町に到着
朝になり、村人たちに見送られて村を出た、自分を助けてくれた青年を見えなくなるまで見届けてから、ふと気がつく。
「あっ」
「どうしたんじゃ?ミア?」
「あの人に名前を聞くの忘れちゃった……」
「そういえば、聞いてなかったのう」
ミアはしゅんとする。そんな孫を見て村長は、
「大丈夫じゃ、また会うこともあろう。その時に名前を聞けば良い」
「そう、だね」
ミアはいつかまた会うことが出来たなら、名前を聞いて、自分なりに恩を返そう、そう誓った。
村人から昨日この世界について少しだけ聞いた。まず貨幣について。何でこんな事も知らないのってドン引きだったが教えてくれた。それを円と比べてみると、大して変わらなかった。1円と5円がなくなり、円ではなくゴルドに変わっただけだ。食べ物の相場もほぼ一緒。10ゴルドから500ゴルドまでは硬貨、1000ゴルドから10000ゴルドまで紙幣というのもわかりやすい。
そしてやっぱりあった冒険者制度。これまたお前どんな田舎から来たのってドン引きだったが、ちゃんと教えてくれた。町なら大体冒険者ギルドというのがあり、そこで無料登録できる。SからEの6段階。大抵はCとかDで止まってしまうらしいが、それでも報酬は他と比べていいから、問題ないんだそうだ。そして死亡率が高いからオススメしないとも言われた。そりゃそうだろうな。Dランクでも年で3%ほどは死んでしまうらしい。
そんな話を思い出しつつ、筋肉痛に痛む身体をさする。昨日寝る前にステータスが上がるのか、筋トレをしたのだ。だがこの筋肉痛は筋トレによるものではない。昨日使った《リミッターブレイク》によるものだ。
『うーん筋トレしても効果あるのかよくわからんな。そういやせっかくだし爺さんからもらった固有技使ってみるか』
息を吸い、止める。頭の中のレバーを引くイメージ。とりあえず50%ぐらいまで解放してみるか。
『《リミッターブレイク》』
体が黒く光る。おお!?力が溢れ出る!すごいな、これ。刀を振っても素振り音がほとんどしなくなった。垂直跳びしても17メートルほど飛んだ。20%上げるだけでこれとは、すごいなこの技。色々試していると突然、
『……っ!?』
身体に激痛が走る。凄まじい筋肉痛。身体を少し動かすだけで全身痛い。ああ、これがこの技の反動か。これは100%まで解放したら、下手したら死んでしまうかもしれないな。
一晩寝て多少マシにはなったものの、未だ痛い。効果は3分。1度発動したら途中でキャンセルは出来ない。
「これは勝ち目の薄い強敵用だな」
いざという時のために、反動の痛みには慣れといたほうがいいとは思うが、ひとまずは後回しだ。そんなことを考えていると、後ろから声をかけられる。
「そこの兄ちゃん、兄ちゃんもアデレートに行くのか?」
振り向くと、少年の3人組がいた。みんな厚皮で出来た鎧を身につけ安そうな剣や槍を持っていることから、冒険者になるため町へ向かっているのだろう。俺もそのアデレートに向かって歩いていたのだ。
「そうだ、俺は冒険者になりたくてな。そのために町に向かっているわけだ」
「そうなのか、俺たちと一緒だな!頑張ろうぜ!」
少年はにひっと笑う。
「でも兄ちゃん、それただの服じゃないか?腰に差してるのは立派そうだけど。それに歩き方変だぞ」
そうだな。村人からもらった服だ。防御力なんて皆無だろう。
「筋肉痛だ」
「え?」
「筋肉痛がひどくてこんな歩き方なんだよ」
「ええー」
少年は呆れる。
「どこから来たの?」
「アモルって村だ」
「それ俺たちのいた村のとなりじゃん!そんなに距離離れてないよ!」
少年はますます呆れる。一緒にいる少年たちも苦笑いだ。
「兄ちゃん、余計なお世話だってのはわかってるけど、冒険者やめた方がいいんじゃないか?憧れるのはわかるけど危険な仕事なんだぜ?」
………………。
「もう決めているから大丈夫だ。死んでも後悔はない」
「……そっか」
せっかく会った縁ということで、一緒に町まで行くことになった。他愛の無い話をしながら歩いていると、魔物が現れた。
「ん?見たことないな」
「え?兄ちゃんこいつ見たことないの?」
また呆れられた。こいつの名前は[ガブガブウサギ]というらしい。飛び跳ねて頭をガブガブしてくるウサギ。以上。
「それ!」
「てい!」
現れた2匹は少年2人の頭をガブガブしようと飛び跳ねるが、剣と槍でカウンターを受け倒された。ここで1つ勉強になったことがある。どうやら動物系の魔物だから血が出るのかと思ったが、そんなことはないらしい。魔物は血を流さないのかもな。正直、血は苦手だから助かった。
「やるな」
頑張る少年の姿を見て思わず拍手した。初心者にしてはいい動きなんじゃないか?
「こ、こんなの大したことないって」
少し顔を赤くしながら言う。まんざらでもないらしいな。
その後休憩を挟みつつ、日も沈みかけてアデレートに到着した。
門番に軽く会釈して、門を抜ける。身分を証明できるものを出せとか言われないか心配だったが、問題なかった。なんでも結界魔法と探知魔法の応用で、街は犯罪者が引っかかる透明の膜で囲まれているらしい。魔法便利だな。
もう依頼を受けるような時間ではないが、登録はしておこうと、4人で冒険者ギルドに向かう。中に入ると結構人がいて、列になっているところがある。依頼の完了報告が行われる時間帯なんだろう。そことは別の、冒険者登録の手続きを行うカウンターに向かう。
「あ、もしかして冒険者登録ですか?申し訳ありませんが、午前中しか受け付けてないんですよ」
申し訳なさそうに赤い制服を着た受付嬢が言う。それは仕方ないな。
「そうか、じゃあ明日また来る」
「はい、お待ちしております」
4人でギルドを出たところで分かれる。これ以上一緒にいても仕方ない。同行してたのも成り行きでパーティを組んだ仲間という訳ではないのだ。
「じゃあな、お前ら。頑張れよ」
「兄ちゃんもね」
受付嬢に聞いたオススメの宿屋に向かう。さっきの3人は既に宿を決めていたらしく、別のところに泊まるとのこと。
「ここか」
目の前にあるのは食事処兼宿屋の〈満腹の宿オーレン〉。冒険者同士が結婚して、貯めていた財産で建てたらしい。駆け出しの冒険者に優しい宿なんだとか。
「いらっしゃい!食事かい、それとも宿泊かい?」
エプロンを着けた女性が話しかけてくる。流石は元冒険者といった、引き締まった体型をしているが、親しみやすいオーラを纏っている。
「両方だ。いくらだ?」
「宿は5000ゴルド。食事は別だね」
手持ちは1万ゴルド。村で一文無しで行く気か?と最初に会った村人のおっさんから出るとき貰ったのだ。金のことはその場で稼げばいいとか思ってそんなに深く考えてなかった。ナイスおっさん。
「ん?あんた腰のそれ、ひょっとして冒険者かい?服装は村人だが」
「ああ正確には明日から、だけどな」
「そうかい、じゃあ食事はサービスしとくよ。どうせ金そんなに持ってないんだろう?」
「ん?助かるが良いのか?」
「いいのよ、あたしたちも駆け出しの頃苦労したし。それにここでサービスしたらご贔屓にしてくれるかもしれないだろ?」
そう言ってウインクする。正直ありがたい。駆け出しに優しいってのは本当だな。サービスは先行投資か。確かに次泊まるときもここにする気になった。
「なるほどな、じゃあお言葉に甘えよう」
「鍵はこれよ。2階で荷物を置いてきたら戻ってきな」
特に置く必要もないが、部屋に入り刀と袋を置く。部屋は6畳ほど。ベッドと机、トイレとシャワーが付いていた。
「思ったより文化レベルが高いよな、この世界」
そう、村にいても思った。家のトイレは水洗だし、風呂は流石に無かったがシャワーまでついていたのだ。
水も井戸からの汲み上げを覚悟していたのに、蛇口あったし。どうやら魔法で水は浄化されているらしい。トイレでレバーを押して流そうとしたら魔法陣が展開されたびびったものだ。そういった行動が魔法を発動するトリガーになっているようだ。石鹸で手を洗い、下に向かう。
「お待ちどう、おかわりは自由だからたくさん食べるのよ」
「…米、だと……?」
米まであったのか。これから一生食えないことを覚悟したのに米が出てきた。日本米に比べて一回り大きいし薄緑色をしているが、味は確かに米だ。感動して5杯おかわりして「よく食べるねえ」と笑われた。
部屋に戻りシャワーを浴び、ベットにねっころがりながら考える。俺は1度東南アジア系の国に行ったことがある。その時に水や食べ物が合わなくてよくお腹を壊していた。だからこの世界でもそこが1番心配だったが、魔法で補われていた。
「何か引っかかる…」
自分にとってこの違和感に不都合はない。むしろ好都合だ。シャワーに関してもそう。体は水で濡らした布で拭いて終わりとかじゃなかったか?よくある転生物の作品を見る度、それで匂い取れんの?とか、頭痒くならないの?とか思っていた。しかしシャワーのみならずシャンプーやリンス、ボディソープらしきものまであるのだ。それに米…これも気になる。
「明日、女将に聞いてみるか」