事故当日の朝
優香を列車に乗せないだけじゃだめだ。優香が乗っていなくても、あの事故は起きる。
愛する者を失う悲しみを僕はすでに知っている。あの事故を止めれば、あの電車に乗っていて命を失う人たちを救うことが出来る。
優香を助けるために僕はこの24時間を、自分の人生の24年分で買った。
そのことを惜しいとは思っていないし、まず優香を助けるのが最優先なのも変わらない。
でも僕の24年分で優香だけじゃなく何十人もの命が救えるなら、そんなの、すごく安い買い物じゃないか。
僕は、優香のケータイに電話を掛けた。今頃、優香は寝坊したと言ってたからまだ寝ているはずだ。
かなり呼び出し音が鳴った後で電話が繋がる。
「もしもし? 優香?」
祈るような思いで呼びかけると、眠そうな声が返ってくる。
『……ふあい。おはよう』
生きてる。優香が生きている!
電話の向こうから、もう二度と聞けないと思っていた優香の声が流れ出してきて、僕は感極まって不覚にも泣き出してしまった。
「……ゆ……うか。良かった……」
『……え? ええ!? 賢斗、泣いてるの!? え、なんで!?』
電話の向こうから優香のかなり狼狽した様子が伝わってきた。
優香が生きてる。もう二度と聞けないはずだった優香の声を聞くことができてる。
あまりにも嬉しくて、僕は涙を堪えることが出来ず、状況が理解できなくて困ってる優香にお構いなく泣き続けていた。
しばらくして、ようやく落ち着いた僕に、優香が改めて訊いてきた。
『賢斗、いったいどうしたの? ねえ、なにがあったの?』
話してもそう簡単には信じてもらえないだろうな。
でも僕は、今僕がこんなにも喜んでいる理由を優香に知ってもらいたい。僕が経験したこの不思議な出来事を優香に話したい。
それに、きっと優香なら信じてくれる。
「……優香、昨日買ったケータイのストラップの鍵、どうなってる?」
僕の予想が正しければ、メビウスの鍵はそこにはすでに存在しないはずだ。
『え? 鍵? ……あれ!? うそ!? なんで!? 無くなっちゃってる!? どうしよぅ~』
やっぱり思ったとおりだ。事情を知らない優香の声はすでに泣きそうになっている。