我輩は猫であるか?
初投稿なので生温い眼でお楽しみください
「我輩は猫であるか?」
我輩はこれまでのことを思い出しながら、目の前にいるボロボロの少年に我輩は問いかけた。
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我輩は猫…だと思われる何かだ。
というのも大まかなシルエットで言えば猫なのだが、大きさが人を丸呑みにできる程であり、尻尾が7本しかもゴツ鉤爪付き、額にも眼が有りそれを見た相手を操る、毛並みが暗がりでは不可視に成るなど、これで猫であると断言できるはずもないが、かといって何かといわれると分からんし、猫であったこともあるからと猫ということにしているのである。
我輩が何者か分からんと言ったが、理由としては生まれた時からこれまで親を含め、自分の同族というものを見たことがないことと、我輩に前世、正確に言えば前世と前々世の記憶があるからである。
前々世では我輩は1匹の黒猫であった。
飼い主が夏目漱石のファンで「我輩は猫である」と腹話術で遊ばれたせいでこんな喋り方になってしまったが、それ以外で言えば普通の猫であった。
前世では人間の学生をやっていた。
猫であった頃の記憶があるせいで幼少期は苦労したが、高校までは普通に青春ドラマなどは特に無いまま大学に進学したが、入学してすぐに未知の病により入院、2年間程闘病生活をした後奇跡など起こらずに病死、最期には悲しんでくれる人がいなくは無い程度にはいてくれる、良くはなかったが悪くもなかった人生であった。
前世の記憶を持って生まれてくると言う奇跡があったのだ、来世ではそれも忘れ完全に新たな命として生きていこう。・・・と思って死んだのに、また前世の記憶しかも前々世の記憶付きで持って生まれた時は驚くより呆れてしまった。
もっとも自分の姿を確認してすぐに驚くことになったが・・・。
我輩が生まれたのは昼でも暗い森の中であった。
自分の姿を見てここは地球ではないかもしれないと思っていたが、森の中を少し探索してすぐに確定した。地球には首が2本ある鳥はいない、角の生えた猪もいない。
すぐに見つかって襲われたが、あっさりと倒すことができた。
丁度腹が減っていたので食えるか不安だったが食ってみたところ、頭の中に知らない筈の知識が流れ込んできたのだ。
それは俗に魔法と呼ばれるものの知識であった。
この現象は我輩が地球にはいないであろう生物を初めて食べる度に起こった。
初めは驚いたが慣れると新しい知識目当てに狩りまくったので、この森の生物の知識はほぼコンプリートしたであろう。
それにより我輩は大抵のことはできるようになったので、身の安全を確保するため害意を持つ者が入れない結界を張り、そこを寝床にして昼寝をする毎日を送っていた。
そんなある日我輩の寝床に何かが入り込んだのを感じた。
結界の効果もあり害意が無いことはすぐに分かったが、この森で感じたことのない気配だったので確認に行くことにしてみた。
そこにいたのは皮鎧をつけた少年であった。
背は少し低いが柔らかそうな茶髪で幼さを残しながら意志の強さを感じさせる瞳をした、その道の人なら喜びそうな少年であった。
・・・まぁ、全身傷だらけでズタボロなボロ雑巾状態でなければだが。
姿はともかく、ここに来れたということは害意がある訳ではないし、現世で初めての人間との出会いである。
そこで我輩はこれまでずっと考えていた疑問の答えを持っているのではないかと思い、彼に問いかけることにした。
すなわち…
「我輩は猫であるか?」
と…
そして、冒頭の場面へと続く。
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「あ・・・う・・・」
少年はうめくような声しか出さないが、もしや我輩の質問が聞こえなかったのであろうか?
「聞こえなかったか?我輩は猫であるか?」
「・・・・・・」
もう一度同じ質問をしてみたが少年は今度は声も出さなくなってしまった、というか呆然としたまま動かなくなってしまった。
と、ここで我輩は少年のおかれた状況について考えが行った。
ボロボロなのでおそらく森の生き物に追われてきたであろう少年
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森の奥で巨大な猫のような生き物に遭遇
↓
いきなり謎の問いかけをされる
・・・うむ、こんな状態になったら思考がフリーズするな、それか走馬灯でも見ているところか。
とにかく危害を加える気がないことと意思の疎通が可能であることを伝えるべきだな。
「少年、いきなり質問をして悪かったな。安心しろ、我輩は無暗に危害を加える気はない」
「え、あ、はい」
ふむ、とりあえず多少は落ち着いてきたか。
「さて、まず始めに自己紹介といこうか。
我輩の名は・・・そうだなチンリュウとでも呼んでもらおうか」
さすがにこの喋り方と猫?でソウセキは狙いすぎだからな、夏目漱石の名前の元となった漱石枕流の下半分でいいだろう。
「あ、これはご丁寧に、私はレノス・レーフェスと申します」
「ふむ、ではレノスと呼ばせてもらおうか。先程の質問であるが、深い意味はなく我輩の種は何なのか知らないかと思ったのだ」
「あなたの種族、ですか?」
「うむ、我輩は生まれてこの方、同属とであったことがないのでな。
自分の種族が何なのか、自分は何者なのかが疑問でな、そんなところにたまたまお主が現れたのでつい気が急いてしまった。すまなかったな」
「い、いえ、確かに今も驚いていますが、謝られるようなことではないです。それと申し訳ありませんが私はあなたの種族が何なのかは分かりません」
「そうか、まぁ、もしかしたら程度の考えだったからな、それに少なくとも一般に知られている種族ではないことが分かっただけでもありがたいことだ」
「いえ、それと私からも1つお尋ねしたいことあります」
そういってレノスは先程とは変わって強い意志を感じさせる眼で一歩踏み出して来たが、
さっきまでパニクってたのがなければ格好良かったんだがなぁ。
「なにかな?我輩の質問にも答えてくれたし、答えれるものならば答えよう」
「ありがとうございます。ではお尋ねします。天上の療果がこの森のどこにあるかご存知でしょうか」
「天上の療果とな・・・」
「はい・・・」
「・・・レノス」
「・・・はい」
「天上の療果とはどのようなものだ?」
「・・・・・・」
そのときいるはずもないのにカラスの鳴き声が聞こえた気がした。
「えーっと、天上の療果ですよ?本当に知りませんか?」
「いや、知っているかもしれんが、その呼び名を知らんのでな。
どのようなものかが分かれば、それが我輩の知っているものかもしれんしな」
「あ、なるほど、そう言うことでしたか。
ではご説明させていただきますと、天上の療果とはこの百魔の森のどこかにある神が与えた果実といわれ、その実を食べれば死を待つのみの重傷者や病人でも翌日には健康体にまで快復すると伝えられています」
「なるほどな・・・」
それほどの効果を持っているかは実験していないので分からないが、
それに近い効果を持つ果実には心当たりがあるにはあるのだが・・・
「答える前にそれを何ゆえ欲するのかを聞いておきたい。おそらくは誰か知り合いがそれに縋る程危険な状態なのであろうが」
「・・・お察しの通りです。私の妹が未知の病により苦しんでいます。
天上の療果で妹の病を治し、妹を呪われた子などという下らない中傷を消し去りたいのです」
「病は分かるが、呪われた子とはいったいどういうことだ?」
「・・・妹は生まれたときから髪も肌も生気を感じないほど白く、その瞳は赤く輝くようであることから
周りが気味悪がって勝手に影で呪いなどといっているのです」
ううむ、かなり悔しそう吐き捨ててるな。だが、直接会ってみないと分からんが、それってただの・・・
「それはただのアルビノではないのか?」
「アルビノ?何か知っているのですか!?教えてください!」
おおう、すごい食いつきだな。
「アルビノとは先天性色素欠乏症のことで、まぁ、分かりやすく言ってしまえば体の色を作る能力が低い体質というだけだ」
「体の色を作る能力が低い?」
「うむ、例えば濃い髪色の両親から髪色が薄い子供が生まれたりするであろう?ようはそれが極端に強く出ているだけである」
「でも瞳の色が赤なのはなぜ・・・?」
「それは単に瞳の色が薄いのでその下の血液の赤色が見えているから赤い瞳に見えるだけであるな。
ご大層に言ってはみたが結論から言ってしまえば、背が高い低い等と同じようなものであるな」
「体質・・・背の高い低いと同じようなもの・・・そうか、そうだったのか。
これならあいつらを・・・!」
今まで悩んでいたことの解決の糸口ができて気合が入っているようであるな。
だが、本題を忘れていそうなのはいただけないな。
「ところで肝心の天上の療果についてだが」
「あ、そうでした。そして心当たりはないでしょうか?」
「おそらく、それであろう物は確かにこの森にある」
「ほ、本当ですか!?ならばその場所を教えてください!」
「まぁ待て、教えてもいいが今のその状態で行ったら即死することを保証しよう」
「そ、そんな・・・私はどうしても天上の療果が・・・」
そう言うとレノスは絶望したように地面に手をついた。
「ふむ、お主の悪いところはその早合点だな」
「え・・・それは、どうゆう・・・」
「我輩は“今のその状態で行ったら即死する”と言ったのだ。
そもそも普通に考えて、そのようなボロ雑巾半歩手前の状態で行こうとするか?」
「あう・・・ですが、代えの装備もありませんし、ここに来るまでに3日かかっています。
戻って準備しなおす時間も・・・」
そう言うとレノスは顔をうつむけてしまった。
「ふむ・・・レノスよ、我輩と1つ取引をしないか?」
「取引・・・ですか?」
「ああそうだ。内容は、お主の妹の病を治すことに協力する代わりに、我輩が人間社会に関わる活動をする際に協力、いや後ろ盾になることだ」
「協力はかまいませんが、後ろ盾とは・・・?私は、」
「できないとは言わせんぞ、その装備はかなりの品質だ。
並大抵の装備ではこの森を3日間さまよったなら原型など留められないからな、そんなものをお主の様な年齢で手にしていること、それにその鎧の下のペンダント、かなり強力な守護の魔法の力を感じるうえに、剣の柄頭にあるのと同じ紋章・・・
さて、これ以上にまだなにか指摘が必要かね?」
そう言うとレノスは眼を見開いて唖然としている様子であったが、やがて諦めたような顔になった。
「いいえ、もう十分です。そこまで指摘されて言い逃れできると思うほどバカじゃありません。
お察しの通り。私はリグレス王国のレーフェス公爵嫡子レノス・レーフェスと申します」
おお、それなりに力のある家の子供だとは予想していたが、まさか公爵家の嫡子とは・・・
確か公爵は王族の分家のような存在だったはず、いきなり最上級の大物が出てきてしまったな。
「やはりか、さすがに公爵とは思わなかったが・・・ともかく、どうするかね?
受けるか、受けないか?」
「・・・受けます。それ以外に妹の病を治すことはおろか、生きて帰ることも難しいでしょうしね。
それにしても意外に食えない方ですね、私が断ることができないとわかってそんな提案をするなんて」
「ふふ、我輩としても人間社会には興味があるが、何の後ろ盾も情報も無く関わろうと思えるほど楽天的ではないのでな。
さて、そうと決まればさっそく・・・と行きたいところだが、お主の体力を考えるとすぐには無理であるな」
「そんな!妹ためにも一刻も早く・・・」
「それでお主に何かあったら妹とやらはどう思うかな?」
「ッ!」
「分かりやすいところでは『自分のせいで兄が死んだ』とかかな?お主はそんな十字架を妹に背負わす危険を理解しているかね?」
「そ、それでも無事に帰りさえすれば・・・」
「それがこれから行こうとする場所から考えると絶望的だから言っているのだよ。気持ちは分かるがこういう時だからこそ冷静にだ」
「はい、あなたの言う通りです。スミマセンでした・・・」
ううむ、少々きつく言い過ぎたか?すっかり落ち込んでしまったな・・・
素直なのは良いことだがメンタルが弱いな。
「そう落ち込むでない。それにこれから行こうとするところは日があるうちは危険なところであるからな」
「?日が落ちてからの方が危険なのではないですか?」
「ああ、そうか。ふむ、一度実際に見せたほうが分かりやすいか・・・レノスよ、お主速い乗り物は平気かね?」
「え?はい、大丈夫ですが・・・」
「なに、これから行くところがなぜ日のあるうちは危険かを実際に見せようと思ってな」
そう言うやいなや我輩はレノスを咥えると背中に乗せて猛スピードで走り出した。
「え、いったい何をぉぉぉ!?」
「喋っていると舌を噛むぞ」
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「大丈夫か?レノスよ・・・」
「だ、だいじょ、うぷ、だいじょうぶです・・・」
「それで大丈夫だと思う者は眼か頭に異常があるな」
さすがに木々を踏み台にした三角跳びなどを含めた三次元軌道はきつかったか・・・
「それよりもほれ、あれを見てみろ」
「あれですか?」
顔を向けたレノスは呆然と固まってしまった。
そこには絵に描いたように美しい光に照らされた大樹があったからだ。
「すごく綺麗です」
「そしてあの木に生っている実が、天上の療果だ」
「え!それならすぐにでも・・・」
「はい、そこまで」
「ぐふ!」
我輩は駆け出そうとするレノスを前足で地面に押し付けた。
「な、なにを」
「痛くは無かろう?我輩の肉球はぷにぷにだからな」
「確かに柔らかくて気持ちいい・・・じゃなくて!」
「まぁ、これから起きる事を良く見ておけ」
我輩は近くにあったそれなりの大きさの木の枝を大樹に向かって放り投げた。すると・・・
カッ!
大樹の葉が光り輝き、無数の光線で枝を一瞬で蜂の巣状態にしてしまった。
その枝が地面に落ちると下から木の根が無数に現れて、締め上げて砕き、地面に引きずり込んでいった。
「・・・」
「あのまま駆けていったら、ああなっていたというわけだ。さっきの光線は日のある時間にしか出ないことが分かっている。
夜でも根は襲ってくるが、難易度は大きく下がるわけだ。理解できたか?」
「はい、あまりに美しい光景にここが百魔の森であることをわすれていました・・・」
「夢を壊すようだが、この森の生物は大体似た様なものだ。では、夜まで戻って休むかね」
「・・・はい」
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「ということで夜になったので、始めるか」
「何がということなんですか?」
「なんとなく言わなければならない気がしてな・・・」
「はぁ、なんだかよく分かりませんが、とにかく始めましょう・・・
で、根っこは昼間と同じ様に襲ってくるんですよね?どうやって進むのですか?」
「うむ、それは簡単だ。
お主が襲ってくる根に対処しながら進む、我輩はその横でサポートする、以上だ」
「は、え?私があの襲ってくる根の中を進むと?」
「うむ、そう言っているではないか」
「む、無理です!1つや2つまでなら何とか対処できますが、あれだけの数の根を対処しながら進むなんて自分には無理です!」
そう言うとレノスは首と手を慌てて振りだしてしまったな。
というか1つ2つまでなら対処できるだけでも十分凄いのだがな、地面の下から突然高速で突き出される槍に対処できるって言っている様なものなのだからな・・・
とはいえ、ここは彼に頑張ってもらわねばならんところだからな、少し焚き付けるかな。
「レノスよ、お主は何のためにここまで来たのだ?」
「え?それはもちろん妹のために天上の療果を手に入れること・・・」
「そうだ、そのためにお主はズタボロのボロ雑巾の様になりながらここまでやって来た。
なのに肝心の天上の療果を我輩が手に入れてどうする?お主が妹のために手に入れることに意味があるのであろうが!」
「それは、ですが私ではとても・・・」
「前にも言ったが早合点はお主の悪いところだな。我輩は横でサポートすると言ったのだ、何も1人でとは言っておらんよ。」
「あ、私としたことが・・・分かりました。確かにこれは私がやらなければならないことです。
重ね重ね厚かましいことは承知の上で、ご協力をお願いします」
腹を決めたようだな、強い意志を感じさせる良い眼をしている。
「気にする必要は無いぞ。最初に言ったようにこれは取引でもあるのだ、きちんと約束を守ってくれさえすれば何も文句は無い」
「それはもちろん。この件が片付き次第必ず約束を守ることをレノス・レーフェスの名において誓います」
「であれば、何も問題は無い。さて、士気が上がったところでそろそろ行くとするか」
「はい!ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします!」
「この根は地面から出てきて獲物を捕らえられないとすぐに地面に戻っていく、なので回避したらその根は無視してよいぞ。
横や後ろからの根は我輩が対処しよう。レノスは根を回避しながらとにかく駆け抜けろ」
「わかりました、では・・・行きます!!」
そう言うとレノスは一直線に木に向かって走り出した。
ってか、我輩が言っておいてなんだが本当に前しか見ないで進んどるな。
確かに横や後ろからは対処するとは言ったが、普通は仲間が防いでくれると分かっていても、死ぬような攻撃が来ると思ったら恐怖で固まったり、動揺するものなのだが・・・
「ふっ!はっ!らぁ!よし、あとすこし・・・!?」
連続した根からの攻撃を回避して油断したのか運が無かったのか、
足を踏み出すタイミングで襲ってきた根をレノスは回避できなかった。
「ふむ、貸し1追加だな」
「え!うわああ!?」
ゴンッ!!
我輩はレノスを根に当たらない軌道で木に向かって横殴り猫パンチで吹っ飛ばした。
・・・勢いをつけすぎてすごい音で木にぶつけてしまったがな、とりあえず急いで追いつくか。
「あ~、レノス?死んでるか?死んでいたら返事をしろ」
「・・・」
「返事が無い、ということは生きているな。よかった、よかった」
「し、死んでいたら、返事なん、かできま、せんよ」
「よし、ちゃんと生きていたな。それにそんなツッコミができるなら簡単には死なんよ。
それに強い衝撃を受けてふらついているだけだから、少し休めばすぐに動けるようになる」
「し、しかし、このままではまた根が襲って・・・こない?」
レノスは周りを見渡すがさっきまで引っ切り無しに襲ってきていた根がまったく無く、夜の森の静けさしか無かった。
「言い忘れていたが、あの根は本体の木の根元、具体的には木陰ができるくらいの範囲では襲ってこんのだ。葉からの光線もな。
おそらくだが、あまり近くでは木自体を傷つけかねないのと、根元近くの地面を荒らすと木を支えきれないのだろう」
「なるほど・・・勉強になります」
「さて、もう動けるくらいには回復したようであるし、早く本題を済ませてしまうかね」
「そうでした!天上の療果を手に入れなければ!」
「とはいってもすぐそこにあるのだがね、ほれ」
「え!うわぁ・・・」
先程まではダメージのせいで気がつかなかったようだが、見上げればそこかしこに桃を細長くしたような薄紅色の実がほのかに発光しながら生っていた。
「これが・・・天上の療果!」
「うむ、レノスの話に合致しそうな物は我輩が知る限りではこれだけなのでな。おそらくそうであろう」
「これがあれば妹を救うことができる・・・!」
「あ、採る実は2個までにしておけよ」
「はい?わかりましたが、これだけあるのならもう何個か採っても大丈夫そうにみえますが・・・」
「あ~いや、そういう意味ではないのだが・・・まあ、すぐにわかるから2個までにしておけ。後悔したくないなら」
「な、何か怖くなってきましたがとにかく採るのは2個までにします」
そうしてすぐに実を2個だけ採ってレノスは戻ってきた。
「よし、それでは戻るとするかな」
「はい!・・・ところでどうやって戻るのですか?
もしまた根を回避しながら戻るとなると実を守りきれる自信が私には無いのですが・・・」
「安心せい、お主の力量ではさすがにそれは無理なのはわかっている。なので帰りは我輩が背に乗せて行ってやる。レノスは実を落とさないようにしっかりとつかまっていればよい」
「そうですか、ありがとうございます。それではお願いします」
レノスは安心したように笑っていたが、彼は知らない。襲い来る根に対処しながらだとすさまじく揺れるということを、そしてそのまま夜も遅いからと行き以上の速度と動きで拠点の寝床までノンストップだということを・・・。
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「レノス~、大丈夫じゃあ・・・ないな」
「------」
レノスは~まぁ、あれだな。
到着までは耐えたが、着いたらすぐにちかくの茂みに這って行って・・・リバースしているな。
さすがに急発進、急停止込みで前後左右上下に振り回されたらこうなるに決まっているか・・・
だが、そんな状態でも天上の療果は落とさずにいたのは見事であるな。
「・・・はぁ、はぁ、すみませんでした。もう大丈夫で、うぷ、大丈夫です」
「あ~、まぁ、こうなることも予想して2個採ってきたのだがな。レノスよ、天上の療果を1個食え」
「はい!?いえ、天上の療果は妹のために採ったもので・・・」
「それは残った1個だけで十分だ。元々2個採ってきたのは、1個はお主に食わせるためだからな食ってもらわねば困るわ」
「ですが私は特に大きな怪我などはしていませんが?」
「いや、今は強い興奮状態だから感じていないだろうが、ここに来るまでと先程までの疲労で動けなくなってもおかしくない状態だぞ?そんな状態では帰りの途中か帰ってすぐにぶっ倒れるぞ」
「自分では分かりませんが、そうなのですか・・・心配してくれてありがとうございます」
「礼には及ばんよ、お主に倒れられては報酬を得られなくなってしまうからな」
「あ、はい」
「そんな微妙な顔しないで分かったらさっさと食ってしまえ」
「はい・・・では、いただくとします。甘くていい匂いでおいしそうです」
レノスは宝物をかかげるようにして、笑顔で実にかぶりついた・・・ニヤリ。
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「うー・・・ひどいですよ、ああなるってわかってたのに教えてくれないなんて・・・」
「くははは、こういうことは自分で経験するのが一番なのだよ。
種明かしするなら、あの天上の療果は甘い、意識がもっていかれて人生観が変わるくらいに甘ったるい。
しかも、治癒効果は魔力の関係か1つの実につき最初の一口にしかない上に、痛んでくると治癒効果が無くなり、広範囲に魔物を引き寄せる効果のある強烈な腐敗臭を放つようになる」
あの後、レノスは実にかぶりついた直後に笑顔のまま横にぶっ倒れ、数分後に起きるとすぐに近くの水場に走って飛び込む勢いで水を飲んだが、それすらも甘く感じたのか、声も無く転がりまわりながら数時間悶えていた。
出会ってから常に育ちのよさを感じさせていた所為もあって逆におもしろかったな。
「ちなみに、妹に食べさせる時は切り分けたり皮を剥いたりせずに、皮ごと直接食べさせる様にな。
治癒効果の無いただの死ぬほど甘ったるい果実にしかならないからな」
「はい、わかりました。けど、食べさせたら食べさせたで別の意味で妹が心配なのですが・・・」
「そこは・・・諦めろ。そろそろ森の出口だな」
「はい、妹が治ったら家族に紹介したいですし、おいしいご馳走も用意させていただきます」
「ほう、では急ぐとしようか」
「はい!」
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これが後に多くの人を救い、数多の英知を授け、おとぎ話にもなった『黒の賢獣』の最初の伝説である。
だが、『黒の賢獣』ですら分からない謎があり、出会った者はこの謎を問われるという。
【我輩は猫であるか?】と。
-完-
最後まで読んでくださってありがとうございます。
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また、皆さんの反応がよければこれを連載用に修正したものを書こうかと思ってますので、よろしくお願いします。