異能
週2pぐらい書きます
1
正義という言葉が好きだった。
正義感の強い警察官の両親に育てられた僕は、そう教育されたわけでもなかったが、いつの間にかそれが常に行動の基本となっていた。スポーツにおいても勉学においても容姿においても、何も並外れたことのない平々凡々な僕にとってその独立した「正義感」においてだけは絶対的な自信を持っていた。故にこの職業に陥ったのも当然いえば当然、必然であったのだろう。長かった大学生活を終え、子供のころからの夢であった警察官になったことも。いや、実際は小学生低学年の頃はテレビのヒーローに憧れていたのだが、高学年に入るにつれ、現実を知ることとなったのだ。実際に変身して地球を守り戦うヒーローなど存在しないし。そんなことを企てる悪者もいない。そんなことはそれこそ高学年の頃にも気づいていたのだが、心のどこかで「ヒーロー」を望んだまま、正義のイメージに一番近かった警察官となったのだ。僕の人生はそんなもんだ。9行でまとめられる。名のある偉人ともなれば半生をつづっただけでも一冊の本が出来上がるのだろうが二桁にも満たなかった。もし本になるならば日常系漫画だろう。偉人伝とは程遠い。まあそんなこんなで、僕ははれて警察官となった。
2
「どうしたんですか?ぼーとして。」派出所の窓の外をみながら春の陽気に包まれながらぼんやりと空を見ていると同僚から声をかけられた。さして事件もない都内から少し離れた交番での時間のつぶし方は物思いにふけるか誰かと話すしかない。だから数少ない同僚、加治木美琴にも無下には対応できないというものだ。
「ちょっと考え事を」
まあ会話上手なほうでないので、無視はしないにしろ気の利いた会話などできないのだが。
「ふーん」
聞いた本人はさして興味もないように応じた。
「どんなこと考えてたんですか?」
これも実際は興味などないのだろうが、彼女とて暇をつぶすには会話をするしかないのだ。それに二人きりで黙っているというのもどうも虫が悪い。その点同僚が彼女のような会話のできる人間であったことは、都内から外されてしまった不運についての幾分か幸運な点といえるだろう。
「世界平和とか」
「先輩には荷が重すぎますよ・・・」
実際は何も考えてなどいなかったのだが、まあ、あえてゆうならば空に飛んでる鳥がおっきいなーとかを考えていたのだが。何も考えていなかったといってもよかったものの、それを正直に言うのもまた気恥ずかしく、よくわからないボケをしてしまった。低学年のころじゃないんだから。
「ずっと座ってるからそうやってぼーってしちゃうんですよ。パトロールにでも行ってきたらどうですか?」
「・・・ああ」ただ流しているようにも、肯定ともとれる、気の抜けた返事になったのは、少しの間面倒だと思案して、だったらまだ今日同僚としゃべってるだけの僕の仕事なんになっちゃうんだよ。と自責してからのようやくの返事であったからだ。凝り固まった筋肉を伸びをして弛緩し、けだるそうに立ち上がる。ハンガーに手を伸ばし、ようやく様になってきた青い制服を繕い。派出所をでた。
犯罪率の異様に少ないこの街、鷺崎町において、警察官なんて飾りのようなものだとパトロールをするたびに常々感じられる。詐欺と二度も付く町名なのに過去犯罪件数を調べても世界まれにみる犯罪件数の少なさだ。犯罪的なまでに。そんなことを上司に言ったら警察がいるから犯罪が少ないんだ。とでも言いそうなことだが本当にいなくてもなんの問題もないんじゃないかと思えるほど安全な町だった。僕の中でパトロールの巡回地は決まっている。本部に決められているわけではないから別に律義に守る必要などないのだが、それでもなぜか守ってしまう自分ルールだ。まあこの街においては、パトロールという名の散歩のようなものだが、住民とのコミュニケーションもある程度作っておけとの本部からの命令なので挨拶ぐらいはかわす。意外とこうゆう一般人から犯人の特定に至るケースも多いらしい。そういう意味で初めにこの街で一番人の多い商店街を回り、住民とあいさつを交わす。そこから落書き一つない公園を子供を見ながら横切りそこからしばらく歩いてビル街へと乗り出す。もうこの辺りに入っては別の部署の担当なのだが、さすがの犯罪件数。基本ここまで素通りで歩くことができるため時間が余るのだ。商店街でUターンして帰ってもよかったのだが加治木後輩もまだ帰ってくるだろうとは思っていいないだろうし、後輩を驚かす趣味もない。それにこの散歩に来たのだって後輩と二人でいるのが気まずかったというのもあるわけで、毎度毎度そんな理由でビル街へと足を運ぶのだった。そしてここまでが僕の日常だ。
いつ見ても東京はおしゃれな街だと思う。まあ都外から一歩中に入っただけでそこまで人に違いが出ることもないのだろうが、僕の意識の問題なのか住民の意識の問題なのか鷺崎町からの境界線で人種でも違うのではないかというほどに背格好がちがっていた。おしゃれというか最早ハイセンスすぎて理解できない類の者も少なからずいるが。それに比べて警察官というのはどこにいてもまあ正しく制服を着れていれば周りから浮くことはないのだから気が楽ではある。その楽さもあってか休日に都内へ入る気はしない。自分がハイセンスな方々と同類だとは思わないがもし背伸びしておしゃれしようものならああならない確信はない。むしろ普段制服という決められた服装をしている分他人よりもファッションセンスに至っては劣っていると考えるのが妥当だろう。加治木後輩ならどんな服装でも似合うのだろうが僕の高身長では選べる服もそうそうないだろう。
「おい、そこのおまえ」
物思いにふけっていると小学生ぐらいだろうか、きれいな黒髪をした少女に話しかけられた。声の抑揚からすると話しかけたというより、命令されたかのような高圧的な態度ではあったが子供だからしょうがないのだろうと、笑顔で接する
「どうしたんだい。お嬢ちゃん。ご両親・・・ああ、これじゃわかんないか、お父さんやお母さんは一緒じゃないのかい?」あまり子供慣れしているわけではないが本や映画で見た教科書通りの警官役を演じてみる。演じる、と言ってしまえば、まるで警察官のまねごとをしているかの様になってしまうが、実績を伴っていない限り、警察官としての実力はさして一般人と変わりはしまい。少女は、
「子ども扱いするな。それくらいの言葉はわかるわ。」と、これまたあまりに少女じみていない、どちらかというと年寄りが使うような口調で少女はこう続けるのだった。
「迷子じゃ。見てわからんか愚図。お前のその身なりは警察官じゃろう?わしをあんないせえ」
愚図、とまで言われてしまったらそれはもう口調がどうとかの問題じゃなく単に性格の問題なんだろうが、いたいげな少女をほったらかして散歩を続けるようであればそれこそ性格に問題がありすぎる。まあ彼女に関しては断じていたいげではないが、何より僕は警察官だ。鷺崎町に勤務してからもう一か月になるが、実に初めての警察官らしい以来となった。(鷺崎長の先月の犯罪件数は0件だった。どんだけ平和なんだよ)逆に怖いほどの犯罪件数の少い町所属と相まって初任務に大いにやる気になってきた。よし。やってやるぞ。
「お嬢ちゃん」バシッ!
いきなりどこから出したのか扇子で頭部をはたかれた。お嬢ちゃんはどこでご両親と別れたんだい。と聞こうとしたのだが出鼻五文字で強制塞口だ。まさか子供とまともに喋ることすらできないほど落ちぶれてはいないと思っていたのだが子供を持つ身ではないので子供の扱いにはなれない。ただ今回に限ってはこの子が特別なだけだと思う。思いたいところである。
「あはは、困ったな。取り合えずその扇子はしまってもらえるかな?どうして急に僕はたたかれたんだい?」今度は教科書通りの笑顔が保てているかどうか不安ではあったがもう一度質問をする。まさか、この子が明らかに変わっているとはいえ、理由もなく警察官の頭を叩くことはないだろう。もしそうであればもう本件は僕の仕事ではなくなる。さすがに手におえない。
「その癪に障る口調をやめろ。それと子ども扱いはするなといったじゃろうが」
どうやら「お嬢ちゃん」が気に入らなかったらしい。もし子供がみんなこれほど横暴なのであれば元からさして高くもない結婚願望が猶更薄れることとなる。
「だったら名前、名前を教えてくれるかな?おじょ・・あ」バシッ!
今のは完全に僕のミスだが全く一文たがわず同じ場所を叩かれたからか、一度目よりも強かった気がする。それほどに子ども扱いが嫌いなのだろうか、見ても十歳、十一歳程度であるのだからどこでも子ども扱いはされるだろうに毎度毎度この態度で大人に接しているのかと思うと今もこの子の両親は気が気でないのではないだろうか。
「駁木かもめ」
そう、少女は名乗った。
駁木かもめ。なかなかに聞き覚えの無い名前をしている。子供の個性を出すために、あえて一風変わった名前を名付けたのだとすれば、今の状況に至るまでのこの子の性格を鑑みるに大成功といった所だろうが、さしてその個性の被害者である僕としては、少々この子の親のセンスにはいら立ちを覚えずにはいられない。何はともあれ、名前を聞き出せたわけだから、やっと本題に入ることができる。
「かもめちゃん・・・でいいのかな?どうやってご両親と別れたのか教えてくれるかい?」
彼女の攻撃におびえながらの質問ではあったが、どうやら呼び名は「かもめちゃん」でよかったらしい。ここで、もっとも安全策である「駁木さん」と呼ばなかったのは、さすがに少女に対して敬語を使うことに抵抗があったからだが、どうやら功を奏した。大人としてのメンツが保たれた。彼女は、思い出すように少し思案してから答えた。
「両親と別れたのはつい先刻じゃ。わしが先導して歩いとったところをふいに振り返ってみればどちらともいんでおってな。まあ驚きこそしたもののこんなものもあることかと散策しておったらお前を見つけたのじゃ。」やっとのことで、両親と逸れたころの情報を与えてくれえた。出来ればここまで無傷で来たかったものだ。
まるで、両親のほうが迷子にでもなったかのような口ぶりだが、そこに触れると、またあの扇子の餌食になりかねないので、言及は控える。
「なるほど。よくわかったよ。かもめちゃんのご両親は必ず見つけるから安心しておいて。」
二度もたたかれてじんじんと痛む頭をさすりながら、取り合えず安心させるように言葉を重ねる。大人ぶってはいるが何も本当に大人だったなんてことはあるまい。あの子の実際の心情などわからないが、実はかなりショックを受けている可能性だってあるのだ。
「じゃあこれから━━━━━」
じゃあこれから、どうするべきなんだろう。迷子の案内など初めてのことだし(迷子以外の事件も担当したことなどないが)どうすればよいのかわからなくなったのだ。どこかの建物や敷地内であれば迷子センターなり何か対策が打ってあるのだろうが、敷地外となると話は別だ。警察学校で事件に遭遇した際の対処など一通り習ったはずなのだが、一か月も半無職状態でおおよそのことを忘れてしまっている。一度彼女を連れて、派出所にかえるべきだろうか。しかし、別れた時刻が先刻であるならば意外とすぐに見つかるかもしれない。それにほとんど忘れていたがここは僕の地域の管轄外だ、もし派出所で引き取ったとして、彼女の両親はまずここの区の警察に相談するであろう。もちろんそうであるならば、二度手間、ワンクッションはさむことになるが彼女を親元に返してやることができる。彼女にとってはこれが最善。でも僕にとってはどうだろう。初めての仕事で自分の部署をほっぽりだし、他区を散歩していたなんて知られたら僕の署内での評判はどうなる。それにこれが初めての仕事というのもある。他区への散歩、もといパトロールを警戒されてしまったら、これが僕の人生最後の事件ということになるのだ。それだけは避けねばなるまい。唯一の担当事件で問題を起こしてしまうことはもちろん、この半無職状態の不変な生活の唯一のスパイス、他区への散歩を守らねばなるまい。だからと言ってここで少女、駁木かもめを放置しておくことなどできるわけもない。僕は仕事をさぼってただけだからそこらの大人に相談しておいて。なんて言ったところで、彼女は動じずに両親の捜索を再開するだろうが、それも表面上の話、先ほども言ったが、彼女が実際どんな心境をしているのかなんてわからないのだ。それに、僕の道徳心というものもある。昔のような燃える正義感はとうに消えてしまったが、人並みの善意ぐらいは持っていると自負している。
ようやく続ける言葉が決まった。
「じゃあ、おまわりさんに付いてきてくれるかい?お嬢ちゃん」
3
三度目になる扇子を食らって、彼女の親の捜索を始めてから2時間。日も落ちかけて赤くなってきてはいたが、今だ、彼女の両親の足取りを一向につかめていなかった。もはや最初の威勢はとうに消え失せ、路頭に迷った警官と、終始やけに堂々とした佇まいの少女が、最初に話しかけられたベンチで二人、途方に暮れていた。初めに、両親の話をしたときに両親の情報をもっと聞いておけばよかったと、いまさらながらに後悔した。近くにいればわかる、と彼女が言うので、まあその意見ももっともだと思い、服装を聞くのも面倒だと、どうせ数分で見つかるだろうと高を括って、いざ捜索をしてみるとこのざまだ。一時間が過ぎたところで流石に僕も焦り始めて、自分の地区に迷いこんだとして、鷺崎町派出所で保護しようとも考えたけれど、しかしほかの地区ならともかく、この事件がきっかけで、名産も観光地もない鷺崎町の唯一の売りである犯罪件数の少なさ、という唯一のブランドを失ってしまうことを恐れて、僕はいまだ行動に出ずにいた。僕が話下手なのと、彼女もあまり自分から話すタイプではなかったのとが相まって、この二時間ほとんど会話がなかったのだが、そろそろ諦めて警察署に届けようかと考えていると、ようやく彼女が口を開いた。
「警察署には帰らんのか?」
開口一番、余計な言葉をそぎ落とした遠慮も気遣いもない簡潔な言葉で痛いところを突いてくる。しかし言われてみれば今まで言われなかったことが不思議なぐらいのごく当然の質問であったのだが、言いたいことをズバズバという性格の彼女のことだ。もっと早くに聞かれていても何らおかしくはなかった。今までは僕がその案に気づいたうえで、あえて何らかの理由があって、行わなかったのだろうと仮定していたものが、万策尽きた僕の様子を見て、さすがに気になってきたのだろう。しかし、この質問に正直に答えていいものだろうか。今まで警察署に行っていなかったのは、完全にこちらの都合であるわけだし、彼女には一切関係ないことだ。こちらの都合で二時間も時間を浪費してしまった手前、このまま僕に任せてついて来いとはなかなか言えない。この子ほどの図々しさもメンタルも持ち合わせていないのだ。
「ああ、そうだね。もう日も暮れてきているし人探しには向かないかな。警察署に行こうか」結局、警察署に行かない理由は話さず折れることになったので、本当にバカみたいなセリフになってしまった。次いで今まで警察署に行かなかった理由を聞かれようものなら、観念して全部話してもよかったのだが、別にそういうわけではなかった。彼女はベンチから飛び降り、こちらを振り向いて、力強い目つきで見つめて、こういった。
「合格じゃ」
4