初めての盗賊
朝、ラトと共に朝食を食べ終わったところでアリシアが宿にやって来る。今日は水色のワンピースに麦わら帽子を被っている。
「おはようございますわ。表に馬車を用意しております。15分後に出発予定ですので、それまでに準備しておいて下さいね」
部屋に戻り、荷物をバックパックに詰めて腰に刀を差し、宿を出る。ラトもバックパックの中にスポッと入り、寝息を立て始めた。
「では参りましょうか」
「ああ、でもその前に1つ」
「?なんでしょうか」
「敬語はやめてくれ。名前に様をつけられるのも落ち着かない」
アリシアは少し驚き、
「ですが、わたくしは元々どなたにでも敬語を使いますので…」
「じゃあ様だけでもやめてくれ」
「そうですか、ではクロさんと呼びますね。敬語も少し砕きますわ」
そう言ってアリシアは微笑む。
「それでは行きましょうか」
馬車はゲイルが引く。ゲイルとは従者である、初老の男性の名前だ。中で俺はアリシアの対面に座っている。半日の移動と聞いているので、結構暇になりそうだな。街道を馬車は走る。それなりにスピードが出ているが、思ったよりは揺れを感じない。電車ぐらいだ。アリシアに聞くと、揺れや衝撃を抑える魔法が馬車に施されているのだとか。そのまま順調に進んでいく。
「そろそろお昼にしましょうか」
昼頃の時間になった。一旦馬車を止めさせ、アリシアはそう言うとバスケットを開いて、
「はい、どうぞ」
俺とゲイルにサンドイッチを手渡す。ラトも食べ物の気配を察し、バックパックから飛び出て来た。
「おお、美味そうだな」
「ありがとうございます、お嬢様」
アリシアは飛び出したラトを見て、
「そういえば朝もその可愛いウサギさんいましたね」
「ああ、ラトだ。まあペットみたいなもんだな」
何故かラトは不服そうな顔をしているが、サンドイッチを食べるとご機嫌になった。爽やかな風を肌に感じながら外で食べる食事はとても良かった。休憩も終わり、再び馬車に戻り、走り始める。
ぼんやりと流れる風景を窓から見る。アリシアは膝のに乗ったラトを優しく撫でている。とても平和なひと時だったが、前から来た馬車によってそれは崩れた。
「おい、止まれ!」
そう言って男が俺たちの馬車の進路を塞ぐように、馬車を止めた。たまらずこちらの馬もヒヒンといななき動きを止める。正面の馬車の荷台からぞくぞくと武装した男が出てくる。全員で8人か。
「この馬車にアデレートの町長の娘が乗っていることは分かっている。痛い目に遭いたくないならさっさと出てこい!」
男の叫ぶ声が聞こえる。盗賊か?どこかでアリシアがここを通ることを知ったらしいな。アリシアは青ざめ、従者も後ろを向いていて顔は分からないが、肩が少し震えている。
何にせよ外に出る必要はあったので、2人で馬車から降りる。アリシアは怯えてビクビクしている。と、馬車に置いてきたラトも一緒に飛び出てきた。
「お、おいアレ、[幸福ウサギ]じゃねーか?ヒャッハー!!ラッキーだぜ!あれは物好きな貴族に売れば数百万ゴルドはくだらねえ!名前通り幸福を運んできてくれたなあ!?」
盗賊連中は上機嫌だ。頭の中で今回手に入る金額を計算しているのだろう。
「嬢ちゃんは大人しく捕まりな。パパからたんまり身代金をいただいて、俺たちが可愛がった後にお家に帰してやるから。男どもは抵抗しなかったら命だけは助けてやる」
ボスがそう言うと、他の連中も下卑た笑いを浮かべながらこちらを見る。俺は大分不快な気分になったので前に出ると、
「おっと、お前が武闘大会で優勝したやつだって噂は聞いている。だが抵抗するだけ無駄だ。こっちは元Dランクの冒険者7人に俺は元Cランクだ。お前1人じゃどうにもなら」
最後まで言い切る前に素早く距離を詰め、ボスの顔を殴り飛ばした。
「ぶふぇ!て、てめえ…やっちまえお前ら!あいつをぶっ殺せ!」
10メートルほど吹っ飛んだボスが倒れながら叫ぶ。その顔は怒りで歪んでいる。他の連中は一瞬躊躇ったが、7人で囲めば倒せると思ったのか襲いかかってきた。先に寄ってきた3人を殴り、蹴り、殴り一瞬で片付ける。残りの4人は一瞬の出来事に混乱し、動きを止める。近づいて残りを仕留めようとすると、
「《ウィンドエッジ》!」
「《アイスショット》!」
馬車の陰から複数の風の刃と氷の塊が飛んでくる。
「ひゃははは!万が一に備えて魔道士2人にずっと魔力を練るように命じといていたんだよブァーカ!これでてめえも終わりだ!」
勝利を確信したように、ボスは高笑いする。アリシアは悲痛な声で俺の名を叫ぶ。が、俺には効果はない。
ーースパパパパ!
避けることも出来たが、後ろに2人いるので全て叩き切り、打ち消した。そして動揺している2人の背後にまわり、手刀をかまして気絶させた。
「な……」
ボスは目を見開いて驚いている。むしろこれで倒せる気になっていたのが驚きだ。元ということを差し引いても同じCランクの鉄壁マンより大分弱い。
盗賊は全員動きを止めていたので、残りの盗賊全員の意識を素早く刈り取った。
「大丈夫か?2人とも」
俺が声をかけても反応がない。近づいてようやく、
「は、はい。助けていただいてありがとうございました…」
「おう。そういう依頼だからな」
ようやく2人とも脅威が去ったということを理解し始める。ゲイルとアリシア2人で見つめ合い、
「わたくし、もうだめかと思いましたわ…」
「恥ずかしながら、私も…」
「ところで、こいつらどうするよ?」
今、この場に気絶した盗賊が10人いる。放っておくわけにもいかないし、運ぶにしても人数が多すぎる。馬車を動かせるのもゲイル1人だけだ。どうしたものかと考えていると、
「それならわたくしが。《トランスミッション》」
アリシアが唱えると、頭が光り始める。どうやら今の状況を伝えているようだ。話は終わったようで、光が徐々に消えていく。
「これでしばらくしたら衛兵が来ると思いますわ。父に伝えましたので」
離れた相手に一方的にではあるが、会話が出来るらしい。それも自分が信頼している相手とのみという制限もあるが、こういう状況では役に立つ。
「じゃあこいつらを縛るロープを…」
「あ、それは私にお任せを。《グラスバインド》」
今度はゲイルが唱える。足元の草が伸び、盗賊たちの体を覆い始め、顔以外が草で見えなくなった。なかなか便利な魔法だが、途中で抵抗すると簡単に解けてしまうらしい。こういう行動不能な相手には効果抜群なようだ。
「じゃあ先を急ぐか」
「はい……あっ」
アリシアは緊張が解けたからか、腰が抜けてしまった。俺が手を差し出すと、顔を赤くしながら少し躊躇い、おずおずと手を握ったので引っ張り起こした。それから馬車に乗り、町へ向かう。町に着くまでは何も起きなかったが、アリシアに話しかけてもどこかうわの空だった。
夕方になり、町についた。アリシアの顔は知られているらしく、顔パスで門を通過できた。アデレートと規模は同じぐらいで、色は逆に青を中心にしているようだ。アリシアはこの町、アーデリアの町長の家に書類を届け、近況報告をするらしい。なんでも町長同士仲の良い兄弟であるとのこと。馬車を預けに行っていたゲイルは戻って来て、2人で家の前で待つ。
アリシアを待っている間2人で話す。
「クロ様、先ほどは助けて頂いてありがとうございました」
そう言って頭を下げる。
「いや、いいって。それが仕事なんだから。お礼を言う必要はないぞ」
「それでもです。クロ様がいらっしゃらなければどうなっていたか…この辺りに盗賊が現れることはほとんど無いので油断しておりました」
この辺りは特に名産品も無いため、貧しくは無いが、裕福でもないらしい。そのため襲ってもそれほどの物は手に入らないはずだが、腕の立つ冒険者も少ないので狙ってきたのかもしれないとゲイルは言う。
少ししたらアリシアが帰ってきた。書類を渡すと言っても重要なものではなく、馬車での移動や他の町の
視察が目的なんだとか。つまり経験を積ませるために町長は行かせたということだ。盗賊と出会ったのは不安だったが、そういう意味では良かったのかもしれない。
「おお、君かアリシアの護衛のクロ君と言うのは。私は町長のオルクスだ」
アリシアと一緒にいた青服を着た男性が言う。道中の出来事をアリシアから聞いたようだ。
「姪を助けてくれてありがとう。それにしてもクロさんが、クロさんがってほとんど君の話ばっかりだったよ。こんなこの子を見るのは初めてだ」
「も、もうおじ様。何を言っているのですか!?」
オルクスは楽しそうに言うが、アリシアは顔を赤くして怒っていた。
用も済み、宿に向かう途中アリシアは、
「おじ様ったらなんであんなことを……」
と、ブツブツ文句を言っていた。