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花火の不思議な3日間

花火の不思議な3日間 下

作者: 宇槻 叶

(何だったの… あの花火…。)


(昨日あんなことがあったのに、夢で花火を見るなんてついてねえな。)


(これから会社に行くなんて面倒だな…)


男性や女性の声が聞こえてくる。


ただ、それらの声の聞こえ方は不思議だった。外から聞こえてきたのではなく、自分の身体の中から聞こえてきたのだ。他にも色々な声が聞こえている。


全部で10名くらいの声がする。


ちょうど、自分の中に打ち上がった花火の数と同じだった。その中に、聞き覚えのある声があった。


(遥は平気かな…。今日、家に行ってみるか…。)


「もしかして…研人…?」


ボソッと自分に言い聞かすように声が出た。


(遥…!?)


と身体の中で返答がある。


(遥、今から会えるか?)


「うん。」


そう言って、部屋を飛び出した。本当に研人の声だったのかも分からないのに。当たり前に外に出た。


外は意外と明るかったが、午前4時ということもあって、周りには人がいない。昨日の時点では片付けはしていないので、道には屋台が連なっていて、まだ祭りの余韻が残っていた。


そんな道の中を、研人が歩いてきた。


「ねえ、さっきの…ってさ、遥…だよな…?」


研人がまだ信じられないというように、こちらの表情を見ながら話しかけてきた。


「うん…あたしもびっくりした。」


表情が少し和らいだ気がする。ただ、真面目な顔を続けていた。


「それでさ…この…心の声…?だけど、何人くらい聞こえた?」


「大体10人くらい…かな?」


「やっぱりそうか…。俺も数えてみたんだけど、俺たちを含めて、10人だった。見えていた花火の数と同じ。」


研人が心臓付近に手を当てて、胸に視線を向けた。


「これ…本当になんなんだろう…。」


そのとき、胸の中がザワザワとしてきた。


(誰…なの…?)


(お前こそ誰だよ!)


(気持ち悪い…。)


(あたし…おかしくなったのかなあ…。)


色んな人たちがパニックに陥っていた。そんな中でも研人は何かをひたすらに考えているようだ。聞き取れないほどに速い思考だった。


ハッと思いついたのか、研人が私の方に顔を上げた。


「もしかして!」


研人の声が自分の中と外から聞こえてきて、二重に聞こえる。なんとも不思議な感覚だ。


「皆さんは昨日…環泉町であった花火大会に行って、花火にぶつかりませんでしたか!?」


その研人の声に反応するように、声が次々と聞こえてきた。


(え…? あ、はい。)


(ぶつかったけど、なんだよ!)


(ぶつかりたした。)


(花火にぶつかった。)


(ぶつかりましたねえ。)


(それが何か…?)


(痛くなかったけどねー、花火の衝撃にはビビった。)


(ぶつかったよお。)


「やっぱり! 俺、いや…僕の考えなので、あまり自信はないんですけど、」


(なんだよ! もったいぶらずに言えよ!)


「皆さんが、花火にぶつかったということを聞いて、それのせいなんじゃないのかなあって思うんです。」


(あ…なるほど…。)


(たしかに…それしか考えられないかも…)


(なんか、親近感わくわあ。)


「そういうことか! 確かにありそうだね。」


私も相槌を打つ。


そこから、色々な会話が進んでいった。どこで花火を見ていたのかということから始まり、住んでいるところ、年齢、職業など。聞けば聞くほどに面白かった。


ただし、名前はきかなかった。そこまで聞いてしまうと、どこかルールに反している気がしたからだ。


そう、これは、パソコンや携帯電話を使わないチャットというべきものだったのだ。ただ、だんだんとそれは消えていった。


その能力がついて、2日目の夜のことだった。私達はその日も色んな会話をした。会話をしている間は、会話をしようという意識があった。だから、きちんとチャットのように聞こえていた。


しかし、それが話すという意識がなくなると一変した。


(ああ、うざい。うざい。うざい。うざい! なんであの人の鼾はこんなにうるさいのよ!)


(部長の野郎はよお、そんなに偉いのかよお!)


(勉強めんどーい)


(明日は久々に孫の顔が見れるわあ。楽しみ。)


色んな思いがそのまま聞こえてくる。老若男女が居るらこそ、色んな声がある。最初は仕方ないとは思っていた。


しかし、それは夜中の間ずっと続いた。


そして、次の日、聞こえてくる声に驚くべき変化があった。みんな昨日のことがあって、心の声が全て聞こえてくるという意味を痛感したようだった。


話すことは勿論、心を閉ざすように動いていた。


(これも聞こえてる…ああ、もう、嫌…)


(なんでこんな想いをしないといけねえんだ!)


(怖い…怖いよ…。ママぁ…。)


私も怖かった。ただ、私には近くにいてくれる研人がいた。今日で最後だったが、夏休み中ということもあって、ずっと一緒にいることができた。


「ねえ、どうしてこんなことになっちゃったのかなぁ…。」


「やっぱり共通点としては、花火しか…分かんないよね。」


「そう…だよねえ…。」


「いつまで続くのかも分かんないし、正直…怖いよね…。」


研人が怖いことを隠すかのように、自分の頭を触って、へらっと笑った。


いつ終わるのか分からない未知なことに恐怖を感じない人間はいない。未知への挑戦をやっている人だって、大抵1人ではない。誰か仲間がいる。しかも信じられる仲間がいてこそ。


人がいたとしても同じものを目指していないと、支えにはならない。


今のこの状況がそうだ。私と研人は近くにいて、本音が言える。会話をしようと意識だってできる。


しかし、他の人は、周りの同じ境遇の人を怖がり、自分の心を閉ざそうとしている。


これでは…怖い。



また、夜がやってきた。みんなはまだ、怖がったままだった。研人も家に帰り、私も今は1人だ。恐怖が私を襲ってくる。


大丈夫、大丈夫…


そうやってずっと心中で唱え続けた。

だんだんと眠りに引き込まれていった。寝ていると何か、音がし始めた。


耳をそばだてて、どこから聞こえているのか探る。

どうやら、自分の中からだった。


3日前のあの日だって、自分の中から音が聞こえて、色んな声が聞こえ始めた。何かまた起きるのかもしれない。そう、期待し始めた。


綺麗に咲いている花火が1つ、2つと柳の枝のように垂れ始めた。まるであの日、私達に降り注いだ花火の光のように。


そして、最後の1つの花火が蛍の光のような淡い光を放って、消えた。


気がつくと、朝になっていた。


「遥ー! 今日から学校でしょ! 起きなさーい!」


お母さんの声でハッと我に帰った。

『研人!』と心の中で唱える。


ただ、反応がない。

他の声もきこえない。


能力が消えたようだ。


その時、家のインターホンが鳴った。お母さんの「もう!朝っぱらから!誰よ!」というぐちぐち言う声と、ドタドタする足音が後を続いて聞こえた。


「あら、研人! どうしたの?」


「遥は!?」


研人の声が聞こえると、パジャマ姿のまま気がついたら玄関に向かっていた。研人もパジャマ姿だった。


「遥、あの声…無くなった…よな?」


「うん!」


「あーあ、なんか開放感だけど、何も分からず終いだったから、気持ち悪いなー」


何とも研人らしい一言だった。


「私は今思えば、不思議な体験できてよかったなあって思ってる。」


思わず笑みが溢れた。


「そだな。それにしても…」


ふふふと研人が笑った。


「なんかさ、自分がこう思ったーとか、考えてるーとか、昨日まで言わなくても分かってたのに…変な気分だよな。」


「そうだね。」


そう言って、私も笑った。


「研人、遥、あんた達いつまでそこで話してるの? 学校遅れるわよ!」


お母さんの声がリビングから聞こえて、2人ともハッとした。「また後で」と言い残して、それぞれ準備に入った。


その日からは、今までと変わらない生活に戻った。もう花火を見ても、同じようなことは起こることはなかった。


あれから、10年の月日が流れた。あの時の経験がきっかけで、研人は花火職人になった。どうしてあのようなことが起きたのか調べるためらしい。

今現在の彼の見解だと、不思議な石の力だったと言っている。全く大人らしからぬ考えだ。


私はというと、色々な人の内面の感情に触れて、人の感情を研究したいと思い、大学で心理学を学んだ。心理カウンセラーとして、働いている。


人の感情というのは、やはり難しい。多くの人と対話しているが、十人十色というのは全くいい表現だ。人によって、捉え方も考え方も違う。だからこそ面白い。


それに、小説も趣味で書いたりしている。この話を書いてみたのは、なんの自信か分からないけど、あの時に心が通じていた人たちと会える気がしたから。


たった3日間だったが、私の中では何よりも一番深く刻まれている。本当に何が原因で起きたのかさえ分からない、不思議な夏休みの記憶として。



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