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* プロローグ * 勇者不合格 *


※間章に入れる予定でしたが、序章として追加しています(19/10/13)




「あなたは僕の憧れです、勇者様」

 その言葉を相手が言い終えるより先に「そんな、とんでもない」という返事が食い気味に出そうになる。

 寸前でこらえる。

 そしてひと呼吸置いて、「そんな、とんでもない」と返す。



――それが人々との会話のルーティーンになったのはいつからだろう。




「最後の試練、頑張って下さい、私たちの勇者様」


「頑張るっつっても、アスト様なら余裕だよね」


「アスト様なら剣に選ばれないわけない。ただの散歩と同じことさ」


「はやく正式な”勇者”になって、魔王と戦って欲しいです」


「儀式が終わったら、会いに来てもいいですか? 記念のサインをいただきたくて」


 老若男女問わず、今朝家を出てからここに来るまでに出会った人々は、口々に激励や賞賛の言葉を投げかけてくれた。



 最終試練。

 冒険者ギルドからのSランク認定を受け、規定以上の戦績を治め、魔王討伐の意志がある者だけが受けることの出来る、”勇者”の称号を獲得するためのテストだ。


 最終試練を受ける段階までたどり着いた者は歴代で3人しかいないという。



 俺は歴代4人目の勇者候補として、試練を受けるために王宮外廷の広場へと来ていた。


 試練とは言っても、実際のところは儀式的な意味合いが強い。

 なにしろ試練の内容は、王宮内の武器庫に眠る”勇者の剣”をその鞘から引き抜き、天高く掲げてみせること。

 それだけだ。



 国王やその王子たちをはじめとする王族、招待された各領の貴族達、そしてわざわざチケットを買ってまで儀式を見に来た王都民たち。

 それほどに、この儀式は集客力を持っている。

 それほどに、人は魔族を討ち滅ぼす存在を望んでいるのだ。


 多数のオーディエンスに見守られながら、俺は石畳の広間をゆっくりと進み、玉座の前まで進むとひざまずいた。


 国王・ガーダセイルが頷き、魔法により増幅された声で高らかに述べた。



「冒険者アストよ、よくぞこの高みへと上ってきた。まずはその偉業を称えたい。おめでとう」


「身に余るお言葉にございます」


「最後の試練は、古より伝わる”勇者の剣”に選ばれることだ。鞘から引き抜くことで、剣そのものが答えを示すであろう。準備は良いか、アスト」


「はい。いつでも」


「よろしい。それでは我が王国の”勇者”装備を身につけ、臨むが良い」



 俺は台座に置かれたローブや籠手などの装備を身につけると、広場の中心に置かれた剣のもとへと歩み進んだ。

 膝をつき、剣の柄へと手を伸ばす。


 この剣を抜けば、俺は魔王に挑むことが出来る。

 はやる気持ちを抑えながら、不格好にならないよう慎重に、右手で柄を握った。



――ばちり。



 違和感が電流のように全身に走った。


 反射的に全身を魔力で覆って防御する。

 少しだけ逡巡したが、試練を止めるわけにはいかない。

 俺は違和感を無視して剣の柄を握り、一気に鞘から引き抜いた。


 次の瞬間。


 俺の右腕を、恐ろしいほどの拒絶感が襲った。

 この剣が持っている魔力の全てが俺を否定し、俺へ牙を剥くのが感覚的に分かった。


 対処する暇など一切無く、魔力が炸裂して俺の全身を襲った。

 剣が爆発した、そう思えるほどの熱と風が剣から発せられていた。




 気がつくと、俺の視界には、血まみれになった石畳しか映っていなかった。

 剣を抜いた位置から明らかに離れた、広場の隅。


 吹き飛ばされたのだ。立ち上がるため地面に手をつこうとし――そこで、俺は気づいた。



 右腕がない。



 全身に痛みが走る中、右肩から先だけはその感覚が皆無で、かえって俺の右腕が失われたことを明確に示していた。



 予想外の結果――不合格。


 俺は、真の勇者にはなれなかった。

 俺は、認められなかったのだ。




  ***



 それまでの華やかな生活、名誉、名声、羨望や尊敬の目、温かい応援の言葉、激励の言葉。

 それら全てが裏返ったようだった。


 王都を歩けば、皆が視線をよこす。

 憐憫と、嘆息と、失望の視線を。



 俺はその空気に1ヶ月と耐えられず、王都を後にした。

 故郷――裏王都へと帰ったのだ。



 裏王都に帰っても、自分の家などない。

 このスラム街で、何年も家を開けていれば、そこはもうフリースペースと変わらない。


 路上で眠るしかなかった。


 このスラム街で野宿など、ほとんど自殺行為に近い。

 目が覚めたときには身ぐるみを剥がされて、殺されているかも知れない。



 それでも良かった。

 もうどうでも良かったのだ。



――そんな俺に、1人の女が話しかけてきた。



「”殺し屋”に、ならないかい?」


 突然声をかけられ、びくりと上を向いた。



 女は目以外のパーツだけで笑顔を作っていた。


「魔王を討伐する上で、魔族より先に殺すべき人間族がいる。魔王の言いなりとなって私益を貪っている"親魔派"と呼ばれる悪党達が、王族を初めとする権力者の中に多数存在しているんだ」


 女は親魔派の存在について、丁寧に説いてくれた。


 今の魔王討伐軍が編成以来、片手で数えられるほどしか出動していないこと。


 その討伐軍や”勇者”は優秀な冒険者の中から選ばれるが、冒険者達が狩りに行かされるのは魔族では無く竜族や巨人族など、人間族と生活圏の被らない幻種がメイン。

 魔族に対しては報酬も勲功も与えられないシステムになっていること。


 王は、魔王を討伐する気など無いのだということ。



 女の話に、俺は多少の衝撃を覚えつつも、もうどうでもいいという気持ちが勝っていた。


「その話が本当だとしても……俺はもう、魔法を使えない。右腕を失ってから、戦闘能力は皆無になった。俺が何かを変えることは出来ない。他をあたっってください」



「その魔法が、また使えるようになると言ったら?」



 俺は思わず女の顔を見上げた。目が合う。

 口角は上がっていても、その目は一切笑っていない。

 真剣な目。



「リハビリは要る。トレーニングも要る。けど、もう一度魔法が使えるようになるよ。それも、希少かつ最強の属性、〈星〉属性の魔法をね」




「どうやって……」


 思わず聞き返していた。



「そういう”腕”を持ってるのさ。義手みたいなものだと思ってもらって良い」



「どうして、俺を……」


「勇者候補になるほどのポテンシャルと実力と気概、おまけに隻腕。これほど適した存在はいないと思ってね」



「俺のことを、知っているのか?」



「知っているとも。そうだ、まだ名乗っていなかったね。裏王都の”魔女”――オニキス=ハローバックだ。よろしく」


 そう言って、オニキスは俺に左手を差し伸べた。



「アスト=ウィンドミルくん。私とともに、本気で魔王討伐を目指さないか?」


 気がつくと俺は、その手を掴んでいた。




  ***



 そして、俺が”殺し屋”となり、2年の月日が過ぎた――





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