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死ぬに死にきれない想いは時として人を甦らす

 唐突だが俺はイケメンである。 


 ・・・いや、これは自慢でもなければ自惚れでもない。事実。全うなる真実。 初めて告白されたのは四歳の時だし、ベタだがラブレターも何通か貰った。屋上での告白。頬を赤らめ連絡先を訊いてくる女子生徒・教師もいた。バレンタインはもう大変だった。五つくらいの紙袋にチョコがパンパンで運ぶのにどれだけ苦労したか。  


そう。つまり俺はモテていた。 

・・・いた。うん。いたのだ。


 時は流れ俺は高校へと入学した。幼稚園。小学校。中学校とどれも女に苦労した為、俺は高校だけは女とは無縁の男子校を希望した。頭の方は悪くもなければ良くもなかったので高校には難なく受かった。


春の暖かな気候。気持ちいい春風に髪を揺らせ校門を潜った。


・・・までは良かったのだ。


 ほんと、もしもタイムリープできてあの時に行けるのならその時の俺の顔を何発か殴ってやりたい。

何をしているんだと。何をニヤケタ顔で校門潜ってるんだと。何を血迷ってそんな男だらけの男子高を選んだのだと。


世間一般でいう青春時代。男だらけの空間で何を楽しもうとしたのか?その時の俺はほんと、何を考えていたのだろうか?イケメンなんて関係ない。俺はここ一年でその事をよぉーく学んだ。


容姿・才能なんてものは人がいなければ自己満足の道具でしかない。率直に言えば女がいなければ何の意味も持たないという意味だ。


出会いとは来るものでなく作るものだと誰だったか、どこだったかで見た事がある。だが、その考えは一般。モテない者が言う台詞である。真のイケメンにそんな言葉は不要。出会いとは勝手にやって来るものであろう。現に俺が道を歩けば幾人かの女性は「ちょっと、あの人かっこよくない?」などという典型的とも言える台詞を囁く。


だが、俺はそんな台詞には慣れているので吹く風が如く通りすぎる。ここでがっつくようでは二流・三流。

一流のイケメンは如何なる時もクールでスタイリッシュにいるべきなのだ。


・・のだが最近はそういった台詞を耳にする機会が滅法に減った。いや、無いと言っても過言ではない。

仮に女性のランクを上・中・下でランク付けするなら俺にそういった台詞を投げ入れる輩は下。もしくは中辺りの女性なのである。

更に肝の座った女性ともなるとアプローチしてくる奴もいる。勿論、丁重にお断りを申し上げお帰り願う。俺が求める女性とは容姿端麗・品行方正・学業良好・才色兼備の完璧超人。それ以外の女性とは悪いがお付き合いなどしたくない。


・・とは言えここまでの生涯。俺はそんな女性にただ一人として会った事がない。顔が良い奴は大概、中身は黒いし。性格良い奴は顔がいまいち。一番、最低なのはどっちも悪い奴。誰得だよっ!!

と思わずツッコんでしまいそうになる。


・・・と。話に熱が入りすぎてしまった。話を少し戻すとしよう。高校に入学した俺はその才能もあってか人には困らなかった。運動できる奴って何でそんなにチヤホヤされるのか?

よく分からないが自分の事なので得だ。まぁ、言い寄ってくるのが男だけってのが何とも言えないのだが。


それはそれとして。


始めの方は男子校の何とも言えないノリが楽しく、毎日バカみたいにはしゃいでいた。

だが、時は過ぎ。二年となった俺はようやく気付いたのだ。


アレ?俺、何してんだ?


と。


中学の友達で男女共学の高校に進学した奴にはとっくの昔に彼女が出来ていた。甘酸っぱい、ピンク色の青春を謳歌しまくっている。


のに対し、俺はどうかと辺りを見渡し、過去の記憶を思い返す。確かに楽しかった。


男だけで集まり麻雀大会をしたあの日。負けたら服を脱いで武内たけうちの奴が最後泣いてたっけ。


男だけで海水浴場に行った日もあった。白野はくのの奴、上手に焼けてたっけ。


男だけで松茸採りに出向いた事もあったな。式江しきえの奴、変なキノコ食べて死にかけてたな。


あぁ、男だけでクリスマスパーティーをした日もあったな。プレゼント交換で俺、ダンベル貰ったけか?


思い返せば良い思い出ばっか。あぁ、やっぱ男子校って最高。


・・・なわけねぇ!!!!!


どれも泥色の汚ねえ思い出ばっか。筋肉マッスル筋肉マッスルばっか。もううんざりだ。(注意;個人的な感想です。)


俺だってそろそろ甘酸っぱい青春ラブコメを夢みたい。汗くさい男よりも、ほんわかと良い匂い漂わせる女の子と高校時代を過ごしたい。

幸いな事にスペックはいい。この際、上級クラスの容姿を兼ね備えた女性なら誰でもいい。早速、女を作ろう。


などと決意したはいいがこれがまた上手いこといかない。というか何をどうしたらいいかが分からなかった。今までは学校でグループが一緒だったり、席が隣だったり、文化祭。体育祭などのイベントで声を掛けやすかったりと特に何もせずとも女性と仲良くなれていた。


・・だが、男子校に行ってしまった俺にその手の行為は絶対に叶わない。すなわちこれもう無理ゲー。


更に運が悪い事につい三ヶ月前程、母親が亡くなった。それでも辛いというのに父親が直ぐに再婚しだした。

まぁ、それは父親の問題で俺がとやかく言う問題ではないからいいのだが問題はその相手だ。


何故、おっとん。あんたはそんな相手を選んだ。あんたの股下に同じモノをぶら下げたお相手を何故チョイス?


確かに顔は綺麗でしたけど・・・。


まぁ、そんなわけでその日、俺の居場所はなくなった。



「はぁ~。結局のところ男子校を選んだ時点で俺の人生ゲームは終わりを迎えたわけなんだよな。」


今日も今日とて何の変わり映えしない日常を終え、帰る道。目の前の信号が赤になったので立ち止まる。


「あっ、そういえば今日からだっけかケンゲキのイベント。」


ケンゲキとは今、流行りの携帯ゲームで育てた剣士と共にダンジョンへ潜って強敵と戦ったり、仲間と協力したり、その仲間とも戦えたりと数ある携帯ゲームの中でも輝きを衰えさせないゲームである。因みにケンゲキとは剣士戟戦の略称である。

そして今日、そんなケンゲキの十周年イベが開催される日なのだ。確かピックアップされてるキャラは美の戦士ゼノビアだったか。これまでに貯めた石で引いてみせる。


などと上着のポケットに手を突っ込んだその瞬間。



ドッ!!


背中に強い衝撃を感じた。


・・・感じたのだろう 。


何故にそんな曖昧なのかというとだ。そんなモノ。感じている場合ではなかったからだ。衝撃を与えられて前のめりに倒れた体。その先に待ち受けていたのは。


プーーーーッッッッッ!!!!!!!!


派手なクラッションの音。そこに顔を向ける事もできず俺の体は次の瞬間、宙を舞っていた。


「あっ・・・がっ・・・・」


痛い。痛い。痛い。何で?何が?どうして?


今日は何事もなくいつも通りの日だった。何もやってない。何もない。なのにどうして?


殆どの骨が折れている。血で前が見えない。意識が遠退く。死ぬ。嫌だ。まだ俺にはやることがいっぱいある。


ケンゲキのイベントだってまだ見てもいない。高校だって卒業してない。今は別々に暮らしているが俺に似て良くできた妹だっている。あんなどうしようもない親父だけど親父だって。それにその再婚相手の片桐かたぎりさんも家族だ。残しては逝きたくない。


甘酸っぱい青春。まだ先のある青春。未来。


今はこんなだけど大学に行けば。将来は輝かしい生活が待っている。


…・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


いや、そんなことより。イケメンな俺が童貞のまま死んでたまるかああああああああああ!!!


 ********************


「・・さま。」 


ん? 


「にいさま。」


 ん?


どこからか懐かしい声が。この未だ幼さを残しながらもしっかりとした声音。数ヵ月前、こんな家にいたら私も気が変になります。と言って家を飛び出た妹の綺麻美きおみのものでは?

中学の時はこうして毎朝、俺を起こしに来てくれてたっけ。 


「兄様!!!」

 

「あぁ。はいはい。今、起きるよ。」 


のっそりと身を起こすと寝ぼけ眼にはプンスカ。可愛らしく頬を膨らます我が妹の顔がそこにはあった。 


「兄様!せっかく可愛い妹がこうして起こしに来てあげているのです。せめてさっさと起きて挨拶をするくらいはしてください。朝から無駄な体力を使わせないで下さい。」 


「あぁ。いつも悪いな。」 


「自覚があるなら気を付けてください!」 


「心に留めておく。」 


「実行してください!」


 などと目覚めてから数秒。妹との愉快爽快なやりとり。

・・あれ?何か忘れているような。 


「兄様。既に母様が下で朝食の準備をして下さっています。着替えを済ませて早くいらしてください。」 


「はいはい。」 


・・母様?


妹が自室から出て行き、一人の空間となったそこで僅かな違和感を覚える。綺麻美。アイツ、いつから片桐さんの事を母さんと呼ぶようになったんだ?俺が知らない間に仲良くなったのだろうか?


などと思いながら着替えを済ませ、階下に向かう。 


「おう。秦鵺しんや。今日も綺麻美を怒らしたみたいじゃないか?お前ももういい歳なんだから、いい加減妹離れしろよ。」


 リビングに行くと第一声。新聞紙を広げ、コーヒー片手に持つ親父の声が耳に届く。


「馬鹿言え。綺麻美に起こされるのに歳なんて関係ねぇよ。俺は一生、綺麻美に起こして貰う。」 


「我が息子ながら気持ち悪いな。」 


「そんな息子を作ったのはあんただ。」


 あれ?


いつの間にこんなナチュラルに親父と話せれるようになってたんだ?

母さんが死んでから親父とはまともに眼すら合わせられなかったのに。 


「もう。馬鹿なこと、言ってる暇があるのなら兄様は朝食を取りに来て下さい。」


 「お、おう。」


 妙な違和感を胸に宿しているところ、妹の声がキッチンの方から流れ入った。 


「綺麻美。今日の飯は・・」


キッチンの方に足を運び、そこに目を向けた途端。俺は言葉を失った。


「・・か、母さん?」 


「あら?秦鵺君。おはよう。今朝も綺麻美ちゃんに起こして貰ったみたいね。駄目よ。いい加減、一人で起きなきゃ。」 


間違いない。このゆったりとした声音。垂れ目で優しそうな瞳。一縛りに纏めた長い長髪。何よりもこの漂ってくる優しいオーラ。間違いなく死んだ筈の母さんその人。


「・・母さん?」


 困惑の状態。溢れ出るのはその一言だけだった。 


「ん~?どうしたのかしら?秦鵺君はまだ眠気が抜けてないのかしら?」


 目に映る母さんが首を傾げ、ゆっくりとした動作でこちらに向かってくる。


 「母さん。」 


「あらあら?どうしたの?怖い夢でも観たのかしら?」 


不意に視界がボヤけ、足に力を入れることさえ困難になった。そんな情けない姿を観た母さんは薄く微笑み、そっと俺の頭に手を当てる。 


「何があったの?大丈夫。お母さんはどんな事があっても秦鵺君の味方だから。ねっ?」


 どこまでも優しい母さん。俺達、家族の柱とも言えた存在。もう会えないと思ってた。どんな理屈でもいい。意味不明でもいい。母さんが。母さんが現在いまここにいるという事実があるのならもう俺は・・。


 「母さん!!」


 今までの苦労。悩み。溜まった感情を吐き出す勢いで母さんに抱きつく。それはもう子供のように。ようやく見付けた母さんに飛び付いた。


それはどうしようもないくらいの安堵。漂う優しい匂い。全てを包み込んでくれるような柔らかな感触。


・・感触? 


「・・母さん?」


「ん~?」 


「えっと・・母さん?母さん、いつからこんなに筋肉質になったの?まるで」


そうそれは



「ん?何を言っておる。男だからに決まっておろう。」


「ぎゃっ・・」


一転して変わった光景。次の瞬間、俺はこの世で一番怖いものを観た時、きっと人はこのくらいの大声で叫ぶのだろうな。と、言うくらいの悲鳴を上げていた。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!!!!!!」 


「おい、どうした?鶏の首を締め上げたみたいな声を上げて?」


「なっ…おっ…そりゃ…」


 目に見える光景。いや、その人物に指と口を震わせる。いや、だって。


 「そりゃぁ、目の前に角刈り頭の筋肉モリモリおっさんがいたら誰だって絶叫するわっっ!!!」


 「ん?」


 「いや、あんた。あんた。あんた以外に誰がいいんだよ。」


 ご丁寧に指まで指してやったというのに首をキョロキョロさせているおっさんにツッコミを一つ入れる。

いや、そうじゃなくて。いや、それも重要なんですが。今はそれ以上にだ。


 「母さんはっ?今の今まで俺、家にいた筈。なのにどうしてこんな…。」


 こんな? 言いながら気付く。ここどこだ?何か良い匂いするし。さっきまで自分が寝ていたであろうシングルベッドには幾つかのぬいぐるみがあるし。テレビだってあるし、PCだってある。白色のワンピースとか脱ぎ捨てられてあるし。何かこうソワソワするな。


 「ん?あぁ。お前さん。憶えてないのか?」


 「は?何が?」


 辺りの光景に首を傾げたり、視線を至る所に向けていると(情報収集の為。)厳ついおっさんの声で現実に戻される。そしてそのおっさんの声。というより台詞で知りたくもなかった真実。現実に目を向けなければならなくなった。


 「あぁ。えっとだな。お前さん。さっき死んだぞ?」


 「は?」


 「いや、だから。お前さんはつい三十分程前に交通事故にあって死んだ。と、そう言っている。」


 「…は?」


 「だからだな…」


 「もういいっ!!」


 おっさんの言葉を遮り、怒声にも似た大声を上げる。


 夢じゃなかった。さっきまで観ていたモノが夢でアッチが現実だった。そりゃぁ、そうだ。死んだ筈の母さんが蘇る訳がない。冷静に考えればそりゃぁ、そうだ。

てか、そもそも憶えている。あの時、受けた痛み。光景。想い。

 

 そうだった。俺はあの時 


 死んだ  



のだ。


 「…ここは天国か?」


 と、それを言った相手を見て訂正の言葉をすぐさま送る。


 「…地獄か。」


 生前、悪いことした記憶ないんだけどな。どこまでも呪われてんな俺の人生。死んだ先で出迎えてくれた天使様がこんな筋肉ムキムキのおっさんとか。…もう溜息しか出てこないんですけど。


 「どうやら思い出したようだな。まぁ、取り敢えず一言。不運だったなと言っておこう。お前さん、まだ若いのにな。」


 あぁ。ほんと。しかもその不運が未だ、絶賛。継続中だしな。


 「紅茶かコーヒー。緑茶にジュース。お前さんは何を飲む?」


 「へ?えっと…じゃぁ、コーヒーで。」


 「はいよっ。少し待っておれ。今、淹れてやる。」


 そう言って、おっさんは部屋の中に設置されてある小さなキッチン。シンクの前に立った。


程なくしてコポコポという音が響き、コーヒーが湯気を上げて二つ卓上に置かれた。どうやらコーヒーメーカーを使って淹れてくれたようだ。


 「砂糖とミルクは自分で入れろ。」


 「あっ。はい。これはご丁寧にどうも。」


 とか言いつつも俺はブラック派なのでそのままカップに口を付ける。程よい苦みと淹れたてもあってか高温の液体が口中に広がる。一気に飲み干せる筈もなく、一口飲んでカップを受け皿へと戻し、一息吐く。


 「・・・・・・・・。」


 「悪いな。茶菓子は切らしててな。」


 「あっ、そすか。」


 ・・・・・・・・・・・。


 ズズ~ッ。ゴクッ。


 ・・・・・・・・・・・・。


 「じゃっっねぇぇよっっっっっっっっ!!!!」


 それはもう、ちゃぶ台をひっくり返す程の勢い。


 「何だこの乙女ちっくなポワポワした部屋はっ!誰だよあんたっ!?何でお茶振る舞ってんだっ!?そんで、何で飲めんだよっ!?」


 ちゃぶ台返しに続いて怒涛の質問攻め。相手が言葉を挟む隙さえ与えない。


 「ん~。そうだな。じゃぁ、まず始めの質問から答えるとするか。」


 俺の怒涛なる質問攻めに怯むことなく、おっさんは冷静かつ迅速で質問それに答えてくれる。


 「ここが誰の部屋か?だったな?勿論、俺の部屋ではない。」


 「…そっ、そうか。」


 良かった。取り敢えず胸を撫で下ろせた。これがここは俺の部屋だとか言われたら全力で脱出を試みた。死んでるからと言って男としての貞操は守りたい。


 「じゃぁ、誰の部屋なんだ?」


 「妹だよ。本来、この仕事は女の天使がやるものでな。男の天使は雑務か力仕事を一手に任されることとなっている。だが、まぁ。妹は天使の中ではそこそこに有名でな。違う仕事をするよう大天使様に言われたんだな。その期間が実に三日間。兄の俺も密かに心配してんだなこれが。」 


「ほう。」 


最後の方はさしてどうでもいい情報だがいちおう相槌を打っておく。 


「で、次は俺の事だったな?」 


「あ・・・あぁ。」


 確かにさっき「お前は誰だ!?」とか言ったな。今、思えばこんなおっさんの情報なんて何一つ聞きたくねぇな。そもそも興味ない。この先、有力となる情報でもないだろうし。 


などと半ば受け流す要領でおっさんの言葉に耳を傾ける。 


「俺はハニ。普段は天界の至る所の設備を修復・復興作業をしていたり、死天使様と共に悪魔と戦ったりしてる。今日はたまたま非番でいつもの日課。筋トレメニューを休みにしてまでこうして妹の頼み事を聞いているというわけだ。好きな食べも物は肉じゃがで、好きな事は筋トレだ。お前さんもどうだ?そのヒョロイ体を改造してみたくはないか?」


「あっ・・いや、結構です。自分、肉が付かない体質なので・・。」 


ヒョロイとか余計なお世話だ。今や男はゴリマッチョより細マッチョの時代だ。

丸太のように太い腕に足。はち切れんばかりの胸筋とか時代が古いんだよ。今や殆どの漫画主人公はスタイルのいいイケメンだし、ドラマ・映画で主演を張るような人物もイケメンだ。時代はイケメンを中心に回ってると言っても過言ではない。


「そうか・・お前さんがやる気なら今からでも俺の筋トレメニューを共にしようと思っていたのにな。残念だ。」


 「はは。悪いですね。俺、イケメンですから。」


本当にガッカリ肩を落としているおっさん。改めハニさんに軽く笑い声を聞かせてやる。


てか、ほんとにどうでもいい情報だったな。おっさんの名前とか。おっさんの好物とか。趣味とか全く胸ときめかねえ。 


「ああ。それで何故にお前さんに茶を出したか?だったな。」


しゅんとしていたのも束の間。背筋を伸ばし、ご自慢の胸筋を主張させながらハニさんは俺に言葉を送る。 


「それはお前さんの心を癒し、説得させ、未練。心残りなく天界門を潜らせる為だ。まぁ、平たく言えば長くなるから茶くらい出して会話を楽しもうというやつだな。まぁ、俺は口より行動で示す男だがな。はは。で、どうだ?今からランニングでもしに行かんか?良い汗かいて、達成感に満ちれば未練など一緒に流れ落ちるってもんだ。ほれ、早速だな。軽いストレッチを・・」


「いや、やらねぇよ。意味のない走りこみとか疲れるだけだろ?」


「いや、意味はあるぞ。走った後に飲む飲料水が美味く感じる。」


「いや、そんなの求めて走る馬鹿はどこの美食家探してもいねぇよ。てか、そもそもだ。何で死んだ筈の俺が普通に飲食できるていになってんだよ?」


認めたくないが俺は間違いなくあの時、死んだ。それは俺自身がよぉく知っている。なのに。


 「あぁ、それはまだお前さんは完全には死んでないからだ。」


「は?」


「だから、お前さんは完全には死んでおらん。肉体だってそれはお前さんのモノだ。」


「は?だって体は・・。」


「ああ、治した。」


「は?は?・・じゃぁ、俺は死んでないのか?」


「いや、だから半分死んでいると言っている。順を追って説明する。とにかく落ち着け。」


「あ、あぁ。」


ハニさんの言う通り。俺は混乱していた。未だ自分は死んでいないという事実。それが本当なら・・。


とにかく一旦、落ち着かなければならない。すっかり冷めきったコーヒー。それを口に含む。

と、それと同時。


「お前さんは生前。女経験がない心残りの元、死んでも死にきれない想いが強く天界の門を潜れなかった。」


ブッ!!


こ、このおっさん。今、何て言った?


思わず一気に仰いだコーヒーを全て吹き出してしまった。


「おいおい。どうした?真剣な話だぞ?笑う所なんてなかった筈だ?」


「待て待て。誰がおかしくてコーヒー吹き出したって言ったよ!あんたの発言だ!今、何て言った!」


「は?だから、お前さんが生前、女経験が無くて・・。ああ、この言い分では分からなかったか?」


そしてハニさんは良い笑顔を顔に刻み言い直す。


「お前さんが童て・・」


「ちっげぇぇぇぇぇぇよっっっっっっっ!!」


全力の否定。大気を震わさんばかりの大声。


「いやいや、否定せんでもええ。俺は大天使様に聞いたんだ。あの方が虚言を吐く筈がない。それに別段、珍しいことでもない。そういった奴等なら結構おるぞ?」


分かっている。彼に悪気はない。その顔を見れば分かる。馬鹿にするでもなく、哀れんでいるわけでもない。ただ、純粋に俺を励まそうとしている。だからこそ強く言えない。


「ほれほれ。とりあえず走りに行くとしよう。もう、これは走るしかないだろ。そうだ、走れば全てを忘れられるぞ?」 


何そのしつこいまでの勧誘?新手のセールスマン?てか、どんだけ走りてえんだよこのおっさん!


「いや、待て。とりあえずだ。」


「ん?とりあえず走るか?やっとその気になってくれたか。」


「ちげぇよ!この筋肉馬鹿!!とりあえず、状況整理だ。ここは天界でなく、その一歩手前のどこか。そんでもって生前に心残りがある(そう過程して)俺は魂だけでは存在を維持できないから肉体を蘇生させられた。だが、それも下界。元いた世界には行く事は許されない。そうなれば人間社会。いや、全てにおいての理念やら概念を狂わすからな。で、結論として、あんたは俺のそういった突起物を取り除く為に俺と対面している。そうだろ?」


少し熱が込もってしまった。別に先ほどの物言い(女性経験がないとかあるとかについて)に動揺しているわけでは断じてない。


「・・ほう。そこまで話していなかったのだがな。洞察力とそれをまとめるのに優れているのだなお前さん。」


「いや、普通だろ?」


そんな驚かれるようなものではない。ハニさんの話を聞いて、辺りを見渡せば馬鹿でも分かる。


「そんなことよりあんた。これからどうする?言っておくが筋トレなんかで俺の心を満たそうなんて思うなよ。」


「なっ・・筋トレで心が満たされない・・だと?」


「いや、ほんと馬鹿だろあんた?」


何をどう考えたら筋トレで心がケアされるよ。そんな馬鹿なら心残りとかないだろ。そもそも。


「じゃぁ、どうするか。正直、この手の仕事は俺の苦手分野なのだよ。言ったかもしれんが俺は口より行動で示すタイプだからな。」


「じゃぁ、何で引き受けたんだよ。俺としても男より女の方が断然良かった。」


「だから。妹がな・・」


「いや、いくら妹の頼みでも苦手なら他の天使に頼めば良かっただろ?そんな無理してやらなくても。こっちとしてもベテランさんの方が助かる。俺じゃなくても多分、他の奴等もそうだぞ? 」


「いや、それは分かっておる。だがな。時として断れない事情というものがあるのだ。聞くところによればお前さんも一人の兄と聞いた。」


「え?あぁ。まぁ。」


何の話だ?妙に緊張間が増したように感じるのだが。


「そんな妹がだぞ。あっ、これがその妹なのだが。」


ペラリッ。ハニさんはそれが当然というように胸内から一枚の写真を取り出し、卓上に置いた。銀髪ツインテール。ちょっと吊り目で怖そうなイメージだが整った顔立ち。写真越しだが伝わる清楚さ。群衆の和にいたら一際目立つ存在。この俺が外見だけだが不覚にも美しいと思ってしまった。


「・・綺麗だ。はっ。」


思わず口から溢れ出たその言葉を咄嗟に両手で隠す。だが、どうやら目前の人物にその台詞は届いていないようだった。


「そんな妹がだぞ。」


二度も言った。大事なことなのか?

とか思っていると今度は急に立ち上がり、口を大きく開いた。


「お兄ちゃんお願いね。など言ってきおったのだぞ?断れる筈もなかろう。」


何を言うかと思えばそんな訳の分からないことを口にする一兄。俺から見れば 。

・・いや、誰の目から見てもただのおっさん。


「あぁ。はいはい。分かったから。分かったから。少し落ち着け。」


これじゃぁ、どっちが心のケアされてるのか分からない。   


いや・・ん?いや、待て。ちょっと待て。


「おっさん。」


「あ?どうした同士?」


いや、誰が同士だ。いや、今はそんなことにツッコンでいる暇はない。そんなことよりもだ。


「今すぐチェンジだ!何ならあんたの妹が仕事を終えるまで待ってやる。だから、あんたは今すぐ撤退しろ。これ以上、おっさんと話してても何の解決にもなんねぇ。あんたは悪魔だか何だかと戦ってろ。ここは俺に任せて先に行け。」


まさか、おっさんの妹がここまでレベルの高い美少女とは思わなかった。これでおっさんが離れれば、この場で少しばかりの夢が見れる。

べっ、別によこしまな考えは一切ないのだが。


「チェンジだと?」


ピクリッ。


おっさんの肩が少し揺れる。どうやらあちらも気付いたようだ。俺がここで彼女を待つという事態に。


・・いや、だから邪な考えは一切ないのだよ。俺、イケメンだし。 


「お前。」


これまでにない圧の掛かった声。この男。どうやら本物のようだ。


本物のシスコン!


 並大抵の奴はここで怯むだろう。だが、残念だったな。俺はそこいらのモブとは違う。


そう。俺はイケメンなのだ。


その程度の脅威。笑って返してやる。


「はは。あんたもさっき言ってたろ?この仕事は苦手だと。そして案の定。俺はあんたに何も満たされてないし、この先、満たされる可能性もゼロだ。それなら早いとこ変わって貰うに越したことはない。こっちは招かれた客なのだ。それとも天使様とあろうお方が客の言い分に対応できないと?」


「・・くっ。」


そう。ここで俺が天界に行けなければ困るのはあちら側。

・・まぁ、俺も困るのだが。


責任という重いのろしがある分、あちら側の方が上だろう。そして立場上、これは普通に考えて俺が客である。どこの店。商売でも客の言う事に聞かない所はない。その立場がある限りあちらは引かざるを得ないのだ。


はは。ははははっ。


「はぁ~。お前さん。」


「あ?」


先ほどまでの圧がない。諦めたか?


「お前さんは妹と会って何をするつもりだ?」


「そ・・それは楽しくお喋りとか?」


ん?そう言えばそれは考えていなかった。


「ふむ。仮に会話が弾み、それが叶ったとしよう。だが、それでお前さんが満たされなかったらどうする?忘れていないだろ?お前さんの心残りは・・。」


ハニさんはそこで言葉を切る。その先は俺の言葉を待つと言った感じだ。


「あんたの妹に会って会話してそれでも満たされなかった場合・・か?」


確かにそうだ。いくら俺が認めた美少女だからと言って会話だけで何かが満たされるとは思えない。それに俺はあの時。死ぬ間際。最後に思ったのは。 


「・・手は出さない。それは約束する。」


たとえそれが心残りであってもだ。少しの間、会話してそれだけでそういう関係を結ぶのは違う。それは俺のイケメンに反する事だ。だから-


「死んだとはいえ自分のルールに背きはしねぇ。それをしたら俺は絶対に自分を許さない。」


「・・・・・・・・・・。」


暫しの静寂。やっとハニさんの口が動く。


「うむ。良い目だ。気に入った。是非とも俺の筋トレ仲間に勧誘したいところだ。」


「いや、だからそれは・・。」


油汚れかよ。しつこすぎるわ。


「はは。分かっている。やりたくもない事を無理にはさせんよ。」


「そっ、そうか。」


ほんとかよ。


「ところでお前さん。その発言は絶対だな。」


「それは勿論。」


「ふむ。天界に行けず、このままここに居続けたら消滅するとしてもか?」


「は・・いや何で?」


「いやな。お前さんのその体は応急処置みたいなものでな。一日もすれば直に腐る。そんで肉体もないまま魂だけで下界・・まぁ、ここは下界と天界の丁度狭間なのだが。それでも長い時間ここにいつづければ悪魔に消されるか。悪霊だかに成り代わる。そうすれば消滅以外の道はなかろう。」


「うっ・・それは。」


まさかそんな問題が残っていたとは。

まぁ、それもそうか魂だけで存在を保てるなら天使がこんな事をしている訳がない。


「・・だが、あんたの妹と会話して俺が満たされる可能性もゼロでは・・。」


「ああ。ゼロではないが可能性としては限りなく低いな。」


「うっ・・。」


確かにそうだ。たかだか美少女と会話して昇天できるなら俺は死の間際にあんな事を思ったりはしない。

なら、もう。俺が助かる道は・・。


「ああ。それをしようというなら俺がお前さんを今すぐ叩きのめす。無論、消滅させる気でな。」


「は?」


「そんなどこぞやの馬の骨とも分からんヒョロイ人間に俺の妹を汚されてたまるか。そんな事を許すなら俺は堕天を選ぶわっ。」


このおっさんマジだ。


これアレじゃね?俺、どちらにせよ消滅パターンじゃね?


「・・はは。そう肩を落とすな。妹はくれてやらんが俺はお前さんを評価しているのだぞ。そうやすやすと消滅もさせんし、悪霊にもさせん。」


「・・気休めなら聞きたくない。」


「はは。気休めなものか。つい先日な俺はとある仕事で悪魔と戦ったのだ。」


人が落ち込んでいるというのに何の自慢話だ?


「あの悪魔は中々に強くてな。送られた天使も次々と落ちていった。このまま敗けるのではないかと一時は思った。だが、長い戦いの末ようやく悪魔を倒すことができたのだ。」


「・・なんだ?その悪魔を倒したのがおっさんてか?それとも、だから諦めるなとか確証もねえ綺麗事でも言いてえのか?」


「いいんや。その悪魔を倒したのは俺の先輩だし、そんな言葉を言うつもりもなかったが?」


おいおい。ならほんと何の話だよ?


「お前、馬鹿にして・・」


「まぁ、聞け。」


「うっ・・」


言葉を挟まれれば押し黙るしかない。


「その時の戦いでな。一度、大天使様に特大な攻撃が向けられたのだ。今、思えばあの位の攻撃、大天使様には難ともなかったのだろう。だが、馬鹿な俺はそれを庇った。それはこの磨き抜かれた筋肉でドカッ。とな。」


やっぱ、馬鹿だこのおっさん。


「それで暫く働けなくなって休みを貰ったのだが。それを大天使様が評価してくれてな。一つ俺の言う事を何でも聞いてくれるというのだ。」


「言う事を何でも・・。」


「そうだ。だから俺はソレを使ってお前さんを甦らそうと思う。」


「ちょっ・・まっ・・。一度、死んだ者が甦るって。それは駄目だろ?生命論というか世界の秩序に違反する。いくら頼みを聞いてくれるって言っても限度が・・。」


 「ん?何を言っておる。それはお前さんを知っている者がいる世界での話だろ?」


「俺を知っている世界?・・はっ!まさか。」


おっさん。ハニさんが言いたいこと。それは直ぐに分かった。

そう。この人は俺を。


「ああ、そうだ。俺はお前さんを異世界に転生させるつもりだ。」

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