* 15話 * 結晶工房の探索 *
ニコの死亡を確認した後、呪文結晶を使用していた兵士たちにも話を訊いたが、買い付けルートへのヒントはゼロ。
呪文結晶はすべてニコの手によって仕入れられ、兵士達に配給されていたようだった。
そもそも兵士達は結晶を使用しすぎて、まともに会話ができないレベルにまで知性を失っている者が大半。
ロール領でこれ以上得られるものは無さそうだった。
ニコの遺体は、ランドたち領民軍を呼んで引き渡した。
ランドとニースからは感謝の言葉をもらったが、正直なんともすっきりしない気持ちだった。
***
王都中央区へと帰り、その日はユージンの自宅に泊まらせてもらうことになった。
豪勢な夕食をいただきながら、自然とニコについての議論が始まる。
「口封じの呪い以上に恐ろしい何かが、ニコの行動を縛っていたんだろうね」
ユージンの意見に、サナウェイも頷いた。
「あの花界の呪文は、対象を指定するためにがっつり意識の焦点を定めとかないといけない。自分に撃つぞ、って意識をずっと集中させてたんだわ。たぶん、ユージンが来て、人質を失ったときから」
「そこに気づけなかった俺のミスだ。口封じの呪いにビビってるだけだと思い込んでた。だいたい、最終的に自殺を選ばせるほどにがっつり支配できてるなら、口封じの呪いなんて必要なくないか? 呪いを維持する魔力が無駄だ」
俺が気にかかっているのはその点だった。
あのレベルの呪いを維持するには、かなりの魔力負担がある。
リソースを使って維持するからには、それ相応の意図があるのだろう。
「そこは僕も気になっていた。ただ――そこを深掘りしても、答えは出なさそうな気はするね。術者の嗜好かもしれないし、単純に保険をかけてただけかもしれない」
ユージンの意見ももっともだった。
術者が誰なのかすらも分かっていないのに、その意図を考えても明確は答えは出ない。
「だな。考えても答えの出ない問いより、建設的なことを考えよう。これからの動き方について」
「そもそも、突っ込んだ首を引っ込めるって手もあるんじゃない? サンクコストは回収しないのが定石、引くならここだと思うけど」
ユージンの質問に、俺は首を横に振った。
「今回の件で、なおさら確信が強まった。この禁呪の結晶のバックには、何かしらのデカい存在が関与してる。俺はそこを突きとめたい」
王宮への道筋があるなら、こんな半端なタイミングで引き返したくなかった。
サナウェイが俺の意見を継いで、
「そうね。結局販売ルートも分かってないし。そこはがっつり明らかにして、ルートを押さえたい。オニキス配下の運び屋として、このミッションからは降りられないわ」
ユージンは俺とサナウェイの目を見て、頷いた。
「OK。2人の気持ちは分かったよ。僕も王都の商人として、早くこの件を片付けたい。君たちを全力でサポートするよ」
「すでにめちゃくちゃ助かってるけどな。忙しいところスマン。今晩も本当は取引先と会食だったんだろ? 売れっ子商人の時間と労力を割かせるのは、実際マジ申し訳ないって思ってる」
ユージンがあの場面で人質を解放するチャンスをくれなければ、もう少し面倒くさい展開になっていたのは間違いない。
「売れっ子商人に留まる気は無いからね。上を目指す上で、こういう”裏”がありそうな案件には積極的に関わっていきたいと思ってるし、こちらこそ助かるよ」
「上、ねぇ……その上昇志向は素直に尊敬するわ。あたしはどっちかっていうと今の仕事で楽しくやれればいいって思っちゃうタイプだし」
サナウェイの言葉に、ユージンはにこやかに答えた。
「やっぱり、裏王都で過ごした幼少期は、僕の生き方に根付いてる。原体験ってやつだね」
ユージンはどこか遠い目をしていた。
懐古の眼差し。
「毎日毎日、ゴミ寸前の残飯を漁るか、リスクを背負って他人から奪った金で買う。そんな日常を過ごしたからこそ、そんな子供達が1人もいない国をつくりたいって心から思えた。食べたいと思うものを好きなときに食べられる生活を全員に謳歌してほしいって。だから僕は、ただの商人として成功したって意味がないんだ」
「……やべぇ、眩しいわ。眩しすぎるほどに真っ当だわ」
そうだ、こいつは昔から真っ直ぐで、ひたむきで、遠い夢でも本気で目指せる意志の強さを持っている奴だった。
「素敵ですねぇ……」
バンビも感心していた。
真っ直ぐでひたむきなところは、こいつと少し似ているかもしれない。
「けど、まだまだ途上だよ。僕はこのまま地位を上げていって、政治的な発言力を持てるようなレベルにまで手を伸ばしたいって思ってる。そして、ゆくゆくは――王都と裏王都を1つにしたい。スラム街そのものを無くしてしまいたいんだ」
ユージンの口ぶりも表情も、本気だった。
それがどれだけ難しいことかを理解した上で、なお本気だった。
「そのためにも、この禁呪の結晶についてはささっと解決してしまいたい。流通経路も製造元も明らかにして、王都に膿があるなら吐き出させる」
話が元に戻る。
そこでサナウェイが口を開いた。
「正直、買い手から売り手を辿るのは相当厳しいと思うよ。スケプティック通りのガキどもも、ロール領主も、等しく口を割らなかった。口封じを解呪してもなお口を割らない連中を追うのは効率悪いよ」
「それは本当にそう。ロールとは何度も商談したことあるから、ある程度人物像は把握してるけど……自分の意志がない、自殺をできるほどの覚悟ができるとは思えないタイプだよ。その彼が自殺を選んだってことは、口外されるリスクを本気で潰してるってことだと思う」
「同意見だな。結晶の売り手は買い手を完璧にコントロールしてる。じゃあどこを叩くかっつー話だけど……そうなると答えは1つ――作り手を探せば良い」
俺はここに戻るまでに考えていた方針を話した。
「作り手は禁呪を習得できて、さらに結晶化できるほどの技術者……だったら、王都の魔術師を上から順番にあたっていけばいい」
「そうね。加えて結晶の流通量を考えると、自宅の一室とかそういうレベルじゃない、工房なり研究所なりをもってるレベルの魔術師、ってとこね」
サナウェイの補足。
「俺が知ってる範囲だと、1番王都で有名なのがサイスだな。サイス=スポンジボブ。闇属性で、王都で何か魔法のことを訊くならサイスに、って訊いてる。もう100歳超えてるじーさんらしいけど」
「僕が1番に思いつくのはレイレ=シェネかな。女性でまだ30歳程度なのに論文の執筆量がえげつないし、受賞歴も豊富。何より自身で呪文結晶を作って、目の飛び出るような高額で販売してる。もちろん禁呪じゃない、合法的なやつだけど」
俺とユージンの言に、サナウェイがため息をつきながら、
「これ、完全に”王都の三賢者”挙げる流れじゃない。残りはヘルツ=クリケットでしょ? 風属性だし、あたしも勉強のためにこの人の呪文便覧買ったりしたわよ。載ってる中でも未だに真似できない呪文が50以上あるけど」
「こいつらに当たりたいな……ユージン、どうにかツテを辿れないか?」
「さすがに三賢者とのコネクションは無いね……」
「あ、でもあたしそれぞれの工房の場所なら知ってるわよ。”運び”の仕事で届け物したことがある」
「それ、本当? 3人とも?」
ユージンが本気で驚いた顔でそう問い質した。
サナウェイはあっさり頷く。
「3人とも。大魔導師サマともなると、色々とヤバい素材を集めなきゃいけない場面もあるんだろうね」
「――サナウェイ。その工房の場所で、他と比べて明らかに標高が高い位置にあるのは誰だ?」
俺の問いに、サナウェイは首をかしげながら、
「標高? それならヘルツね。レイリっていう丘の上に、さらに高ーい塔を建ててるくらいだし」
「なら、まずヘルツを訪ねよう。結晶は空に近い場所の方がつくりやすい」
「――! なるほど、ね。火界や風界――力を借り受ける”別世界”に近いほど、安定しやすくなるわけだ」
俺は頷いた。
呪文結晶を作ったことはないが、その原理くらいは当然知っている。
高所の方が製造が安定するなら、高所に自分の拠点を持っている奴が怪しいのは当然。
「ま、いったんそこ攻めてみるわ。明日、ヘルツの工房に行ってみよう」
***
その後、ユージンは明日仕事で朝が早いらしく、早めに自分の部屋へと戻っていった。
打合せは終わり、空気が少し緩んだところで、バンビがため息をついた。
「うう……まったく話に入れなかったです。理解できるよう追いつくのがやっとで……」
浮かない顔で、バンビはそうこぼした。
「気にするな。徐々に自分の意見が出てきて、議論に参加できるようになる。今回、お前がランドたちからの依頼を覚えてくれたおかげでスムーズに進んだ。そこはシンプルにお前の手柄だよ」
「それは良かったですけど……戦闘でも全然力になれなかったので、助手としての存在意義が……」
きちんと役に立ちたいという思いが存分に伝わってくる。
殊勝な心がけだ。
「デビュー案件なんだから、見たもの全部を吸収するって気概だけあればそれでいいよ。お前は俺の願いを叶える上で絶対に必要な存在だ」
「――はい、ゆるふわ話題はそこまで。アストは甘やかしすぎ。てか、この三賢者のセンが空振りだったら、マジで長期戦覚悟しとかないといけないんだからね。その辺ちゃんと分かってる?」
サナウェイはやはりバンビに少し厳しめだ。
ま、サナウェイの言うことももっともだ。
この先、過酷な案件になる可能性も十分ある。
俺は肩をすくめて、
「明日空振りだった時は……最後の手段最後の手段を試すわ。できれば使いたくない手だけど、しゃーない」
「最後の手段、というと?」
バンビの質問に、俺はわざとらしく、
「それはその時のお楽しみ、だな。全然楽しみじゃねーけど」
***
翌日の早朝。
俺とバンビ、サナウェイは、中央区西側のレイリ丘にそびえ立つ塔へと来ていた。
周囲には人気はない。街道や住宅や露店など一切無い、森に囲まれた丘の頂上。
ヘルツ=クリケットの自宅兼工房である。
呼び鈴を鳴らしても、反応はなかった。
「こんにちはー。”運び屋”のサナウェイです。ヘルツさん、いらっしゃいますか? ってあれ、開いてる?」
サナウェイが扉を開けると、玄関にすんなりと入れた。
警備用の罠なども特に見当たらない。
「魔術師の工房だ。どこから何が飛び出すか分からない。注意しと――」
そう言いながら進んでいくと、急に右腕に痛みが走った。
存在しない右腕に、突き刺すような痛み。
痛みはやがて、疼きへと変わっていく。
”魔腕”が反応している。
ロール領で兵士達が結晶を使ったときと同じ反応だった。
「アストさん、大丈夫ですあ? 罠ですか?」
「いや――違う。とりあえず、空振りではない可能性大だ」
俺たちはそのまま奥へ進んでいった。
人の気配はまったくない。
魔法生物や愛玩獣の気配すらもまったくなかった。
「さすがに無警戒すぎる。おかしいぞ、この塔」
階を上がっていっても、静寂が続いた。
工房があるとしたら、上階。
俺たちはいったん1番上を目指し、階段を上がっていった。
「何か、変な臭いがしませんか?」
最上階の1階下、9階まで上り終えたところで、バンビがそう言った。
「確かに、臭うわね――あまり良い予感のしない臭い」
階段から廊下に出てすぐのところに、扉があった。
「……ここが怪しい。危険度マックスだ。開けるぞ」
右腕の疼きが、その部屋へと行きたがっているような気がしたのだ。
「――――!」
扉を開けた直後、バンビが絶叫した。
俺とサナウェイにとってはある程度見慣れた光景だったので、声こそ上げなかったものの――流石に驚愕を隠せなかった。
床に描かれた複雑な魔法陣の上で、1人の男が横たわっていた。
上半身と下半身が、へそのあたりできれいに切断された状態。
その部屋には、数々の呪文結晶が美しい輝きを放ちながら、散らばっていた。
最後までお読みいただきありがとうございます!
次回は10/22(火)更新予定です◎ 2章も大詰め!