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* 11話 * 商人・ユージン=ドルフィン *



「こんにちは、サナウェイ。そして――久しぶりだね、アスト。あえて改めて名乗るよ。王都の商人、ユージン=ドルフィンです。よろしく」


 王都の中央区、セマンティック(リバー)沿い、青い屋根が特徴的な館の広間。

 俺たち3人は、サナウェイの商売仲間という男――ユージンと対面していた。



 日に焼けた浅黒い肌、黒髪、藍色のベレー帽。

 柔和な顔立ちだが、その瞳には意志の強さを思わせる鋭さがある。

 いかにも好青年、といった外見。


 子供の頃からすると声は低く、顔つきは凜々しく成長しているが、水色の瞳と屈託ない喋り方は全く変わっていなかった。



「久しぶりだな、ユージン。まさかサナウェイと商売仲間だったとはね」


 俺の挨拶に、ユージンは嬉しそうに頷いた。



「いや、驚いたよ。サナウェイが仕事仲間を連れてくるっていうから、楽しみにしてたんだけど。まさか裏王都時代の仲間とはね」


「俺だってびっくりだよ。久しぶりに会えて嬉しいぜ、ユージン」


 

 ユージンと俺、そしてサナウェイは、ともに幼少期を裏王都のゴミ溜めで過ごした仲間だった。

 裏王都のストリートで、家の無いガキ10人で肩を寄せ合って過ごしていた頃。

 ひたすら、生き抜くために全てのリソースを費やしていた頃。

 絶対にここから抜け出すという思いを原動力にしていた頃。


 あれから10年弱。

 俺は勇者になり損なって殺し屋に、サナウェイは運び屋になった。

 ユージンが王都で商人として働いているというのは、俺にとってとても明るいニュースだった。


 あのゴミ溜めから真っ当な道を歩めているというのが、嬉しい話だった。



「僕も会えて嬉しいよ。正直、あの頃の仲間のほとんどは安否すら分からない状況だったからね。お連れの方も、初めまして。ユージンです」


「バンビといいます。アストさんに弟子入りしたばかりです」


 バンビがぺこりとお辞儀する。


「素敵な金髪だ。もしよければ今度、新作の帽子を出す際にモデルになってほしいね」


「いえ、モデルだなんて、そんな……」


 バンビの髪は、オニキスの魔法で金髪に染めてある。

 王都含め、この近隣では黒髪は珍しく、目立ちすぎるので色を変えてある。



「俺の助手だぞ、”仕事屋”優先だ。使うなら俺をちゃんと通してくれよな」



 殺し屋の職は、一応ユージンに対しても隠しておくことに決めていた。

 理由は単純、明かすメリットが一切ないからだ。


 サナウェイから事前に話を入れてもらう際に、俺の職業は”仕事屋”ということで通してもらっている。

 依頼された仕事をこなす、何でも屋。

 殺し屋であることを伏せる際は、だいたいそう名乗っている。



「ふふ、冗談さ。モデルに使いたいくらい素敵な助手だって思ってるのは本当だけどね。実は僕も最近、秘書をつけるようにしたんだ。リュート、ご挨拶を」


 

 ユージンの呼びかけに応じて、奥から1人の女性が現れた。


「ユージンの部下、リュートです。色々勉強中なので、お手柔らかにお願いします」



 心地よく澄んでいながらも、どこか芯の通った声音。

 ユージンの浅黒い南国系の肌とは対照的に、透き通るような白い肌をしていた。

 だが、ユージンの瞳の水色と同じような色の衣装のため、並んで立つと調和のある2人だった。



「リュートさん。どうも初めまして」


 俺は部下の女性に向けて軽く会釈した。

 初めましての挨拶ということで、握手をしようとしたが、その前にリュートは踵を返して奥へと戻っていった。



「すまないね、今は繁忙期で、諸々の事務処理でぱつんぱつんになってるんだ。今週中には落ち着くはずなんだけどね」



「忙しいときにすまないな」



「裏王都のストリートチルドレンから、王都で秘書を持てるほどの商人に上り詰めた、って考えると、相当な出世よね。尊敬するわ」

 

 サナウェイが感慨深げに言った。

 嫌味の要素が一切ない、本心からの羨望、あるいは祝福。


 ユージンは照れくさそうに手を振る。


「まだまだ夢半ばだよ。裏王都出身ってだけで、商品に唾を吐かれることもある。そういうのを無くすまでは、もっと頑張らなくちゃね」



 ユージンの瞳には迷いがなかった。

 自分の道に向けて、ひたむきに努力し続ける目。


 道の種類は全く違えど、どこか勇気づけられる凜々しさだった。



「色々聞きたいし、積もる話もあるところだが……その前に、本題を片付けてしまって良いか? 禁呪の呪文結晶について」


 ユージンの表情に陰りがみえる。


「僕が今いちばん、元から絶ちたいと思っている犯罪だよ。王都の南半分の治安がめちゃくちゃになって、僕の押さえてる物流も影響を受けた」


「災難だったな。俺らも使ってる奴と一戦交えたけど、あれは通常レベルの護衛じゃ守り切れないだろう。荷が奪われるのも無理はない」



「それだけじゃない。治安の悪さに応じて、人はモノを買わなくなる。それが何より悔しい。王宮発表の幸福指数も急落してるし、僕は明確に商売の敵だと思ってる。だから、解決に向けて独自に調査も進めてるよ」



「その辺、意見交換させて欲しいのよ。あたしとしても、運び屋の仕事の難易度が無駄に上がって辟易してるし」


 サナウェイの言葉に、ユージンはゆっくりと頷いた。



「禁呪の呪文結晶を使ってると思われる人物について、片っ端から情報を集めてリストアップしていってる。そこから販売のルートが見えてくると思ったんだけど……これがまったく駄目で」


「どう駄目なの?」



「とにかく、使用している人間達が、あらゆる層に渡っていて全然傾向が見えてこないんだ。富裕層、中間層、貧困層。東区、西区、南区、北区、中央区、そして裏王都、あるいは近隣領。職業もばらばら」


「なるほどね、ガキどもがイキって使ってる以外に、富裕層が使ってる例もあるわけか」


「そう。それで、僕が出した結論なんだけど――この呪文結晶には、王族が絡んでる」


 ユージンの強い断言。



 バンビが反射的にがばっと顔を起こし、ユージンを見た。

 すぐに慌てて目を逸らす。

 自分の家族の闇をここまできっぱりと断言されたのだ、無理もない。



「王家がこんな違法なものに関与してるなんて、ショッキングな意見だよね」


 ユージンがバンビに優しくそう言った。



「だが、同意見だな」


 俺はユージンの言葉に頷いて見せた。

 もともと、それがあるからこそ、この案件に首を突っ込んだのだ。


「結晶を使ってる奴らはどの層にも偏ってない、そのくせ売り手の顔がまったく見えてこない……こんな広範囲に漏れなく影響力を及ぼせるとしたら、王宮並の規模が必要だろう」



「そうね。スケプティック通りの男達にかかってた”口封じ”の呪い(カース)のレベルを考えても、相当ハイレベルな術者がいる。王家が絡んでるってのは、ショッキングどころか、むしろ自然な考えだと思うわ」


 サナウェイも首肯する。



「ま、とはいえいきなり王族には行き着かねーだろ。間に下請け・代理人が噛まされてるだろーさ。で、俺が訊きたかったのは、禁呪の呪文結晶を使ってる疑いのある奴らの中で、1()()()()()()()()()()()、ってことだ」


 俺はユージンへと質問を投げた。


「スケプティック通りの不良どもの仕入れ元なんて、叩いたって大した情報は出ない。せいぜい売人の人相くらいだろ。どうせ路上で買ってるだけだ。そこにはルートもパイプも無い可能性が高い。芋づる式を狙うなら、掴むべき蔓は富裕層だ」



 俺の問いに、ユージンは予期していたかのようにすんなりと答えた。


「僕も同じ筋道で、色々と考えてみた。結論、1番たどりやすそうなのは、東方の騎士、ニコ=ロールという男だと思う」



 そこでバンビが、記憶をたぐるように弱々しく呟いた。


「あれ、ニコ=ロールってどこかで聞いたことあるような……」


「ロール……東方のでかい領土を任されてる騎士一族だな。一代限りのはずの勲功栄誉を世襲で厚かましく継承し続けてるってので有名だ。それでお前も聞いたことあるんだろ」


「いや、わたしがそんな騎士の一族の名前なんて知ってるはずが……どこで聞いたんだっけな……」



「ま、思い出したら教えてくれ。で、ユージン。どうしてそいつが1番たどりやすそうなんだ?」


「結晶をいかにも買いやすそうな人物で、かつプライドが高くて代理人相手には商談なんてしなさそうなタイプだから、かな」



「へぇ。買いやすそう、ってのは?」


「実はロール領では現在、圧政に耐えかねた領民達の反乱が起きていてね――もう少しで、()()()()()()()()()()()()ところだったんだ」


「マジか。そういう反乱系の戦いで民衆側が勝つパターンって初めて聞いたわ」



「ニコ=ロールは世襲で騎士領主となったものの、武の実力はからきしだった。そういう奴ほどプライドは高く、民衆には圧政を強いるものでね」


「あるあるだな」


「そんな領主だから、脇を固める側近達もしょぼくてね。一度民衆が勢いをつけたら、武力をもたないニコには止められなくなってしまった。もう間もなく、領民側の犠牲者をゼロに抑えて領主館の制圧にまで至るだろうと言われていたんだ」


「なるほどね、そこに禁呪の呪文結晶を売り込めば……」



「砂漠で水を売るようなものさ。楽な商売だっただろうね」



「ってことは、現在の戦況は?」


「ニコたち領主軍が急に力をつけたことで、領民側が圧され始めてる。ちょうど今は拮抗しているところだ」


 状況は理解した。

 なかなか話を聞く甲斐のありそうな騎士様だ。



「バンビ、サナウェイ。ロール領に行こう。ユージン、ニコ=ロールとは接点あるんだよな?」


「じゃなきゃこんなに詳しく内情知らないよ。お行儀は悪いが金払いのいいお客様だったからね、それなりに関係値はある」


「OK、上々だ。俺らを紹介して、会わせてくれ――その騎士領主とやらに」



  ***


 ユージンからニコ=ロールの側近へと伝話(ベースバンド)を入れてもらい、早速俺たちは東方のロール領へと向かうことになった。

 

 サナウェイの速度なら数時間で到着するだろう。



 ユージンは飛び立つ俺らを見送りに、外まで出てくれた。



 そこで、ユージンが遠慮がちに訊いてきた。


「ところで……アスト、()()()()?」


 俺は無言で、どう答えようか素早く考えていた。


 俺が”勇者”の試練に失敗し、腕を失ったという事実は、限られた人間にしか教えていない。

 オニキスとサナウェイ、そしてバンビたちを含め、数名。



 ユージンの口が軽いとも思わないが、特に言うメリットもなかった。


 俺が口を開くより先に、ユージンが首を振りながら、

 

「ごめん、別に事情があるなら無理に話してもらおうとは思ってないよ。ただ……知り合いに良い義手を作る職人がいるんだ。もし、困ってるなら、力になりたいと思う」


「……ありがとう。気持ちだけもらっとくよ。ありがたい」


「裏王都と王都の間にある城壁をなくすのが、俺の夢なんだ」


 ユージンが南の空を見上げながら言った。

 

「だから、裏王都の頃の仲間と会えたのは、本当に嬉しかったんだ。だから、困ったことがあったら何でも言ってくれよ。俺は何も作り出せない人間だけど、作り出すことの人間を連れてくることはできる。人脈だけが、俺の資産だから」



 素直に嬉しい言葉。

 俺は丁重に礼を言い、ユージンの元を発った。

 


「ユージンさん、いい人ですね」


 移動しながら、バンビが穏やかにそう言った。


「ああ。……って、簡単に人を信用するなって言ったばっかりだろ。今から尋ねるニコ=ロールなんて、その一挙手一投足を信じられないような相手だからな」


 俺の忠告に、バンビは「はぁーい」と朗らかに返事した。





最後までお読みいただきありがとうございます!

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次回は10/10(木) 20時更新予定です!


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