ」


「駄目だよ。魔腕を発動させた瞬間、バックハックがこの2つの氷像を砕く。素直に従えば、少なくともこの場は3人とも生き残れるんだ。その先のことを考える余裕なんて、ないはずだよ」



 ユージンの、あくまで優位性を疑わない口ぶりを無視して、俺はユージンの目を見て問いかけた。


「破片を奪え、って指令を下した奴がいるよな? 誰だ? 今すぐそいつを裏切れ。報復は心配すんな、俺が殺す」



「……ああ、そういえば殺し屋なんだよね。無理だよ。僕は脅されたわけでも支配されているわけでもない、自分の意志でこの道を選んだんだ」


 ユージンの言葉に偽りがないのは分かる。

 その組んでいるという相手が誰なのか――魔族なのか、あるいは王族なのか。

 それが知りたかった。



「残念だけど、殺し屋じゃ僕を上に連れて行くことはできない。アスト、君と組む価値はないよ」


 俺は一度目を閉じ、その言葉を反芻したのち、思い切って目と口を開いた。


()()()()()()()()()()()()()



 真剣を込めた語気で、俺はユージンに投げかけた。


「お前が上と呼んでいるそれが何なのかは知らねーけどさ。魔王討伐のパーティー上がりの商人となりゃ、どんなルートよりも確実に地位(プロップス)を得られるぜ。別にパーティメンバーじゃなくていい。スポンサーでもパトロンでも、立ち位置は好きにして良い」


 本当に、心の底から本気で勧誘した。


「だから、俺と組め。お前の持っている魔族の情報を全部俺に寄越して、俺の魔王討伐を支援しろ」



 だが、ユージンの返答はあっけなかった。


「残念だけど、そんな夢物語には乗れないね。魔王討伐? 無理だよ、位階8のバックハックにすら及ばないのに」



 ユージンのその口ぶりを見て、俺は諦めた。


 ユージンはもう、こっち側には引きずり込めない。




「――誰が、そんな火魔ごときに及ばないって?」



 会話を繋ぎながら、次の行動に向けて、意識を集中する。

 舐められた怒りにかられているかのように、突っかかる。



「熱くなるなよ。いつでも2人は殺せるよ? この間合い、どんな呪文を使ってもこちらの方が先に人質に手を出せる。調子に乗るなよ、アスト=ウィンドミル」



 俺はユージンの煽るような口調を無視して、小さく、短く、素早く口を開いた。


「キャスト――結晶融解『火球成(ローファイ)』」


 俺が一瞬で宣唱しきると、次の瞬間にバンビとサナウェイの氷像を炎が包んだ。

 すぐさま氷が溶け出し、2人は自由を奪還する。



()()()()――」


「そ。お前らのと違って、()()()()()()だけどな。言っただろ、お前の関与は予想してたって」


 当たって欲しくない予想でも、当たる想定で準備をしておく。

 それが鉄則。


 2人を人質にされる展開を防ぐため、予め火球成(ローファイ)の呪文結晶を2人に持たせておいたのだ。



「ちっ――キャスト! 火術『火槍痛渦(ビットフレア)』」


 バックハックが放った炎の渦が飛来する。

 狙いはバンビたちではなく俺。



 だが、魔腕を発現させるには十分すぎる時間が残されている。


破片(フラグメント)――《魔腕》再誕」


 魔力が爆ぜる。


 魔腕が顕現すると同時に俺はバックハックへと右腕を薙いだ。

 炎の渦など跳ね飛ばしながら、魔腕がバックハックを打擲する。

 バックハックに初めて攻撃が通り、その身を激しく弾き飛ばした。


「”破片”の力と言うわけか! 面白い、火術――」


「面白くねぇよ。星片『星震(スタークエック)』」


 バックハックが術を使う暇も無く、俺は魔腕から呪文を放った。

 星を揺るがすほどの衝撃が、バックハックの1点のみに放たれる。

 魔族であっても、魔腕の呪文は防ぎきれない。


「なるほど、な。これは魔王様も恐れるわけだ――」


 笑った顔を崩さないまま、バックハックの身体が空間に溶けるように消えた。

 魔族の死に様。



「魔腕――思った以上の、とんでもない力を持ってるようだね」



 ユージンが、なおも強気の姿勢を崩さずに俺に突っかかってくる。



「悪いけどその腕、渡してもらうよ」


 臨戦態勢を崩す気がないのが明らかに分かる。



「ユージン、やめて」


 サナウェイが語りかけようとするが、ユージンの目は俺しか見ていなかった。

 好戦的で、今にも攻撃呪文を放とうと機をうかがっている目つき。



「ユージン、諦めろ。奇襲ならともかく、対面戦闘じゃ、俺には勝てないよ」


 俺の断言に、ユージンは唾を吐くように笑った。



「勝てない勝負に勝たなきゃ、一生弱者のままじゃないか」



 ぞっとするような、心が底冷えする声音。


「キャスト――結晶融解『強化鍛認(バフジェクト)』」


 ユージンが宣唱するその声が、助けを求めているかのように俺には聞こえた。




2章は残り1話!

次回は10/27(日)更新予定! ぜひよろしく!

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