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* 12話 * 東方騎士領へ *



 セマンティック(リバー)に沿って歩くこと数分。

 ユージンたちに見送られた後、俺たち3人は王都中央区のランドマーク、エンカウスティック湖畔公園に建つ時計台の頂上に来ていた。



「うん、ここから乗るのが1番速そう」


 サナウェイが、舐めた人差し指を空にかざしながらそう言った。

 俺が頷くと、サナウェイは修飾句を述べたのち、宣唱した。



「キャスト――風界『浮輪頼動(フワライド)』」


 箒にまたがったサナウェイを中心に、俺とバンビも含めた3人を囲う、浮力の円環が生まれた。

 時計台から足が離れ、宙に浮く。

 

 サナウェイがそのまま風に乗って滑空し、俺とバンビも同調して飛ぶ。

 サナウェイの漕ぐ船に乗っているような心地。




「ユージンには、言わなくて良かった?」


 空を飛びながら、サナウェイがおもむろに口を開いた。


「何をだよ」


「勇者目指してたこと。あと1歩のところまでいけたこと」


「言う意味がねーだろ。あいつはちゃんと王都に出て成り上がってる。俺が勇者の試練に失敗して、右腕をすっ飛ばしたことを聞いて、プラスになるとは思えない。お互いに、な」



「……そうだね。ごめん、ちょっと言ってみただけ。裏王都から、上を目指してたってこと、ユージンにも知って欲しいなって思っちゃったから。ごめん」


「いや、いいよ。2回謝ってるし。珍しく殊勝だな」


 思わず苦笑する。



「あいつが成功してる姿はシンプルにいい刺激受けた。俺も目的に向けて頑張らないとな、って」



 俺は素直にそう言った。

 そして、頭を切り替える。これからの行動へ。


「ニコ=ロールとの面会は明日の昼。ロール領にはどのくらいに着ける?」


「良い西風に乗れてるから、夕方には着けると思うよ」



「できればニコに会う前に、街の様子を見ておきたいところだな。領民との抗争の雰囲気も知っときたい」


「同感よ。できれば、領民軍の主要メンバーに話を聞いときたいところね。戦況の経緯も聞いて、禁呪の結晶に手を出したタイミングも把握しときたいし」



「つっても、今日の夕方から明日の午前中で、領民軍のトップに会うのは結構難易度高いな。向こうも警戒してるだろうし」


「王都から来たって言ったら、その時点で鎮圧要因と見なされて口を閉ざすでしょうね。そもそも会うルートもないし。ロール領には運びの仕事でも行ったことないのよね……」


「何かしらでつながりがないと――」



()()()()()()()!」


 唐突にバンビがでかい声を出しながら手を叩いた。


「どうした急に」


「思い出したんですよ、ニコ=ロールの名前」



「ああ、どこかで聞いた覚えがあるって言ってたわね――で、それは今話す必要のある議題なのかしら?」


「あります!」


 サナウェイの冷ややかな目線に、バンビは勢いよく返答した。


「”4333、標的は東方の騎士、ニコ=ロール。圧政をしいてくるので暗殺して欲しい”」


 聞き覚えのあるフレーズ。


「昨日、アストさんと依頼書の選別をしてたときに、標的としてニコ=ロールさんの名前がありました。おそらく依頼人は、領民軍の方だと思われます」


「――!」



 俺はすぐに宣唱した。


「キャスト、人界『伝話(ベースバンド)』」


 もちろん繋ぐ先はオニキス。すぐに応答が来る。


『もしもし、オニキスだが。どうしたんだいアスト、王都観光にはもう飽きたのかな?』


「ナンバー4333の依頼に関してなんだが――依頼人と会えないか? いま、東方のロール領に向かってるところなんだ」




  ***



 オニキスと連絡が繋がり、依頼人――領民軍の主導者との面会をセッティングしてもらうことに成功した。



 ロール領に到着すると、俺たちはとりあえず荷物を置きに宿へ寄ることにした、



 部屋にたどり着くなり、サナウェイは糸の切れた人形のようにばたんとベッドに倒れ込んだ。


「あー、疲れた。ちょっとあとはあんたたちに任せるわ。サナウェイ、寝ます」


 宣言の直後にはもう寝息が聞こえ始めた。



「すごい、お疲れだったんですね」


「ま、無理もないな。移動中はずっと魔法を持続させてたわけだしな」


 なにしろ数時間の間、風界の魔法を発動させ続けていたのだ。

 裏王都から王都へ小一時間で移動するのとは訳が違う。



「あの浮輪頼動(フワライド)って呪文、やっぱり魔力消費が激しいんですかね?」


「呪文自体はそこまで消費がキツいものじゃないが……持続させるとなったら話は別だ」



 時計をみると、まだ依頼人と会う時間まで余裕がある。

 良い機会なので、魔法の持続性について講釈してやることにした。


「魔法ってのは基本的に()()()なんだ。魔法により出力されたもの――火の玉やら金の矢やら――はふつう、すぐに消えてしまう。俺たちは別世界の力を借りて、その力を一瞬だけ顕現されてるだけだからな」



「確かに、わたしの木撃射(ウッドネス)交換敢行(ハローグッバイ)も、効果は一瞬だけですね」


「そう。魔法の効果はインスタントに消費されるってのが原則だ。逆に言うと、魔法の出力を持続させるとなると、難易度が跳ね上がる」


 俺は例を示すために、宣唱した。


「キャスト。光界『灯光旗(ライトオン)』」


 俺の掌に橙色の光を放つ球体が現れる。

 夜道を歩くときなどに使う呪文だ。


「この灯光旗(ライトオン)自体は初級も初級、寝ながらでも発動出来るくらいの簡単な呪文だ。この国で、これを発動出来ない人間はいない」


「確かに、わたしも使えます」


「けど、こいつを5分間持続させることができるのは王都民の半分、10分以上持続となるとそこからさらに1/3にまで減るだろう」



「なるほど……出し続ける、ってのが難しいんですね」


「そう。繰り返しになるが、魔法ってのはすぐに消える性質のものだからな。魔法の出力を持続させようとするのは、重力に逆らって壁を縦に歩いて上ろうとするようなもんだ」


「なるほど……それはとんでもない無茶ですね」



 バンビの目が輝いている。魔法について勉強するのはやはり好きなようだった。

 だが、より重要なのはここから先だ。


「で、今回の呪文結晶って代物についてだ。唱えたらすぐ消えてしまう魔法を、固体化して保存する――これにどれだけ高度な技術が必要か、もう分かるだろ?」


「はい、とてつもないですね。プロの技」


「だから、市販の呪文石は『火球成(ローファイ)』みたいな中級以下の呪文しか存在しない。通常だと、火界が苦手な術者が、戦闘の幅を広げるために買ったりするケースが多いな」


 中級より難易度の高い呪文となると、そもそも結晶は流通していない。

 そんなものを作れる人間があまりにも少なく、商品として安定供給できないからだ。



「で、今回の禁呪『強化鍛認(バフジェクト)』と『威風盗々(エクスチェンジ)』に関してだが――そもそもこの超上級呪文を使えるレベルの術者が相当限られる上に、それを結晶化することができるレベルとなると、輪をかけて希少な存在だ」



「ふぅむ、一体誰が……? やっぱり王宮が絡んでるんでしょうか……」


「ま、それを確かめにいくためにも、しっかり情報仕入れてからニコ=ロールのところに行かないと、な。講釈は終わりだ。準備できたか?」



 そう言って俺は扉を開けた。


「時間だ。依頼人のところに出向こう」



  ***



「お待ちしていました、殺し屋さん。依頼人のランド=ブロンクスです」


 すこし東国のアクセントが入った、穏やかな挨拶だった。


 白い肌に長いプラチナブロンド、美貌といっていいレベルの顔立ち。


 だが、その身体は美しい顔立ちには似合わず、隅々まで鍛え上げられた迫力を帯びていた。

 領民軍のトップの男として、身体という武器を磨き上げてきたのが見て取れた。


 一方で、俺は彼の身体のどこかに、不安定さを感じていた。

 魔力が不規則に揺らいでいる。

 おそらく、彼の身体の一部は――



「アストです。こっちは助手のバンビ。急にお伺いすることになってすみません」


「連絡をもらった時にはびっくりしました。まさかこんなにすぐ受けていただけるとは思っていなかったので」

 


 ランドの言葉に、俺は丁寧に返した。

 

「すみません、受けるつもりで来たのはもちろんですが、現段階ではまだこの殺し(依頼)を受けるかはお答えできないんです。標的――ニコ=ロールが殺すに値する人間かどうか、見極めた上でお返事させてください」


 今回、急遽依頼を受けることになったため、オニキスの事前調査はできていない。

 自分の目で、ニコ=ロールが殺すに値する人間か確かめなければならない。



「殺すに値する、というのを、標的が悪人か否かで判断されるとしたら、間違いなく受けていただけると思います」


 男の横に座っていた、翠色の髪の女性が強い口調でそう言った。


「申し遅れました、ニース=サルサロックと申します。ランドと2人で、反乱戦線を率いています」



「ニコ=ロールの噂は聞いています。本来は騎士として王家の命に従うべきところを、先代の栄誉を盾にしてやりたい放題やっている、と」


 俺の言葉に、ニースは頷いた。


「先代のクルツ=ロール様は素晴らしい領主でした。民を思い、素晴らしい手腕で政を治めていらっしゃいました。王家からの信頼も厚く、過去の魔族との紛争の際は、自ら兵を率いて戦場で活躍なされていました」


 ため息をつきながら、ニースは続けた。

 憂いを帯びた表情の似合う美人。


「クルツ様が戦死し、ニコ=ロールに代替わりしてから、領内は豹変しました。奴の狡猾な政策に呑まれ、平和だった街はめちゃくちゃになってしまったんです」



「狡猾な政策、というと?」


「領民を、2つに分けたんです。3割の上位領民と、7割の下位領民。上位領民には様々な優遇施策を打つ一方で、下位領民には重税を課したり、法の適用範囲を狭めたりして、奴隷のような扱いを当然のものとしてうけさせるようになったんです。無実の罪で収監されたり、犯罪者用の呪い(カース)をかけられたり……」



「なるほどね。典型的な分割統治だ。下位領民の中でもニコにとって良い働きをした者は上位領民に上がれるようにする仕組みもあったりしたのかな?」



「その通りです。特に密告には高い評価が与えられるので、これまで反乱を企てようとしても何度も裏切りに合い、失敗してきた例があったんです」


「けど、ランドさんの人望のおかげで、下位領民軍が強く団結した。だからあと1歩のところまでニコを追い詰めることが出来た」



 俺は何となく予想でそう述べると、ランドは照れくさそうに手を振った。


「僕が何か特別なことをしたわけじゃないです。ただみんながもう疲れ果てて、上位領民になりたいという思いより、ニコの時代を終わらせたいって重いが強くなっただけなんです」


 その謙遜は、嫌みたらしさなど欠片もない、美徳といってもいい清々しさがあった。

 自分だけではない、領民みんなのおかげで団結できた、と心から思っているのが伝わってくる。



「あとは、ニコの圧政の被害を分かりやすく受けていた人間でしたから、リーダーとしてシンボリックだったのも追い風でしたね」


 そう行って、ランドは左手首を握ると、「解除(パージ)」と唱えた。


 途端に、ランドの左手が()()()



 バンビがふぁっ、と悲鳴ともつかない声を漏らした。


「何か魔力に違和感があると思ってたんですが……やはり、義手だったんですね」



「ええ。まだ反乱を企てようなんて考えるよりずっと昔に……何の罪状だったかは覚えてません。それくらい、些細なことにいちゃもんをつけられて、あいつに斬られました」


 隻腕の姿でそう語るランドの姿に、力強さを感じた。


 この男の力になりたいという思いが自然と湧いてくる。

 それくらい、真っ直ぐとした話し方だった。


「魔法は……?」


「なんとかリハビリして、人並みには戦えるようになりました。ほんと、魔法が使えない絶望って、何よりも怖いんだなって」


 共感。

 久々に、他人に共感するという感情の動きがあったことで少し動揺してしまう。


 そう、怖いのだ。

 一度得たものを失うことは。


 俺は自分の素養で腕を失ったが、ランドは他人によって――ニコという無能な領主の手によって、腕を失った。

 他人から自分の身体を、魔法を奪われるということが、どれほどの憎悪を生むか、俺にとっては難しくない想像だった。



 そんな仕打ちを受けながらも、あくまで真っ直ぐと話すランドが、眩しく思えた。



「この殺し、受けます」


 気づいたときには、言い切っていた。 

 我ながら、情に流されやすすぎるなと思いつつも、既に俺はニコを殺す段取りを頭の中で組み始めていた。





最後までお読みいただきありがとうございます!

次回は10/13(日)更新です! いけたら複数話更新するかも。


引き続きよろしくおねがいします◎

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