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観測されない殺し

 以前、掲載していた物を加筆大幅修正したものです。


「」は会話表現


 <>は無線通信


 『』は過去の会話表現


 となっております。紛らわしいですが、ご了承ください

〈……殺人事件発生〉ノイズが混じる無線ががなりたてる。


〈―地区で殺人事件発生、パトロールチームは現場に急行。四分前、蟲の走査で……〉


 暗闇の中でオレンジ色の光がぼうっと灯る。


 テロが頻発する中東某国。新しい監視システムを導入し、治安を維持している地区。そのパトロールを担当する米軍の歩兵達の顔が浮かぶ。


〈四分前、米情報軍の監視下で囮となっていたテロ組織の幹部が殺された。ただちに現場に急行しろとの事だ〉


 腕時計の上に四角い表示が現れる。拡張現実だ。地図とルート案内、現場の様子が拡張現実に映る。舗装されていない広い道路、その脇に茶色の建物が並んでいる。


「囮が殺されるなんて、俺たちの活躍は水の泡だぜ、レイ」仲間の一人が突撃銃をわきに抱え、囁く。白人の彼は、大げさにため息をついて見せる。


 レイー俺の名前だ。本当はレイモンドだが、皆は短縮してレイと言う。

 

「大丈夫さ、監視していたんだ。記録からもっと大きな得物が釣れるさ」俺は微笑む。


 特殊部隊装備―ヘルメット、突撃銃、防弾ジョッキ―の者が四人程度、後ろに続く。


「内部組織が殺したとすれば、処刑人か……それがこんな中東でも米軍の手が入った地区で捕まったなら良い薬になるな」


「もうすぐ現場だ。すぐに大物の脚跡が見つかる」


「囮の行動範囲は最高レベルの監視が行われていたって話だ。合衆国レベルなんて、異常だぜ」


仲間は明かりの灯る建物-テロ組織幹部のアジトーを見つめる。夜だというのに、人が集まっていた。何らかのデマで集まっている、と言う情報だが、それにしても人数が多い。


 人々の脂ぎった顔が光に照らされ、不気味に光っている。


「周囲への現地住民への監視を強めろ」俺は上空からの監視部に伝える。


〈周囲の監視は最高レベルに設定しています。殺人が判明してすぐから行われています〉


「米軍だ、道を開けろ!」仲間は怒鳴り声を上げ、民衆を退ける。


 明かりの灯る建物は静まり返っている。


「蟲で中を走査する」俺は手首を振る。すると小さな虫が腕時計から飛び出す。小形無人機械群―蟲―と呼ばれる小型の虫を模した無人機械だ。蚊や蛾のような姿はふっと消える。拡張現実でその体を消しているのだ。


 俺が建物を見ると―蟲が視線で見ている対象を判断し―蟲の各種センサーによる走査が行われ、夜にも関わらず輪郭が鮮明―個人だけが見ることのできる拡張現実表示―になる。


「拡大」俺はぼそっと言う。すると、見ている部分が拡大表示され、その周りに材質や立体的な画像、以前の記録などのリンクが張られる。


「銃器、爆弾の反応はなし。突入する」

 

 俺はドアを蹴破り、侵入。内は撃ち殺された警備兵が転がっている。外に比べると不気味なほど静かだった。


「殺されてしまっているようだな」俺は部屋に転がる老いた男性の死体を指す。


 耳についた端末から、骨伝導で指示が送られてくる。


仲間が蟲に走査を開始させる。その瞳が一瞬光る。「おかしい」静寂の中、声が響く。


「どうした?」叫び声に俺は呻く。


 仲間は死体を見つめていた。


「監視映像に情報がない」その口調には何かおぞましい物を口にするような響き。


「そんな……生体情報は?」俺は仲間の血相に驚き、訊く。


「ない……」


 鉄の塊で頭を叩かれたようだった。俺は息を止め、死体を見る。死体は脳天をぶちまけ、無残に倒れている。明らかに自然死ではない。弾丸によって脳天が吹き飛ばされていた。


 俺はその顔に蟲を貼り付かせる。瞳と顔半分に青い光が当たる。その顔から作戦コードが読み取られ、機械的な音声が流れる。


「死んでから四分くらいしか経っていないはずだ」


 皆は転がる死体に圧倒されていた。死体なら見慣れている。しかし、この死体にはある物が抜け落ちていた。


「ジョンソン、監視部は?」俺はすぐ後ろに居た無精ひげの男に訊く。


「ちゃんと監視していたのか!」ジョンソンが無線に向けて怒鳴る。


〈拡張現実で確認してみろ、きちんと見張っていた〉監視部が声を荒げた。


「拡張現実で確認した所で……」俺は歯噛みし、腕の操作盤を弄る。情報が立体的に表示される。皆の前に数分前の監視映像が映る。囮が煙草を吸っている映像。それが切り替わり、囮が倒れている映像。その間がない。


「蟲の監視映像はないのか」と同じ映像を見ていた隊員に訊く。


「これが蟲の監視映像だ」震えながら隊員は言う。


 俺は呻き、「殺人情動に関する生体情報の記録はない」


「殺人的情動の記録がないだと?」ジョンソンが声を枯らす。俺もその言葉に愕然とした。


「亡霊だ……」仲間が呟く。


 米軍は囮を殺されるようなことはなかった。少なくとも自前の蟲の監視下にある地域では。

 

 俺は事実から逃げるように蟲がどうして生まれたかを考えていた。

 

 イラク、アフガン……無人偵察機が戦場の監視をしていた時代。BW社を初めとする民間軍事企業(PMC)の暴走は多くの被害を出した。PMCに頼っていた米軍は彼らを何とかして利用しながらも制御したいと考えた。そこで生まれたのが無人偵察機による監視だった。


ただ要人殺害に利用されていた無人偵察機はその正確性を欠いていた。人違い殺人が繰り返され、問題となった。


PMCの利用によって、数をカバーし、それを監視して質を守ることでアメリカは対テロ戦争に勝利しようとしていた。しかし、何よりも対テロ戦争はテロリストと市民の区別が付かないことが問題だった。


「外が騒がしい、まだ暗殺者は周囲に居るはずだ。追うぞ」ジョンソンが外を眺める。


 俺はコラテラル・ダメージの事を考えた。軍事作戦で起こる副次的なやむ得ない損害―コラテラル・ダメージーと言って大量の市民が死んできた。


 そして、それらの市民の死が、市民を暴動者に変え、テロリストに変えてしまう。それが対テロ戦争を泥沼化させてきた。


 三つの事象は無人偵察機を進化させ、監視と記録に特化した虫サイズの無人機械・蟲を登場させる。そして、先進諸国は戦場の監視を蟲に行わせるようになった。


「外で暗殺者らしき人物が現れたという情報が入った。死体は外に運び出し、そこに向かう」とジョンソンが言い、皆は部屋から出る。


 家々に光が灯り、人々が顔を出し始める。


 対テロ戦争に勝つために、出来るだけ戦闘を起こさない。そのために蟲を利用し、紛争地帯を監視、市民を巻き込まずにテロリストを狩る組織として米情報軍が誕生した。


 情報軍はコラテラル・ダメージを減らし、対テロ戦争に改革をもたらした。いかに被害最小限にテロリストを殺し、市民がその思想に毒されないようにするか、それが対テロ戦争の目的となった。


〈仲間で撃たれた者がいるようだ〉


 背中をぬるい汗が伝う。嫌な予感。


「記録はあるか、何分前だ」俺は迷わず訊いている。すぐに拡張現実が送られてきた。


 この行為は戦場だけの物ではない。蟲の発達と共に戦場は完全に記録化され、高度な情報収集の果てにアメリカは蟲による自国の監視を行い始めた。


対テロ戦争に勝利するべく、アメリカは増えるテロ対策として蟲による監視を行い、予想以上の成果を上げた。


 公生活の記録化、と言う新たな動きはSNSによって世界に馴染んでいった。


現在では先進諸国で額や瞳や耳に取り付けられた超小型カメラによってプライベートの生活を記録し、生活をより良くする事が当たり前となった。


 外は蟲、そしてプライベートは超小型カメラで記録されている社会。監視カメラはその役割を映像による監視から生体的な変化を読み取る物への移行に入り、完璧な記録社会が完成しようとしていた。


「何分前だ、撃った奴は誰なんだ?」俺は撃たれた者の元に向かいながら訊く。携帯端末を一瞥。事件が行ってから七分程度しか経っていないはずだ。


〈記録は二分前です。撃った奴は分かりません、蟲による生体情動検査を見てみます〉


俺は仲間の元に向かった。周りの闇が一層濃さを増していく。

 読んで頂き、ありがとうございます。


 文章中の民間軍事企業―PMC―とは、新しいタイプの傭兵の事です。現在、多くのPMCが世界中で活動しており、イラク戦争でその存在が大きくなったと言われています。


 PMCの暴走とは具体的に言うと、ブラックウォーター(BW)社と言うPMCがイラク戦争で起こしたイラク市民への銃撃事件です。米軍は戦闘時は戦闘規範があり、それを守りながら戦う必要があります(「アメリカン・スナイパー」で武器を持たないでくれ、と言っているシーンなどが分かりやすいです)。ですが、PMCには決まった戦闘規範がなく、その行動の中には暴虐無人となるものもありました。

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