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ホットドッグ王子の受難

作者: 八木愛里


「ハル、こっちまでこれる?」

「シイ、あぶないよ。そんなところのぼったら」


 小さな子どもが本棚に登っていた。もう一人の子どもが必死に止める。天井は高く、本は天井まで敷き詰められている。


「ほら、これ。わたしオススメのほんだよ」

「ちょっとまって。いまハシゴをかけるから」


 ハルと呼ばれた子どもは、ハシゴを重たそうに運んでくる。


「だいじょうぶ、だいじょうぶ」


 シイは本を片手で持って降りようとしている。


「まって」

「え、きゃあ!」


 シイは足を踏み外した。ハルは咄嗟とっさに魔法を使おうとしたが、反応が遅れた。シイは本と一緒に床に落ちる。


「いたた……」

「だいじょうぶ? あしがはれてる。おとなをよばなくちゃ」

「だめ! ないしょでここにきたこと、バレちゃう」


 シイは痛みで顔を歪ませる。


「……いまからわたしがやること、おとなにはないしょだよ」


 ハルの言葉にシイは「どういうこと?」と聞く。

 ハルは指先で空中に魔方陣を描く。指が通り過ぎた線は紫色の光が帯びる。


「せいれいよ。わたしのなのもとにちからを……。せいなるひかり、はるかなるかぜ、ははなるみず。ヒールライト」


 シイの足元に光が集まる。暖かい光だった。


「きれい」


 シイは小さな手をかざして光を見つめる。

 光が痛みを食べていくようで、赤みが引いていく。光が飛び跳ねるように消えていくと、シイはゆっくりと足が動かした。


「ハルはかいふくまほうがつかえるんだね。すごい」

「おとなにみつかるまえにいこう」


 ハルとシイはお互いの顔を見て頷く。

 本棚に隠れながら出口を目指したが、すぐ大人に見つかってしまった。魔法を使った気配で、既にバレていたのだ。




*****



 ヴィルデール王国の第三王子は魔力が強く生まれた。ヴィルデール王国の至宝とも呼ばれ、王家の三男として育てられる。

 魔力の強さ(ゆえ)、南の魔女から狙われることになった。何が狙われたかというと、身柄そのもの。夫になってほしいということだった。


 17才になったとき、第三王子は寝ていたところ抵抗空しく南の魔女に連れ去られる。

 南の魔女の城は、日暮れになると悪魔の影が浮かび上がることから悪魔の城とも知られていた。


「汝、私の夫にならぬか」


 南の魔女は第三王子に問う。


「このような無礼を働いていてよくそんなことが言えるな。もちろん断る!」


 第三王子は縄で捕らえ、口だけが解放されていた。魔女はフードに隠されて表情が見えないが、苛立ちを隠せないようで杖でトントンと机を叩いている。


「私の求婚を断るとな。お前の方が無礼ではないか。特別な呪いをかけてやろう。この呪いを解くには私の夫になるしかあるまい」


 魔女が呪文を唱えると、床に魔方陣が浮かび上がる。風が巻き起こり、魔女のフードが揺れて顔の下半分が見える。


「ば、化け物……!」


 魔女の左側が火傷跡になっていた。片目は眼帯が付けられている。

 第三王子は魔女の異形と、迫りくる恐怖に唇を噛み締める。


「化け物になるのはお前の方さ。私の求婚を断ったこと、後悔するがいい――」


 背中が焼けるように痛んだ後、第三王子は意識を手放した。


 ヴィルテール王国に四人の王子がいたが、魔女の呪いのせいで、人々は三人目の王子の存在を忘れてしまった。

 第三王子は町中に放置された。第三王子であると気づく者はいない。

 ホットドッグが道端に落ちているとしか認識できなかったからである。それも、新鮮なレタスと肉厚のソーセージがはさまれた、とびきり美味しそうな。




*****



 俺はヴィルデール王国の第三王子だった。ついこの間までは。

 魔女に姿を変えられてからは散々な目にあった。

 細い手足に小麦色の肉体、それも表面パリパリで中身はフワッとしている。瑞々しいホットドッグになっていた。水溜まりで自分の姿を見たときには驚いた。ホットドッグが直立しているようにしか見えない。

 よく見たら、パンの上の部分には小さい目が付いている。まばたきもできる。

 しかし、敵が多すぎる。

 気がついたときには、猫にくわえられていた。無我夢中で何かを放出したところ、逃げ切ることができた。猫にはケチャップソースがかかっていた。身震いしてケチャップソースを落とそうとしても、ベッタリと貼り付いて落とせないようだ。

 そうか、対抗できる手段があるのか。ケチャップ砲と名付けよう。

 移動にも気が抜けない。空からも天敵がやってくる。鳥が目ざとくやって来て、つついてくるのだ。不思議と体の痛みはそれほど感じない。魔女の呪いの効果が関係しているのか。でもわかる。すべて食べられたら死ぬ。

 鳥につつかれた部分が、表面の皮がめくれてしまっている。人間でいうとかすり傷だ。

 回復魔法と、思い立って魔法を使おうとするが、魔法は封じられていた。ヴィルテール王国でも随一と言われた魔法使いだったのに。こんな姿になって、武器はケチャップ砲しかない。


「あれ? こんなところに美味しそうなホットドッグがある」


 人間の少女の声だ。

 俺には敵が多すぎる。人間も敵だ。

 細い足で地面を蹴って走り出す。

 人間の一歩とホットドッグの一歩は圧倒的に違うらしい。

 少女の手が上から覆いかぶさってくる。

 もう、ダメだ……。

 意識が消えていく。




 香ばしい匂い。美味しそうな肉汁がしたたる。

 お腹減ったと思うが、思い出す。魔女の呪いでお腹は減らない設定だった。

 目覚めると、こんがり焼けたホットドッグになっていた。小麦色がさらに濃くなっている。


「君、美味しそうなホットドッグだね」


 少女は俺を見下ろしていた。ピンクっぽい髪の毛が肩の上で切り揃えられている。

 人間だ。また、意識を手放しそうになった。


「俺を食べるのか?」

「最初、罠かと思って君を焼いてみたら、さらに美味しそうになった。これは罠じゃない。でも、こんなに美味しそうなホットドッグには出会えないだろうから食べない」


 話す俺に、躊躇ちゅうちょすることなく少女は言う。

 俺は一つ気がついたことがある。鳥につつかれたかすり傷が消えている。その様子に少女は「傷消えたようだね」と傷があったところを触れる。


「私が見つけたときは損傷が激しくて、なんとしても助けなきゃと思ったんだ。ホットドッグ好きとしては見逃せないし。どうしようかと思って、高級パンを千切って貼りつけたら傷はなくなったよ」


「因みに、普通のパンは効かなかったよ」と少女は言う。

 高級パンで治療ができるのか。大きな発見だ。


「にしても、君。魔法の気配を感じる。けれど、魔力に蓋をされているみたいだね」


 少女はクンクンと俺の匂いを嗅いでいる。目がトロンとしてきて、俺を掴む。

 小さな手足をばたつかせる。もちろん効果はない。少女は口を開いて俺を食べようとする。

 と見せかけて、軽く笑って「うそ」と言う。


「食べないって言ったでしょ」


 あまりに無力すぎた。ケチャップ砲使おうかと一瞬考えたが、少女に放つのは俺の理性が止めた。


「君を見ていたら、ホットドッグ食べたくなってきちゃった」


 少女はキッチンでソーセージを焼いている。

 これは少女の家か。一人暮らしのようで、家具はそれぞれ小さいが使いやすそうだ。

 机には、ホットドッグ用のパンが並んでいる。その中の一つを取り出して、レタスを敷いて焼いたソーセージを入れる。ケチャップは自家製のようで、透明な瓶に入ったものだ。スプーンですくってソーセージの上にかけている。


「いただきまーす」


 少女はホットドッグを小さな口で食べている。ソーセージをパリッと音をさせて「んーたまらん」と嬉しそうに咀嚼そしゃくしている。


「なぁ。なんだか自分が食べられている気がして嫌なのだが」

「美味しそうな匂いをさせている君が悪いんだよ」


 ツーンとしながら少女は言う。


「ねえ、君の名前を教えて」

「人の名前を聞くには、先に自分の名を名乗るのが礼儀だろう」

「ふーん。偉そうな態度が(しゃく)だけど、先に言わせていただきます。私はシュカ。君は?」

「俺は○×◎△」

「ホットドッグって、そのままの名前なんだね」

「○×◎△」

「ホットドッグ?」


 どうやら魔女の呪いで名前が変換されてしまうらしい。くそう。ホットドッグの呪いだ。俺は開き直った。俺の名前はホットドッグだと認めよう。


「ホットドッグという名なのだが、君の方がましだな」

「え?」

「君でいいさ」


 まだ人間であるような気がするからな。

「意味わからなーい」とシュカは口を尖らせる。




*****



「なぁ、ホットドッグにはマスタード付けないのか?」

「付けないよ。辛いの苦手だもん」


 小さく頬を膨らませてシュカは言う。

 第三王子は袋に包装されて、バッグの中にいた。頭を出して外の様子を眺める。

 昼時で賑わう繁華街を抜けると王城に近づく。特に、今日は建国記念日のため人通りは多い。

 シュカは市場で東方の香辛料を物色して、緑色の粉を買う。自家製ケチャップを作るのに必要だと言う。


「そろそろ始まるね。君はこれを見たかったんでしょ」


 ラッパのファンファーレが鳴り響く。正装の歩兵、騎馬隊が進み出ると大きな歓声が上がった。最後に黒いマント羽織った一団が手を振る。口笛を鳴らす人、手を叩く人で歓声に満ちる。

 シュカは大きく手を振る。


「魔法軍だね。カッコいい」

「そうだな」


 俺は魔法軍の一団を管轄していた。軍の中でもトップレベルの彼らは心強い。知り合いは何人か見つけるが、今の俺には眩しすぎた。


「王家のお出ましだね」


 シュカは俺の向きを変えて上を見やすくする。

 王城の屋上から、国王、王妃、三人の王子が出てきた。


「王子は皆才能があってこれからが楽しみだよね。第一王子フレッドは社交性があって、外交はもちろん国王の臣下からの信頼が厚い。第二王子クランツは参謀としての期待が高く魔法軍の管轄も兼任していて、第三王子マリウス本好きで独自に言語学の研究をしている」

「第三王子マリウスだと! しかも第二王子クランツが魔法軍の管轄を兼任している?」

「そうです。王子の兄弟は三人じゃないですか」


 俺は第三王子だった。王子の兄弟は四人だった。

 まさか、俺は最初から存在しなかったことにされているのではないか。三人の王子を見せつけられると自分が必要とされていないようで悔しくなる。

 どうやら魔女の呪いは強いらしい。人々の記憶の操作までしてある。そりゃそうだよな。一国の王子がいなくなったとなったら大騒ぎになるよな。


「帰るぞシュカ」

「急にどうしたんですか。本番はこれからですよ」

「どうせ、くだらない国王のスピーチだろう。聞くだけムダだ」


 バッグの中で、後ろに寝転んだ。最近気づいた。バッグの中は揺りかごのようで快適だ。

 シュカは続けて俺が何かを言うのを待っていたようだったが、諦めて小さく伸びをした。


「もったいない気もするけど、行きましょうか。人の流れで混む前に」


 シュカは小さく言って、人の流れに逆らうようにその場から去った。




*****



「あいつの気配しねえか?」

「サイラス。俺は何にも感じないけど」


 魔法軍の中で手を振りながら、サイラスは視線を走らせる。少女が人の間を縫うように、背中を向けて歩いている。


「これからが本番なのに帰っちゃうんだね」

「参加は自由だろ。……違和感は気のせいだったようだ」


 サイラスは一つ息をついて、営業スマイルに戻る。


「サイラス兄さん、口ひきつっていますぜ」

「ニコル。いい加減仕事に集中しろ」

「しゃーせん」




*****



 寝起きにシュカが「こんなところに美味しそうなホットドッグ」と言って食べそうになる以外は、安全な日常を過ごしていた。


「王子が四人いて、そのうちの一人が君だったって? しかも南の魔女から魔法にかけられた仮の姿?」


 信じられないとシュカは言う。口に含んだ食べ物が出る勢いだ。


「どうしてそんなに怒りを買ったの?」

「……結婚を迫られて断った」

「それは。南の魔女は極端な人だからなぁ。因みにどんな状況で?」

「夜に寝室から連れ去られて、縄でぐるぐる巻きにされた姿で夫になれと言われた。これは脅迫だろう」

「不可抗力じゃないですか。そんな経緯でホットドッグになってしまったと。かわいそうに」

「無力なホットドッグさ。俺がいなくても王城は成り立っているしさ」


 ショックだった。俺のいなくても世の中が回っていることが。何事もなかったように皆が過ごしていることが。王子たちの笑顔が、魔法軍の力強さが、人々の羨望が。


「そんなに落ち込まないでよ」


 シュカは少し考えて、手のひらに握りこぶしをポンと置いた。


「今日は仕事に行くんだけど君も来る?」

「断る理由はないが、シュカはどんな仕事をしているのか?」

「お師匠様のお手伝いだよ」


 ヴィルデール王国には四人の特権階級がいる。


 東の魔女ミランダ

 西の魔女サーシャ

 南の魔女ルコラ

 北の魔女ウィンスト


 それぞれ国の要所を守ることが任務であり、魔力の高い者が選ばれる。役目さえこなしていれば、それ以外は自由だ。自由とはいっても、国王からの命令があれば城へ参上することといった最低限のルールはある。

 年齢順で並べると年上からミランダ、ルコラ、サーシャ、ウィンストとなる。特権階級にはお目にかかる機会は少ないので、実際の年齢はあまり知られていない。


「私のお師匠様は東の魔女ミランダ様だよ」


 シュカは魔女の城へ歩きながら言う。

 そういえば俺が拾われたのは東の魔女の領域内だった。東の噴水を抜けると赤レンガで敷き詰められた道になる。必死に逃げていたからか気づかなかったが。

 ホットドッグの呪いをかけられて以降、四人の特権階級と聞いただけで身震いする。遠目で見たことがあるだけで、南の魔女以外は会ったことはない。

 石造りの壁を越えると東の魔女の城があった。城の壁も石でできていて、空気もひんやりと冷たい。床の間接照明で廊下が薄く見える。


「ここが応接室。お師匠様呼んでくるから待っていて」


 シュカは俺を椅子に乗せると、パタパタと走っていった。ホットドッグの体でも、椅子に弾力性を感じた。いい椅子だなぁ。

 暖炉には火が炊かれている。適度な照明などの調度品から感じるが、東の魔女は趣味がいいようだ。

 それに対して南の魔女の城が酷すぎた。俺が連れ去られたときの南の魔女の部屋には無数のクモの巣があって、絨毯は破れかかっていた。動物の剥製、骸骨などを飾ってあって悪趣味としか思えなかった。

 シュカが扉を開けると、後ろから東の魔女が入ってきた。


「君がホットドッグ王子だね。私は東の魔女ミランダ」


 ミランダはハッと口を手で押さえる。暗くて顔はよく見えない。


「私も君の名前を呼べないようだ。ということは、残念ながら南の魔女の呪いは私では解けない」

「名前が呼べる人じゃないと呪いが解けないのか」

「そうだな」


 俺の疑問に答えたところで、ミランダは水晶を取り出して手をかざす。

 水晶の光で薄ぼんやりミランダの顔が映される。想像したより若かった。金髪で、黒いドレスを着ている。年齢不詳の婦人だ。南の魔女が40代くらいで、それよりも年上というなら一体いくつなのだろう。


「魔法だけでカバーできないところは神に聞くのだよ」


 そう言ってミランダは目を閉じる。

 映像が映し出されているはずだが、俺にはもやがかかっているようにしか見えない。

 ミランダは「ふむ」と言いながら手を下ろした。


「シュカ。ホットドッグ王子を連れて、おつかいに行ってくれないか」


 俺の名前を呼んでいるつもりだろうが、ホットドッグ王子としか聞こえない。


「わかりました。お師匠様!」

「これを王城に届けてほしい」


 小さな木箱だった。魔法の気配がした。城にいたときに何回も見たことがある。


「君、見なくてもわかるでしょ。この中身は魔法鉱物。私のお師匠様は魔法鉱物を精製する仕事をしているの」


 遥か昔の魔物が、年月を経て化石となる。その化石を精製すると液体状の魔法鉱物になる。魔法鉱物は重要な資源で、魔法軍の防具として加工される。古代の魔物の防御力を付加できるので、防具に加工される場合が多い。

 化石を精製するには特別な技術が必要だ。師匠から弟子に口伝され、技術を持つ者は少ない。東の魔女から魔法鉱物を取り寄せていたとは初めて知った。

 シュカは箱から赤い液体の入った瓶を一本取り出した。俺は見た瞬間にわかった。


「純度の高い魔法鉱物だな。混じりけがなく、中が透けて見える」

「でしょ」


 俺が驚いたように言うと、シュカは歯を見せて笑った。


「これは特別な魔法鉱物だ」


 ミランダは手に青い炎を灯す。火の魔術と風の魔術を同時に使わないと青い炎は出すことはできない。技術が高いことがわかる。

 ミランダは赤い液体の入った瓶の中身を、もう片方の炎のある手にかける。炎は消えた。

 この動作が説明だったらしい。特別な魔法鉱物の意味がよくわからない。

 俺の疑問に答えるようにシュカは口を開く。


「これは魔法による攻撃を無効化できる魔法鉱物なの。炎が消えたでしょ」

「魔法による攻撃を無効化できる――」


 それだったら、俺の呪いも解くことができるのではないか?


「残念だが、ホットドッグ王子の呪いは解くことができないよ。攻撃を無効にできるのであって、攻撃された後の効果はないのさ」


 すかさずミランダは言った。




*****



(ねえ……なんか睨まれていない?)

(さあ……)


 シュカは小声で俺に話しかけた。俺は背中に大量の汗をかいている、たぶん。



 シュカと俺はお師匠様のおつかいで王城に魔法鉱物を届けにやってきた。着いた先は変化前の見慣れた光景。魔法軍の訓練施設だった。

 魔法剣の訓練を横目に見ながら、休憩室に通される。そこには第三王子時代の仲間――ニコルとサイラスがいた。


「あれ、建国記念日の式典、途中で帰っちゃった子じゃん」

「え? まあそうですけど……」


 ニコルに話し掛けられて、シュカは驚きを隠せない。


「ミランダ様のお弟子さん困っているじゃないか。こいつが失礼した。目だけは良い奴で」

「目だけって失礼な」


 ニコルとサイラスは実戦だけでなく、普段の掛け合いも息が合っている。

 サイラスに促されて、シュカは魔法鉱物を取り出して、使用方法の説明を始めた。ニコルは「魔法を無効化できるって、応用範囲が広いんじゃないか」と盛り上がっている。

 俺はシュカのバッグの中にいたが、冷たい視線を感じていた。シュカの話に反応するのはニコルだけで、隣に座るサイラスは腕を組んでいるだけで言葉を発していない。

 恐る恐るバッグから目元を出すと、サイラスの睨む目と合ってしまった。慌てて目を引っ込めるとバッグからボフッという音があがる。

 沈黙の音が流れた。シュカは「バッグに変なものが入っていたようで……」とバッグの形を整える。


(ねえ……なんか睨まれていない?)

(さあ……)


 シュカは小声で俺に話しかけた。俺は背中に大量の汗をかいている、たぶん。

 サイラスがブーツの音を立てて近づいてきた。


「先程から美味しそうな匂いを漂わせているが、万が一危険物の可能性がある。中身を出してもらおうか」


 そうか、美味しそうな匂いは隠しきれなかったのか。

 拒否権はなかった。シュカが俺を取り出し、「こちらです」とサイラスに見せる。俺は直立不動で下される判定を待つ。

 サイラスは俺を受け取り、2、3秒沈黙する。


「……ホットドッグ王子が、ホットドッグになってしまった!」


 魔女の呪いで俺の名前が呼べないようだ。しかし、俺をホットドッグ王子と呼んでくれるのならまだ救いがある。王子の一人だと覚えてくれているからだ。


「ホットドッグ王子の存在はサイラスと俺以外、皆忘れてしまったようだよ。名前も呼べなくなっているみたいだしね」とニコルは話を付け加える。


「なぜ、魔女の呪いがお二人には効かなかったのでしょうか」


 シュカは疑問を口にする。第三王子の存在をニコルとサイラスだけが覚えていた。東の魔女ミランダでさえ効いてしまう強い呪いであるにもかかわらず。


「ホットドッグ王子がいなくなったあの日、俺とニコルはミランダ様から、この魔法鉱物のサンプルを預かっていた。魔法鉱物に触れることで、魔女の呪いを一部無効化できたのではないだろうか」


 サイラスは思い出して、一つ頷いた。


「ということは、お二人以外にはホットドッグ王子がいたと覚えている人はいないということですね」

「そうだと思うよ、ミランダ様のお弟子さん。ホットドッグ王子と言ったら、皆から奇妙な顔をされてしまったからね」


 ニコルが苦笑した。そりゃホットドッグ王子と聞いたら微妙な反応をするだろうな。




*****



 青年は水晶に映像を映し出した。南の魔女――ルコラは映像が進むごとに眉間の皺を刻んでいく。


「……と、こんな感じです」

「こんな映像出せと誰が言った? ホットドッグ王子が順調に仲間を増やしているだけではないか」

「この映像を出せと言ったのはルコラ様ではありませんか」


 弟子である青年は小さくボソッと言う。ルコラは睨みを利かせる。


「くそう。これでは、ホットドッグ王子が食べられそうになっている危機一髪の瞬間、助けに入って『ルコラ様、惚れ直しました』と言わせる計画が台無しではないか」


 青年はルコラの歪んだ性格に慣れてしまったようで、ハイハイと軽く流している。

 ルコラは「もういいわ」と言い、仕事机に戻る。ルコラの仕事は魔法石に念を込めて、お守りの作成をしている。お守りの効能は高く、王国からも戦闘祈願の注文が入る。

 ルコラの真剣な横顔を見て、青年は「ホットドッグ王子が絡まなければいい方なのですけどね」と悲しげに呟く。ホットドッグ王子が17才になるまでは我慢していたらしいが、誕生日が過ぎたところで感情の抑えが利かなくなってしまったようだ。


「僕、いいこと考えました」


 青年の声に、作業に没頭していたルコラは「なんだ」と顔を上げる。


「僕がホットドッグ王子に変身して王城に戻ります。長旅からの帰還とすればいいでしょう。そして言うのです。東の魔女ミランダ、美味しいホットドッグをお持ちのようだ。献上するように、と」

「確かにお前の変身技術は並外れたものだが……」

「第三王子の存在を隠したルコラ様の技術と僕の変身技術があれば大丈夫ですよ。――ですが、かなりの方に迷惑をかけています。ホットドッグ王子に、王族に、東の魔女ミランダ様に、民衆に。これで終わりにしましょう」


 ルコラは弟子の負担が大きいことに悩んでいたようだったが、渋々首を縦に振った。




*****



 数日後、ホットドッグ王子が長旅から帰還したという噂が広まった。人々はホットドッグ王子という名前の奇妙さを忘れ、知らずのうちに王子が四人いたことを思い出していた。


「美味しいホットドッグを献上するように!?」


 シュカは驚きの声を上げた。ホットドッグ王子の本物は目の前にいるのだから、王城に戻ったホットドッグ王子は偽物に違いない。ホットドッグを献上するということは、明らかにホットドッグ王子に危険が迫っている。


「お師匠様、断りましょうよ」

「だめだ。王家の命令には逆らうことはできぬ」

「それじゃあ……」


 諦めるしかないのですか? とシュカは涙目になる。ミランダは「そうだ……最早ここまでか」と心無く言った。


「君、ホットドッグ王子。これ以上はどうしようもできません。献上されるしか、君の生きる道はなさそうなのです」

「心配するな。王家の命令に逆らうことになったら、シュカ、ミランダにも被害があるかもしれない。俺がいなくても王家が存在することはよくわかった。大丈夫だ」


 シュカは訴えるように俺を見つめる。心配してくれる姿が嬉しかった。俺が人間の姿だったら、かなり顔の距離が近いだろう。ほんの出来心で意地悪を言ってみたくなった。


「……呪われた王女様は王子様のキスで元に戻ると言われている。キスでもしてみるか?」

「なんてことを言うんですか! 初めてのチューですよ、お断りです!」

 

 シュカは真っ赤になって、俺の顔面を引っぱたいた。頭頂部が少し歪んでしまったホットドッグ王子は、「言ってみただけなのだが」と言うタイミングを失ってしまった。




*****



 東の魔女ミランダとシュカは、俺を連れて王城に参上した。謁見の間には、偽のホットドッグ王子と、その後方に南の魔女ルコラが控えていた。相談役として偽のホットドッグ王子が引き抜いたらしい。


(お師匠様、魔力が満ちていますね。明らかに罠が仕込まれています)

(くっ……。そうだな)


 ミランダとシュカは謁見の間に入るのを少し戸惑った。

 魔法使いは、他の魔法使いが魔力を張り巡らせた空間に入ることを嫌がる。本能的に自己防衛するため、魔力の反発があるからだ。そのため、他の魔法使いの空間に入るときは、自分の魔力の存在を消す。つまり、丸腰で挑むようなものだ。

 献上品を持ってきた二人は、魔力を消して謁見の間に入った。


「東の魔女ミランダ、参上いたしました」


 ミランダは頭を下げた。横にいるシュカも一緒に礼をとる。


「東の魔女ミランダ。堅苦しい挨拶はもうよい。早速、その美味しそうなホットドッグをいただこうか」


 偽のホットドッグ王子は「こちらへ」と献上品を置く煌びやかな台へと手招きする。その献上品を置く台も、明らかに魔力が満ちている。

 シュカが袋に入ったホットドッグを持っていた。袋を持つ手に少し力が入り、袋がクシャと音がする。


「さあ、シュカ。置くのだ」

「はい……」


 ミランダに促され、シュカは前に進み出る。魔力が少ない者の方が魔力の反発も減る。そこで、献上品を置く役目はシュカになった。

 シュカのホットドッグを持つ手が少し震えた。


「さあ、怖がらなくてよい。こちらに置けばいいだけなのだ」


 偽ホットドッグ王子の言葉に、シュカは唇を噛む。献上品の台の前に立ち、ホットドッグを台に降ろそうとする。


「やっぱり嫌です!」


 シュカは首を振り、「精霊よ。……天の怒り、地の怒り、この手に宿れ、サンダーストーム!」と詠唱して魔力を解放し、偽ホットドッグ王子と後方の南の魔女ルコラに向かって電撃を放った。


「シュカ、いけない!」


 ミランダは叫び、シュカの元に走る。

 電撃は偽ホットドッグ王子の近くで方向を変えて、シュカを襲ってきた。シュカは咄嗟とっさにホットドッグをミランダへ投げる。シュカは避けることができず、電撃を真正面に受けてしまった。シュカは、そのまま倒れた。

 ミランダは魔力の反発による副作用――攻撃が自分にかえってくることを知っていた。ミランダはシュカを治癒したかったが、治癒魔法は無効になってしまう。だが、早く治療しないことにはシュカの命も危うい。

 どうするか、とミランダが前を向いたら、手元にあるホットドッグから赤い液体が前方に発射していた。


「なに! 前が見えないぞ!」

「なによこれ!」


 赤い液体が偽ホットドッグ王子と南の魔女ルコラの顔にベッタリと張り付いていた。粘着性が高いようで剥がそうにも伸びるばかりで取れそうもない。


「ふっふっふ! ケチャップ砲だ!」


 ホットドッグはミランダの手を離れ、床に着地する。


「今のうちに、シュカを連れてこの空間から退散しよう、ミランダ様!」

「そうだな……。あ、後ろ!」


 ホットドッグが後ろを振り返ると、南の魔女ルコラの術で槍状の塊が上から降り注いできた。防御魔法、と思ったのだが、魔法は封じられて使えない。

 強く念じると、体の内側が熱くなり、膨れ上がるような感覚だった。実際、膨れ上がっていた。ミランダとシュカを守るように盾の大きさになった。槍状の塊は巨大になったホットドッグのパンの部分に刺さった。

 パンでできた肉体とはいえ、刺さってしまったら致命傷だろう。地面に擦れただけでかすり傷なのだから。

 槍状の塊はパンに深く沈み込んだが、力を入れると外側に弾き飛ばすことができた。


「ば、化け物……!」


 南の魔女ルコラは絶望したような声をあげる。


「お前に言われるのだから、そうかもしれないな! さあ、元に戻る方法を教えるのだ」

「……元には戻すことはできない」

「なんだと?」

「ホットドッグ王子の本当の名前を呼ばれないと元には戻れない」

「なんだと!」


 私の夫になれば元に戻る、と言っていたのは嘘だったのか!?

 そういえば、自分の名前をずっと名乗っていなかった。

 俺の名前は……。ホットドッグ王子、な訳ないだろう! おかしい、自分でも思い出せない。よく考えるのだ。第三王子の……。魔法が得意だった……。ヴィルデール王国の至宝とも呼ばれた……。頭の中から自分の名前だけが消え去っている。


「俺の名前はなんだ!」


 南の魔女ルコラを見ると、強く首を振っている。どうやら、南の魔女ルコラの魔法には誤算があったらしい。自分を含め、国民すべてから俺の名前を消してしまったようだ。

 そのとき、意識を失っていたシュカが薄く目を開けた。ミランダが駆け寄って様子を見ている。


「こんな風に昔、守ってもらったことがあった……」


 シュカは夢から覚めたばかりの声で言う。


「なぜかわからないけど思い出す。昔、お師匠様に連れられて図書館にいたときに仲良くしてもらっていた子。でもその子は女の子だったような。ハル……。ハリエット、違う。ハロルド」


 ハロルド。胸の中にストンと落ちた。俺は第三王子のハロルド。魔法が得意だったハロルド。ヴィルデール王国の至宝とも呼ばれたハロルドだ。

 白い煙がホットドッグの周囲を包み、まばゆい光が満ちる。白い煙の中に人の形が浮かび上がった。


「……南の魔女ルコラ、覚悟しておけよ」


 煙が消え、魔法軍の軍服を身に着けたハロルド王子が現れた。南の魔女ルコラは恐れで腰を抜かし、ホットドッグ王子に化けていた青年の変身は解けている。


「精霊よ。私の名のもとに力を。善には施しを、悪には天罰を。ジャッジメント!」


 精霊は時に気まぐれだ。精霊の審判の結果、魔力を張り巡らせた空間そのものの破壊になった。しかし、魔力の空間を破壊するには、相手の魔力より上回らなければならない。

 魔力の気配が消え去った。震える南の魔女ルコラをハロルド王子は睨みつける。


「王子の誘拐に、人々の記憶を操作するなど許されないことだ。そこにいる、ニコルとサイラス、この二人を捕えておけ」

「「はい」」


 扉を開け放ち、ニコルとサイラスが現れる。南の魔女ルコラは憑き物が落ちたように捕えられた。


「これで目は覚めたでしょうか」


 南の魔女ルコラの弟子である青年は小さく呟く。


「まさか、お前。こうなることをわかっていて……」


 縄で拘束されながら、南の魔女ルコラは屈辱の表情を浮かべる。


「ルコラ様を止められなかった責任は僕にもあります。どこまでも付き合ってさしあげますよ」


 青年は寂しげに笑った。




*****



「聖なる光、遥かなる風、母なる水。ヒールライト」


 ハロルド王子が魔法を唱えると、シュカの傷が暖かい光とともに消えていった。


「ありがとう。君は、小さいときによく遊んだハルだったんだね。ハルは自分のこと『わたし』って言うし、私よりも可愛かったから女の子だと思い込んでいたよ」

「反応に困るな。……俺はシュカのことシイだと気づいていたのに」

「えっ! そうなの?」

「ミランダ様の弟子と聞いた時点でわかった。だが魔女の呪いで、自分の名前に関係することが話せなかったしな」


 シュカは「そういえば」と言って、ハロルド王子を見る。


「槍みたいのが刺さったのは大丈夫だったの? 見たところ傷はないようだけど……」

「それは――」


 ハロルド王子はポケットから赤い石のペンダントを取り出す。

「これは、もしかして」とシュカはペンダントを見る。


「魔力を無効化する魔法鉱物を加工したものだ。サイラスから持たされた。ずっと首に掛けていたが、まさかこんなに効果があったとは」


 南の魔女ルコラの魔法による攻撃を魔法鉱物の力で無効にしていたということだった。


「まだ応用の範囲は広いかもしれないな。これからも協力を頼むことになりそうだ」

「そうですね」


 シュカはハロルド王子が元に戻った嬉しさと、旧友に会えた楽しさと、ハロルド王子が王国に戻る寂しさで複雑な気持ちになった。でも、元に戻れて良かったのだと気持ちを隠すことにした。


「ホットドッグ王子が元に戻れてよかったです」

「……今、なんと?」

「ホットドッグ王子、ってあれ?」


 シュカは第三王子の名前が呼べなくなっていた。ホットドッグ王子から煙が立ち、体が引っ張られる感じがして、手のひらサイズのホットドッグの姿になっていた。


「ホットドッグに戻っちゃいましたね」

「シュカ、俺の名前を思い出せないのか?」

「……ごめんなさい。ホットドッグしか出てきません!」


 魔女の呪いは強力で、本当の名前を呼んでもらわないと元の姿に戻れないようだった。




 その後、南の魔女ルコラは特権階級を剥奪され、弟子の青年とともに投獄されることになった。魔法軍の管轄により強固な警備だったが、数か月後には二人は脱獄により王国から追われることになる。それは別の話。


「おまけ ルコラの物語」を連載版の方に掲載しております。

ルコラとその弟子の物語です。

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― 新着の感想 ―
[一言] このお話は、長編に仕立てても良いのではないでしょうか?
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