* 13話 * 領主館乱戦 *
ランドたち領民軍のアジトを訪れた翌日。
俺とバンビは約束通り、ニコ=ロールの住まう領主館へと来ていた。
館は、あからさまに豪勢なつくりをしていた。
下位領民から搾り取った税収がこの館を構成しているという構図が、ありありと見て取れる。
客間に通され、俺とバンビはやたら上質そうな椅子に腰かけて待つことになった。
ちなみにサナウェイは別行動。役割分担というやつだ。
「ううー緊張します」
「何もビビることはないさ。どーゆう展開になろうと、最終的には俺が全員ねじ伏せれば済む」
「すごい大味な感じですね……」
「ある程度力を持つと、何事も大味になってくんだよ。……ただまあ、気がかりなこともある。”口封じ”の呪いがニコにもかけられてたら、スケプティック通りの時と一緒、何も情報を得られない。解呪できれば問題ないし、一応手も打ってあるけど……間に合わなかったら、ちょっと面倒くさいな」
そうして小声で会話したり、出された紅茶を飲んだりして待っているうちに、ニコ=ロールが現れた。
「どうも、ニコ=ロールっす」
銀縁の丸眼鏡に、綺麗に整えられたヒゲ。
貧弱と言い換えても良いほど細い身体に、頼りない印象を持ってしまう。
明らかに領主などのリーダー・為政者職には向いていなさそうな風貌。
「ユージン氏の紹介よな? 王都からはるばるご苦労さん」
分かりやすく雑な挨拶。まあもともと礼節など期待していない。
期待しているのは、情報提供だけだ。
「ええ、仕事の紹介で。自分は王都と裏王都で”仕事屋”と称して、あらゆる種類の依頼を何でも受ける商売をしています。今回、ニコ様のお力になれるのではないかと。領内でも争いが絶えず、お困りなのではないかと思いまして」
「ああ、その件なんだけど――あんたらに頼ることは何もないわ。その茶、飲み干したらもう帰ってくれない? 一応ユージン氏の紹介ってことで、会うだけ会うけどさ。別に今はもう、何も困ってねーから」
横柄さを隠そうともしない態度。
それならそれでいい。こちらもへりくだらず、あけすけに訊いていくことにする。
「領民たちの反乱に悩まされているのでは? 王都じゃ話題ですよ、領主側の武力がなさ過ぎて、王国の歴史上稀に見る大敗をかますんじゃないかって」
「ふん。すぐに噂は上書きされるだろうさ。俺はこいつらと共に下位領民どもを叩きのめして更生させる」
見ると、ニコの背後に、5人の男が仁王立ちしていた。
全員が兜で顔を隠しているが、放たれる敵意までは隠せていない。
「強そうな兵隊さんですね。一騎当千って感じだ」
「まさしく。下位領民どもが束になっても勝てないレベルの戦力さ」
「でも――最初は負けそうだったんですよね?」
素朴な口調でバンビが質問した。
「どうして制圧される1歩前まで追い詰められてたのに、急に逆転したんでしょうか」
「何が言いたい」
ニコの表情が険しくなる。
俺はニコを無視して、ニコの奥に立っている兵士に目を向け、質問を投げた。
「じゃあ、1番右の兵隊さん。普段、どんなトレーニングされてるんですか? 敗北寸前まで追い詰められてる状況から逆転するほどの成長、ぜひともその極意を知りたいですね」
俺の問いに、兵士はすぐに答えた。
「――別に、何、も。おれ、たちは、もと、から、強い、騎士。ニコ様を、護り、支える、5人の、最強の、騎士――」
スケプティック通りで邂逅した男の喋り方がフラッシュバックする。
呪文結晶を使ってる奴に特有の、やたら区切った喋り方。
「自分を超えた魔力を無理矢理常用するんだ。当然身体が負担がかかるし、脳にも影響が出る。使ってんだろ、禁呪の結晶」
俺がそう問い詰めると同時に、ニコが「やれ」と短く吐き捨てた。
「――キャスト。結晶溶解『強化鍛認』」
5人の兵士の宣唱が重なった。
途端に、5人の魔力が爆発的に増幅されるのが分かる。
俺はそれに合わせてすぐさま攻撃の呪文を放とうとした。
兵士に興味はない。尋問するのはニコだけで十分。
こいつらは適当に蹴散らしてしまって問題ない。
「キャスト! 星界『流星――」
しかし、俺の宣唱は完了しなかった。
右手が疼いた。
解放しろとでも言うかのような、暴力的な疼き。
幻触――痛みを覚えるほどに、俺の存在しないはずの右手が、刺激を受けていた。
魔力が乱れ、呪文の宣唱に失敗する。
「キャスト! 木界『木々海々』」
咄嗟にバンビが呪文を唱え、俺とバンビを守るように木々が広がった。
即席の樹海が、兵士達の進撃を止める――という狙い。
だが、5人の兵士達はそんな木々などものともせず、木々を綿でも千切るかのようにあっさりと破りながら迫ってくる。
俺は自分の右手部分を左手で押さえながら、何とか宣唱した。
「キャスト――星界『星雲招』」
俺が重力の盾を展開すると同時に、兵士の1人が呪文を放った。
「キャスト――火界『炎連』」
猛火が木々を焼き尽くし、俺とバンビを襲う。
初級の火界呪文だが、初級とは思えないほどの火力と範囲。
重力の盾により火自体は届かないが、その熱量が俺らを襲う。
だが、俺は特に焦ってはいなかった。
疼きは兵士達が呪文結晶を使用したときがピークで、徐々に弱まっている。
いくら禁呪で強化されていようが、次、落ち着いた状態で呪文を使えれば問題なく勝てる相手だ。
「おい、馬鹿! 屋敷を炎上させる気か! さっさと仕留めろ。もう1つを使っても構わん」
ニコが苛立った様子でそう檄を飛ばす。
バンビが諭すように叫んだ。
「禁呪の結晶を使っていたとなれば、流石に王宮にも言い逃れできません! 領地は剥奪、あなたは投獄されるでしょう。引き返すなら今のうちです!」
「なるほどね、それは確かにそうかもな。バレたら破滅だ。正しいよ、お嬢ちゃん。――で、誰がそれをバラすんだ?」
ニコはにやつきながら、腕組みして俺たちを見つめている。
自分は戦闘には加わらない。ただの傍観者。
「死人に口は無いぜ」
ニコのその言葉が合図だったかのように、兵士の1人が高らかに声を上げた。
「――キャスト。結晶溶解『威風盗々』」
2つ目の禁呪。さすがに俺も面食らった。
まさか禁呪の結晶2つを併用してくるとは思わなかった。
直後、身体からがっくりと力が抜けた。
戦闘中にあるまじき虚脱感と倦怠感が襲う。
威風盗々――相手の魔力を奪う禁呪。
俺の魔力が兵士によってごっそりと奪われたのだ。
「すごい、な、あんた、何者だ? 魔力量が、下位領民、どもと、桁違いだ。こいつは、いい」
威風盗々を発動させた兵士が、あふれる魔力に高揚しているのが分かる。
対照的に、俺は魔力を奪われた苛立ちと気だるさに満たされていく。
「アストさん、大丈夫――」
バンビが駆け寄ろうとしてくるのを、目で制した。
――威風盗々が来るのは分かっていた。気は進まないが、盗まれない魔力で戦うしかない。
「――契りしは腕、魔の覇の欠片。遊星の加護、連銀河の盟約。離散封印から幾星霜、人と魔の境を超え、蘇り宿れ」
滑らかな詠唱ののち、穏やかに宣唱する。
「破片――《魔腕》再誕」
部屋中に稲妻が走り抜け、空気が弾けるような音と共に、俺の右腕に不定形の腕が発現する。
「できれば温存しときたかったけど……仕方ない。秒で片付ける」
「な、何だ? 腕……か? 気持ち悪い、さっさと魔力奪っちまえ!」
ニコが初めて動揺した様子を見せた。
無理もない。初めて魔腕の魔力にあてられた人間で、動揺しない者はいなかった。
それほどまでに、禍々しい魔力が放たれていた。
その不気味さに煽られるように、兵士の1人が慌てて再び呪文結晶を取り出した。
「き、キャスト! 結晶溶解『威風盗々』」
しかし、その呪文が発動することはなかった。
「無駄だよ――魔腕由来の魔力は、その呪文じゃ奪えない」
魔腕の力は、威風盗々を含む魔法の効果で盗まれることはない。
違和感のこともあるし、あまり長く魔腕を発動状態にしたくなかった。
一発で片付ける。
俺は魔腕を兵士達にかざした。
「キャスト――星片『星震』」
途端に、兵士達が揺れた。
激しい震動を対象にのみ与える魔法。
「――!」「ぐ、あ、あ――」
出力は低めに抑えているが、一瞬で兵士達は5人ともばたりと倒れた。
強化された肉体を持ってしても、星震の直撃には耐えられない。
「さて、ニコ――ドーピングした部下は片付けたけど、あんたはどうする?」
俺がニコのいた方に目を向けると――
「動くな……その妙な腕を止めろ。お前が下位領民たちの依頼で来ていることは知っている」
ニコの怯えた声。
その側に、倒した5人とは別の、銀の兜を被った兵士が2人、鎖を手に立っている。
その鎖の先には、女が手首に錠をされ、繋がれていた。
「そういう展開ね」
俺がぼそりと独りごちた。
「……ニースさん!」
バンビがその名を呼んだ。
昨日、俺たちにニコの悪行を語ってくれた、気の強そうな女性。
その目には昨日のような気概は見えず、恐れを浮かべていた。
「保険はかけとくもんだな。昨日捕まえたばっかの、新鮮な人質だ」
ニコは次第に勢いづき、ニースの首筋に手をあてながらまくしたてた。
「こいつが残りの人生を両腕残して過ごせるか、あのランドとかいう男と同じ片腕で過ごすのか。それともそもそも残りの人生なんてもんはないのか――あんたら次第だ」
選択肢はない。
俺はニコが言い終わるより先に、魔腕を解除した。
最後までお読みいただきありがとうございます!
次回は10/15(火)更新予定です!