* 14話 * 人質・脅迫・口封じ *
「言っとくけど、ここで俺らを強行突破しても無駄だぜ。とりあえず1人だけ連れてきたけどな、地下にはまだ元々捕らえてあった下位領民が何人もいる。合図1つで、いつでも首を刎ねられる」
鎖に繋がれたニースの顎を指でぱちんと弾いて見せながら、ニコは勝ち誇ったようにそう言った。
俺はすぐさま魔腕を解除すると、両手を上げた。
「依頼人側の人間の安全が最優先だ。ニースを解放してくれ」
「いい態度だ、殺し屋」
仕事屋を名乗ったのは無駄だったようだ。
殺し屋ということもバレている。
ニースを予め捕らえていたということは、昨日俺とバンビが領民軍のもとを訪れたことがバレているということか?
俺は思案しつつ、周囲の気配を探った。
来てくれているかと期待した――だが、目当ての気配はない。
仕方ない、時間を稼ぐか。
適当に会話をつなぐぐことにした。
「ニースを解放してくれれば、あとは好きにしてもらっていいよ。そうだ、何なら結晶を買い付けてくる役を俺がやったっていい。どう?」
しかしニコは特にこちらの話に乗ってくることはなく、俺を指さしながら叫んだ。
「解放はするさ。お前の口が永遠に開かないようにした後にな! おい、お前ら、この殺し屋どもを殺――」
「キャスト――氷界『氷純片鎖』」
俺は一瞬、聞き間違えたかと思った。
それほどまでに、突然にその宣唱は俺の耳に飛び込んできた。
だが、聞き間違いでは無かった。
氷の破片が素早く兵士たちの手の甲や肘に突き刺さり、鎖を握っていた手が緩んだ。
さらに刺さった部分から連鎖的に氷結が始まり、兵士達はあっという間に動かぬ氷像と化した。
確かに、氷の呪文の効果。
俺は驚きつつも、素早く兵士達の間に割り込んでニースを抱え上げ、引き剥がした。
そのままバンビにバトンタッチ。
治癒の呪文をかけて、眠っていてもらうように指示する。
「間に合って良かった。ちょうど昨日、今月の発注作業が終わったところだったんだ」
闖入者は涼しい顔でそう言った。
「ステルス能力高過ぎだろ、ユージン」
俺がその名を呼ぶと、ユージンは爽やかに笑ってみせた。
魔法を使う直前まで俺はその気配に気づくことが出来なかった。
昔から隠れる才能は仲間の中でもずば抜けていたのを思い出す。
隣にはリュートもついてきている。
俺の注文通り、きちんと来てくれた。
――そう、昨日の時点で俺はユージンに相談していたのだ。
リュートも連れて、同席して欲しい、と。
「な、何してんすか、ユージンさん。俺は――」
突然のユージン乱入に、ニコは喚きながらじりじりと後退した。
ユージンはニコに冷たい目線を投げる。
「何も喋るな。いくらお得意先といっても、僕の友達に手を上げるような人は許しません。それに、色々と人道にも法にも反する行為をしてるみたいなので――もうお得意先とは言えないですね」
ユージンの怜悧な言葉に、ニコはいよいよ焦りを募らせたようだった。
「ふ、ふざけるな! お、俺が合図を出せば、地下に捕らえてある下位領民たちをいつでも殺せるぞ。拮抗状態はまだ崩れて――」
「キャスト! 風界『剛渦剣嵐』」
言い終えないうちに、奥の扉をぶち破って小さな竜巻が飛び込んできた。
竜巻はニコを巻き上げて天井へと叩きつけ、床にバウンド。一瞬にしてその戦意を砕く。
「お待たせ、アスト。ちゃんと見つけてきたわよ、結晶と捕虜」
ぶち破った扉から、サナウェイが揚々と登場した。
その手には厳重に封がされた箱を持ち、その後ろには十余名の弱った領民達が並んでいる。
箱の中身は、訊かなくても分かる。
「さすが。やっぱ他人の隠し物探させたら裏王都イチだわ」
「運び屋してたら、こーゆう宝探し系の案件も割とあるからね」
サナウェイには保管されてあるであろう呪文結晶の確保と、捕らえられた下位領民たちの保護を頼んでいたのだった。
呪文結晶の現物があると、色々とスムーズにことが進む。
「ま、これで物証も押さえたし、人質もいない。もう言い逃れ出来ない状況に持ち込めたわけだから――がっつり吐かせにかかりましょうか」
サナウェイの発言に、倒れ伏していたニコがびくりと反応した。
「な、何が目的かは知らないけど、俺から何か情報を得るつもりなら無理だ! 金ならいくらでも包む! それで落としどころにしてくれ!」
ニコの焦りは本物だった。
おそらくこいつも、スケプティック通りの男と同じように、口封じの呪いをかけられているのだろう。
俺はニコの嘆願を無視して、ユージンの隣に佇む女へと目を向けた。
「リュートさん、あなた、解呪の術式を使えるんじゃないですか?」
突然名指しされて驚いたのか、リュートは無言で俺を見た。
「いや、初めて会ったとき、やんわり握手を避けられたから。もしかしたら解呪の力を持ってるんじゃないかなって当たりをつけただけですけど。もしそうなら、ニコにかかってる口封じの呪いを解いて欲しいんです」
稀に、先天的な能力として「解呪」の力を持つ人がいる。
触れるだけで、対象にかけられている呪いを解除する体質。
解呪の体質を持つ人はえてして、トラブル回避のために他人との直接接触を避ける傾向があった。
リュートは無言だったが、ユージンが優しくその肩を叩いた。
「なるほどね、リュートを連れてきて欲しいってのはそういう意図か。アスト、正解だよ。呪いの種類にもよるだろうけど――リュートは解呪ができる。試してみる価値はある。やってみてあげて、リュート」
リュートは少し躊躇うような表情を見せつつも、ユージンの言葉に頷いてみせた。
「おそらく使われてる呪いは火界の『封味舌火』だ。特定の情報を喋ろうとすると、被呪者の口を燃やす効果」
「……わかりました。解呪します」
リュートはゆっくりとニコに近づくと、その口元に指を当てた。
そのまま小さな声で、詠唱らしき文句を小声でぼそぼそと呟く。
次の瞬間、ニコの身体が光に包まれたかと思うと、光が口元に集まり、やがて霧散するように消えた。
「解呪、完了しました。もう何を喋ってもこのお方の口が燃えることはありません」
あっさりと言ってのけるリュート。
「すげえ、ありがとうリュートさん。助かるぜ……おい、ニコ。自分でも呪いが解けたのが分かっただろ? これでもう何もビビることはない。俺らの質問に答えてくれるよな?」
「……お前らは俺を殺しに来たんだろ? どのみち殺されるなら、このまま死ぬわ」
ニコが自棄になったような口調で言い捨てる。
俺はそれを説き伏せるべく、強めに言った。
「早まるなよ。お前の命は保証する。殺しの依頼料も領民達に返還する。領民達の依頼の本質は、お前への復讐じゃなくて圧政の終了だ。お前がどこか遠い国で、この領地に干渉せずに余生を過ごすなら、領民達もそう文句は言わないだろう」
俺の説得に、ニコはしばし黙り、やがて諦めたようにため息をついた。
「もう、どうにでもなれ、だ」
「OK。さっそく質問させてくれ。禁呪の結晶、どこで誰から買った?」
「……王都。路上の売人から買った」
「路上で偶然押し売りされたってわけじゃないだろ? その売人にはどうやって出会った。誰のツテだ?」
「その売人を紹介してくれたのは――してくれたのは……して……」
そこで、ニコの様子が明らかにおかしくなった。
「おい、どうした――」
「キャスト、花界『毒菜酷花』」
一瞬だった。
ニコの宣唱とともに、ニコの身体に毒素を孕んだ魔力が巡った。
自分を対象として、毒殺の呪文を放ったのだ。
「おい、馬鹿! くそ、サナウェイ、ユージン! 治癒系の呪文を――」
「キャスト! 水界『薬息』」
ユージンがすぐに解毒の呪文を宣唱した。
水がニコの身体を包む。
「駄目だ――もう死んでる」
しばらくしてユージンがそう宣言した。
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