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第6話 背負えば良いさ

 いったい何がいけなかったのか。


 まあ、それは分かりきった事で、クレアの魔術学院退学という暗い話題から始まったことで、その場の雰囲気を無理やりにでも変えてやらねばと皆が阿吽の呼吸で一致団結してしまった結果であり、その手段が凄まじい勢いで酒を煽ることで成されようとしたのがいけなかったのだ。


 既にワインやら果実酒やら、エリオが自宅から持ち出してきた東方伝来だという米、大麦、エンドウ等を攪拌し発酵したものを蒸留・熟成したという得体のしれない古酒やら、空き瓶がテーブルを占領しつつある。


 エリオとカトルは呂律が回らない口調で地元経済の話題に熱中しており、大げさな身振り手振りで激論を交わしている。普段は仲が良いが仕事の話となると方針が合わないらしく、旧来の地元産業や文化を振興したいエリオと、新産業を持ち込みたいカトルが、互いに脈絡もない罵倒と馬鹿笑いを繰り返す。


 母親たちも父親たちに負けず劣らずの勢いで酒を飲み続けていており、いったい誰の話をしているのやら、時折普段聞かないようなおぞましい口ぶりで誰かの悪口や愚痴を話しているようである。あまり聞き耳を立てたいものではなく、聞いたところでただ気が滅入るだけのため、アトリは会話が耳に届かないように気を付ける。


 アトリが今何をしているのかと言えば、エリカ、ティアナと共に、大人たちが好き放題しているテーブル席から離れたソファ席に避難していた。


 アトリの膝を枕にティアナが安らかな寝息を立てている。その隣には緊迫した青白い顔のエリカが座っていて、水の入ったグラスを両手で握りしめ、虚空の一点を見つめたまま硬直している。カトルに勧められるがままに仕方なしに口をつけてはいたようだったが、かわいそうに、普段酒を口にしないエリカにはあの得体のしれない古酒の度数は流石に高すぎたか。


「皆様おまたせしました。お部屋の準備ができてよ」


 クレアが陽気に跳ねるような足取りで居間に戻ってくる。白い額と頬に変化は見られないが、普段よりもやたらに独りよがりな上機嫌。つまりこちらも大分酔っている。


「ほうら、ティアナ起きて。お部屋で寝よう」


 クレアがティアナに声をかけつつ、眠りこける妹を鼻歌交じりで大雑把に揺さぶる。アトリの膝から転げ落ち、ティアナが寝ぼけ眼で起きあがる。


「クレアお姉さま、だっこ」


「はあ、抱っこって……あなたもう結構重いのよ。私の腕力じゃあ、抱っこして連れていけない」


「やなの。眠いの。抱っこしてつれっていって」


 ティアナはソファの隅へ倒れこむようにしてころころ転がっていき、そのまま動かなくなった。


「あれ? しばらく見ない間に。こんな聞き分けの悪い子だったっけなあ」


「甘えているんだろうね。まあ頑張れよ、クレアお姉さま」 


「でも、さすがに抱っこのご要望には応えられないなあ」


「背負えば良いさ」


「背負うのかあ。しょうがないかあ」


 クレアはティアナを背負っていく覚悟を決めたようで、気合を入れるかの如く、手早く薄茶のセミロングをポニーテールに縛る。


「じゃあ、エリカちゃんの方はお願いね。アトリお兄さま」


 クレアが完成した髪の房を揺らしつつ、アトリに向けて下手くそなウィンクをする。アトリはクレアを一瞥し、幼馴染の義理で鼻で笑ってやる。


「……私は大丈夫ですから」


 こめかみを抑えつつ引きつった笑顔でエリカが立ち上がるが、やはり顔面蒼白。大丈夫なはずがなく結局ふらつき、アトリが急いで肩を抱きとめることになる。


「うーん、こっちは任された」


 アトリとクレアはお互い顔を見合わせ、苦笑しつつ頷き合う。


「エリカ、ほら」


 エリカに背を向けて腰を下ろし、首を少し振るようにして、背に掴まるように促してやる。それでもエリカは躊躇しているようで、立ち尽くしたまま動く気配がない。


「アトリ兄さん、最近私も背が伸びたようだし……重いと思うわ」


「それでも僕よりは低いし、体重だって軽いさ。エリカくらいなら全然問題ない。まあ、体型があまりにもふくよかな妹だったら、そもそも申し出ない」


「……でも」


「君はいつもしっかりものだものね。こんなことでも、たまには頼ってくれる兄としては嬉しいさ」


「まあ、さすが。アトリお兄さま、優しいわ!」


「うるさいよ」


 いちいち楽し気に茶々を入れてくるクレアを一喝し、アトリはもう一度エリカに自分を頼るように視線で促す。アトリとしてもかなり酒が回っているのか、普段よりも口数が多くて奇妙に饒舌。今更ながら気恥ずかしい気分になるが、これは既にどうもしようもないことなのだ。


 ようやく観念したエリカの華奢な腕が首周りにしっかりとしがみついたのを確認し、アトリはエリカを背負う形で腰を上げる。触り心地がさらりとしたフレアスカートの生地越しに、エリカの尻が心底申し訳なさそうにもぞもぞと動く。


 アトリはエリカを背負い部屋をクレアと居間を出る。クレアの方は本格的に熟睡し始めたティアナを背負うというよりも、背中で担ぐようにしている。案内のクレアを先頭に、階段を慎重に上りつつ、ヘイルズ家の客間を目指す。


「そこらの客間ならどれでも自由に使っていいから」


「わかった」


 アトリはクレアに案内された客間に入り、エリカをベッドに仰向けにゆっくり寝かせてやる。一仕事終えたアトリもベッドの空きスペースに腰かけると一息つく。


「……アトリ兄さん、ありがとう」


 最後の方は消え入るような声で呟くようにエリカが言った。


 伏し目がちなエリカに向けて、アトリは「うん」と頷くと、汗で額にへばりついてしまったエリカの乱れた前髪をすくって横に流してやる。エリカの額に手を当ててみると、当然アトリの方も大分酒を飲まされているから掌が暖かくなっているのだが、それ以上にエリカの額は熱っぽく火照っていた。掌の感触が心地良いのか、気持ちよさそうにエリカが目を細める。


 ティアナを寝かしつけ終わったのか、ドアをノックしてクレアが部屋に入ってくる。準備が良いことで、クレアは硝子の水入れと着替えを持ってきている。


「エリカちゃん。お水はここに置いてあるから。あとこれ寝間着。私のだけど良かったら使ってね」


「すみません。ありがとうございます」


 半身をゆっくり起こしながらエリカが言った。


「一人で大丈夫? 着替えられる?」


「はい、少し休んで、落ち着いたら着替えて、そのままお休みさせて頂こうかと思います」


「うん、では。おやすみ」


「はい。おやすみなさい。兄さん、クレアさん」


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