この世界に来た理由
周りをキョロキョロ見渡す。今自分がねっころがっているのは小さい丘。上には立派な大木。あたりには芝のような草が生えており、遠くには街道らしき道が見える。
「しかしいい気候だなー。春ぐらいか?」
気温は体感25度ぐらい。風もそよそよ、太陽も暖かだ。大木の日陰から射し込む太陽が眩しくはあるが、格好がパジャマなこともありそのまま寝てしまいたい。……パジャマ?
「あれ、俺パジャマ…そうか、寝ていた時と同じ服か」
上下水色の白い水玉パジャマにナイトキャップ。こんな格好で外に出ることになるとは。腰に差してる刀とのアンバランス感がハンパないな。若干の不満は置いといて、立ち上がり、伸びをする。とりあえず自分の体を調べることにした。
まずは力。腕立て伏せをする。高速で何百回やっても疲れる気配がない。前は30回でひいひい言ってたのに。刀の素振り。風を切る音がする。次は速さ。50メートル3秒。運動会で大活躍だな。ついでに垂直跳びをしてみたが、これが1番驚いた。10メートルほど跳躍した。改めて異世界なんだと実感した。
遠くに見える街道に向かって歩き出す。歩いて行く間にもスライムが襲いかかってくる。剣ではなく素手で殴ったりもしてみるが、やはり一撃。3匹目を倒したところで、何かを残した。
「ん?なんだこれ?」
手に持つと手のひらに収まる小型スライムのようだ。しかしヌメヌメしてるし、なにより脆い。ポケットに入れたくないので初の戦利品だがなくなく捨てた。
街道に着いた。遠くに村をなんとか視認出来るので、その方向に進む。しばらく街道を歩いていると、ふと右の景色に違和感を覚える。
(なんであそこだけ草が生い茂っているんだ?)
一ヶ所、大した範囲ではないが、やけに長い草が生えている。周りが芝程度の長さなのに、そこだけ1メートルほどの長さの草が生えている。近くで見ると微妙に色も違う。若干色が濃い緑だ。じーっと見てると、中に黄色く輝く花が見える。手に取ろうとしたら、急に草は猛スピードで離れていった。
「うおっ?」
これ、もしかして魔物か?襲ってくる感じはないが…。刀を抜いて猛ダッシュで追いかける。速いが、どうやら俺の方が少しだけ速い。徐々に距離を詰めていく。手が届く、というところで草はおおきく跳躍した。何で草がジャンプするんだ?とちょっと驚いたが、
「逃すか!」
刀をぶん投げる。まっすぐ飛んでいき突き刺さる。ポンッと音をたてて消えると、黄色い花が降ってくるので、それをキャッチする。
「何の花なんだろうな?これ」
花びらが4枚着いている。花だが、四つ葉のクローバーのような、そんな感じだ。縁起の良さそうな、そんな色と形をした花。投げた刀を拾い、村を目指して進む。
しばらくして村に着いた。普通の小さな村。特徴がないな。しいていえば村の様子が何だか騒がしい。雰囲気からして何かあったようだな。俺が村に入ると、村人たちは怪訝な目で俺を見る。
「何だ、お前は?」
「おかしな格好して怪しいやつだな」
「何しにここにきた?」
全く歓迎されない。それもそうか。村に問題が発生しているのだから余所者の相手をしている暇はないし、挙句に上下水玉模様のパジャマでナイトキャップまで被っている、明らかに不審者だ。とりあえずキャップをとり話かける。
「あー、まあ旅人だ。そんなことより何かあったのか?」
「余所者に話すことなどない」
「そうだ、とっとと出てってくれ」
「そうだ、そうだ、今村長の孫が病に臥せっていて大変なんだよ!」
「「あっバカ!」」
なるほど、アホなやつのおかげで理由が分かった。この慌ただしさはそれのせいか。しかも、ただ病って感じじゃないな。
「治らないのか?」
「だから、余所者は……はぁ、まあいい。治らない病気ではない。薬がないのだ」
「手に入らないのか?」
「大きい街に行けば売っている。しかしかなり高価な薬でな。ウチの村ではとても…」
「それで、打つ手がなくてこうなっているのか」
「村の薬師に調合を頼むことになったのだが、どうしても素材の1つが足りないのだ。他は村人総出で必死になって手に入れたんだが…」
村人はガックリと項垂れ、悲痛な顔に歪める。
「今夜、今夜までに薬を飲ませなければあの子は……」
金が無くて買えず作ろうにも素材が足りない。しかもタイムリミットは今夜。絶望的だがまだ昼前だ。諦めるにはまだ少し早いな。出来ることがあるなら力になってやるか。
「何が足りないんだ?」
「え?」
「だから、薬を作るのに何が足りないんだ?」
「お前なんかが手に入るわけ…」
「いいから、早く言え。遠いところにあるのか?」
「い、いや近くのはずだ。魔物からドロップするものだ」
それなら取れる可能性は十分にある。いくら何でも俺が村人より弱いということはないだろう。
「どんなやつだ?」
「とにかくめちゃくちゃ速いんだ。村の大人20人がかりで挑んで、歯が立たなかった」
諦めの感情が見える苦笑いで話す。
「しかも、倒せたとしても地上だと必ずドロップしないんだ。そのドロップ品が地面に消えてしまうからな。空中じゃないとあの黄色い花は手に入らない」
なるほどな、速くて倒しにくいうえ、ドロップ条件があるのか。速さはさっきのあいつがどうにかなったから問題ないだろう。だが、問題は空中じゃないとその素材である黄色い花が手に入ら………黄色い花?
「そいつって草むらみたいで、中に黄色い花が入っているやつか?」
「あ?知っていたのか。そう、そいつだ。あんなのどうやって捕まえれば…」
俺は思わず笑ってしまった。それを見た村人は怒り出す。
「てめえ、何笑っているんだ!何がおかしい!」
「いや、すまん。別に悪気があって笑ったわけじゃない。これだろ?その花って」
そう言ってポケットから黄色い花を出す。それを見た村人は驚愕の表情で俺を見る。
「お、おおお、おま、お前、そ、それどこで!!」
眼を見開きながら勢いよく詰め寄ってくる。正直これが全く違う別の花だったらかなりダサかったから、少しホッとする。
「くれてやるから、とっとと治せ」
「い、いいのか?あ、ありがとう。本当にありがとう」
勢いよく頭を下げる。まあここまで喜んでくれたのならこちらとしてもあげた甲斐があるってもんだな。
「よし、さっそく薬師の婆さんのところへ!」
「じゃあ、俺はこれでーー」
「何言っているんだ、はやく行くぞ!」
俺は村人に引っ張られて連れていかれる。
「婆さん、婆さんいるか!黄色い花が手に入ったぞ!こいつがくれたんだ!」
そう言って薬師の婆さんに花を渡す。驚き、俺を見た後、「ありがとう、ありがとう」と涙を浮かべながら礼を言った。そうしてすぐ薬を作り始める。
手際よくすり鉢でゴリゴリと薬草をすり、薬が出来上がっていく。最後の仕上げに黄色い花を入れると、緑色だったはずの液体が金色に輝いていく。何でそうなるのかはさっぱりだが、とにかく完成した。3人で村長の家に向かう。
他の家より気持ち大きめの村長宅に入る。寝室に向かうと苦しそうに寝ている女の子の横で、すっかり憔悴した老人が手を握って俯いている。俺たちが入っても反応が無かったが、薬が完成したと伝え、それを見せる。俺のことを伝えられると、物凄い顔で俺に近づき手を握り、光の戻ったその瞳から大粒の涙を流して感謝する。
そして出来た薬を少女にゆっくりと飲ませる。全部飲ませると苦しそうだった様子が徐々に和らいでいき、安らかそうな寝息に変わる。村長も何日も寝ていなかったのだろう、緊張の糸が切れたかのように、少女と一緒に倒れるように寝てしまった。あとは婆さんに任せ、俺と村人は外に出ると、
「ミアを助けてくれてありがとう!」
「命の恩人だ!」
「なんてお礼を言えばいいか」
「本当にありがとう!」
村人たちが歓声をあげて俺たちの元に寄ってくる。口々にお礼を言われて、むず痒くなる。
「お礼になにか欲しいものはあるか?あるなら何でも言ってくれ!こんな村だから期待に添えるかはわからんが」
ずっと一緒にいた村人がそう言う。何でも、か。それならちょうど欲しいものがある。
「じゃあ昼メシ。俺腹減ってんだ。何か美味いもん作ってくれ」
命を救ってもらったお礼、しかも何でもいいと言った。とんでもないことを要求されるかもしれないと、村人たちは、内心ビクビクしていたが、俺の要求を聞いて一瞬きょとん、としたのち満面の笑みになった。
昼食が出される。皿の上には赤いソースのかかった肉、野菜たっぷりのスープ、パン、そして果物があった。赤いソースはベリー系のようで、ほのかな甘みと酸味があり、肉と良く合う。パンは硬めだが、スープにつけて食べるとなかなか美味い。果物も見たことないものだったが、みずみずしくて甘かった。
食べ終えると、村人の服と荷物を入れる袋をもらった。袋もそうだが、特に服は嬉しかった。目立ってしょうがなかったからな。そしてこの世界についても少し話を聞く。そうしてると日も落ちて夕方になった。
村長が目を覚まし、孫も大分良くなったとのことで、夜は宴会となった。肉にがっついていると、女の子が横に座る。
「ありがとうございました。あなたのおかげです」
少女はぺこりと頭を下げた。さっきまで寝ていた10歳ぐらいの、大人しそうな女の子だ。
「もう歩いてもいいのか?まだ休んでた方がいいだろ」
「まだ少しフラフラしますが、はやくお礼を言いたくて」
俺を見上げながら、笑顔でそう言う。後5、6年経ったら美人になるんだろうな、と思いつつ適当に返事をする。ふと見上げ、夜空を見つめる。
「綺麗だな」
「そうですね」
村の全員がこの少女の回復を喜び、笑顔になっている。村人が必死になって薬を手に入れようとしたり、薬師の婆さんのように薬が作れると泣いて喜んだり。村長はともかく、他の人は言ってしまえば他人なのにな。
『わたし、笑顔の人を見るのが大好きなんだ!』
俺がこの世界に来たのはもしかしたらーー
満点の星空を見ながら、ふと昔のことを思い出した。