Case0 腐れ縁
天井を見つめている。
本物なのか偽物なのかもよくわからない、木目の入った天井。
まだ三年しか経っていないのに随分と見慣れた天井。
この部屋は元々和室だったが、カーペットとベッドのせいで台無しになっている。
「ここまで腐れ縁が続いたなら、もう一生腐れ縁でもいいんじゃない?」
ふと、そんな言葉を思い出した。あれはいつ言われた言葉だろうか。ああ、そうだ。もう五年も前になる。いや、六年だったかもしれない。
もっと前だったか?よくわからない。
考え込むように目を閉じる。
あれはどこだっただろうか。
そう、確か大学時代、たまの休みに実家に帰った時だった。
その日は例年に比べても暑い夏だったと思う。
年々暑くなる日差しから逃げるように、建物の影を歩いていた。幸いこの辺りは住宅街なので隠れる場所には困らなかった。隣にいるのは、あいつだ。
あいつと言われても誰だかわからないかもしれないが、俺にとってあいつと言えばあいつのことだった。
「ここも変わったね。」
汗をハンカチで拭いながら、ふとあいつはそう口にした。白いワンピースが汗で張り付いて目のやり場に困る。
目の前にあるのは公園だった。こんな日差しの中子供も遊んでいない。
俺達にとってはあまりにも見慣れた公園。
「ジャングルジムはなくなって、遊具も随分少なくなったかな。」
「ジャングルジムかあ。いつだったかな、随分と公園の設備に世間がうるさくなったよね。
私達が小さい頃はジャングルジムから落ちるなんて当たり前だったのに。」
「実際数年前に一人骨折したらしいからね。組体操なんて毎年けが人が出ても続けるのにね。」
俺とあいつは幼馴染だった。当然のようにこの公園で一緒に遊んでいたし、結構危ないこともしたものだった。
「啓人に一番上から突き落とされかけたことあったよね。」
「あれはお前が俺のゲームを取り上げようとしたから。」
「そのゲームを持ってきたのは私だったでしょ。」
こうなると俺には分が悪い。あいつの実家は金持ちで、中流の俺とは持っているおもちゃからして全く違った。
子供の無邪気さのせいもあって、よくあいつの持っていたおもちゃを取り上げては泣かしていたものだった。
それだけ聞くと俺が随分と悪い奴みたいだが、色々とお互い様だったので、俺もあいつもあまり気にしていない……と思う。少なくとも二十歳を過ぎたというのに一緒に出掛けるくらいには仲が良かった。
少なくとも俺は……。
「あれから数週間くらい、口を聞いてくれなかったよな。お前との腐れ縁もここまでかと思ったよ。」
「あれから十五年、全然腐れ縁が終わる気配がないね。」
どこか緊張した面持ちでくつくつと笑い、彼女は立ち止まった。その様子に違和感があって、俺は彼女から数歩進んだところで、立ち止まり、振り返った。
ワンピースがふわりと風に舞い上がって、妖精のようだった。
「ここまで腐れ縁が続いたなら、もう一生腐れ縁でもいいんじゃない?」
目を開けるといつもの天井がある。
なんだか良い夢を見ていた気がする。二度とこない夏の夢。
どれくらい眠っていたのだろうか。なんだか腹が減った。何かを食べようか?
いや、まだいいか。
そう考えるだけで空腹感は跡形もなく消え去った。
ピリピリと音が鳴った気がする。何の音だろう。酷く聞きなれた感じがする。ああ、そうだ。携帯電話だ。アラームだろうか。
俺には必要のないものだ。手探りで電源ボタンを長押しし、その音を止めた。
なんだかたびたびこの音がしていたような気もする。酷く耳障りだ。
充電用のコードを引き外し、携帯電話を軽く投げた。ガタンと重い音がして、二度と鳴ることはなかった。
「ねえ、携帯買おうよ。」
あいつはいつも言うことが唐突だった。
俺たちはまだ大学生で、時々家庭教師や塾講師のアルバイトはしているもののそこまで資金に余裕があるわけではなかった。また、携帯電話ならお互いに親から買って貰ったやつがあるはずだ。
あの日の季節はどうだったか……確か秋だったはずだ。そうだ、秋だ。
季節限定の和栗モンブランがあるとかで、そろそろ冷えてきたというのに、二人で一個ずつ買って歩いていた。
元々冬服を買いに行ったんじゃなかったけ?ダッフルコートが欲しいけど手元にないとか言っていた。
「携帯って、何に使うんだよ?」
「何って、声を聞きたいときに使うにきまっているでしょ。今の携帯電話だと、長時間通話すると結構お金かかるし、その分を親に払ってもらうのって、悪いじゃない。」
当時はスマートフォンなんて便利なものはなかった。
一部インターネット上で通話をできるサービスはあったものの、携帯電話からできるものではなかった。通話するにしても、携帯電話の無料の対象は家族だけだった。当然、二人で通話をしようと思ったら、相応の対価が要求される。
「この会社の携帯なら特定の相手とは話し放題なんだって。
だから啓人と私で登録すればいいんじゃないかな?月々九八〇円だからそんなに高くないし。」
そんなの勿体ない、とごねつつも、俺が抵抗したのは十分程度の話だった。
彼女は俺と話したい時に好きなだけ話せないことを寂しいと思っていたし、俺も無自覚ながらそう思っていたのかもしれない。
半年前まではほんの腐れ縁だったはずなのに、いつの間にかお互いに強く依存するようになっていたと思う。
いや、この時には気付いていたように思う。俺は最初からあいつを腐れ縁以上に思っていたし、あいつも俺を同じように思っていた。
近付きたいのに近付けなかった俺達は、引き伸ばされたバネが縮むように強く引き寄せられていた。もう腐れ縁で我慢していたあの時には戻りたくないし、だからこそもっともっと傍にいたいと。
二人でお互いの携帯を選び合い、俺は緑色の携帯を、彼女は白い携帯を手にすることになった。
秋の風ですっかりと冷たくなった体を熱い缶コーヒーで温めながら、身を寄せ合って帰路に付く。
一生の腐れ縁。
その言葉の魔力に引き付けられるように、俺達はそれから毎日出会い、毎日話すようになっていた。一般的な彼氏と彼女にしては距離が近すぎるのかもしれない。でも、それが俺達だった。
ピリピリピリ、という音に再び目が覚めた。
さっき電源を切ったはずなのに、そう思いながら伸ばした手は、さっきと違うものをつかんだ。妙に暖かい感触。
ああ、これはスマートフォンか。さっき電源を切ったのはどうやら病院から支給された奴だったらしい。再び電源を切ろうと伸ばした手は、スマホを握りしめていた。
俺達が思い切って買った携帯が現役だったのはほんの一、二年の話だった。
スマートフォンの普及により、インターネット回線を通じていつでもどこでも通話をできるようになったからだ。
俺は――。
「先生!沙羅さんのことは残念だったと思います。
でも、今はみんなが待っているんです。白河先生だって、全然気にしていないって!
働けとは言いません。来るだけでいいんです。だから――」
沙羅!
「英人、最近はどう?
今度三次救急になるんだって言ってたけど。」
「まあ、まだまだ本当の三次救急に比べたら恵まれていると思うよ。実績がないからなのか救急隊にも伝わっていないのか知らないけど、そこまで重症な症例はまだ少ないしね。
研修の時に言った病院は定時になってもCPAが来たら遅くまでしんま心臓マッサージを続けたり、心臓カテーテルの検査に付き合っていたものだけど、今のところはそこまでじゃないし。」
いつだろうか。前までは毎日会っていたはずなのに会えないことが増えてきたのは。
いや、わかりきっている。研修医になってからだ。以前は研修医になった瞬間に入局していたらしいが、現在はスーパーローテートが当たり前になっていた。
スーパーローテートとは、研修医の二年間の間、複数の科で一、二カ月程度ずつ働く制度だ。内科は循環器内科や消化器内科などから合計六カ月以上、救急は合計二カ月以上など、ある程度の制約はあるものの、将来を見据えて好きな科を経験できる。
二年間の研修生活が終わる月の数カ月から半年くらい前に専門とする科を決めればよく、それぞれのプランで好きなように様々な科を経験できる。
楽なところもないわけではなかったが、忙しい科に居ると数日帰れないなんてことは当たり前のようにあった。同じ研修病院に居ても、忙しさと疲労でまともに沙羅と会話できないようになってきた。
そのこともあって、研修医が終わった後、同じ大学病院に就職し、一緒に働くことにした。
それでも、俺と彼女では専門科が違う。俺は救急室から離れられなかったし、沙羅は手術がある限り手術室に拘束されていた。ゆっくりと電話をする時間も取れず、一緒に居られる時間もぐっと少なくなっていた。
「ねえ、啓人。私ね。今度異動することになったの。」
大学病院の医局に所属する以上、それは切っても切れない問題だった。
医者の足りない病院なんていくらでもある。そこに医局から人を派遣することで人員附属を解消するとともに、その病院にポストを用意し、医局員の勤務先とする。
若手はトレーニングの一環として複数の病院を経験することが求められていたし、誰かがやらないといけない以上、拒否権なんてあるはずもなかった。
俺が彼女に婚約指輪を渡したのはその数週間後だった。
「まあ、仕方ないよな。遠くに行って浮気をされたら困るし。」
「困るんだ?」
そう答えた沙羅に、俺は思わず顔をそらして揚げ足を取るなよ、と口にするくらいしかできなかった。
「そうだね。これを見たら浮気をする気なんてなくなっちゃうもんね。」
薄い緑のカーテンから漏れる光にかざすように左手の薬指を見た。
そこにあるのは当然あの婚約指輪ではない。プラチナとゴールドをあしらった、何とかとかいう有名なブランドの指輪らしい。沙羅は当然のようにそのブランドを口にしていたが、俺は装飾品のブランドなんて興味もなかったし、覚える気もなかった。
ただ二人の絆の証がそこにあるというだけで十分だった。
二人の絆の証――。
「ねえ、あの百貨店の近くに、——のウエディングドレスを扱っているショップがあるんだって。」
そんな言葉に釣られて俺達はその貸衣装屋を見に行くことにした。
今度挙式予定のホテルとも契約しているところで、彼女には思い入れのあるブランドらしい。確か彼女の母親が結婚式の時、そこのブランドで選んだとか。
聞いたばかりのブランドさえ俺にはろくに覚えられないのに、母親が使っていたウエディングドレスのブランドなんてよく覚えているものだと、感心したことは覚えている。
俺も彼女も浮かれていた。結婚式への緊張もあったかもしれないが、それ以上に二人でずっと一緒に居られるという事実をかみしめていた。
二人で一緒に過ごすようになって、子供ができて温かい家庭が当たり前のようにできる。そんな風に思っていた。
「主賓は白河先生に頼むことにしたよ。」
「白河先生に?教授じゃなくていいの?」
「教授にも話したんだけど、お前の主賓は白河先生にすべきだって。まあ、教授も最近主賓が続いていたから面倒くさくなったのかもね。」
救急の教授はもともとあまりそういうことにこだわる人ではなかった。
「啓人は白河先生を慕って救急に入ったもんね。」
大学も研修も一緒だった沙羅には全てわかっているようだった。
「啓人と結婚したらきちんと名字で呼ばれるようになるのかな?」
ウエディングドレスを羽織りながら、沙羅はそんなことを口にした。
沙羅の苗字はどの学校でも同学年に何人か同じ名前があるくらいポピュラーだった。
そのせいで初対面に近い相手でも名前で呼ばれるのが嫌だったらしい。
二人が一緒になればそんなコンプレックスからも解放されるだろう。
——だから。
「行くな!」
それは誰の声だったのか。
俺が今上げた声なのか、その時誰かがそれを口にしたのか、それさえもわからない。
気が付いたらブレーキの音と共に俺の前に血だまりができていた。
薄く積もった雪が赤く染まっていく。
あまりに突然のことに頭がついていかなかった。体だけはそれでも応急処置をしようとする。でも、何をしていいかわからない。ここには何もない。
血を吹いているのは肺か、消化管か。早く止血しなければ!
この位置は圧迫では無理だ。IVRを。しかし、誰もいない。何もない。
出血源さえわからない。CTの前にバイタルを。バイタルさえ測れない!
せめてルートを取らないと!ルートなんてどこにある!
俺の最後の記憶は救急室でひたすら心臓マッサージをしているところだった。
もはや感染防御用の手袋さえしていなかった。服も私服のままだ。どんな処置をしようとしたのか覚えていないが、すっかり血に染まって重たくなっていた。
あいつの顔にはすでに酸素マスクさえ当たっていない。噴いていた血はすでに拭い去られていた。
もう何時間心臓マッサージをしていたのだろうか。すでにフォームも崩れ、肋骨の折れた胸郭からは嫌な感触が伝わる。
このまま心臓マッサージを続けても全く意味がないだろう。恐らく肺を傷つけるだけだ。
それでも、俺は手を止めることができなかった。
「もう、やめておけ。
彼女だって、最後は綺麗なまま送ってほしいに決まっている。」
そう声をかけてきたのは研修医の頃から指導をしてくれた指導医の先生——白河先生だった。
気が付くと俺は訳わからないことを叫びながら尊敬する先生を殴っていた。
研修医や看護師が色めき立つのを尻目に、殴られた頬を押さえもせず、先生は目を閉じて強く首を横に振った。その目に涙が滲んでいるのは痛みのせいではないだろう。
俺はもう何も言えなかった。
ただ、頭を抱えて叫ぶことしかできなかった。
気が付くとスマートフォンの画面は真っ暗になっていた。
電源が切れたのか、それとも通話終了しただけなのか、わからない。考えたくもない。
俺は救急医として何人もの死を目にしてきた。
その家族の姿に貰い泣きしながら、どこかで思っていた。
これは俺ではない、と。
まさかこんなに早く自分の番が来るなんて思いもしなかった。
だからというわけではないだろうが、救急医としての俺はその時確かに死んだ。
そして、今願うことはただ一つだ。
彼女に会いたい。そして今度こそ一緒に過ごしたい。
だから俺は生きることを否定した。
――助けて!
あれは誰の声だろう。家の前で何かあったのだろうか?
いや、俺には関係のないことだ。
――助けて!
違う、この声は!
俺はそれまでの無気力が嘘のように体を跳ね起こした。
どれだけ寝たきりだったのだろう。筋肉がこわばっていて、少しだけ違和感がある。肺動脈塞栓にでもならないか少しだけ心配したが、幸いそんな徴候はなさそうだ。
「どこだ!沙羅!どこにいる!」
――助けて!
今度ははっきりと聞こえた。間違いない。彼女が助けてを求めている。ドアの向こう?
「沙羅!どこに居ても必ずお前を助ける!だから応えてくれ!沙羅!」
ベッドから飛び降りて玄関に走ってから靴を履き、力の限り叫んだ。
叩きつけるようにドアを開く。
薄暗い廊下が広がっているはずのそこには、光が溢れていて、目を細めるのと同時に視界が暗転した。
沙羅 「皆様読んでくださってありがとうございます。」
啓人 「ありがとうございます。……って、沙羅が進行役なんだ?」
沙羅 「うん。一応登場した人が後書きの進行をやろうということになっているんだけど、今のところ登場人物は二人だから。」
啓人 「……白河先生とかは?」
沙羅 「白河先生は多分名前だけしか登場しない人物だからね。今後回想とかに出てくる可能性はあるけど、今のところは未定だし。それに後書きは女の子が進行役の方がいいだろうって。」
啓人 「まあ、わからなくはないかな。多分読者も男が多いだろうし。」
沙羅 「さて、というわけで、私が進行役を務めます。ちなみに後書きということで、メタな会話も多くなりますのでご了承ください。」
啓人 「すでにメタメタだしね。」
沙羅 「この作品の後書きは基本的に文章中に出てくる医学知識の補足、という方向にさせてもらいます。また、基本的に対話形式になると思います。」
啓人 「少し古いけどスレイヤーズの形式だね。でも何で対話形式?」
沙羅 「理由としては非常に簡単です。文章形式でツラツラツラツラと医学知識を書いていっても、わからない人には全然理解できないからです。」
啓人 「確かに会話形式の方がわかりやすいかな。馴染みない人にはとことんわからない世界だろうし。」
沙羅 「なので基本的に素人の方にも理解しやすい用語でわかりやすく説明する、というコンセプトでやろう、とういことです。」
啓人 「そうかあ。まあでも今回の章ではあまり医学的な説明をすることはないかな。」
沙羅 「どちらかというと医学のシステム、みたいな話が多いかな。では、簡単に説明します。」
沙羅 「基本的に医学部は普通の大学と違い6年制となっています。なので、医学生というのは6回生まであります。」
啓人 「医学部が6年制なのは、学ぶことが非常に多いので、学習期間を長くとろうということと、あと座学をする期間と臨床実習をやる期間を取りたいから、ということなのかな?」
沙羅 「多分、そんな感じ。最近は臨床にもっと触れさせようと、医学部1年生でも少しだけ臨床の現場に出ることはあるみたいだけど、それも本当に見るだけだからね。患者に触れたり診察することは許されていないはず。」
啓人 「さて、6年もあって何をするのか、ということですが、作者の通う学校では大雑把に大体1年生で教養の勉強、2年生で基礎医学の勉強、3,4年生で臨床医学、5,6年生で臨床実習、という感じでした。」
沙羅 「1年生の教養は本当に教養です。医学の歴史や医療倫理、英語やドイツ語、人文地理、生化学、物理学、統計などなど。ようやく医学っぽいことをやるのは2年生からかな。基礎医学では生理学や解剖学、薬理学、ゲノム医科学など臨床に近い基礎医学を学んでいきます。」
啓人 「ああ、あったあった。2年生の解剖実習とかは一般の人でも聞いたことがあるかもしれないね。」
沙羅 「まあ、細かいカリキュラムはそろそろ作者も忘れ始めているのであまり細かくは触れません。3年生くらいから医学の総論や各論を学びます。そして4年生の終わり頃にテストがあります。」
啓人 「CBTとOSCEだね。」
沙羅 「そうそう。CBTはコンピューター上でテストを行い、臨床現場に出るための必須知識があるかを確認します。コンピュータを使うのはカンニング防止のためで、試験は当然大学の試験会場で行います。OSCEは傷口の縫合や心臓マッサージなどについて適切な技術があるかをテストします。」
啓人 「たまに不合格者が出るテストだね。追試で大体通るとも言われているけど。ちなみにこのCBTとOSCEに合格することによって臨床現場で実習をしてよいという認定が貰えるので、非常に重要です。そして5年生で各科を順に1,2週間ずつくらい回って見ていく『ポリクリ』、6年生で興味のある科を重点的に見ていく『クリクラ』があります。大学病院に行くと名札に『医学部医学科』と書いてある人が歩いていることもありますが、それが医学部の5,6回生ということになります。」
沙羅 「ちなみにこれらについては大学によって違うと思います。4回生の終了時にCBTとOSCEがあるのは多分全国共通だけど。」
啓人 「6回生を卒業したらいよいよ医師国家試験です。……あれは二度と受けたくないな。」
沙羅 「……うん、膨大な教科書を起きては勉強、勉強終わっては寝て、の繰り返しだったからね。」
啓人 「学校によっては医師国家試験突破率を引き上げるために、一定の水準を満たさない生徒は敢えて卒業させず、合格率を引き上げているとかいう噂もあるね。」
沙羅 「医師国家試験合格率は卒業した学年から『現役』『浪人』としてカウントされるからね。留年させてもう一年勉強させてから卒業させると、現役の合格率が上昇するってことだね。」
啓人 「大学を卒業して医師国家試験を突破したら、そこでようやく研修医になります。研修医は医師免許を持っているので大抵のことはやる資格がありますが、当然未熟なので、上級医の監督を受けながらやるのが一般的です。」
沙羅 「ちなみに、研修先の病院は6回生の間に『マッチング』というシステムを用いて決められます。6回生が研修先の病院を希望して、希望された病院がその中から取りたい人を選ぶ、という形でしょうか。詳しいやり方は知らないけど。」
啓人 「病院にとって、このマッチングシステムは非常に重要です。何故なら……」
沙羅 「マッチングして来年の研修医を選んだ後に医師国家試験があるからです。例えばある研修医を希望していてその研修医が医師国家試験に不合格になると……。」
啓人 「まあ、当然その研修は医療現場に出れないので、その病院は研修医が一人いなくなり、戦力が不足します。」
沙羅 「中には研修医が4人希望したのに、その内3人が医師国家試験に落ちて、一年間研修医が1人になった、なんてことも……。」
啓人 「2年目研修医は?」
沙羅 「いなかったんだって。」
啓人 「それただの人気のない病院なんじゃ……」
沙羅 「ちなみにマッチングでどの病院にも選んでもらえない状態をアンマッチと言い、個人交渉で研修先の病院を探さないといけないらしいです。年に数人います。」
啓人 「居た居た。なんかいろいろと大変そうだったね。詳しくは知らないけど。そして苦労して研修先を見つけたのに医師国家試験に落ちた奴とか……。」
沙羅 「まあまあ、話を戻して。研修医は2年間やります。現在はスーパーローテートという形がとられていて、1,2カ月に1回くらいの頻度で科を変え、いろいろな科で勉強します。今でも賛否はありますが、私は良いシステムではないかと思っています。」
啓人 「他科と絡む時に相手が自分の元上司だということもあるし、その点やりやすいよね。」
沙羅 「一応研修医については本文中に触れられているのでそれ以上細かくは突っ込みません。」
沙羅 「2年間の研修医が終わると、各専門科に配属となります。私は麻酔科で、啓人は救急だね。」
啓人 「専門科を選ぶ動機はそれぞれだけど、俺は尊敬する上司が居て誘われたから、という感じかな。大抵はどこかの科に興味を持って入るんだけど、中には仕事が比較的楽とか、収入が高いとか、親の病院を継がないといけないとか、そういう動機で決める人もいたね。まあ、本当に楽なところは少ないけど。」
沙羅 「まあ、差があるのは確かだからね。忙しいところだと週1回しか家に帰っていないとか、有給取って家族旅行していたのに、緊急で呼び出されたりとか……。4時間しか寝なくても大丈夫だと自慢していた人が、五十歳くらいでベッドの中で冷たくなっているのを発見されたりとか……。」
啓人 「地域医療とかだと、その地域で特定のことをできる人が一人しかいないとかで、365日待機になっている人とかも珍しくないからね。逆にそういうのが無い科も少なからずあるので、特に女性に人気だね。育児をするのにいつでも保育園を確保できるわけではないから、予定が立ちやすいのはとても助かる。」
沙羅 「人間の世界のことなので、漫画みたいに『ある病気の患者を助けたい!』だけではなくて、実際の生活のことまで当たり前のように考えるよね。最近理解が深まったとはいえ、産休を取っていたら、『彼女は医局に迷惑をかけたんだから去るべきだ』なんて主張する人が居るところだって無いわけではないし。」
啓人 「何事もバランスだね。なお、この小説は救急医が主人公なので、救急を中心に話が進んでいく予定……」
沙羅 「……かどうかは未定です。」
啓人 「えっ?」
沙羅 「だって、作者は麻酔・集中治療をやっているから。救急は専門外だし。」
啓人 「……じゃあ何で主人公が救急医?」
沙羅 「多分異世界に飛ばされた時に一番活躍できるから、かな。集中治療は救急科もやっている病院多いし。ちなみに啓人も専門は救急だけど、集中治療科で勉強したことがあるっていう設定。」
啓人 「……そうなんだ。そういえば集中治療を勉強したことがある気がする(笑)。」
沙羅 「なので、現在のところ救急がメインの予定ですが、いつの間にか麻酔やら集中治療に乗っ取られている可能性もありますのでご了承ください。」
啓人 「……いつの間にかっていうか、初っ端いきなり集中治療だよね、これ。」
沙羅 「仕方がないでしょ。重症患者を救ってそれでハイ終了、なんてことがあるわけないし。重症患者を助けるために大事なのは、初動とその後の管理なんだから。地味だから医療漫画とかではよくおろそかにされているけど、あまり光の当たらない集中治療の世界がいかに大切か。」
啓人 「返す言葉もございません。」
沙羅 「さて、長くなりましたが、一応研修終了までの流れは説明しましたので、ここで終了となります。また次も呼んでいただければ幸いです。それではよろしくお願いします!」
啓人 「よろしくお願いします!」