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自由の中で

 ジョンソンと話すことが出来るのは一週間に一度だけだった。


偽装用の履歴に書いてある通りに情報軍のダミー会社に一週間に一度行き、細かい精密検査を行う。その後、ジョンソンと話をする。その他は連絡を取ることもできず、俺は無為に時間を過ごす。


 シャワーを浴び、朝食を取り、何となくコーヒーを飲んだ。


 訓練所の時ほどではなかったが、夢の中で蘇ったフラッシュバックで食欲がなかった。


 コーヒーは苦くて不味かった。食事を終えると、食器を洗ったが、それが一番楽しかった。何だか、無為ではない気がした。


 光への過敏、頭痛、記憶障害を軽くするという薬を説明通りに飲みほす。訓練所からずっと俺はこれらの薬を飲み続けている。外傷性脳損傷のせいだと言う。


 カラーコンタクトをつけ、かつらをかぶり、帽子を乗せ、伊達眼鏡をかけた俺はどう見ても別人だ。だが、明確に自分を定義することもできない。筋肉を隠すように服を着て、街に出る。本屋に行って、シモンに勧められた本を買って、適当に映画を観た。映画は隣で銃撃映画がやっていると気が気でなかった。隣で戦争映画をやっていたら、我慢せずに映画館から出た。映画を見た後は感想の共有を行うサイトを見つけて、話し合える可能性のある人を探す。


 俺はふっとすべてを無為に感じ、時間がある限り情報を集めたいと思った。図書館に通い、何件も梯子をして自分の情報を探った。CIAを初めとするスパイの実録や陰謀論じみた本まで借りて読んだ。ISAやデルタフォースの実録を広く浅く調べたが、0I機関の内容は載っていない。行方不明の子供の記録を調べるのはジョンソンにばれずにできないと感じたのでやめた。


 家に帰ると、訓練所に居た時よりもフィジカルトレーニングを行って、心理学や自己啓発本を読んで時間を潰した。


 俺はふっと文字を読むのが嫌になり音楽を聴いてみた。心地よかったがこれに意味があるとは感じられなかった。


 たまに酒を飲みに行き、そこの雰囲気を感じていた。だが、本当の意味は分からなかった。何故、人間はそんな事をしているのか早く知りたい。


 無為に一週間が過ぎ、ダミー会社で精密な検査を行う。ナノマシンの挿入がないか、生体、精神に何らかの影響がないかを検査する。それが終わるとジョンソンが対話室に現れた。


「よう、レイ。楽しんでいるじゃないか」久しぶりの姿は恐ろしく懐かしく感じられ、目頭が熱くなった。


「旦那! 懐かしい」俺は久しぶりに会話をした気がして、感激した。


「どうしたんだよ」ラフな格好のジョンソンが手を広げる。


「俺、おかしくなかったか?」俺は一番聞きたかったことを訊いた。


「いいや、素晴らしかったよ。面倒も起こさず、最高に人間していたじゃないか。訓練で問題がなければ、すぐにでも自由になれるぞ」ジョンソンは嬉しそうに言った。


 そうか、と俺は呟いた。何故、機密の塊である0I機関の人間を野に放つのか。


「どうかしたか?」ジョンソンは不思議そうに俺に訊いた。


「いいや、なんでもない」俺はぐっと疑問を飲み込んだ。これからどうなるのか。これからどうすれば良いのか。人間はこんな生活をして、果たして楽しいのか。


 できる限りの諜報機関の情報を探ったが、0I機関なるデータは何処にも載っていない。もしかしたら俺の妄想なのだろうか。無為に消えた一週間を思い、唇をかみしめた。


「なぁ旦那、何かやれることはないか? 映画や本や酒やフィジカルトレーニング以外で」俺は考えぬいて、訊いた。


「そうだなぁ」ジョンソンは唸ると、「恋とか、どうだ?」


 俺は何だか、今すぐ恋してみたくなった「ほ、他には?」


「そうだなぁ……」ジョンソンは考え込み、「うーん、俺がシールズで暇な時は資格の勉強をしていたな、すぐにやめたけど」


 資格、資格か。俺は目の前に道が開けた気がした。


「やってみるよ」俺は興奮気味に言い、ふと疑問を口にする。


「なぜ、資格の勉強をやめたんだ?」


 ジョンソンは笑って、「つまらない、興味が持てない、進まない、彼女が出来た。まぁそんなところさ」


 俺は曖昧に相槌を打った。


 訓練で良い結果を出せなかった0I機関兵は殺される。嫌な噂が蘇る。死にたくはない。もしもこの訓練に落ちたら、と考えると恐怖が襲い来る。しかし、何をすれば良いかも分からない。ジョンソンが喜んでいるのかどうかもわからない。


 俺は今までの事を適当に話し、ジョンソンはそれを聞いてくれた。だが、本当に聞きたいことは訊けなかった。


 俺はジョンソンと別れ、ダミー会社から帰る途中で通信講座を頼み、息をついた。


 ジョンソンは何も言ってくれないし、シモンとも会えない。だが、何かをミスれば、俺には訓練所か処分が待っているかもしれない。どうなるのか怖かった。


 アパートにつくと一週間分の食事や飲み物、申請していた嗜好品などが届いていた。それらを仕舞い終わると、ふっと虚無感に襲われる。


「どうすれば……」俺はため息をつき、天井を見た。特に特徴もない天井だ。


 俺は飛び起き、着替えを始めた。恋。今の俺の中にはそれにしかなかった。社会適応についても学べるなら一石二鳥だ。明後日が非情で動く当番であることを確認、バーに向かう。


 街に出、始めて行ったバーに顔を出す。そこが一番、アパートから近く、恋人を作るにはちょうど良いと考えたからだ。


 俺は景気づけに映画で飲んでいた酒を検索し、舌の上で転がしてみた。それからちびちびと飲んでいても何も起こらなかった。しかし、無為に事が終わるのが怖くて、近くで飲んでいた女性に声をかけてみた。女性は決して美人ではなかったが、恋をしないのが怖かった。


 しかし、酔っていくうちに彼女は素行が悪くなり、ついにかばみたいに口を開けて笑った。その瞬間、俺は彼女の興味を持てないと強く感じた。


 俺は逃げるようにバーを出た。どうやって彼女と別れたのかなんて覚えていなかった。次からは変装を変えなくてはならないのが、面倒だ。


 次のバーでは女性に知り合わず、またその次も同じだった。酒でおかしな昂揚感に包まれながら部屋に戻った。部屋に戻ると、勢いよく虚無感が押し寄せ、自然と大きなため息が出た。


 俺は灰色の気分で酒を飲んでいた。記録を見ると、変化のない生活を送っていた。ため息がこぼれ、何かない物か、と思った。


 酒場はティーンエイジャーと煩い音楽がカオスを描いていた。カウンターに座り、シモンが飲んでいたウィスキーを頼んだ。口に運ぶと、焼けるような刺激が喉を通った。仄かな苦みが舌を包み、悩みが薄れていく。


 ふっと女性の黄色い声がした。迷惑だな、と思い一瞥。


 声の主は電話をしている女性。美しい金髪の持ち主で、オレンジの光がそれを柔らかく輝かせている。ここの酒場で何度か見たことのある顔だった。何度か会ったが話したことはなかった。ただかわいいな、と思うだけ。


 女性はあまり経歴を表には出していなかったが気になるなら見てください、というようにリンクが張ってあった。ふっと見るとかなり名門の大学を出ていた。


 女性はいつも腕時計に触れ、携帯端末を表示。それを難しい顔で見ている。


 前に変装して、何を見ているかを確認した際、主観で記録される映像を見ていた。つまり額や耳のカメラで撮られている映像をずっと見ているのだ。不思議だった。


 女性は電話機能を閉じると、ふっと悲しげな顔をした。ほっそりとしながら、何処かあどけない美人だった。


 女性は一瞬、周囲を見渡した。一瞬、目が合う。俺は酔いから目覚め、腰の拳銃を意識。ハニートラップかもしれない。


 女性は儚く微笑み、「すみません。声、大きかったですか?」


 綺麗な歯並びだなぁとぼんやりと思った。


「いいや、大丈夫だよ」俺は微笑んで見せる。


「本当?」


 少し心配そうに訊く彼女に少し憐みを感じた。こいつがもしもハニートラップだとすれば、先手を打って会話の戦略を崩さなければならない。


「何か面倒事かい?」俺はできるだけ優しく訊く。黒いスーツのすらりとした身体はハニートラップかもしれないという疑惑を強くする。


「え、ええ……」女性は曖昧に言い、微笑む。微笑むと、かわいらしく八重歯が見え、俺はそれを注視した。


「愚痴りたいのなら聴くよ、俺は訊き上手だから」俺はすかさず距離を詰める。


「自信家ね」女性は俺を大きな瞳で一瞥。見定めるように目を細め、微笑んだ。


「でも―」女性が目を伏せる。悲しみが顔全体に広がったようだ。こいつが堅気だとすれば迷惑だが、ハニートラップだとしたら会話の主導権を握られるのはまずい。


「俺はレイモンド、よろしく」


 女性は驚いたように目を見開き、少し微笑んだ。呆れているような困った微笑み。


「君は?」


 俺は微笑んで見せた。女性は微笑みため息をつく。


「私はアイリーン」アイリーンは名乗るが、自分の情報表示はしない。すぐに酒を頼んだ。ハイヒールを履いたすらりとした脚がぷらぷらと揺れる。


「愚痴る気になった?」


 アイリーンはポケットからゴムを取り出し、長い髪を後ろにまとめる。


「ええ、だって、あなた帰してくれなさそうだもの」目を閉じ、アイリーンが悪戯っぽく微笑む。

 

 アイリーンは意外にも豪快に酒を口に運ぶ女性だった。


「大丈夫かい……」あまりに豪快な飲みっぷりに俺は素で驚く。


「こうでもしなきゃ、初対面の人に愚痴なんて、ね」アイリーンは目を細めて微笑んだ。弄んでいるような余裕が感じられる笑み。


「一回しか会わなければ、どんなにひどいことを話しても済むさ」


 アイリーンは驚いたように目を見開き、微かに笑った。


 アイリーンは酒が入って陽気になったのか、携帯端末で表示を消した。暗殺者に連絡を取ったように見えた。


これは軍事活動だからな、ジョンソンの声が脳裏で響く。


「そんな……困るなぁ、ここは行きつけの店だから」酒を口にし、アイリーンはくだけた口調で、「ねぇちょと気来たんだけど、仕事は何をしているの?」


「警備会社に勤めている」偽装された自分のプロフィールを表示し、拡大する。


 アイリーンは少し嬉しそうだった。


「え、じゃあ元デルタとか?」アイリーンは細い脚を組み、微笑む。興味があるという風に俺を見た。


「元シールズだ。残念かい?」


 アイリーンは目を細め、「酒場でシールズを名乗る人のほとんどは嘘だって言うけど」


 俺は吹きだして、「そうだとしても、俺はシールズだったよ。本当さ」


「デルタのほうがまだ信憑性あるのに」


「本当だよ」


 アイリーンは微かに笑い、「面白いわ、素面の時はわからないけど」


 アイリーンは表情を固め、「あたしはバーで会う男に自分の事を言い触らして廻ったりしないわ。アザラシのふりした男には特にね」


 アイリーンは何か言う前に代金を置き、バーテンに目配せ。


 かつかつ音を立ててアイリーンは去って行った。俺はそんなの後姿をぼんやりと眺めていた。


「気にするなよ」ふと、バーテンダーが俺に話しかけてきた。太った丸い顔の中心にちょこんと髭が生えた、優しそうな男だ。


「アイリーンってある種の男嫌いなんだよ。それに加えて今は不機嫌らしい」初老の男が俺に微笑みかけた。


「脈なしか」俺はふっと笑った。何故、彼女は不機嫌だったのだろうか。


「アイリーンはお姫様だ、相当なエリートじゃなけれりゃ無理だよ、海兵くん」


俺はため息をつくと、金を払って店を出た。外気は冷たく、静かだった。こう言う物なのか、人間と言う物は。


 読んで頂き、ありがとうございます。

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