* 16話 * 最後の手段 *
「自殺、か?」
目の前に転がっている死体の様子から、俺はそう呟いた。
上半身と下半身がすっぱり斬り分けられた、大魔導師ヘルツ=クリケットの死体である。
切断面には粗さが一切無く、綺麗に両断されている。
風界の呪文を使えば容易に可能な芸当。
――ただし、大魔導師の死体となると話は変わってくる。
「こいつが結晶の作り手かどうかは断定できないが、このくらいのレベルの魔導師になれば、自分の命を守るための策を色々と張ってるはずだ」
俺の説明を、バンビとサナウェイは無言で聞いている。
バンビは死体に目を向けたくないのか、部屋の中をきょろきょろと見回していた。
「守護の呪文なり護符なり使い魔なり、それなりの防御手段を取ってただろう。そんな相手に、あんなすっぱり腹を裂けるような呪文を一発で当てられるような魔法使いはそうそういない。まだ確定はできないが、自殺って線が濃厚だと思うぜ」
部屋を見回しても、魔法のぶつけ合いをしたような形跡はない。床以外は綺麗に整頓されている。
ここで魔法戦はなかったと思って良さそうだった。
「あたしも異論はないわ。けど、もっと重要な論点は、ヘルツが結晶の作り手だったかどうか、よね。この散らばってるやつは――色も形状も、問題の『強化鍛認』『威風盗々』とみて間違いなさそうだけど」
サナウェイの言うとおり、結晶は禁呪のものと見て良いだろう。
この状況から、導き出される結論は――
「こいつが結晶の作り手だった場合とそうでない場合、それぞれ考えられる自殺の理由を考えましょう。まず、こいつが作り手だった場合」
「誰かに製造がバレて強請られてたか、製造をさせていた黒幕から無茶な指令を受けたか。あとは……良心の呵責に耐えられなかったとかか」
俺の推論に、サナウェイははっきり頷いた。
「想像できるのはそんなところね。逆に作り手じゃなかった場合、ここに結晶が散らばってる以上、結晶の買い手または売り手ってことになるけど……」
「使い手、ってことはないだろうな。三賢者レベルなら、わざわざ結晶を買わなくたって自力で習得できるだろうし」
「と言っても、売り手ってのもピンと来ないわね。こんな有名人が売り子するなんて、リスクしかないし。ヘルツにしかない人脈を使ってるならともかく、ニコ=ロールやスケプティック通りの不良どもに対してこいつを表に立たせる理由はないわ。ヘルツ側にもメリットがないし」
「……となると、やっぱりこいつが作り手だったと考えるのが自然か。もしそうなら、とりあえずこれ以上結晶が作られることは無いわけだ。ま、複数の作り手がいる可能性もあるにはあるが」
俺とサナウェイの会話に、バンビがおそるおそる手を挙げた。
「本当に、自殺なんでしょうか」
サナウェイが顔をしかめ、バンビの額に軽くデコピンした。
「話聞いてなかったの? こんな実力者相手に、腹裂きワンパンなんてできるわけないんだから、自殺の可能性がノーコーなの」
「思わず不意をつかれた、とかは無いんですか?」
「だから、アストが言ったでしょ。守護の呪文なり護符なり使い魔なりで、魔法による奇襲には十分対抗できるはずなの」
「じゃあ、魔法以外による奇襲には、どうでしょう?」
「剣とか弓とかの武力? さらにあり得ないわ。だって、死体に腹部以外の外傷がないもの。たとえどんなどんな達人でも剣じゃあの綺麗な切断面にはならないわ」
「そうですか……」
サナウェイの講釈を聞いてもなお、バンビは納得し切れていないようだった。
「何が気になってる? 言ってみ」
俺がそう促すと、バンビは顔を赤らめつつ、
「いや、わたしの考えが合ってるか、本当に確信はないし、論理的でもないんですが……」
「構わない、言ってみてよ」
俺の言葉に、バンビは躊躇いながら、
「自殺する人にしては、部屋が綺麗すぎるな、って思って」
「……どういうこと?」
サナウェイが怪訝そうな顔つきで聞き返す。
バンビは自信なさげに答えた。
「死のうと思ってるとき、死のうとしてる直前って、もう本当に全てがどうでもよくなると思うんです。全てに対して投げやりになって、落ちた本とかカップとかを拾うのも億劫になって……全部”どうせもう死ぬし”って思えちゃうんです」
俺は奥の流し場に目をやった。
そこにはティーカップとソーサーが3組、置かれていた。
目を凝らすと、水滴がついている。洗ってからまだそう時間は経っていない証左。
「……分からなくはないけど、死ぬ前に身の回りを清めよう、って考えもあると思うわ。少し弱いわね」
「それにしては、床に結晶が散らばってるし、窓も開けたままになっています。もちろん、確証があるわけじゃありません。ただ、自殺した人の部屋としては、あまり腑に落ちなくて」
バンビの意見を聞き、改めて俺は部屋全体へと意識を集中した。
存在しない右腕も含め、感覚を研ぎ澄ます。
サナウェイが訝しげにバンビへと質問した。
「なんであんた、そんなに自殺した人の目線で語れるの?」
バンビは少し寂しそうな顔で微笑んだ。
「――わたしも、そうだったので」
死ぬために俺を雇おうとした女の一言。
十分な説得力だった。
サナウェイは納得したのか、押し黙った。
サナウェイにもバンビを連れてきた経緯は説明してある。
俺は思考を巡らせた。
自殺じゃないとしたら何故、誰にこいつは殺された?
口封じ――あるいは仲間割れ。
だが、この”三賢者”を相手取って、ここまで圧勝できる人間がいるのか?
それに、魔法戦をした形跡がないということは、ヘルツ自身は殺されると思っていなかった可能性が高い。
このレベルの実力者なら、口封じや仲間割れで殺される可能性があれば流石に気づくだろう。
ヘルツ側には殺される心当たりはなく、仲間を普通にこの部屋に迎え入れたと考えられる。
その上で、仲間の奴が不意をついてヘルツを殺したのだ。
つまり、口封じや仲間割れではない理由で、計画的に殺された可能性が高い。
結論。
結晶を流通させている仲間が、結晶製造の罪を全てヘルツに負わせてスケープゴートにするために殺して放置した、という線がしっくりくる。
では、その仲間とは誰か――
この塔に来てから、疼く右腕。
何となくバックにいる存在については予想がついていた。
俺はバンビとサナウェイに向けて宣言した。
「思ったよりも、クリティカルな案件かもしれない。急いで解決したいから――最後の手段、使うわ」
「……それはいいけど、結局最後の手段って何なわけ?」
「サナウェイ。ロール領から持って帰ってきた結晶、貸してくれ」
サナウェイが驚いた顔で、「何のために」と訊いてきた。
「使ってみる」
俺は端的にそう答えた。
***
「ほんとにやるの?」
ヘルツの塔を出て少し丘を下ったところにある、平原。
俺は右腕を発動させ、結晶を手にして立っている。
「俺の推測が正しければ、結晶を使えば製造者の魔力を探知できる。魔腕発動状態なら、な」
「あの兵士達の副作用みたでしょ? あんな風に文節ごとにいちいち区切りつけながら喋るあんたの姿は、正直見たくないんだけど」
「心配するな、使うのは1回だけだし、そもそも俺にとって強化鍛認は大してオーバースペックな呪文じゃない。あんな風にはならねーよ」
俺は結晶を右腕で手にし、掲げた。
「よし、行くわ――キャスト。結晶溶解『強化鍛認』」
宣唱とともに結晶が解け、封じ込められていた魔力が俺へと流れ込んできた。
体中に覇気が宿り、エネルギーが行き場無く溢れていくのが分かる。
俺はそのエネルギーを抑えながら、魔腕の感覚を辿った。
目を閉じ、感覚を全て魔腕に集中させる。
やがて、視覚も聴覚も嗅覚も味覚も全てを遮断し、結晶の魔力と呼応する存在を求める魔腕の触覚のみに全神経を集中させ切り――
――1つの場所が分かった。
結晶の魔力と同じ魔力を持つ者がいる場所。
王都内で、十分な高さがあり、建物自体が魔力を帯びているので結晶の工房として使ってもバレづらい場所。
俺は魔腕と強化鍛認を解除すると、2人に短く伝えた。
「行くぞ。作り手は、エンカウスティック湖畔公園の時計塔にいる」
***
王都中央区のランドマーク、エンカウスティック湖畔公園に建つ時計台。
東方のロール領へ行く際、サナウェイの離陸場所としてその頂上を使ったのが記憶に新しい。
あの時俺たちは頂上だと思っていたフロアから飛び立ったが、その更に上に空間があったのだ。
あの時、作り手が上にいれば俺も気づいていたはずだった。
おそらく不在だったのだろう。運が悪い。
俺たち3人は、頂上の天井の更に上――屋根裏に広がる空間へと来ていた。
その奥に、赤く揺らめく炎。
「あんたが結晶の作り手か。流石にこんな王都のランドマークで、あんたみたいな奴が普通にいるとは思わなかったぜ」
俺の呼びかけに、赤い炎が更に強く揺らめいたかと思うと、その中から、1人の男がぬう、と現れた。
いや、1人という数え方は正確じゃない。
何故ならこいつは――
「名はバックハック・8・カンタービレ。種族は魔族、位階は8、属するは火魔、火界の一族。どうぞよろしく」
魔族の男は眉毛の上まで口角を上げてにっこりと笑った。
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2章も残り1話か2話です!
次回は10/24(木)更新予定です◎
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