始動
「ねぇ?あの人、かっこよくない?」
「えー。私は右かな。」
「やっぱ、そうだよね。」
「左の方も悪くないんだけどねえ~。」
「…私は左かな?」
「え~、嘘っ!絶対、右だって。」
「ん…じゃあ、私も右にする。」
などとキャー。キャー。賑わう教室。勿論、それらの声はここの女子生徒である。そしてその対象となる人物は・・
「はいはい。お前ら、静かにしろ。ほら、お前ら。ちゃっ、ちゃっと自己紹介しろ。一限目が始まっちまう。」
「あっ、はい。」
そう言って、軽く会釈して前に出る赤髪美少年。女子達の声がたちまち教室中に反響する。
「えっと…。俺は加賀平 鏡佳です。ちょっとした都合で今日からこっちに来ました。独りで不安ですので皆さん、いろいろ教えて下さい。よろしくおねがいします。」
ペコリ。
赤髪美少年こと加賀平が頭を下げた瞬間、女子達の声がうるさいの何の。
何?お前らコイツのファンか何か?
何?コイツ、アイドルか何かなん?
「はいはい。お前ら静かにしろ。まだ終わってねぇぞ。ほら、次はお前だ。ちゃっ、ちゃっとしろよ。」
何か虫でも払うよう。さっきから俺の扱い酷くね?
「えっと、堂島秦鵺です。俺もここには来たばかりなのでいろいろ教えて下さい。よろしく。」
・・・・・・・・・。(しーん)
「うっし。じゃぁ、お前らの席は用意しておいた奥の二つな。新参者同士、何の緊張もしなくていいだろうという私の優しさだ。感謝しろよな。」
そう言ってウインク片目に親指立てる女教師。
何をそんな誇ってんだ。この野郎。普通、そこは隣に美少女だろ。そんで教科書見せ合って、腕とかが触れて、視線も触れて・・。
とかいう物語が生まれるんじゃねえのかよっ!
クソッ!
転校生というヒーロー扱いのポジションも加賀平の野郎に取られるしよ。
「じゃあ、私も右にする。」ってなんだよ!数の暴力、恐ろしいな!!このクソがっ!!!
とかいう愚痴。 まあ、言える筈ないんですがね。とりあえず、俺は言われた通り、奥の席へと加賀平と共に向かう。
「・・えっと、何?」
席に着くがいな、俺はコイツの何がそんなにいいのかとまじまじ。ジロジロ。ギラギラと視線を向けた。
「・・いや、別に何でもねぇよ。綺麗な顔だなと思っただけだ。(皮肉)」
「・・えっ。」
いや、何をモジモジしてんだよ。皮肉だから。皮肉。気付けよ。
「…ありがとう。…で、でも、君もけっこうイイ顔してるよ。」
だから、そのモジモジを止めれ。鋭い目付きでクールな感じが台無しだ。これ以上、女子の人気を上げるような要素を出さないでくれ。ほんと、頼むから。ギャップとか。
「はは・・そりゃ、どう・・」
も。の一言を言おうとした瞬間、ガヤガヤ集まってきた女子の群れ。バーゲンセールの中央にいる商品の気持ちが分かった瞬間でもある。まあ、勿論。その人気商品は俺などではなくその隣の商品なのですがね…。
…おかしいな。俺、イケメンなんだけどな?
・・違うのか?
「ねえ、加賀平君!加賀平君はどこに住んでるの?」
「えっと…俺、今は 独り暮らしだから…。」
「加賀平君!好きなお菓子とかってある?」
「えっと…マカロン?」
「加賀平君!好きな音楽は?どんなの聴くの?」
「…ジャズとかかな?」
「加賀平君!…」
オイオイ。一限目、直ぐ始まるんじゃねぇのかよ?短い時間でも加賀平と話したいってか?我が先に加賀平の野郎に自分をアピールしたいってか?
はあ~。女ってやっぱ怖えな。
「ん?お前らどうした?野獣のような眼光で加賀平見て?」
女子等が集まる席にはおれんと思った俺は短い時間だろうが一旦、席から離れるようにした。するとその席から数距離、離れた場所から何か憐れな生物等(男子生徒)の視線が気になった。
「おう、新入り。お前もムカつくだろ?少し…いやだいぶ顔がいいからっていきなり現れ、ここの女子生徒をごっそり持っていきやがった。これはもう戦争だろ。お前らあああああ!やることは分かってるな!!」
「ったりめええだあああああああ!!!」
一人の掛け声でそこに集まる男子生徒の息の合った発声。煩いし、見てて涙が出る。
「お前ら戦争って、相手は一人だろ?何をバトルんだよ?」
「はは。戦うのに数なんて関係ないのだよ。新入り君!相手が一人だろうが容赦しない。俺達は常に全力だ!!そうだろブラザー共ッッッ!!!!」
「おおおおおおおおううううううっっっ!!!」
またまた煩い発声。お前らにプライドという言葉は存在しないのかよ。最低だけどそこまで正直だと何か応援したくなるよ。
「何で勝負するかしんねえけど、まあ頑張れよ。」
俺は一言だけ言葉を彼ら最低な戦士共に残し、そこを後にする。あまり…いや物凄く気が乗らないが俺には行く場所。話しておかなければならない人物がいたからだ。
「…来ると思ったけど何か用かな?堂島秦鵺君?」
「ああ。」
知らず、知らず、拳に汗を握っていた。
「美野。俺はお前に謝りにきた。」
あの時は言えなかった。今も何をどう謝っていいかなどよく分からない。けれどあのままで。このままで。いいとは思えなかった。だから分からなくても。意味不明でも俺は彼女と話さなければならないのだ。
「ふふ…。先に言っておくけどそれはお門違いというものだよ。堂島秦鵺君。」
「いや、だが俺は…」
キーンコーンカーンコーン。タイミング悪く、チャイムの鐘がそこで鳴る。だが、ここで引くわけにはいかない。
「だからさ。私じゃないんだよ。」
「は?」
チャイムの音によってかき消されたとかではない。単純に彼女の言った言葉の意味が分からなかったのだ。
「それはどういう…」
「一限目を担当する先生は怖いよ。早く席に着いていることをオススメするよ。」
俺の言葉に被せて言う美野。どうやらこれ以上は俺と話す気がないらしい。俺もそこまで頭が固いわけではない。それに一限目を担当する教師が怖いというのは真実の可能性が非常に高い。これは直感だが美野は嘘を言うような子ではないような気がする。
それらの理由から仕方なく、俺は席に戻ることにした。いた女子等ももういない。
「…何か疲れてる?」
席に腰を下ろすと、ふっと隣からそんな台詞が耳に届く。
「そりゃ、お前だろ?」
「あはは。まぁね…」
加賀平はそう言って苦笑を返す。これも皮肉で言ったんだけどな…。どうやらこの男に皮肉というものは通用しないらしい。
「ところで堂島君…でいいんだっけ?」
「ああ。堂島でも秦鵺でも好きな方で呼びな。」
「…うん。ありがと。」
何に対しての礼だろうか?まあ、訊くようなことでもないので流しますけどね。
「で、何か用があって声掛けたんじゃねえのか?」
「あっ、うん。あのさ…」
加賀平は何故か言いにくそうに下を向く。
おいおい。何を言おうとしてるんだよ?ちょっと、緊張してきたじゃねえか。
とか思い、彼の言葉を待っていると。それよりも早く。
「うっし。お前ら、ちゃんと席に着いてんな。じゃあ、数学の授業始めんぞ。」
茶髪のオールバック。おまけに人相も悪い。ほんとに教師か疑うレベル。確かに怒ったら怖そうだな…あっ。
入ってきた数学教師が教卓の前に立つのをそれとなく眺めてからようやく俺も気付いた。
「… 俺達、教科書ねぇじゃん。」
思わず言葉が出た。そしてその横では加賀平が何度もコクコク。首を上下に振っていた。あの担任教師。何が優しさだよ。ったく。
****************
難なく。…とは言えなかったが何とか今日という日をコンプリートできそうなそんな時間帯。先程、HRも終わり、教室の皆はそれぞれの行動へと移っていた。そして俺もその流れに沿って、帰宅しようとしていた…のだが。
ここで重要な問題気付く。気付いてしまった。
帰る場所がない。
いやいや。嘘だろ。冗談。何でこのイケメンな俺が転生した初日に野宿をしなきゃならねぇんだ。おかしい。だってそうだ。世に出ている転生モノの主人公はこんな住む場所に困るなんて問題抱えていない。
…筈だ。
ギルドだか王宮だかもう家が準備されてたりと何か初回特典が当たり前のように付いている。いや、ついてないとか無い。
そうだ。何かある筈だ。家の鍵だか。マンション。アパートの鍵だかがどこかにある筈だ。後はその場所の地図とか。
そうと分かれば。
ゴソゴソ。バサバサ。ゴソゴソ・・
・・・・・・・・・・・。
あの筋肉バカアアアアアアッッッ!!!!
嘘だろ。何もねえっ!何考えてんだあの筋肉バカ。こんな俺が住んでた世界と大差ない世界で気前良く泊めてくれるような人いねえぞ。
クッ・・せめて金があれば・・。
はあ~。段ボール探すか。もういっそ死んでた方が良かったかな。はは。
「…落ちた。落ちたぞコレ。」
「あ?ああ、ありがと。」
先の無い未来に絶望してるとふっと何か折り曲げられた一枚の紙が差し出される。こんな紙、俺持ってたっけ?
などと疑問に思うも落ちてたと渡されれば受け取らなければならない。そして何となく中身を広げてみる。ペラッ。
『はは。どうだ。しっかり転生しておるか?おお、そうそう。こうしてお前さんに文を残したのは他でもない。少し謝らねばならんことがあってな。お前さんの住む場所だがな。その近辺は空きが無かったんだな。これが。
まぁ、だが。心配するな。俺も一応は天使だからな。お前さんの住む場所くらいはどうにかしてやる。ただ、俺も暇ではないのでな。三日待ってくれ。
なぁに。お前さんは男だ。男なら三日の野宿などカップラーメンを待つが如しであろう。では、また三日後に連絡する。逞しく成長しておることを心より願っておるぞ。
PS.その前に殺されるなよ。』
・・・・・・・。
ビリッ。
ビリッ。ビリッビリッ。
「ざっけんなああああああっっっ!!!!!!!
教室に人がいようがなんだろうが関係ない。俺は大声でその手紙についての気持ちを高らかに吼えた。
いや、だって。・・だって、ねぇ?
ああ、言葉も上手く出てこねえよ。
「…な…汝?だ、大丈夫か?」
「あ?」
そう言えば落としたのを拾ってくれたんだっけか?まだ、いたのか?ん?てか、汝?
「おまっ…」
気になって向いた先にいたのは忘れもしないここに来て始めに会った少女。千羽卯李の姿だった。
「大丈夫か?」
「あっ、ああ。」
心配そうに覗き込んできた。何でか心臓の鼓動が速くなっている。俺はコイツが好きなのか?
…いや、それは違う。
この心臓の鼓動は緊張でも興奮でもなく多分、焦りだ。確か美野は言っていた。自分に謝るのはお門違いと。ほんと、俺は今まで何でそんな簡単なことに気付かなかったのだろう?謝る相手なんて考えなくても分かっただろうに。美野の誤解を解くことだけを考えていた。
俺は何て…。
「千羽…。」
「え!?ひゃっい!?」
いや、何をそんなに驚くことがあったんだ?
「えっと…大丈夫か?」
「あっ…う…。」
驚く彼女に言葉を掛ける。だが、その当の本人ははたまたよく分からない言葉を一言、二言、呟いていた。
それから何かを整えたのだろう。今までのキャラは忘れてくれと言わんばかりに強気な表情へと顔を変えて高らかに言葉を発す。
「はは。汝?誰に安否を問いておる?妾はこの世で最強最悪の魔力を宿す者であるぞ。不調などある筈もなかろう。妾は常に好調である。あははは。」
ほんと、よくやるよ。教室に誰もいなくてよかったな。てか、それを見越してやってんのか?
・・いや、人がいてもやりそうだな。コイツ。
だが、まぁ。あの事に関してはあまり気にしてないようで良かった。
「千羽。今朝は悪かったな。」
「…へ?」
おいおい。一瞬でキャラを変えんな。結局、お前はどっちのキャラを推してんだよ?
「いや、今朝。お前に告白…しただろ?あれ、よく考えたら…いや、よく考えなくても最低な行為だった。俺はお前の事を何一つ知らなかったのに…。」
ああ。ほんと。自分の保身の為とはいえ、俺は何も分からない相手に告白して付き合おうとしていた。
何がイケメンだよ…。
「…よい。」
「は?」
だいぶ小さな声だったから始め、いまいち聞き取れなかった。
「だから、よいと言った。汝の過ちを妾は赦すと言っておる。寛大な妾に感謝するとよい。」
えへんっ。と胸を張る彼女。そんな彼女の姿を見て始めに思ったことがある。
それは、彼女。千羽卯李は・・
大して胸ねぇなということだ。
そんなこと決して言わないのですがね。
まぁ、でもだ。
「はは。ああ。ありがと。」
俺はこういう娘は嫌いじゃないかもしれない。
「んじゃ、まぁ。帰るか。」
いた筈の生徒ももういない。五月(多分)だからか教室内はまだ明るいものの時刻としては既に夕時である。部活など入っている筈もなし。委員会などもやっている訳もなし。これ以上、ここに留まる理由がない。・・・まぁ、帰る場所もないんですがね。(笑えない)
「お前はこれから何かあるのか?」
女の子一人。しかも女子高生を一人。帰らす訳にもいくまい。何もないのであれば帰り道くらいはお供してやる。どうせ行く場所もないし、やることもない。強いて言うならば段ボール集めくらいだ。
「へ!?わ…私?…はっ!?いや、妾か?」
千羽卯李は慌てて一人称を戻した。いや、別に無理せんでも…。もうバレてるわけだし。
「べ…別に何もないが…。どうしてだ?まさか供に我が宿敵を探しに行ってくれるのか?」
「いや、行かねえよ。そんな面倒くさい。」
てか、そもそもいる訳がないし。いくら暇でも無駄な事に体力も時間も費やしたくはない。
「そ…そうか。それは真に残念だ。」
「まぁ、宿敵は置いとくとして部活やら委員会はないみたいだな。なら、話は早い。一緒に帰ろうぜ。」
「うっ…妾を勧誘しようとは偽物の癖にいい度胸だな。仕方がないからその不躾な提案に乗ってやる。」
何故かモジモジ。頬を赤く染めながら俺の横に立ち並ぶ。ただ一緒に帰るだけなのに何故、そんな恥ずかしがる必要があるのか?俺には点で理解できなかった。
「…ところでお前さ。何で俺を宿敵だっけか?に間違えたんだ?てか、道に人が倒れていたらまずは人を呼べよ。常識的に。」
昇降口まで俺達の教室からは若干の距離がある。その間を無言でやり過ごすのはあまりにも酷というもの。正直、大して知りたくもないことではあったが会話の切り出しとしては十分だと思ったのでこんな質問を彼女めがけて繰り出した。
「ん?あ?あぁ。それは汝。汝には何か他人とは違う何かを感じたからに他ならん。」
「他人とは異なるモノ?」
何気無しに訊いた言葉ではあったがどうやらそうは言ってられそうにもない。彼女の返した言葉。その言葉からは俺の直感なのだが嘘などは感じとれなかった。
嘘ではない。
ということはつまりはだ。彼女は俺の何らかの情報を読み取った。その可能性があるということに繋がる。別に隠すような事でもないのだが、俺を狙うという天使が分かるまではあまり公言しない方がいいだろう。
だが、何が?
生前にいた世界での残り香みたいなモノ?それともあの筋肉バカは何も無いと言っていたがやはり何らかの能力が俺にも付いたのか?
それとも・・
「…じ。んじ。汝よっ!!」
「えっ!?あっ!はいっ。」
独り、悶々と考えていると隣からばかでかい大声が放たれた。思わず変な声出たし、後ろに仰け反ってしまった。
「何故、妾の言葉を無下にする?先ほどから何度も呼称しておるというのに。」
「あっ・・いや。別に無視とかしてたわけじゃ…。」
見る彼女の姿はどうやら…。いや、明らかに怒っている。女は話を無視されるのが嫌いというは本当なのだな…。てか、男でも話を無視されるのは嫌か。
「で、何か用だったか?そんなに表情、強ばらせて?」
「あっ…いや、別に用という用は…。ただ、汝が急に黙り込んだので心配に…。って、やっぱ、何もないっ!!汝に用など何もないわっ!!」
「お…おお。そうか?」
何もないわけないと思うのだが・・。
まぁ、女の子は面倒臭い生物であるとはどこかで聞いた。ここは彼女に合わせた方が吉というものだろう。
「で、ところでよ。俺には未だによく分からないが何か感じたんだろ?なら、今日来た加賀平。アイツはどうなんだよ?俺が言うのもなんだがアイツもアイツで何か変だぞ?」
ほんと、俺よりイケメンとかいう辺りがねもう
変 !!
・・とかいうのは半分くらい。 もう半分は隣にいて何かアイツ、妙にソワソワしているんだよな。
「かがひら…?…ああ!!汝と共に今日、舞い降りた客人のことか?」
「だからそう言って…。というか、転校生を客人などと言う奴は多分、お前くらいだぞ?」
まあ、それはそれとして。
「で、アイツには何も感じなかったのかよ?」
「ん?ああ。あやつには何も…。というかあやつは…。」
ん?何でか言葉の途中。急に千羽が黙り込んだ。それは確証はないにしろ意図的に黙った。そんな感じだ。
「おい、お前なにか…」
との台詞の途中。開け放たれた窓。そこからヤツは何の前触れもなくやってきた。人はソイツを幸運だとか、悪魔だとか、神の気まぐれだとか、様々な表現をする。そんな闖入者とは・・
「キャッ…!!」
初夏の始め。穏やかな風に混じって時に激しい風が吹く時もそりゃあ、 ある。
そしてそんな風がたまたま廊下を歩いていた女子高生の一枚の布切れを羽ばたかせ、上に捲るということも。そりゃあ、ある。
そして、それをたまたま目撃する男子高校生もそりゃあ。いる。
「・・・・見た?」
顔を真っ赤にもう遅いというのにスカートの裾を押さえる彼女の目には涙が溜まっている。
そんなの漫画かアニメだけだと思っていたのだが、リアルでこういうのに遭遇すると何かこう…言葉では上手く表現できないモノがある。
あるのだな!
道端で超大物芸能人に遭遇したくらいの感動がある。
とは言え、それと同時。問題というのもまた生まれるものだ。
「…あっ、いや。」
言葉が上手く出ない。というよりこの場面では何をどう言ったら正解。模範回答となるのだ?
ここは一般的に 「みっ・・見てねえし」とかあからさまな嘘で誤魔化すべきなのか?
それとも正直、真っ正面から 「おうっ!可愛い下着履いてるな!」とか言うべきなのか?
それともここは敢えてスルー。何事もなかったかのように前の会話に戻る?
ああああああああああーーー!!!!
どの行動が真のイケメンの解答なんだああああああああ!!
とか、何とかやっていたら足だけは動いていたらしく昇降口に来ていた。
「…その。ここまでありがと。」
俺がまだ、彼女の下着をガッツリ見てしまったことに対して色々な感情を巡り寄せているとふっと、そんな台詞が耳に入った。
んだ?思った程にはあまり気にしてないのか?
と、思ったがその考えは直ぐ様、回れ右だ。視線を合わせてくれない。
「じゃぁ、妾はここで…」
それでもそのキャラを演じるところ尊敬に値する。
・・いや、てか待て。
「ちょっと、待て。ここまで来たんだ。家まで送ってやる。」
「ひゃっ!?」
去ろうとする彼女の腕を掴むと驚嘆の声だろう。そんな声と共に彼女の足が止まる。
「…家まで?」
「そうだ。女の子一人で帰らす程、俺も落ちぶれてねぇんでな。」
何度も言うようだがやることもないし。
「・・・・・・・・。」
「どうした?やっぱ、さっきのこと気にしてんのか?」
下に俯き、黙考を決める彼女に遠慮がちに言葉を投げる。
「ちがっ!いや、さっきのは気にしてるけど。そうじゃなくて…」
何か様子が変だ。家までの同行をさせたくない何かがあるのかもしれない。そう言えば彼女が何でこんなキャラを演じているのか?その真意も訊ねていなかった。
「お前何か…」
「ふっ。」
俯く彼女の肩に手を乗せようとした瞬間。彼女の口から笑いが漏れた。そしてそれは次第に大きく。
「ふっははははははっっ!妾は今より、魔の世界への手掛かりを探る旅に出る。汝を連れて行きたいところではあるが何分、力が劣る。共には行かせれない。だから、赦してくれ。また、明日この地で会おうぞ。ではなっ!ははっ!!」
「ちょっ・・」
いきなりの変貌。ここで来るとは予想を翻した。彼女の行動を止めるに間に合わない。
「…あいつ。」
急いで去って行く彼女の背中を見ながら俺は小さく呟いた。
多分、彼女を追い掛けても無駄である。今日、会ったばかりの俺なんかでは彼女に声など届かない。
きっと。 きっとだ・・。
「はあ~。俺も行くか。」
どこに?と、言いたいがこんな学校にいつまでもいるわけにもいくまい。学校のお泊まりには承認書だとかなんだとか必要らしいし。
というかこれから先、長くいなければならない学校で泊まるなどという選択肢は元よりない。これで学校の七不思議とかになったらマジで洒落にならん。
学校に住まう謎のイケメン霊とかありそうで否定もしずらいし。
ブワッ。
昇降口から外に出ると先ほどの千羽卯李のスカートを捲った勇敢な風ではないにしろ、初夏ならではの穏やかな風が髪を微かに揺らした。夜になるにつれて肌寒くなってくるのが初夏の特徴である。そしてどうやらこの世界でもその特徴みたいで少し肌寒い。
「うぅ・・何でこんな時に野宿なんかせなあかんのだ。マジで嫌だ・・。」
衣食住の素晴らしさを改めて実感しました。
とか言ってる場合ではない。どこか風当たりがない綺麗で出来れば水とトイレなどが完備された場所を・・
「ん?」
全く気乗りしない宿探しに向かおうとしたその時、どこかで小さな悲鳴が聞こえたような気がした。そしてその声は残念なことに知っていた。見ず知らずの赤の他人なら助ける義理もないのだが…。
いや、それでも俺は助けるのだろうが…。
ましてやそれが知っている相手ならだ。
「チッ!!」
他人なんか助けてる場合じゃねえってのによ。ほんと、まずは自分をどうにかしろよ。って話だよな。
「オイッ!加賀平!!」
「えっ?」
予想通り。そこにいたのは弱々しい表情を顔に見せている加賀平だった。
「んだ?てめぇ?コイツのダチかなんかか?」
校舎裏。厳つい顔に体つき。典型的な不良といったイメージ。そして多分、そのイメージ通りの人だこの人。
「俺がソイツの友達かだって?」
状況は見れば何となく分かる。相手はその厳つい男一人。ここの制服を着ていることからここの生徒なのだろう。その生徒が彼に暴力を振るおうとしている。
まあ、それはそれとしてだ。
「お前、何を勘違いしている。」
「は?」
「俺はソイツの友達でも何でもない。むしろソイツには全て奪われてムカついてる。」
「「・・・・・・・・・・。」」
二人の間抜けな顔が目に映る。何か可笑しなことを言っただろうか?
「は…」
程なくして止まっていた時間が動き出したかのように男の口が開いた。
「はははははははははははは!!じゃあ、何だ?お前はコイツの叫び声を聞いて慌てて俺に加勢する為に来たってか?ああ、いいぜ。俺もコイツに俺の彼女盗られてムシャクシャしてんだ。」
愉快に笑う男の姿。そしてそれに怯える加賀平の姿。
「おいおい。加賀平。お前、それ本当なのか?お前、コイツの彼女を盗ったのか?」
「ちがっ…。俺は何もしてない。彼女が勝手に…。」
「嘘吐けっ!!俺はお前とアイツがキスしてるのを見てんだよ!言い逃れしようったってそうはいかねえぞっ!!!!」
「うっ・・!?」
男は沸き上がった感情を怒声に変え、加賀平の腹部を力強く殴った。
「加賀平?」
「うっ・・くっ・・」
腹に一発入れられて苦しそうな表情と眼で俺を見る彼。言葉を出すのも困難といったところだろう。だが、彼はそんなボロボロな格好で目を逸らさず、真っ直ぐと俺を見た。
「ちっ…ちが・・う。お…おれは何もしてない…。かのじょが…しんじて…。」
涙でグショグショな顔にボロボロな体。プライドも何もあったもんではない。
「…くっ」
だが。
「くははははは。お前。加賀平。せっかくなイケメンな顔が台無しだぞ。これを教室中の女子に見せたらどうなるだろうな。ははは。」
「えっ…?ど…どうじまくん・・?」
絶望しきった彼の顔。それを見てもう一人。俺とは別に笑う者がいた。
「はははっ。お前、良いことを思い付くな。名案だ。俺がコイツを痛め付けるからお前はコイツの姿を写真に写せ!」
「あっ…あ…」
加賀平は何がどうして分からないといった感じだ。そりゃぁ、そうだ。助けに来てくれたと思った者が実は敵だったなんて混乱しない方がおかしい。だがな。加賀平よ。俺はお前にムカついているが何も恨んでいるわけじゃねぇんだぜ。
「ウッ・・!?」
不意打ちの一撃。俺の拳はノーガードだった男の顔面に難なく届き、宙に浮かせるまでした。
「くっ…てめっ。」
尻餅を着き、殴った箇所に手を当てる男の姿が何とも言えない。
「裏切ったな!!」
ほんと、どこまで言っても典型的だ。典型的なモブ。
「は?誰がいつお前の仲間になるって言ったよ。」
「え?…え?」
加賀平は相変わらずだ。そんな彼にも聞こえるよう伝えてやる。
「俺はコイツの友達でも何でもねぇけどよ。クラスメートで隣の席なんだわ。」
「は?」
「助ける理由なんてそれだけで十分だ。それに俺にはコイツが嘘を言うような人間には見えないんでね。」
「てめえッ…。」
怒りで肩が震えている。ここからは男と男同士のむさくるし…熱い戦いが始まる。そして見れば分かる。男の体と俺の体。どちらが有利で不利なのか?
だが、敢えて言おう。俺は運動神経はいい方だ。そして喧嘩は力の勝負ではない。
この勝負、悪いが俺の勝ちだ。
というか勝ち目があると思ったから助けに来たのだが…。
「ははっ。悪いな俺のパンチはプロボクサーにも引けをグッ!?」
「は?何か言ったか?」
「ガッ!?ウッ!?」
は?何で?俺は生前、大人のボクサーにも勝ったことがある。柔道の黒帯の人ともいいところまでやりあった経験もある。空手だって幼い頃、習ってた。
なのに…何故?
「オイオイ。どうした?どうした?さっきまでの威勢はどこにいった?」
クッ…。マジでヤバイ。相手の出す拳。脚に全く追い付かない。
俺より強い?
幾つかの攻撃を喰らったところでようやくその解答が頭に浮かんだ。そして同時に天界でのあの台詞も。
この世界の者は俺よりも力の引き出し方が上。
くっ…。あの台詞はそういう…。
ああ、駄目だ。これ、勝てる気がしねえ。
謝るか?みっともなく土下座でもするか?
いや、その前に誰か教師が気付いて…。
ああ、ここ目立たねぇ場所だっけか?
そんなことを最早、痛みも感じなくなってきた意識の中思う。
と、その時。
「がはっ!?」
攻撃が止んだ?止んだのだろう。
何で?
ああ、駄目だ。そこに目を向けるだけの気力も考える思考も…もう…。
だが、そんな問題は直ぐに解消された。
「はは。君は何をやっているんだい?男同士の殴り合いが希望だったのなら言ってくれれば私が舞台くらい整えてあげたというのに。」
間違えるはずもない陽気な声音。
「…みの?」
「はは。覚えててくれたとは感激だね。そうだよ。私は君のクラス委員長。で、そんなクラスメートの危機に駆け付けたヒーローでもあるね。」
「ど…どうして?」
ボロボロの体。薄れる視界と意識の中、それでもそこに立つ美野蝶に目と意識を向ける。
「はは。どうしても何も言った筈だろう?クラスメートの危機に駆け付けたと?」
「い…いや、俺が訊いてるのはそんなことではなく…」
「どうして俺なんかを助けた? かな?」
「なっ!?」
「はは。相変わらず君は分かりやすいね。だけどまぁ、その質問は無粋というものではないのかな?私は何も君に失望しただけで嫌いになったわけではない。それに今では君を見直してるんだよ。」
「そ…それは・・」
それは俺が加賀平を助けようとしていたからか?だから、美野は俺を見直して助けた。そういうことなのか?
「とか思ってるんだったらそれこそお門違いだよ。」
「…!?」
全く、この委員長はどうしてこうも・・。
「千羽ちゃんとは話し合ったのだろう?なら…。言わなくてもわかるかな?私が君を見直した理由?」
見えなくても分かる。そのニヤケタ顔。
「まあ、何にせよだ。事は済んだみたいだからね。私はここいらでおいとまするよ。少しやることも残っているしね。こう見えて私は忙しいのだよ。」
「なっ…ちょっ…」
まだ、美野には聞きたいことが山ほどある。
あの男を一人で倒したのか?千羽卯李の問題も彼女なら知ってそうだ。そして彼女。
美野蝶は本当は何者なのか?
彼女は明らかに俺とは見ている景色が違う。
彼女はまさか・・。
「加賀平さん?後は任せたよ。」
「えっ?…あっ…」
「じゃあ、また明日学校でね。」
「あっ…」
追わなくては。今度はその背中を追いかけるだけの理由がある。だが、今度は気持ちとは裏腹に体の方が動かない。
「くっ…」
人ってこうも簡単に気とか喪うものなのだ…な。少し少年漫画の登場人物の心境が分かったような気がする。
…てか、今日。思えば何も食べてない…な。
あぁ…腹減った。
*******************
・・・・。
「うぅ…」
背中に柔らかい感触がある。
いや、これはフワフワという意味で。
…ベット?
あぁ、夢堕ちか。天界から異世界とかどんだけ大冒険してんだ俺?未だに少年心とかいうのが残ってたんですかね俺は?
パチッ。
…まあ、そんなわけないか。ある程度は予想していましたとも。
「…にしてもここどこだ?」
ギシッ。
「ッテ…」
痛む体を無理矢理、起こして周りを見渡す。
妙に簡素な部屋。封が閉められた段ボールなんかもチラホラ目に映る。引っ越してまだ日にちが経っていないのか?
ザァァァァァー。
「ん?」
寝起きのせいもあってか回らない思考で情報整理をしていると、ふっと近くで水の音が聞こえた。
「シャワー?」
誰かがそこにいる?
・・ああ、そうか。ここは加賀平の家か。あいつ引っ越したばかりとか言ってたしな。
あの場でいたのは加賀平くらいだ。それなりに頭が回復すればバカでも分かろう。
あの後。気を喪った俺を自分の家まで運んでくれたのか。それは素直にありがたいな。
グウウ~。
気が抜けたら空腹だったことを思い出した。願わくば今日、一日だけでも泊めて貰えないだろうか?
人間そこにチャンスが飛び込むとそれを無駄にはしたくないものである。第一、この体と時間では段ボール探しなど出来ない。
よしっ、そうと決まれば。
「なぁ、加賀平?ちょっと、相談が…!?」
「えっ!?きゃっ!?」
確かにノックもせずに勝手に扉を開けたのは悪いとは思う。だが、男同士ならそんな大した問題でもないだろう。そう思ったのだ。
・・だがだ。
「おっ…お前?」
そこにいたのは俺が知っている加賀平鏡佳ではなく…。そこにいたのは…
「お前、女だったのか…?」
明らかに俺の体とは違う彼…。いや、彼女の体を見て俺は何故か震えながらそう口にしていた。